第95話 妖精さんの正体

 俺は次の日の早朝、みんなと食べる朝食を作る前に、どうにも我慢が出来ずに冷蔵庫からキュウリとトマトを取り出した。

 カイアが育ててくれた野菜たちは、すべてが一度に実を付けたわけじゃなく、成長速度を早めただけのものだったらしい。


 実の付き方には同じ木でも差があるものだから、収穫後に改めて収穫可能になったものもチラホラあったのだ。

 それをまだ日が昇らないうちに収穫して、冷蔵庫で冷やしておいたのだ。トマトには塩だけ、キュウリには味噌とマヨネーズを付けてポリポリとかじる。


 ──ん〜〜美味い!!

 やっぱりキュウリは細身で黄緑色で、尖って痛いくらいのイボイボがたくさんついていて、先端に萎れた黄色い花がちょこっと取れずについているくらいが一番美味いよなあ!

 人に出すには素材そのもの過ぎるから、お客に出したことはないが、俺はこの食べ方が一番好きなのだ。


 俺の夏休みの朝食は、いつも父が取ってきた朝採りのトマトとキュウリだった。トマトは木で赤く熟したものが一番美味い。

 市場に出回るものはまだ緑の状態で収穫して、流通過程で赤くなるものが多いから、硬いしパサついているし、酸味も変な感じがするものだ。トマトが嫌いな人は、木で熟したトマトを知らないんじゃないか?と思う。


 そいつに塩だけふってガブリとかじる。口の中に広がる水分と、ほんのりとした甘み。

 この美味さを知らない人生じゃなくて本当に良かった!一気にまるごと1つトマトを食べてしまう。ああ、駄目だ駄目だ、つい野菜だけで腹いっぱいにしちまいそうだ。子どもの時は毎朝そうだったしな。……だって美味いんだよなあ。


 贅沢な時間を過ごした俺は、朝食の支度に取りかかった。今日は妖精の森のクエストに行く予定だから、あんまりゆっくりご飯を食べている時間はないな。そこに住む人々はずっと避難していて、長いこと自宅に帰ることが出来ないというから、早くなんとかしてやらないとな。妖精さんともども。


 朝食の準備を終えると、円璃花がカイアとアエラキとともに、階段を降りてくる音がする。カイアは自分で歩いて来たが、アエラキはまだ眠そうな円璃花に抱っこされて降りて来た。まったく甘えん坊だな。それとも男の子だから女性のほうがいいんだろうか。家で飼ってた鳥も、メスは家族の中でも男性ばかりに、オスは女性ばかりに懐いていたしな。


「今日は出かけるのよね?」

「ああ、妖精の森のクエストに向かう予定だから、朝食を食べたら出かけるよ。」

「そう、気を付けてね。」

 俺がカイアの食事を、円璃花がアエラキの食事を手伝いながら、お互いを見ずにテーブルを挟んで会話する。


 円璃花とは泊まり合うだけで一緒に暮らしたことはないし、当然その時も子どもなんていなかったが、特に違和感なく当たり前のように、子どもの世話をする両親のような生活をおくっている。あのまま別れなかったら、こんな未来もあったんだろうな、とは少し思う。円璃花が仕事の為に俺と別れたがったんだから、そこは仕方がないが。


 普段と比べると、あまりご飯の量を食べない俺を見て、円璃花が、体調でも悪いの?と聞いてくる。俺は恥ずかしくなりながら、

「実は朝つまみ食いをしたんだ……。」

 と答えた。

「──つまみ食い?カイアちゃんやアエラキちゃんに分けてあげずに、あなたが1人で食べたの?本当に?嘘でしょう?」


 2人がたくさん食べたがった場合、日頃俺の分をおすそ分けしているのを、見ている円璃花が驚いてそう言ってくる。まあ、普通なら俺がひとりじめはありえないからな。

「いや……、その、キュウリとトマトを朝採りして冷やしたのを、素材そのままで食べたくてな。それで……。トマト1つとキュウリを2本食べちまって……。」


 素材のままでも美味いが、2人にはたくさん栄養を取って欲しいから、素材そのままを食べさせたことはないからな。アエラキもウサギみたいな見た目だが雑食だし。2人に素材ままで食べさせるつもりはなかったんだ。

