第94話 冒険者ギルドの緊急招集

 次の日、突然冒険者ギルドからの使いの人が、我が家をたずねてやって来た。ドアを開けると、周囲を兵士に囲まれた物々しい状況に、冒険者ギルドからの使いの人は、なんだか恐れおののいた表情で、兵士たちにジロジロと見られながら家の中に入って来た。


 冒険者ギルド職員を示す、身分証明書代わりのバッジを身につけているから、普段はどこに行くにも見とがめられることなどないのに、正式な通達であるかの証明書提示と、これからは事前訪問連絡をお願い致しますと、兵士たちに言われてしまったのだそうだ。


 おかげで昨日一度冒険者ギルドに戻ることになりましたよ……、と使いの人がぼやいていた。昨日来てくれていたのか。俺は外出していたから、そんな押し問答があったことにまったく気が付いていなかった。

 俺は円璃花に頼んでカイアとアエラキを2階に避難させ、使いの人にお茶を出した。


 使いの人はありがとうございます、と朗らかにお礼を言ってからお茶を飲んで、再びキリッとした表情になって、テーブルの向こうの俺に向き直った。まだ幼い顔立ちをした男性なので、無理にしっかりしているように見せようとすることで、なんだか微笑ましい。


「──Aランク冒険者であるジョージ様に対して、冒険者ギルドよりの強制招集が発動致しました。偵察クエスト、ただし状況に応じて討伐に切り替える依頼であると聞いてはいますが、基本討伐前提になるのことです。」

「──えっ。年一回の強制招集義務は、先日果たしたばかりですが?」


 確かにAランク以上は強制招集があるが、Aランクは年一回程度と聞いていて、それは先日コボルトの集落の近くの、偵察クエストで義務は果たされている。

 前回は人が足らないとかで、Bランクまで招集されたとか言っていたっけな。


「僕はただの使いの者なので、詳しくは冒険者ギルドで聞いて下さい。冒険者たちが待遇改善を求めてクエストを拒絶して、誰一人すべてのクエストをやろうとしないのだとのことです。今現在冒険者が足らないので、緊急性のあるものに対して、冒険者ギルドとしては、強制招集を行っているとのことです。」


 つまりはストライキということか?なんで急にそんなことに?この国は冒険者の税制優遇制度もあることだし、割と扱いがいい立場だと思っていたんだがな。収入に応じて税金を引き上げられたら、いくら高収入だとはいえ、本当に危険なクエストには誰も行かなくなってしまうからだと聞いている。


 使いの人が帰ったあとで、俺は円璃花に事情を話し、急な話だがこれから冒険者ギルドに向かうことになったと告げた。

「──すまない、とりあえず行ってくる。」

「分かったわ、2人は見ておくわね。」

 2人ともすっかり円璃花に懐いているから遊ばせておいても問題はないとは思うが、それにしても何があったんだろうな?


 俺は円璃花にカイアとアエラキの世話を任せて、急ぎ冒険者ギルドへと向かったのだった。冒険者ギルドの中は閑散としていて、日頃は募集が貼られたクエストボードの前に集まっている冒険者たちが1人もいなかった。

「ジョージさん!急にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。」

 見慣れた受付嬢がカウンターの奥で立ち上がって、申し訳なさそうに出迎えてくれる。


「冒険者によるストライキが起きたと伺いましたが……いったい何があったのですか?」

「──ストライキ?」

 受付嬢が意味が分からないという風にキョトンとしたので、話を聞き間違えたのかと一瞬思ったのだが、なんのことはない。ああ、こっちにストライキという言葉はないのか。 

「冒険者たちが一切のクエストを拒絶していると伺いましたが……。」


「あ、はい、そうなんです。無理のないことではあるんですが、緊急を要するものもあるので困っていまして……。」

「ちなみに原因は分かっているんですか?」

「はい。以前ジョージさんに、強制招集で偵察クエストで組んでいただいた、B級冒険者パーティーを覚えていらっしゃいますか?」


「はい、パーティーのメンバーのお一人は、ご近所さんの顔見知りの方でしたし、よく覚えています。」

「その中のお一人の、魔法使いの方のことなんですが、住宅街に出没した魔物の討伐クエストで、民家を破壊してしまったんです。それが法に触れてしまうことなので、冒険者認定証を剥奪されることになってしまって。」

 ──そんなことになっていたのか。


「……ですが、その場にいた役人の指示によるものだったんですよね、それ。民家に逃げ込んた魔物を、民家ごと破壊せよという指示をされて、自分や周囲の人の命がかかっていたこともあって、緊急性から魔法使いの方は民家に攻撃魔法を放ちました。当然住民の方は避難されてましたので、誰も中にはいませんでしたが、それでも法律は法律で……。」


 ……日本でも昔あったよなあ。害獣が住宅街に逃げ込んで、住民が避難した団地かどこかで、猟友会の人が警察官の指示で発砲した際、銃筒が団地の壁に向いていたとして、発砲した人が逮捕されちまって、免許を永久に剥奪されるとかいう、理不尽な事件が起きたんだったか。俺もライフルと散弾銃を所持していたから、他人事じゃなかったんだよな。


