第98話 裏庭の改装
夜になり、ご飯を食べ終えててお風呂に入る時も、カイアはキラプシアを一緒に連れて行きたがった。俺は少し悩んだが、どうするかをキラプシアに委ねることにした。
小さい頃からならすと、お風呂好きになる猫もいることだしな。実家の猫がそれだ。
浅めの洗面器にお湯を入れて、その中にキラプシアを入れてやり、湯船に浮かべる。
こうすればカイアも一緒にお風呂に入っている気分が味わえるだろうと思った。
幸いなことにキラプシアはお湯がお気に召したようだった。カイアは嬉しそうにキラプシアをかまってやっていた。
いざ寝ようという段階になり、やはりというか、カイアはキラプシアと一緒に寝たがって、子ども用ベッドに連れ込んでしまった。
「カイア、それだけは駄目だぞ。キラプシアはとっても小さいんだ。お前の体で潰してしまうかも知れない。朝起きてキラプシアが死んじゃってたりしたら悲しいだろう?」
そう言うと、カイアはとても残念そうにしていたが、キラプシアを両枝でベッドから持ち上げて、俺に手渡してくれた。
「朝になったらたくさん遊んであげような。
キラプシアには専用のベッドを用意してあげよう。ほら、ここに入るんだ。」
俺は底トレイが外せて掃除の楽な、透明なハムスター用のケージの中に、チップ、トイレ砂、水飲み場やらを設置し、更に寝床、ホイール、かじるための木を入れてやった。
こう見えても妖精さんだから別に必要ないのかも知れないが、あって困るわけでもないしな。実際アエラキはトイレに行かないし。
カイアはトイレなのかなんなのか、たまに俺が最初の頃出してやった植木鉢の土に乗って、根っ子を付けていることがある。何をしているんだろうな?と気になってはいるが、本人が説明出来ないので理由は謎のままだ。
ハムスターなら夜行性だが、キラプシアは特にいつ寝るとか、そういうのはないとアンデオールさんから聞いていた。なんなら他の妖精たちが寝ているところを見たことがないと。ひょっとしたら寝ない可能性だってあるよな。動物に見えても動物じゃないし。少なくとも今は眠そうには見えない。
カイアとアエラキが寝るのは2人が精霊だからで、妖精のキラプシアは寝ないものだと言われれば、そうなのか、としか言えない。
もともと精霊にしたって、人間と暮らしていること自体が、本来の姿と異なるのだろうし、生態についてはわかっていないことが多いのは、先日読んだ本で知っている。
翌朝、朝食を取るとすぐに、俺はやりたいことがあったので、カイアとキラプシアを連れて裏庭に出ることにした。
「カイア、キラプシアを一緒に連れて来てくれないか。きっと喜ぶぞ。」
カイアがコックリと体ごとうなずく。アエラキは円璃花が見ててくれている。
リビングで積み木をしていたアエラキを見ていたキラプシアの前に、カイアが近寄って両枝をのばすと、キラプシアはカイアの枝の上に素直に乗った。キラプシアはカイアの体の上を移動して頭の上に乗っかったのたが、カイアは気にせずそのまま歩いて、俺とともに裏庭に出た。かわいいな。
「さて。カイア、手伝ってくれないか?」
カイアは俺にそう言われて不思議そうに首をかしげ──る為に体ごと横にかたむけた。キラプシアもカイアの頭の上で、体をかたむけて真似っ子をしているのが大変愛らしい。
カイアの頭には髪の毛の代わりのようにまばらに枝が生えているのだが、そこに乗って器用にバランスを取っている。
最初は急に足元がかたむいたことで焦って反対側に飛び移ったのだが、すぐに慣れて落ち着いたかと思ったら、おんなじポーズを取り出したので思わず笑ってしまった。
俺は家の裏の庭の前に穴を掘って、アンデオールさんの村の森にあった木の若木を出して植えた。そしてカイアに、
「この木を大きくして貰えないか?」
と頼んだ。キラプシアを譲り受ける際に、何か気にかけてやれることがあるか聞いたところ、アンデオールさんから言われたのは、時々大きな木のあるところに連れて行ってやって欲しいというものだった。樹木の妖精は本来木の上で暮らしているものらしい。
