第99話 コボルトの店を狙う影

 俺はカイアたちを裏庭に残して家の中に戻ると、手紙を飛ばす魔法であるミーティアを使い、アシュリーさんとララさんにあてて手紙を書いた。ミーティアは急ぎの時用の、手紙が鳥の姿に変わる魔法で、急ぎでない時はリーティアという、手紙が蝶々に変わる魔法を使うそうなのだが、なんとなくすぐに返事が欲しくなってしまったのだ。


 特に期限をもうけて動いているでなし、別にのんびりでもいいようなものだが、電話やメールやSNSに慣れた現代人の悪いところだよな。エドモンドさんに教えて貰ってからというもの、アシュリーさんたちにも以前会った時に、リーティアとミーティアを渡しておいて、何度かやり取りしている。


 コボルトの住んでいる場所とは、かなり距離があるから、これかなり助かるんだよな。

 内装業者のサニーさんとも、細かいやり取りはそれを使ってやってくれている。全体のことは俺が決めるが、コボルトの伝統を活かした内装にする予定だから、こればっかりはコボルトに聞かないと分からないしな……。


 おかげでリフォーム工事も始まったことだし、出来る準備はすすめておきたいからな。

 裏庭に出てミーティアを飛ばすと、俺も円璃花の横のデッキチェアに寝そべって、遊んでいるみんなを眺めた。しばらくは積み木よりもこっちで遊びたがるかも知れないな。

 するとどこかから、ヒラヒラと蝶々が飛んで来て、俺のそばに寄ってくる。


 アシュリーさんからの返事かな?さっきの今だというのに、ずいぶんと早いな?

 いや、そんな筈はさすがにないか。向こうに届いてすらないだろうからな。そう思って手のひらを上に向けると、蝶々が手紙に変化して俺の手のひらに落ちた。だが差出人をよく見ると、それはサニーさんからだった。


 取り決めはすべて終わって、既にリフォーム工事が始まっているから、この時点でサニーさんとやり取りすることも、今はもうそんなにないんだが、どうしたんだろうな?

 冒険者たちのストライキで材料が手に入らないとかだろうか?そう思って読みすすめていくと、何やら不穏なことが書いてあった。


『店の改装工事が始まってからというもの、時々店を覗きに来る怪しい人影があります。また、夜中に何度かボヤ騒ぎがありました。

 王城の警備兵が見つけてくれて、大きな火事にはなりませんでしたが、火の気もないことですし、完全に放火だと思われます。』

 そんなことが起きていたのか……?


『コボルトの店だということは、まだ公にはなっていない筈ですが、どこかで聞きつけた人から、嫌がらせを受けているのかも知れません。まずはご報告まで。サニー。』

「なんだって……!?」

 俺は思わず口に出してしまっていた。

「──どうしたの?」


 ただならぬ様子の俺に、円璃花が驚いたように体を少し起こして俺を見てくる。

「さっき言ったコボルトの店のことなんだがな、かなり雨で建物が傷んでいたから、使える部分を残してリフォーム工事の真っ最中なんだが、どうも嫌がらせを受けているみたいなんだ。コボルトは元が魔物だから、この国の人たちに反発を受けているんだが……。」


「そうなの?コボルトを嫌っている人たちがそれをやっているのは確実なの?」

「まだ分からない……。

 だが、俺が店をやろうとしている場所は、王城近くの貴族街の一等地だ。夜も城の警備の兵士がうろついているような場所だというのに、俺の店だけわざわざ何度も放火する理由は、たまたまでは絶対にないと思う。」


「確かにそれはそうね……。」

 円璃花は眉をひそめた。

「すまないが、ちょっと店に顔を出してきたいんだ。様子を見てきたいし、内装業者と話もしたい。子どもたちを頼めるか?」

「ええ、もちろんよ。」

「ありがとう、行ってくる。」


 俺の様子に、遊んでいたカイアも心配そうな表情を浮かべた。

「大丈夫だ、サニーさんに会って店の状態を確認したら、すぐに戻ってくるから。カイアはここでアエラキとキラプシアと遊んでおいで。お姉さんに迷惑をかけないようにな。」

 そういうとカイアはコックリうなずいた。


 俺は馬車に乗って、急いでコボルトの店へと駆けつけた。

「おお、来たのか、ジョージ。」

「エドモンドさん!いらしてたんですね。」

 腕組みしながらコボルトの店のリフォーム工事を見上げていた、ルピラス商会の副長であるエドモンドさんが、俺に気がついて笑顔を向ける。だがその表情は少し険しい。


 店は屋根が取っ払われて、壁のレンガも剥がされて、ほとんど骨組みだけの状態になっている。もとは木組みの建物だったので、レンガはあくまでも外壁の役割だ。レンガの壁なら耐火の役割があるから持ちこたえると思うが、この状態の建物に火がついたら、あっという間に燃え落ちてしまったことだろう。