「ああ、そうだったの。あなた本当に野菜が好きねえ、譲次。前に行商のおばあちゃんからも野菜買って、やってたわよね、それ。」


「──そうだったか?」

「そうよ、わざわざコンビニで味噌とマヨネーズを買って、キュウリだけでお腹いっぱいにしちゃってたじゃない。一緒に旅行に来てたのに、私1人で朝ごはんを食べて、あなた目の前でコーヒーだけを飲んでたのよ。」

 円璃花が、納得、という表情でうなずきながら、思い出話をしてくれる。


「ああ、そうだった……。それでなんとなく野菜だけでお腹いっぱいにして、一緒ご飯を食べないのはまずいなと思ったんだ。

 それ自体はあんまり覚えてなかったけど、当時悪いことしたなと思ったんだろうな。」

 本当に恥ずかしいな。いくら好きだからといって、恋人との旅行で一緒に朝ごはんが食べられなくなるくらい夢中になるとか……。


「──まあいいけどね。譲次みたいに図体が大きくてコワモテ気味の男性が、嬉しそうにキュウリを頬張る姿が可愛くて面白かったから、見てて楽しくて気にならなかったし。」

「……それは何よりだ。」

 恥ずかし過ぎて他に何も言えなかった。というか、俺の食べている姿は面白いのか?


 朝食を食べ終えると、カイアとアエラキにはマジックバッグの中に入って貰って家を出た。円璃花は1人で暇だからということで、新しい雑誌と仕事道具を出してやった。

 せっかく時間があるから、新しいネイルのデザインを考えたいらしい。志半ばで夢を奪われちまったんだものなあ。こっちでも活躍出来る場面を作ってやれればいいんだが。


 馬車を乗り継いで目的の場所へと向かう。目的の村ガスパーは、妖精の森という、妖精の守護のある森に育つ木を加工した、木工品で生計をたてている場所なのだそうだ。

 妖精の守護は精霊ほどでないにしても強いから、普通に育つよりも強くてじょうぶな、加工しやすい木が育つのだそう。


 ただし妖精は気まぐれで、精霊が一度守護すると決めた相手を変えないのに対し、突然どこかに行ってしまうことも多いのだとか。

 そんな中で、ガスパー村の森は、長いこと妖精に愛されている森で、ガスパー村の家具といえば他国にも通じるほどらしい。


 俺が王城で見た継ぎ目のない椅子も、ここの生産品だという。強くてじょうぶだから、馬車の車輪は大半ここのものが使われているとかで、ここが魔物の脅威から開放されないと、今後人々の足がなくなることにもなってしまう。確かに緊急性が高い案件だった。


 俺が馬車を降りて村に近付くと、村は閉鎖されていて、警備の兵士が村の前に立っていた。冒険者認定証を見せて、冒険者ギルドから派遣されて来たことを告げる。彼らはこのあたりの役人だそうで、冒険者たちがストライキにより来ないことを聞かされていたらしく、とてもホッとした表情を浮かべた。


「中にはもう村人はいないとのことなんですが、もし泊まりになることになった場合、集会場などの、お借りできる場所はありますでしょうか?寝袋は持って来ていますが、俺の家は遠いので、馬車が間に合わなくなる可能性が高いので……。」

 俺がそう言うと、兵士たちは顔を見合わせた。


「それが……、まだお一人だけ残ってらっしゃいまして……。」

「──残ってる?危険なんですよね?」

「はい、息子さんも連日いらして、説得されているのですが、どうにも頑固で……。

 ガスパー村で一番の木工職人の方なのですが、村と最後まで共にすると聞かず……。」


 なんとまあ。頑固な職人さんならそういうこともあるのかも知れないよな。自分の命よりも、心血を注いでいる仕事のほうが大切だということか。これは一刻も早くどうにかしなくちゃだな……。