大きな木があると落ち着くのか、あまり木から離れていると良くないのかも知れない。
俺は神様から貰った能力で、直接大木そのものを出すことも出来るには出来るが、それだと本当にただ出すだけなのだ。地面の上にドンッと大木が乗っかるだけになってしまって、根っこが地面の奥にのびてゆかない。
根っこが地面に深く根付かなくては栄養が吸収されなくて、すぐ駄目になってしまうからな。カイアの植物を育てる力を借りることにしたのだ。こっち側は兵士の人たちも来ないし、向かいは川で人家もない。わざわざ遠くに出すより近くにあったほうがいいだろうからな。カイアが若木に両枝をかざすと、若木はぐんぐんと大きくなり、2階に届こうかという大きさまで成長した。
「そんなものでいいぞ。ありがとうな、
キラプシアは大きくなった木を見て、嬉しそうにチチィ!チチィ!と鳴いた。
ピョン!とカイアの頭の上から飛び降りると、すぐに木の上に器用に登っていき、枝の上にチョコンと乗っかって、枝の上から流れる川を眺めているようだった。
「気に入ってくれたようだな、良かった。」
しかしいい感じの日陰が出来たなあ。これはウッドデッキなんて置いたら気持ちがいいんじゃないか?外でお昼寝やバーベキューなんてのも良さそうだ。そう思うとすぐにやらないと気が済まなくなるのが俺だ。さっそく道具を取り出して、トンテンカンテンやっていると、音が気になった円璃花が部屋から裏庭に出てきて様子をのぞきだした。
「何を作ってるの?」
「ああ。──パーゴラ屋根付きのウッドデッキを、ちょっとな。」
「パーゴラ?」
と円璃花が首を傾げた。パーゴラとは、つる性の植物をからませる棚のことで、隙間をあけて組んだ木に葉を茂らせることで、屋根代わりとして利用するものだ。
花や果実など好みの物を育てる楽しさもあり、冬場に落葉する植物を選べば、季節によって日差しの量を調節も出来る。普通の屋根でもいいんだが、植物が多いほうが、カイアもキラプシアも喜ぶだろうからな。
しかし何を植えようかな?食べられるものにするなら、ぶどう、アケビ、ゴーヤなんかが代表的だが。みんな喜ぶかな?
ただ、雌しべに雄しべの花粉を手でつけてやらないと、受粉がしにくい。ぶどうは特にそうだ。おまけに甘くするのが大変だから、普通に育てていると、ちょっと酸っぱい実になってしまう。緑の皮の状態の時の、ちょっと酸っぱい果実も俺は好きだが。冷凍してアイスの実のようにしてよく食べたものだ。
アケビはパックリと割れたところから見える黒い種のまわりの白い部分が甘くなっていて、そこを食べるのだが、ほとんどついていないのでほぼほぼ種だけだと言ってもいい。
うちでは種のまわりしか食べなかったが、皮を料理して食べる地方もあるという。ゴーヤに似た苦味のある味らしいが。
「ここに植物を植えて、つるをパーゴラにからませて、植物に日陰を作って貰おうと思っているんだが、お前なら何がいいと思う?まだ何を植えるべきか悩んでいるんだ。」
「素敵!なら薔薇がいいわ!」
「薔薇か……。育てたことないんだよな。」
確かにつる薔薇を植えているパーゴラはよく見かけるな。とても美しいが。
「──ん?」
カイアが俺の服の裾をクイクイッと引っ張って見上げてくる。両枝を嬉しそうにフリフリしているのがとても愛らしい。
「なんだ、カイアが手伝ってくれるのか?」
カイアがコックリとうなずいたので、
「なら薔薇にしてみるか。」
俺は全体をフランソワ・ジュランビルというつる薔薇に決め、パーゴラの両サイドにフェリシアとマダム・ピエール・オジェという薔薇を植えてみた。それをカイアが両枝をのばして薔薇に向け、みるみるうちに、ぐんぐん大きくしてくれた。つるがパーゴラに絡んでいき、とても美しい姿を見せた。
「キレイ!凄い!素敵!素敵!」
円璃花は大興奮で喜んでくれた。カイアがとても誇らしげなのが俺も嬉しい。