「サニーさんから手紙をいただきました。」

「うん、俺もそのことで来た。ちょっとただごとじゃないな。放火ってのは、明らかにこの店に害をなす意思があるということだ。」

「それも何度もだと……。まったく知りませんでした。コボルトの伝統品をてがける店だということは、公表していないのですが。」


「コボルトの店だから、という理由で狙われているのかはまだ分からないが、もしもそうだった場合、店が始まってからも、しつこく狙われ続けないとは言えないだろう。

 そうなると店に立つコボルトたちにも、危険が及ぶ可能性があるだけに、今のうちに解決しておきたいんだがな……。」


「はい……。俺もそれが気になっていて。反発は多少あるものと思ってはいましたが、さすがに放火ともなると……。なにか犯人の手がかりがないかと思って来てみたんです。」

「業者たちが、何度か店を覗いている人間に気が付いて、追いかけたそうなんだが、どうにも取り逃がしてしまったらしい。」


「そうでしたか……。残念ですね。その人たちに話を伺いたいのですが、呼んでいただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ。もちろんだ。」

 エドモンドさんが現場で働く作業員数名を呼んでくれ、俺のことを店の経営者だと説明してくれた。それを聞いた作業員さんたちの表情が、パアアアアッと明るくなった。


「ああ!ジョージ・エイトさんですね!

 俺はルーガと言います。お会いするのは初めてですが、いつも差し入れをありがとうございます!みんなこの現場に来るのがとても楽しみで、毎日楽しく働いてますよ!」

「──差し入れ?なんだい、そりゃあ。」

 エドモンドさんがルーガさんの言葉に、俺を振り返ってたずねてくる。


「ああ、はい。飲み物と、お菓子と、保冷剤を、午前と午後に一回ずつと、お昼ご飯の差し入れの配達を、近くのお店に頼んでいまして。俺の家はここから少し遠いので……。

 その時間は休憩していただいてるんです。

 一度も顔を出せずに申し訳ありません。」

「とんでもないです!」

「……休憩が多くないか?ジョージ。」

 エドモンドさんが驚いた顔をする。


「俺の地元では、大工さんへの差し入れはこれが普通ですよ。まあ、お昼ご飯を出すかどうかは、その家によって違うでしょうが、午前と午後の差し入れは絶対ですね。」

「そ、そうなのか。」

「建ててくださる大工さんへの感謝の気持ちのあらわれですね。危険な作業ですし。」


「まあ、屋根に登るわけだしな……。」

「ずっと聞きたかったんですが、この、ずっと冷たい輪っかはなんですか?あと、冷たいお茶の入ったこのポットはなんですか?」

「これはアイスネッククーラーですね。冷たさが長持ちして繰り返し使えます。これは魔法びんというもので、冷たさだけでなく、暖かさも短時間であれば保てるものですね。」


「──魔法!?魔法なんですか!?」

「……いや、名前がそうなだけですね。」

「小袋に入ったお菓子も食べやすくて有り難いですよ!好きな時に食べれますし、家族に持っても帰れますし。」

「それは良かったです。」

 矢継ぎ早に質問してくる作業員さんたちの勢いに押されながらも答えていると。


「──ジョージ。」

「はい。」

「あとで話があるんだが。」

「……。分かりました。」

 商売のチャンスとばかりに目を輝かせたエドモンドさんが、食い気味に俺の肩を両手でガッシリと掴んで見つめてきたのだった。


「質問はそれくらいにしてやってくれ、ジョージはお前さんたちに聞きたいことがあってここに来たんだ。なあ?ジョージ。」

 エドモンドさんが間に入ってくれる。

「あ、はい。放火の件でちょっと……。」

 そう言うと、作業員さんたちは気色ばんで両手のひらを拳に握って振り回した。


「信じられませんよ!こんないい施工主さんの建物を狙うだなんて!」

「まったくだ!職人ギルド総出で犯人に抵抗しますよ!必ず役人に突き出してやります!