「あっ、噂をすれば、です。あの方が息子さんのリーフレットさんです。」


 近くから歩いて来たのか、徒歩でこちらに近付いてくる若い男性に気が付いた兵士が言う。息子さんも職人なのだろうか?作業着のような服の上に、分厚いエプロンのようなものを身につけている。兵士の方たちとは顔なじみらしく、朗らかに挨拶をしていた。

「……親父は相変わらずですか?」


「……そうですね。我々の言葉には耳も貸してくれません。早く避難したほうがよいのですが……。我々も目の前で人が亡くなるところを見たくありませんし、それが国の至宝、アンデオールさんともなれば、尚更です。」

「困ったもんだな……。」

 リーフレットさんと呼ばれた男性は腕組みしながらそっぽを向いてため息をついた。


 国の至宝と呼ばれているということは、かなり有名な職人さんなのか。国としても失いたくないところなんだろう。

「──中に入っても?」

「今は静かですので、短時間であれば……。

 あ、こちらは冒険者ギルドから派遣されていらした冒険者の、ええと……。」


「ジョージ・エイトです。よろしくお願いします。」

「ああ、こんなところまで遥々どうもありがとうございます。遠かったでしょう?

 森の近くに村があるので、ちょっと不便なんですよね。ですがそのかわりに珍しい木がたくさん生えているので、俺たち職人にはありがたい村なんです。」


「あなたも何か木工品加工のお仕事を?」

「はい、とは言っても俺は木工品の中でも、樹液を加工する職人なんですよ。この村でも俺しかいません。」

「──樹液、ですか?」

「これですね。」

 リーフレットさんは分厚いエプロンのポケットから、何やら取り出して見せてくれる。


「これは……、ゴム、ですか。」

「ゴム?あなたはこれをご存知なのですか?俺はまだ名前をつけていないのですが。」

「ええ、まあ。俺の地元では生活に欠かせないものですね。」

 確かにこの世界に来てから、見たことがなかったなあ、ゴム製品。


「そうなんですか!やあ、嬉しいなあ、誰もこれの素晴らしさを分かってくれないんですよ、だけど俺はこれから必須なものにしていきたいと思っていて。特にこれを馬車の車輪にする研究をしてまして。」

「──車輪?ですか?」

 タイヤってことか?


「馬車って、お尻が痛いじゃないですか?樹液は衝撃を吸収する性質があるので、こいつを木に代わる車輪に出来れば、きっと長距離の移動が楽になる筈です。」

「確かに。とても素晴らしいと思います。俺たちの地元でも、ゴムの車輪の乗り物が出来てから移動がとても快適になりましたよ。」


「そうでしょう、そうでしょう!」

 リーフレットさんは嬉しそうに、両方の拳をブンブン振りながらそう言った。

「妖精の森を見にいらしたんですよね?もし出来たらでいいのですが、その前に親父の説得に協力していただけませんか?母を亡くして家族はもう父だけなんです。それに、職人として、とても尊敬しているんです。」


