第93話 夏野菜カレーと、豆乳コーンスープ
「──ただいま。」
自宅に戻ると、警護してくれている兵士のみなさんに、お帰りなさいと笑顔で挨拶をされ、それに同じく笑顔で挨拶を返して家の中に入ると、迎えに走って来てくれたカイアを抱き上げ、そのまま円璃花とアエラキを見ながら俺はそう言った。
俺に出会うまで森の中で一人で暮らしてきたカイアは、俺と離れるととても寂しがる。
以前お泊りした際も泣いてしまってアーリーちゃんに手を握って貰って寝たというし、円璃花とアエラキが一緒にいてもそれは変わらないようだった。
俺を守護しているとはいえ、ご両親と下の兄弟たちと一緒に暮らしてきたからか、アエラキは動じることなくマイペースに円璃花に積み木遊びを手伝って貰っていて、まったく俺に振り返らない。お帰りなさいと言っているのか、ピュイッと鳴きはしたが。
「野菜を届けるついでに、王立図書館で精霊の成り立ちについて、少し調べてきたよ。
やはりカイアの植物を育てる力は、かなり珍しいもののようだった。」
「……そう。それならやっぱり黙っておくのが正解ね。譲次と引き離されるカイアちゃんなんて、見たくないもの。」
円璃花は床に敷かれた絨毯の上で、アエラキの積み木遊びを手伝いながら、こちらを見上げてそう言った。
「お前の聖獣についても、出来ればなにか調べたかったんだがな。正直まったくなんの資料もなかった。精霊は基本見えないだけでたくさんいるみたいだが、聖獣は聖女様しか扱わない特別な存在だからなんだろうな。」
「基本見えないの?」
円璃花が不思議そうに言う。
「ああ。誰にでも姿が見える時点で、かなり力の強い精霊だということだった。
姿が見えないだけで、守護されている人間はたくさんいるんだとさ。」
「へえ?守護霊みたいなものかしら?」
「自然界に存在するものだから、ご先祖さまみたく必ず守護されてるってほどじゃあないみたいだけどな。」
「ふうん?私にもついてたりするのかしら。アエラキちゃん、なにか分かる?」
円璃花にそう言われてアエラキが不思議そうに首を傾げて円璃花を見る。
「……なんにもいなさそうね。」
「だな。」
ガッカリする円璃花に俺は笑った。
「まあお前はいずれ聖獣を手に入れるんだからな。精霊よりも特別な聖獣を従わせる聖女様を守護しようとは思わんのかも知れん。」
「でも、今はなんにもいないのよ?」
円璃花は納得いかなそうにそう言った。
「精霊ですら取り憑かれる瘴気を払うのが聖女様だからな。精霊よりも強いんじゃないのか?それなら守護する精霊がいないというのも、無理のないことだろうからな。」
「んむむ……。そう言われると……。」
円璃花は顎に軽く握った拳をつけて、納得しきれなそうにしながらも納得した。
「まあ、いずれは聖獣が手に入るんだ、それを楽しみにすればいいさ。」
「そうね。あー、でもどんななんだろ?
手に入る時はタマゴで、生まれてみるまではどんな聖獣だか分からないっていうから、すっごくドキドキするわね!」
「なんだったら嬉しい?」
「やっぱり猫かしら!おっきな猫にくるまって寝てみたいわあ。」
「乗って移動するんだろ?猫の背中に乗るのか?乗りづらそうだな。」
「それは確かにそうね。お腹の中にならともかく、背中は無理そうかも……。」
「──お腹の中?
ああ、猫バスみたいにか?」
「そう!あれ乗ってみたくない?
