第169話 パーティクル公爵家の別荘の温泉へ

「本当に私が参加させていただいてもよろしいのでしょうか……。息子の付き添いとして同行させていただくなんて初めてのことですわ。とてもありがたく思いますが……。」


 ニュートンジョン侯爵夫人は申し訳なさげに眉を下げながらそう言った。サニーさんと母親であるニュートンジョン侯爵夫人の話し合いの場をもたせる為に、パーティクル公爵にお願いして招待状を出していただき、こうしていらしてくださったというわけだ。


 今日はみんなでパーティクル公爵の温泉が出る別荘にご招待を受けている。場所はアエラキのお父さんお母さんと兄弟たちが住んでいる、雪山の上のほうにある。


 ケーブルカーのような、山のふもとからパーティクル公爵の別荘のあるあたりまで、一気に行かれる魔道具があるとのことで、妊婦でも安全に山を登れると、サニーさんは奥さんを連れて来ることを決めた。


 安定期が過ぎると、いつ生まれてもおかしくないから、長期の旅行なんてとても無理だからな。カーバンクルが守護するこの山にわく温泉は、子宝の湯、安産の湯としても知られているらしく、そういう意味でもぜひとも連れて来たいということになったらしい。


 アレシスを通じてアエラキに何か心当たりがあるか尋ねたところ、両親の加護が温泉にかけられているらしく、本当に子宝と安産に効果がある温泉なのだそうだ。


 イヴリンさんはとても体が小さい人だからな。赤ちゃんが出て来るのが難しくて、かなりの難産が予想される。


 現代医療をもってしても、お産は死ぬ可能性のあるものだ。妊娠は病気じゃないと言うが、それそのものが病気じゃないというだけで、妊娠中の病気が原因で死ぬ確率が高い。出産まで合わせると、2分に1人のお母さんが未だに亡くなっていたりするんだ。


 安産の加護のついた温泉なんてものがあるなら、ぜひとも入っておくべきだと思う。

 子沢山なカーバンクルの加護だからな。きっと母子ともに安全に出産出来るだろう。


 参加メンバーは、俺、子どもたち、パーティクル公爵夫妻、サニーさんと、今はまだ安定期の妻のイヴリンさん。サニーさんの母親であるニュートンジョン侯爵夫人。


 王妹であるパーティクル公爵夫人こと、セレス様の兄弟である、宰相のサミュエルさん夫妻と、その2歳になる娘さん。


 セレスさまの祖父のランチェスター公と、その娘かつノインセシア王国の王太后であるメイベルさま。


 ルピラス商会のエドモンド副長──なんと魔道具職人のミスティさんを、恋人として同伴している。いつの間にそんなことになったんだ?──そして聖女さまである円璃花だ。


 大半の人には紹介済みだった為、子どもたちも連れて来たわけなんだが、同行者に説明しておいて下さいとお願いしたものの、イヴリンさんもミスティさんも、やはり精霊3体というのには目を丸くしていた。


 パトリシア王女さまは、かなりの家族が参加するこのイベントに、参加出来なくて大変すねていたらしい。


 パトリシアさまが参加出来ないのだからということで、連れて行って貰えなくなってしまった弟さんたち2人は、素直に我慢してくれたそうだが。


 本当は国王夫妻も参加予定だったのだが、パトリシア王女に直々に教育を施すとかそんな理由で、不参加ということになった。


 先日聖女さまお披露目パレードがあったのだが、パトリシア王女を円璃花に同行させた際の行動で、まだまだ人前に出すには教育が足らない、ということなったらしい。


 パトリシア王女さまは、馬車の上でジッと座っていることが苦手らしく、何度も円璃花に「パトリシア王女さま、プリンセス座りですよ!」と言われて、背筋を伸ばし直した。


 それっぽっちのことも出来ない王女を、国賓である円璃花とこれ以上行動させるなど、とんでもない、ということらしい。


 ちなみに件のプリンセス座りとは、電車の中でじっとしていない女の子に、お母さんが「電車の中ではプリンセス座りよ。」と言った途端、女の子が背筋を伸ばして手を揃えて座ったのを目撃した女性のエピソードだ。