「それに怒った他の冒険者たちが、魔法使いの方の冒険者認定証を返せと、職場放棄を起こしたと言うわけなんです。」

 住民の避難は完了しており、人のいない壁に向かって発砲したところで、当然被害者はいない。今回もそれと同じだ。

 その時も、それでも融通のきかない日本の法律がそれを許さなかった。住宅に向けて発砲した罪をその猟友会の人は背負った。


 ゴーストタウンで信号無視したとしても法律がある限り運転免許の点数は引かれる、と言ったワイドショーのコメンテーターがいたが、自分の意志でなく警察官の指示なのだ。命の危険がかかっていたのだ。

 交通法でも身の危険を感じた際の信号無視はお咎めにならない場合も多いのに、それでも現在まで彼の免許は戻っていないと聞く。


 今回の魔法使いの件も同じことになってしまうのだろうか?その扱いに対して、同じ冒険者たちが反発したということか。

「緊急性があるとのことですが、どのような内容なのでしょうか?他の冒険者たちが現場を拒絶しているということは、……俺1人で対応することになるのでしょうか?」

 俺はそこが気になった。


「……はい、そうなります。そこは本当に申し訳ありません。それと、緊急性がある理由は、討伐対象が妖精だから、になります。」

「──妖精?」

「妖精は精霊ほどではありませんが、瘴気の影響を受けて魔物化した場合、強い力であたりを破壊して人々を襲うんです。だから緊急性が高い討伐案件ということになります。」


「ちょっと待って下さい、妖精って、あの妖精ですか?蝶々みたいにヒラヒラ空を舞ってる、あの、小さくて可愛らしい……。」

「チョウチョウみたい?」

 受付嬢が首を傾げる。

「あの、手魔蝶みたいな……。」

 俺は手紙を飛ばす魔法の名前を告げる。


「ああ、リーティアですか。ああいう風ではないですが、確かに妖精はすべからく小さくて、可愛らしい見た目をしていますね。私も出来ることなら討伐したくはないです……。

 あと、今回の妖精は空は飛びません。小動物に似た形をしていると聞いています。」

 と受付嬢は言った。


 妖精ってあれだろ?精霊の眷族みたいなもので、カイアとアエラキの仲間みたいなものだ。……おまけに小動物みたいな見た目だってのか?それを俺に──始末しろと?

「あの、討伐しか道はないのですか?

 その……。」

 瘴気の影響であるのなら、アエラキの父親のカーバンクルの時みたく、瘴気をはらえばいいだけなんじゃないのか?


「……聖女様が降臨なされば、瘴気をはらっていただくことで、妖精は救えると思いますが、まだそんな話は聞いていないので、現時点では討伐しか道はないと思います。」

 そうか。円璃花が降臨したことについてはまだ対外的には伏せられている。王族の間でしか知られていないのだろう。


 円璃花に頼めないのかな?外出禁止をどうにか今だけといてもらえないだろうか。

 王族に直接連絡は出来ない。俺はジョスラン侍従長あてに魔法の手魔鳥──ミーティアで連絡をとってみることにした。

 ミーティアは鳥の姿に変わる魔法のかかった手紙だ。急ぎの連絡に使用するもので、のんびりした連絡でよければ手魔蝶を使う。


 対象者あてに届くので、どこにいてもミーティアが追いかけて来てくれるのだという。

 俺は冒険者ギルドのカウンターを借りてジョスラン侍従長宛の手紙を書いて飛ばした。

 自宅に戻るとカイアが小走りで迎えに来てくれる。カイアを抱っこして、ただいまと告げると、俺は円璃花に今回の事情を話した。


「そうなの……。確かに私が外出出来るのなら、なんとかしたいところだわ。悪いのは瘴気で、妖精さんたちじゃないものね。

 ……それに食べもしない小動物を殺すだなんてこと、まあ実際には小動物じゃないにしても、譲次に出来るわけがないものね。」

「そうなんだ……。」


 俺は盛大にため息をついて、テーブルの上に置いて組んだ指に額を乗せた。

 そこに、コツコツ、と窓をつつく音が聞こえた。──ミーティアが戻って来たんだ!

 カーテンをあけて窓をあけると、ミーティアが鳥の姿から手紙に変わって俺の手のひらの上に落ちる。俺は窓をしめてかぎをかけ、カーテンをしめてテーブルに座り直した。


 俺は期待を持ってジョスラン侍従長からの手紙を読んだのだが。

「……駄目だそうだ。この国で保護してはいるが、聖女様の瘴気を払う力の優先権は、所属することに決まった国にあるから、所属が決まってその国の許可をえれば出来るが、所属を話し合ってる今は、まったく動けないらしい。政治が絡むとなると難しいな……。」