 俺たちが大切に建てている建物を、燃やそうとする奴を許す職人は、この国にはいませんよ!俺たちも自発的に見回りしてます。」


「そうなんですか?ありがとうございます。

 ですが、勤務時間外のことですし、そこまでご迷惑はかけられませんよ。それに執拗に放火してくる犯人が、どれだけ危険かも分かりませんし、皆さんの身の安全を考えると、気安くお願いするわけにも……。」

 俺は職人さんたちの気持ちがとても嬉しかったが、同時に困惑してしまう。


「それなら、うちの警備兵をかそうか?

 日頃からジョージには世話になっているからな。警備兵なら問題ないだろう。」

 エドモンドさんがそう言ってくれた。

「本当ですか?それなら助かります。」

「俺も考えていたんだ、執拗に放火してくる犯人ってのは、おそらく諦めないだろうからな。だいぶ危ない感性の持ち主と言える。」


「そうですね……。うちの店への粘着性すら感じます……。単独犯ならいいですが、もし複数だとなると、店を開始したらもっとひどくなるという可能性すらありますし……。」

「うちも出資してる店だ。守るのは俺の仕事でもあるさ。ジョージは心配しなくていい。

必ず犯人を見つけてみせる。」


「分かりました。お任せします。」

「だからだな、その、アイスネッククーラーとやらと、魔法びんをだな……。」

「分かりました、すぐに出しますよ。」

 俺は思わず笑ってしまった。

 俺たちはいったん作業員たちに挨拶をしてその場を離れ、ルピラス商会に移動した。


「これがその、アイスネッククーラーと魔法びんになります。アイスネッククーラーは、22度以下の流水か、冷凍庫で凍らせるタイプのものてすね。冷凍庫のない店が多いので流水でも凍らせられるものにしてみました。

 ──試してみられますか?」

「もちろんだとも。」


 エドモンドさんは流しでしばらく、アイスネッククーラーに流水をかけていたが、

「ほ、本当に流水で凍ったぞ!?

 これはなんだ、魔道具なのか!?」

 驚いて流しから飛び出て来た。

「まあ、そんなようなものです。

 繰り返し使えて便利ですよ。」

 

「なんてことだ……。夏場に外で仕事する奴らが全員買うぞ、これは。」

「魔法びんは10時間以上、冷たさと暖かさを維持できるものになりますが、本来は室内での使用を想定したものですので、屋外だとせいぜい近場での使用で、馬車などの長距離移動だと、こぼれるので使えませんね。」


「それでもじゅうぶん便利だぞ……。

 これは売れる!うちの従業員の分だけでも今すぐにでも欲しいくらいだ!」

「分かりました。

 いくつくらいお出しすればいいですか?」

「そんなにすぐに手に入るのか?」


 俺の言葉に驚愕するエドモンドさん。……まあ、頼まれてすぐに渡せるだけの在庫を抱えておきながら、それを売らない商人なんていないからな、気持ちは分かるが、そこは知らんぷりをしていただくしかない。