 かわいいよなあ、プリンセスに憧れる女の子が、プリンセス座りよ、と言われて、プリンセスになりきって椅子に座るんだから。


 ……まあそれが、実際のプリンセスが、出来てないのがどうなんだという話につながってくるわけなんだが……。


 そんなわけで、きちんとプリンセスらしく振る舞えるまで、パトリシア王女さまはお留守番、ということになった。責任を持ってご両親もそれに付き合うとのことだった。


 これが円璃花に対する外交的な対応であるなら、パトリシア王女を置いて、国王夫妻だけ参加してもおかしくないところだが、あくまでもパーティクル公爵家の招待だからな。


 ただ、いいこともあったようで、パトリシア王女の様子を見た国民たちの間で、プリンセス座りが流行って、これが女の子の躾にいいと大好評らしい。


 まあ、仮にもプリンセスだからな。女の子たちからしたら憧れがあるんだろうな。アーリーちゃんもこないだやっていたことだし。


 ケーブルカーのような魔道具なのは、ロープウェイ方式だと、雪山の風に弱いからだろうな。ロープウェイはゴンドラ自体に動力がなくて、ロープが動いて移動するんだが、風に弱くて搬器が大きく揺れると、支柱に激突する可能性のあるものなんだ。


 その点ケーブルカーはロープの両端に車両をつないで、そのロープを大きな歯車──滑車だな──にかけて、モーターで歯車を回して走らせる、つるべ式の電車のようなものだ。


 安全度がロープウェイとは段違いで、上空を吹く風の影響は受けない。しかも一度にたくさんの人数を運ぶことが出来るんだ。


 かくして俺たちは、ケーブルカーのような魔道具で、パーティクル公爵家の別荘があるあたりまでやって来た。


「わあ……、凄い大きなお屋敷……。」

 イヴリンさんが両手を合わせて、感動したようにそれを見つめている。


 いくつもの棟が合わさったような、パーティクル公爵家と比べたら、その1/3以下の大きさではあるが、それでもかなり大きなお屋敷だ。よくこんな場所に、これだけの資材が運べたものだな。


 山の木を切り出したのか、それともケーブルカーのような魔道具で運んだのか。どちらにしても作る時は大変だっただろうな。


「お待ちしておりました。管理人をしております、クリストフと申します。」

「アンナと申します。滞在されている間の皆さまのお世話をさせていただきます。」


 従者の代表らしき、仕立てのよい服を着た男女2人が玄関で待ち構えていて、それぞれ挨拶をしてくれた。


 それとは別に、後ろに従者たちが控えていて、俺たちの持参した荷物を受け取ってお部屋にお運び致します、と言って去って行く。


「ピューイ!」

 アエラキが、鼻と耳をヒクヒクとさせながら、周囲の様子を伺っている。


「わかるか?ここはお前の故郷の山だ。アエラキのお父さんお母さんたちも近くにいると思うぞ。せっかく久しぶりに来たんだ、後でみんなでご挨拶に行こうな。」


「ピョルッ!」

「ピューイ!」

「タノ……シミ……。」


 反応が3人だけなのは、さすがにキラプシアはペットなので、連れては来れないだろうと思い、マジックバッグの中に入っているからである。後で洗面器にお湯をはって、温泉を堪能させてやろう。


 もともとの住処でキラプシアたちの世話をしていた、木工加工職人のアンデオールさんいわく、キラプシアの種族はあまり水で体を洗う習慣がないとのことで、日頃はお風呂に入れたりはしないが、お湯がまったく苦手というわけでもないとのことだった。


「お体も冷えたことでしょう。夕食の前に少し温泉で温まりませんか?」

「いいですね、そうしましょうか。」


 温泉に来たからには、たとえ1泊でも3回は風呂を堪能しないとな。俺はとにかく温泉や銭湯が大好きで、のぼせない程度に何度も風呂に入るんだ。温めのお湯に長時間浸かりながら本を読むのも好きだな。


 景色の見える室内風呂や、個室の露天風呂なんかで、のんびりゆっくりするのもかなり好きだ。昔は程度がわからなくてよくのぼせていたが、まず足から温めて、それからゆっくり肩まで浸かりながら、手足を外に出していると、割とのぼせずに長時間湯船に入っていられる気がする。


 サウナのように冷水の風呂があるところだと最高だな。温めるのと冷やすのを交互に繰り返すのは、温冷交代浴といって、昔からある治療法のひとつだそうだが、冷たい風呂と温かい風呂を交互に入ると、片頭痛とか肩こりなんかが、すぐによくなるんだよな。