「構いませんよ。」

「ありがとうございます!」

 兵士の人たちがバリケードをよけてくれ、俺とリーフレットさんはガスパー村の中へと入ったのだった。

 村の中は閑散としていて、慌てて逃げだしたのだろう、そこここにひっくり返った木桶や、風に飛ばされた洗濯物があった。


「こっちです。」

 リーフレットさんの案内で、国の至宝である木工加工職人、アンデオールさんの家へと向かう。アンデオールさんの家はガスパー村の一番奥の、森に最も近い場所にあった。

 これは……。襲われたら逃げる間もなく、ひとたまりもないだろうな。よく今まで無事だったものだ。


「──親父、俺だよ。お客さんを連れて来たんだ。」

 リーフレットさんがドアをノックする。

「2度と来んなと言ったろう!!」

 中からしゃがれた怒鳴り声が聞こえた。

「何言ってんだい。今日は父さんを連れて家を出るまで帰らないからな。」

 そう言って、鍵を取り出して家の鍵をあけて中に入り、俺にどうぞ、と言った。


「ふん、勝手に入ってきやがって。」

 ギロリとくぼんだ目を光らせながら、白髪に白いヒゲの男性がリーフレットさんを睨んでいる。この人がアンデオールさんか。なるほどな、とても頑固そうだ。

「勝手にもなにも、ここは俺の家でもあるんだぜ?入って当然だろ。」


「お前はこの村を捨てて逃げたんだ。もう家に入る権利なんざ、あるもんかね。」

「捨ててなんかない、安全になったら戻るつもりさ。みんなだってそうだよ。どうして父さんはそんなに残ることにこだわるんだ。」

 リーフレットさんが呆れたように言う。

「今日は冒険者の人にも来て貰ったんだ。

無理やりにでも連れ出すよ。」


 リーフレットさんが俺の方をチラリと見ながらそう言った。え?そういうつもりで俺をここまで連れて来たのか?

「この村の森を守護してくれている妖精を見捨てたお前たちの為に、妖精がいつまでもここにいついてくれるとでも思っているのか。

 妖精は気まぐれだ。それでもいてくれることを、当たり前に思っちゃいねえか?」


 確かにアンデオールさんの言いたいことも分かる。精霊はずっと守護対象を変えないけれど、妖精はそういうわけじゃない。それに今まで妖精の守護の恩恵を受けて生活をしてきたのに、いざ妖精が危険な目にあったら、我先に逃げ出すのかと言いたいのだろう。

 アンデオールさんは、この森も妖精たちも愛しているんだな。


 俺だって、もしもカイアたちが守護してくれることで恩恵を受けている人たちが、カイアたちが襲われたら、自分たちだけは逃げ出して、カイアたちを放っておいたらと思うと腹が立つ。感謝しろとまでは言わないが、なぜ自分たちには無関係だと思えるのかと。

「……わかりますよ。」

「ああん?」


 会話に割って入った俺に、アンデオールさんが、ようやく気が付いたかのように、こちらに視線を向けた。

「妖精とともに生き、妖精に生かされてきたんですよね、この村は。それなのに、妖精のピンチに自分たちだけで逃げる。俺でも腹が立ちます。何か出来ることがないまでも、最後までともにあろうとするでしょうね。」


「──ジョージさん!?」

 父親を説得してもらう──もとい、俺に無理やり父親を家から連れ出させるつもりだったリーフレットさんが、驚いて俺を見る。

「……あんたは少しは話がわかるようだな。

 いいぜ、見せてやろう。こっちに来い。」

 俺の目の奥を、見定めるように覗き込んでいたアンデオールさんは、そう言って膝に手をついて立ち上がった。


 お前はついてくるな!とリーフレットさんに言い残して、アンデオールさんは俺に、家の奥へと来るよう促した。

「こっちだ。」

 アンデオールさんが俺を案内してくれたのは、家の中から外の納屋につながっているという扉の前だった。


「俺だ。お前たちに助けを連れて来たぞ。

 ……安心しろ、絶対に助けてやるからな。

 扉をあけるぞ?」

 そう声をかけて、中にいる何かを驚かせないように、ゆっくりと扉を開けた。

 納屋の中には、たくさんの白い小動物のような生き物が、怯えたように集まっている。


 白い小さな体に短い尻尾の、イチゴのヘタのようなものを頭に乗せた生き物が、まるで猿団子のように納屋の中で身を寄せ合っていた。これはあれだ。ハムケツというやつだ。

 白い小さな生き物たちが、こちらを振り返り、アンデオールさんに駆け寄ってチチィ!と鳴いた。──イチゴの妖精さんかな?

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