「ええ、まあ。」

 とだけ答えておいた。


「ジョージは本当に欲がないな。」

 俺も別に欲はあるが、そういう方向にないというだけである。

「じゃあ、魔法びんをとりあえず500、それとアイスネッククーラーを1万個だな。」

「そんなにですか!?」

「そんなにはないか?」


「いや、出せますけど……。」

「ジョージ、これは革命なんだ。流水で凍らせられる保冷具だなんて、未だかつてないんだぞ?よその国からも引く手あまただろう。

 俺はこれでも足りないと思っているくらいだぜ?すぐに追加を頼むことになるだろう。

 連絡をしたら、すぐに持ってこれるか?」


「はい、まあ。」

「じゃあ、とりあえず、今言った分を倉庫に置いてくれ。うちの従業員の分はさっそく配らせよう。うちの従業員の分だけでも、先に精算するか?」

「いえ、まとめてで結構です。」

「分かった。じゃあ行こうか。」


 俺はエドモンドさんが御者をつとめる馬車の隣に座り、いつもの倉庫街へと移動した。

 倉庫街では忙しなくたくさんの人たちが、汗をかきながら働いていた。

「お前たち、今日はいいものを持って来たから、それぞれの班長を呼んでくれ。」

 エドモンドさんが倉庫の従業員に声をかけた。すぐに十数人の男性が集まってくる。


「これは今度売り出すことになったアイスネッククーラーというものだ。流水で冷やしたり冷凍庫で凍らせて何度でも使える首用の保冷剤だ。全員の分を配るから、班長が代表して取りに来てくれ。それとさっそく流水で凍らせて全員に配るように。」

 エドモンドさんが俺が見本で渡したアイスネッククーラーを見せながら言う。


「よし、ジョージ、この籠の中にアイスネッククーラーを出してくれ。」

「わかりました。」

 俺はエドモンドさんが用意してくれた籠の中にアイスネッククーラーを入れてゆく。

「さあ、順番に受け取るんだ。」

 そう言われて、不思議そうにしながらも、班長たちはアイスネッククーラーの入った籠を受け取ると、流水をかけに歩いて行った。


 するとすぐに遠くの方から、

「うわっ!?なんだ!?本当に凍ったぞ?」

「冷たい!こいつは気持ちがいいぜ!」

 と声が聞こえた。

 それを聞いた倉庫の従業員たちが、我先にと自分の班長のところにかけよって行く。


「慌てるな!全員の分があるんだ!」

「おい、誰だ2人分取りやがったのは!」

 大騒ぎである。

「あとはこれは保温と保冷をかねた魔法びんってやつだ。氷を入れた飲み物を作ってみんなに配ってやってくれ。」


 エドモンドさんがアイスネッククーラーを配り終えた班長たちに言う。全員しっかりアイスネッククーラーを装備していた。

「ああ、なら今、入ってるのを出しましょうか。次からは入れ替えて貰わないと、勝手に補充はされないのであれですけど。」

「本当か?すまない。」


 俺は冷たい氷入りのお茶をイメージして、魔法びんを出した。全員が自分のマグカップを持っているらしく、班長からまわされた魔法びんの中身をついで、ゴクゴク一気に飲んでいる。

「うんめえ!」

「こんな冷たいものが飲めるなんて!」


 みんなとても嬉しそうだ。

「じゃあ、残りはこの倉庫の中に出しておくから、休憩が終わったら整頓しといてくれ。

 俺はまた戻るからな。」

 エドモンドさんに案内された倉庫に、アイスネッククーラーと、魔法びんの残りを出すと、満面の笑みのみんなに手を振られながら俺たちは倉庫をあとにした。


「本当に、どこからあんなものを仕入れてるんだ?ジョージは謎だらけだな。

 ……ひょっとしたら、店に対する放火も、ジョージを妬んでということはないか?」

「俺を、ですか?」

 帰りの馬車の中で、エドモンドさんが首を傾げながらそう言った。


「ルピラス商会と組んでデカい取引をしている奴がいることは、それが誰だか知らなくても、ちょっと商売に携わってる奴なら知ってることさ。そして今度そいつが店を出すってこともな。だとしたら、コボルトに対する反発じゃなく、ジョージに対する妬みの可能性だってあると俺は思うぜ。」


 ……確かに、大きく儲けている個人は少ないだろう。冒険者ならいざ知らず、商人ともなると、もとから商売している人間からしたら、あんまり面白くはないかも知れないな。

 俺は腕組みをしてうなった。だんだんそんな気がしてきたのだ。

 店に戻ると、俺たちに気が付いた作業員のみんなが、屋根の上から手を振ってくれる。


 そして、それが、あっ!とでも言いたげな表情になったかと思うと、一斉に屋根の上から俺たちの馬車の後ろを指さした。

「なんか、後ろを指さしてませんか?」

「後ろを?なんだ?」

 俺とエドモンドさんは、御者席から身を乗り出して後ろを振り返った。


 すると、こちらを見ていた人影が、俺たちの視線に気が付いて、建物の影にサッと身を隠した。──あいつか!

「ジョージ!何を!」

「奴を追いかけます!」

 俺はゆっくりと走っている馬車の御者席から飛び降りると、急いで影を追った。

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