 そう思っていたら、ここにはのぼせ防止の為に冷水の風呂も、建物内の大浴場と、露天風呂の双方に設置してあるのだそうだ。最高じゃないか。両方絶対堪能しようと決めた。


 露天風呂は食事の後に入るとして、まずは建物内の大浴場を試してみよう。カイアはすぐに根っこからお湯を吸ってしまうので、足にビニール袋を巻いて、輪ゴムと靴下でずれないように固定してやる。


 こうしないとうちの子はお風呂に入れないのですが、とパーティクル公爵に確認をとったところ、貴族の女性が入浴する際は、専用の衣服を身に着けて入り、従者に洗ってもらうこともあるとのことで、問題ないそうだ。


 安心して根っこにビニール袋を巻いて、輪ゴムと靴下で動かないようにしてやったカイアを抱っこして──ビニール袋が滑るので、自力じゃ歩きにくいようだ──子どもたちと共に建物内の大浴場へと向かった。大浴場は複数種類があって時間によって男女の別を分けているのだそうだ。まるで温泉旅館だな。


 脱いだ服を籠に入れ、大浴場の扉を開けると、まるで現代の温泉旅館のような光景が広がっていた。従業員が入る時の為に、自分で体を洗う人用の蛇口が設置されているとは聞いていたが、それがまるで銭湯か温泉施設のように見える。貴族は従者に洗ってもらうので、湯船から直接お湯をすくって、従業員が桶やタライで頭や体を流すそうで、蛇口は完全に従業員専用とのことだった。現代人の俺としては、それが逆にありがたいけどな。


 アレシスは自分で体が洗えるので、俺はカイアとアエラキのを手伝ってやる。2人も身体構造的に、背中に手が届かないからな。

 どうしても1人じゃ体が洗えないんだ。

 人型に近いお猿さんタイプの精霊なおかげで、アレシスは小さな子が自分でやるように体が洗える。頭だけはシャンプーが苦手らしく、いつも俺が洗ってやる。シャンプーが苦手な子どもは多いからな。無理もない。


 頭を上に向かせて、両目を手で覆わせる。シャンプーが目に入るのを、とにかくアレシスが怖がるからだ。上に向いた状態で頭を洗ってやったら、そのままの体勢でシャワーで頭を流してやりつつ、垂れてくるお湯をタオルでこまめに拭いていやる。そうすると、お湯もシャンプーも顔にかからないので、目にシャンプーが入ることなく頭が洗えるんだ。

 それでもどうしても怖いらしくて、両目を手で覆ってしまうんだけどな。


 アエラキは体にタオルを巻いてやって、塗りつけるように頭にシャンプーをつけて、汚れを落としてやる。赤ちゃんをお風呂に入れる時みたいな感じだな。猫なんかもこうしてタオルを巻いてやると、なぜだか大人しくなるんだよな。アエラキは顔にも毛があるが、そこはもう気にしないことにしている。洗い終えたらアエラキを流してやって終了だ。その後アエラキはお湯で顔を自分で洗った。


 問題はカイアだ。頭に生えた葉っぱは万病にきく薬になる大切な葉だ。口に入れる可能性が今後もあるので、それをシャンプーで洗うのはなんとなくさけたい。だから枝の根本のところだけを洗うようにしている。まあ、シャワーはかけるから、それである程度の枝の汚れも落ちているだろう。……そもそもカイアの兄弟株のドライアドたちは、お風呂に入らないと言うから、どう洗ってやるのが正解なのかは、正直わからないんだよな。


 子どもたちを洗ってやって、自分の体も洗い終えると、湯船のふちに腰掛けて足を温めていると、脱衣場に通じる扉が開けられて、裸の小さな女の子が入ってきた。キューピー人形に金髪のカツラをおっかぶせただけのような体型の、可愛らしい女の子。宰相のサミュエルさんの娘さんだ。その後ろからサミュエルさんがやってくる。俺は一瞬呆けた後で、


「──サミュエルさん、ちょっと。」

 と、子どもたちにまだ湯船に腰掛けたままでいるよう声をかけつつ、万が一にも湯船に入って溺れたりしていないか、チラチラとそちらに目線をやりながら、サミュエルさんの二の腕を掴んで引き寄せた。

「サミュエルさん、駄目ですよ、どういうことですか。俺、説明しましたよね?」

 俺の言葉にサミュエルさんはキョトンとしたまま、何がいけないのかと首をひねった。


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1話完結でなく、久しぶりに連続したお話です。明日次の話を更新出来るかはわかりませんが、あまり間があかないように頑張りたいと思います。


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