「そうなの……。残念ね。この国の王族に迷惑はかけられないもの、それは仕方がないけど、困ったわね……。」

「代わりに、いずれお前にセレス様から温泉のある別荘への招待状を贈るから、その時には外出してもいいとさ。」

「本当!?この世界にも温泉があるのね、それはすっごく嬉しいわ!」


 円璃花は椅子から立ち上がって喜んだ。

「譲次も行くのよね?」

「ああ、俺はもともとご主人のパーティクル公爵に、招待を受けていたからな。

 アエラキは招待を受けていないが、あの時はまだ俺とも出会う前だったからな。カイアも招待してくれていることだし、セレス様がアエラキも誘って下さるだろう。」


「そうなのね!楽しみ〜。」

 俺の家に閉じ込められている円璃花は、久しぶりに堂々と外に行けるとあって、本当に嬉しそうだった。

 それにしてもどうしたもんだろうな。瘴気を払えば済むというだけのことなのに、政治が絡むせいで円璃花は身動きが取れない。


 せっかくの聖女様の力も、こうなると宝の持ち腐れだな。人の命がかかってるともなると、討伐しないわけにもいかないのか……。

 俺は肩を落として、意味もなく小動物の命を奪うことに萎えた。するとカイアが心配そうに俺の服をクイッと引っ張ってくる。


「心配してくれるのか?ありがとうな、カイア。ん?撫でてくれるのか?」

 カイアが椅子にのぼって、いい子いい子してくれる。カイアは本当に優しいなあ。

「ピョルッ!ピョッ、ピョルッ!」

 カイアが枝の手をフリフリしつつ、何かを必死に訴えている。


 カイアは表情に出やすいから、言葉はわかならくても大抵の場合は、言いたいことが分かるんだが、今回はさすがに何を言っているのか分からない。

「すまないカイア、分からない……。

 ごめんな、お父さん、カイアの言葉が分かってあげられなくて……。」


 俺がそう言うと、カイアはしょんぼりとしてうつむいてしまった。いつかカイアとアエラキが人の言葉を話せるようになるまでは、時々こうしたことがおこるんだろうなあ。

 すると今度はアエラキが、急に風魔法を使って空中に浮かび上がったかと思うと、カイアと俺の周囲をクルクルと飛び始めた。


 そうして俺の方をじっと見てくる。

「なんだ?今度はアエラキまで、いったいどうしたっていうんだ?」

 するとカイアがアエラキに枝の手をかざして、カイアもアエラキも幻想的な金色の光に包まれる。……待てよ?この光景どこかで見たような気がするぞ?


「……ひょっとして、アエラキのお父さんを助けた時のことを再現してるのか?」

「ピョッ!ピョル!!」

 カイアが嬉しそうに枝の手をフリフリしてニコーッと笑う。

「助けた?カイアちゃんが、アエラキちゃんのお父さんを?どういうこと?」

 円璃花が不思議そうに聞いてくる。


「それがな……。アエラキもカーバンクルっていう精霊なんだが、以前アエラキのお父さんも、瘴気につかまって操られちまったことがあってな。それをカイアが瘴気を払って助けたのさ。カイアはドライアドって精霊の子株なんだが、その兄弟の子株いわく、精霊は瘴気を払う力を持つことがあるらしい。」


「つまりカイアちゃんは、私の代わりに自分が行くと言っているんじゃない?アエラキちゃんのお父さんを助けた時みたく、譲次の為に妖精の瘴気をはらおうってことでしょ?

 だってカイアちゃんは譲次の守護精霊なんですものね。譲次が妖精を助けたいのなら、なんとか手伝ってあげたいのよね?」


 円璃花の言葉に、カイアがコクコクとうなずく。首がないから体ごと倒す感じで。

「──駄目だ駄目だ、カイアにそんな危ないことはやらせられない。アエラキのお父さんの時だって、凶暴になって大変だったんだ。アエラキはお父さんに攻撃されて死にかけたんだぞ?またそんなことにでもなったらどうするんだ。カイアを連れて行く気はない。」


 俺がそう言うと、カイアはしょんぼりしてしまった。

「私、まだ瘴気にかかった魔物やら生き物やらを解放したことはないけど、それって相手に近付かないと駄目なものなの?」

「それは分からない。ただ相手に触れたところは見たことがないが、カイアはいつも対象物に近いところで魔法を使っていたからな。近くないと駄目かも知れない。」


「そうなの。案外不便なのね。」

「……いや、待てよ……。」

「どうしたの?」

「カイアがこの間雨を降らせたことがあったんだが、それは空に手をかざしただけだったな……。雲に手が届くはずもないしな……。」

 俺はラグナス村長の村での出来事を思い出していた。あの時は空に枝を向けただけだ。


「それなら、安全なところからでも出来るのかも知れなくない?一度試してみたらどうかしら。それで駄目なら討伐する。それならカイアちゃんも危なくないでしょう?

 譲次は妖精さんたちを助けたい、カイアちゃんはそんな譲次を助けたい。だったら試さずに討伐する手はないんじゃないかしら。」


「ううん……。」

 俺は腕組みをしながらうなった。しばらく思案した結果、

「──カイア、お父さんと一緒に、遠くから妖精さんたちの瘴気を払えるか、試してくれるか?決して無理をしたら駄目だぞ?」

 俺がそう言うと、カイアは嬉しそうにピョルッ!ピョルッ!と枝を振ったのだった。

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