俺ひとりの家にあるものだった場合には、ピンクの薔薇のパーゴラだなんて、ちょっと恥ずかしいけどな。だが木造りの家の雰囲気には合っている気がする。急に我が家全体が華やかになった。
俺はウッドデッキとパーゴラに網を引っ掛けて登れるようにして、さらにその前にトランポリンを置いた。ウッドデッキから登って降りられる滑り台も置き、キラプシアの為に大きくして貰った木にはブランコをくくりつけた。滑り台はウッドデッキの上に置いても遊べる軽さの物だ。大人用には寝そべることのできるデッキチェアを2つ並べた。
「どうだ?裏口からすぐに出られるし、ちょっとくつろげるスペースになっただろ。」
「ほんとね!座ってみてもいい?」
「ああ。どうぞ。」
円璃花はデッキチェアに寝そべってのんびりと川を眺めた。
「気持ちいい……。癒やされるぅ〜。」
そう言ってうっとりと目を細めている。
「せっかく遊び道具を設置したことだしな、アエラキも連れてこよう。」
そう言うとカイアがコックリとうなずいたので、俺とカイアの2人でアエラキを家の中まで迎えに行った。
「アエラキ、新しい遊び道具を設置したんだが、良かったら遊んでみないか?」
ひとりで黙々と積み木で遊んでいたアエラキは、ピューイ!と鳴き声を上げると、積み木を放り出して俺たちについてきた。
カイアはアエラキの手を取って、最初にまずブランコに一緒に乗りたがった。2人でゆらゆらと揺られているところに、キラプシアが木の上から降りてきて、2人の体の上を行ったり来たりする。……かわいいな。
俺は急いで家に取って返すと、2階に駆け上がってデジカメを手にすると、急いで階段を降りて、そんな3人の様子を動画モードとカメラモードで撮影したのだった。
ピンクのつる薔薇のパーゴラの横で、ゆらゆらとブランコに揺られている3人の姿は、まさに夢のように可愛いらしかった。そんな俺の姿を見た円璃花が、
「……譲次……。あなたって本当に可愛らしいものが好きよね……。」
と言ってきたので少し恥ずかしかった。
するとアエラキがカイアを誘って、ブランコから降りて移動すると、今度は一緒に滑り台を交互に滑っていた。トランポリンも登る用の網も、すっかりお気に召したようだ。
「そのブランコって、大人も乗れるの?」
「いや、木の枝に引っ掛けてあるだけだからな、というか全部子どもたち用に出したものばかりだから、大人は耐荷重的に無理だ。」
「なーんだ、残念。乗りたかったのに。」
あいたブランコに円璃花が乗りたがったのだが、全部無理だと告げるとがっかりしていた。まあ、木から降りてるブランコなんて、確かに大人でも乗ってみたいかもな。
「そうだ、円璃花に頼みがあったんだ。」
「頼み?何?」
「今度出す店で、コボルトという、喋る犬のような種族の伝統を伝える商品を出すつもりなんだがな、コボルトにもネイルのような伝統があってな。お前にもデザインに協力して貰えないかと思ってな。」
「──本当!?ネイルの店を出すの!?」
「いや、ネイルの専門というわけじゃないんだが、そういうコーナーをもうける予定なんだ。俺じゃデザインに偏りが出るからな、円璃花のセンスを貸して欲しいんだ。」
「もちろんよ、願ってもないわ!いつかこの世界でもネイルを流行らせたいと思っていたもの!喜んで協力させて貰うわ。」
円璃花はデッキチェアからガバッと起き上がるとそう言った。
「良かった。それでな。ジョスラン侍従長から、お前が家を出るのは駄目だが、人が俺の家を訪ねてくる分にはいいと言われているんだ。だから店に立ってくれる予定のコボルトを、家に招きたいと思っているんだが。」
「私は構わないわよ。」
「分かった。じゃあさっそくコボルトたちに手紙を書くよ。お前も店に立てれば楽しいんだろうが、今回はすまんな。」
「仕方ないわ、政治絡みじゃね。」
円璃花はそう言って肩をすくめた。カイアとアエラキとキラプシアは、目の前で3人で楽しげにトランポリンで遊んでいた。
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