第96話 瘴気にとらわれた理由

 一見ハムスターのような白い体に真っ赤なお目々。──アルビノというやつだろうか?

 よく見るとイチゴのヘタのようなものは、葉っぱで出来た王冠のようだった。

「チチィ!チチィ!!」

「キュウ……。」

「すまんなあ、腹がすいたよなあ、もうここにはワシの食べるものもないんだ……。」


 アンデオールさんは、ひもじげに鳴く妖精たちに、そう声をかけて慰めた。

「えっ、アンデオールさんも、何も召し上がってはいないのですか?外の兵士たちに声をかければ、何か持って来て貰えるのでは?」

 とたずねたが、アンデオールさんは残念そうに首を横に振った。


「彼らはこの場所を離れられんのだそうだ。

 以前交代の時にでも持って来てもらえないかと頼んだんだが、上に許可を取りますと言ったっきり返事がなくてな。それで仕方なしに息子に頼んだら、だったらここを離れて一緒に来いの一点張りで話にならん。」

 ああ、それは……。


「申し訳なかったが、近所で育ててる野菜をいただいたりもしてみたが、ついにはそれすらなくなっちまった。どうにもならんよ。」

「この子たちは、何を食べるんですか?」

「野菜か木の実だな、肉は食わんよ。」

「野菜か木の実ですか……、果物はどうですか?草食なら食べそうな気もしますが。」


「果物?なんだ?そりゃあ。」

「食べたことがありませんか?甘みが強くて調理しなくともそのまま食べられる、果実のことをさします。小さいものは木の実のこともありますね。俺もうちの子たちも大好きですよ。甘いものがよほど苦手でなければ、大人の男性でも食べられるものですね。」


「ああ、そういう食べ物か。なら絶対多分好きだと思う。ここいらじゃあまり見かけないが、そういうものもあるとは聞いたことがあるよ。ここは甘いものが貴重でな、森の木になる実くらいしか手に入らんのだ。多分食べさせてやったら凄く喜ぶだろうな。」

「そうですか、なら、何が好きかは分かりませんが、色々食べさせてみましょうか。」


 俺はニンジン、カボチャ、トウモロコシ、サツマイモ、レタス、イチゴ、バナナを出して、食べやすい大きさに切ったものを、ビニールシートを出して、その上に広げて置いてみた。だが妖精たちは離れたところから、こわごわとそれを眺めて寄っては来なかった。

「この人のくれたものは大丈夫だ、怖がらずに食べてごらん、お前たち。」


 アンデオールさんがそう言うと、まずは大人と思わしき大きさの妖精たちがビニールシートに寄ってきて、少しずつ野菜をかじりだす。そして、チチィ!と鳴いたかと思うと、子どもたちも寄って来て一斉にビニールシートの上のものを食べだした。特にイチゴとバナナを口にした瞬間は見ものだった。


 ( ˘ω₍˘ )⁾⁾( ˘ω₍˘ )⁾⁾( ˘ω₍˘ )⁾⁾( ˘ω₍˘ )⁾⁾モグモグ


 全員ちっちゃな両手で可愛らしくイチゴとバナナを持って無表情に食べていたのが、


 ∑(๑ºдº๑)!∑(๑ºдº๑)!∑(๑ºдº๑)!∑(๑ºдº๑)!!


 一斉にビクッとして、目と口を開いて固まっていた。よほど美味しかったのかな?

 可愛らしいなあ。大人たちが、まだ食べていない子どもたちに。子どもたちも、まだ食べていない親たちに。それぞれがイチゴとバナナを差し出して、食べてみるよう、うながしているのがまた微笑ましいな。


「こいつらは樹木の妖精でな、なぜかワシと妻に懐いてくれて、ずっとここにいついてくれとる。本当に可愛い奴らだよ。」

 美味しそうにイチゴとバナナを頬張る妖精たちを、アンデオールさんは目を細めて見つめていた。妖精たちがアンデオールさんにもどうぞとイチゴとバナナを差し出してきた。


「それはお前たちが食べなさい。」

 アンデオールさんは優しく微笑みながらそれを断った。俺はアンデオールさんにはお茶と親子丼を出してスプーンを渡した。アンデオールさんは、プラスチック製の容器を物珍しそうに眺めてから、蓋をあけて親子丼をひとすくいし、すぐにモリモリと食べだした。食べ終えた容器はあとで俺が回収した。


「……なぜ、樹木の妖精である彼らが、こんなところに?俺は冒険者ギルドから、妖精は森にいるとうかがったのですが……。」

 俺の言葉に親子丼を美味しそうに食べていたアンデオールさんは悲しげに眉を下げた。

「……始まりは瘴気に取り憑かれた魔物が、この森に侵入してきたことが原因だった。」


 アンデオールさんは膝に登って体を擦り寄せる妖精たちを愛おしげに撫でる。

「……こいつらは森で素材を伐採中に襲われたワシのことを、全員で守ってくれようとしたんだ。妖精も魔法が使えるからな。

 その結果、魔物は倒されたが、夫婦ものが一組、子どもの目の前で死んじまってな。」

 そんな……。


「まだとても小さい、可愛らしい子でな。それがあの子には耐えられなかったんだろう。

 ──愛しいものを亡くしても、悲しみにとらわれすぎるな、闇がとらえにくる。

 昔からこんな言葉があるが、魔物の体から離れた瘴気がその子を襲った。……その子は瘴気にのまれ、凶暴化しちまったのさ。」


 なんということだ……。その子もアンデオールさんを守ろうとして近くにいたのだろうか。そのせいで目の前で親を失って、嘆いているその子が襲われただなんて。

「いくら瘴気にのまれたとは言っても、もとは仲間であり、ほんの小さな子どもだ。とても攻撃なんて出来やしなかったんだろう。だからこいつらは逃げるしかなかったんだ。」


 そんな、まだ感情のコントロールも難しい年頃の子どもに、目の前で親を亡くして悲しむな、というのはとても無理だろう。大人だって難しいのだ。だが瘴気はその隙を逃さず妖精の子どもの体を操ったということか。

「……分かりました。なんとか助けられないか、試させていただけませんでしょうか?」


「助ける?試す?どうやって。」

 アンデオールさんは、訝しげに、だがほんの少しだけ期待をにじませた表情で俺を見てきた。助けられると約束出来るわけじゃないから、あんまり期待し過ぎないで欲しいが。

「──内緒にすると約束して下さいますか。

 俺は出来ることなら、その子を助けてやりたいと思ってここに来たのです。」


「あの子が助けられるのであれば、どんな協力でもしよう。だが、どうすりゃいい?」

「固く誓っていただければそれで。」

「ああ、分かった。精霊の真名に誓おう。」

 アンデオールさんはそう言うと、お釈迦様のようなポーズを取った。見慣れないポーズと言葉に俺が困惑する。

「……それはなんですか?」


「精霊は真名を知られると人に縛られると言う。だから精霊の真名に誓うというのは、決して違えぬ誓いをたてるという意味がある。

 何か効力があるわけじゃないが、まあ心の持ちようだな。これを言うというのは、俺たちにとっては重い約束だということだ。」

「……なるほど、よく分かりました。──それではうちの子の力を借りたいと思います。

 うちの子は、植物の中の精霊王である、ドライアドなんです。」


 俺はそう言うと、マジックバッグから、カイアとアエラキに出て来て貰った。

「ド……ドライアド様だって?そりゃあ、ワシら木工加工をなりわいにしとる人間からすりゃあ、神様のようなもんだ。」

 アンデオールさんら驚いたように目を丸くした。アンデオールさんも、コボルトと同様にドライアド教の一員なのかな?

 マジックバッグから出てすぐに、アエラキは空中に浮かんであたりを見回した。


 カイアは目の前にいる、可愛らしい樹木の妖精さんの姿に、パアアアアッと目を輝かせて見つめていたかと思うと、そっと妖精さんたちに近付こうと歩み寄ったのだが。

「チチッ!チチィ!」

 樹木の妖精たちは一斉に駆け出すと、カイアのまわりをぐるりと取り囲むようにして、ピッと背筋を伸ばしてカイアを見上げた。


「ピョッ!?ピョル!?」

 カイアがその様子に驚いて、俺に助けを求めてくるように目線を向けた。

「なんてことだ……。本当にドライアド様だとは。こいつらが平伏しとる。」

「これってそういうことなんですか?」

 驚いてカイアと妖精たちの様子を見ているアンデオールさんにそうたずねた。


「ああ。死んだのはこいつらをまとめていた子たちだったんだが、その子たちにもよく同じことをしていたよ。」

「……そうだったんですね。

 カイア、だいじょうぶだ、この子たちはお前のお仲間みたいなものだから、そういう風にしてくれているらしいぞ。」


 俺の言葉に少しだけ安心したような表情を見せたものの、仲良くしようというよりは、従いますって感じのポーズだからか、カイアはやっぱり少し戸惑った様子だった。

 妖精さんたちはとっても可愛らしいから、カイアとしてはお友だちになりたかったんだろうからな。すっかり気に入ってたみたいだし。まあこれが精霊と妖精の関係性だと言われれば仕方がないんだが。


「カイアは瘴気を払う力を持っています。ですが俺はこの子を自分の子どもとして育てているので、俺としては危険な目には合わせたくないとも思っています。なので、少し離れたところからガードしながら、瘴気を払えるか試してみようと思っているのです。」

 俺がアンデオールさんにそう告げると、やはり期待に満ちた表情をしたあとで、少し悲しげな表情を浮かべた。


 必ず助けられるわけじゃないと知って、がっかりしちまったんだろうな。だが俺としてはカイアを危険な目に合わせてまで、妖精を助けるつもりはなかった。何よりもカイアの安全が第一優先だ。これは譲らない。

「そうか……。それでなんとかなってくれたらいいが。申し訳ないが、ドライアド様にお願いしてもいいだろうか?」


「はい、必ずや……とまでは言えませんが、出来ることなら助けたいです。その、瘴気にとらわれたという、妖精の子どものところまで案内してはいただけませんでしょうか?」

「分かった、ついて来てくれ。」

 アンデオールさんはさっき入って来た、室内に通じる方の納屋のドアに、内側から鍵をかけると、外に通じるドアの鍵をあけた。


「こっちだ。」

 アンデオールさんは、外に通じるドアにも鍵をかけて、妖精たちをついて来させないようにしたもんだから、アンデオールさんを守るつもりでいる妖精たちが、中で焦って、チチィ!チチィ!と鳴いているのが聞こえる。

「すまない、お前たちをこれ以上危険な目には合わせられんのだ。」


 俺にとってカイアの安全が何よりも最優先なように、アンデオールさんにとっては妖精たちの安全が最優先なのだろう。

 妖精たちの悲しげな鳴き声に後ろ髪をひかれながら、アンデオールさんについて森の中を進んでゆくと、やがて木々が開けたところに出て、アンデオールさんがこの先だ、と言った。アンデオールさんを見てうなずく。


 俺は魔法陣を印刷した清められた紙を取り出し、いつでも唱えられるようにした。

「瘴気に取り憑かれた妖精さんが現れたら、まずはお父さんが魔法陣で妖精さんが逃げないように動きを封じるから、カイアはそこにいて瘴気をはらえるか試してみてくれ。」

 俺がそう言うと、カイアは俺を見ながら体を倒してコックリとうなずいた。

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