子ねこバス羨ましかったあ〜。」
「再現してるやつも、子どもしか入れなかったしな。あれは確かに俺も乗りたかった。」
「でしょでしょ!」
嬉しそうに円璃花が目を輝かせて言っているのは、某アニメ映画の制作会社の作品たちをテーマにした美術館の話である。
円璃花とそこに行った時に、オリジナルの短編映画を上映していたのだが、映画に出てきた巨大な猫の妖怪みたいな生物の、腹の中に乗れるバスの子ねこ版が出てきたのだ。
俺たちは2人ともテンションが上がり、子ねこバスに乗りたいと話しながら歩いた通路の先で、子どもだけが入れる、その巨大な大人猫のバスを再現した場所が出てきて、座るだけでもいいから入りたかったと、悔しい思いをしながら帰路についたのだった。
「確かにあれなら猫にも乗れるだろうが、聖獣は聖女とともに戦うんだろ?いくらなんでも、バスじゃ戦えなくないか?」
「確かに、それはそうかも……。
両方は無理なのかしら。ああ〜、でもどうしても猫がいい〜!!乗りたい〜!」
「そもそもまだ猫って決まったわけでもないうちから、そんなに悩むなよ。」
「考えてたら、猫になるかも知れないじゃない?ほら、聖女がイメージする姿も影響を与えるかも知れないし?」
そうなると、先代の聖女様はガ○ラをイメージしてたことになるんだが。
「まあ、なんだ、なるといいな、猫に。」
「ええ。楽しみにしてるわ。」
円璃花はニッコリと微笑んだ。
「さて、せっかく野菜が採れたからな、今日の夕飯はそいつを使おう。
みんな、手伝ってくれるか?」
「いいわね!もちろんよ。」
「ピョル!」
「ピューイ。」
全員がいいお返事である。
「かなりの量が採れたからな、外の兵士の人たちにもおすそ分けをしたいんだ。」
この量を一人でやるのは厳しいから、手伝って貰えるのは非常にありがたい。
さすがに俺の手助けがない状態で包丁は使わせられないので、カイアとアエラキには、トウモロコシの下ごしらえを手伝って貰うことにした。
トウモロコシの汚れた皮の部分だけを剥がしてもらい、皮付きのままラップで1つずつくるんでもらったら、それを電子レンジで700wで4〜5分ほど加熱するのだ。茹でるよりも甘みが残って美味しいからな。
冷めたらラップと残りの皮を剥がす。
1列ぶんトウモロコシの粒をはずしたら、あいた部分に向けて粒を倒すと、キレイに粒をはずすことが出来る。この作業、結構気持ちいいんだよなあ。俺は普段トウモロコシを食べる時も、わざわざこのやり方で剥がして食べる。カイアとアエラキもやっているうちに楽しくなったようだった。
ナスは円璃花に大きめにザク切りして貰ったのを、事前に油をからめておいてから素揚げにする。ナスは油と相性がいいからな。
油をからめておくことで余計な油を吸いにくくなるし、高温で一気に揚げることで水分の多いナスもベチャッとならない。
皮の方を下にして入れると、揚げた時に色もキレイに仕上がる。素揚げしておかないと煮た時にどうしても崩れるからな。
事前に塩もみしたり塩水にさらして、水分を抜いておくやり方もあるが、下味がついてしまうので今回はやらない。
俺はオクラの茎を包丁で切り落とし、ヘタとでもいうのかな?六角鉛筆の角になっているような、筋の部分を丁寧に、ハンディタイプの鉛筆削りの要領で、包丁でくるくると剥き取ってやる。
別にしなくてもいいんだが、今日は手伝いの人数も多いからな。この方が口当たりがよくなるし、たまにはな。
時間のない時は、筋の部分から下を包丁で切り落とすので、今日はかなり丁寧に、食べる部分が多くなるようにやっている。
そして表面を塩で揉みこすって、表面のケバケバした細い毛のようなものをこそいでやる。それから熱湯で1分茹でてザルにあけて1度粗熱を取ってやる。
塩もみしてない場合は大さじ一杯程度の塩を入れるといい。このあとまた加熱する予定なので1分なのであって、そのまま食べたり使うのであれば、だいたい2分程度茹でたほうがいい。加熱予定がないなら水か氷水に入れて必ず一気に冷ましたほうがいい。
ちなみにオクラは育てていないので、俺の能力で出したものだ。
それから鶏胸肉を出して、真ん中で途中まで半分に切り、横にスライドさせて包丁を入れ、観音開きというやり方で開いたものに、カイアとアエラキに両面をフォークでブスブスと刺して貰った。
日本酒大さじ8を加えたビニール袋の中でもんでから、酒ごと鶏肉を鍋に入れ、少し水を入れて弱火に近い中火で3分、落し蓋をして蒸し煮にしたら、裏返して弱火で更に2分加熱する。鍋から取り出して冷ましたら、適当な大きさにほぐしておく。予熱で火が通るのでかたくなり過ぎない。
加熱時間は味を染み込ませたいのかどうかと、肉の厚みで変える。
1つ1つ作るので量を作ろうと思うと時間はかかるが、上に散らすだけだから今回は2枚使った。このまま味を染み込ませてもう一品作りたくなってくるが、今回はやることが多いので諦めた。
スライスした玉ねぎを油で炒めたら、市販のカレールウと水を加えて、固形コンソメを2つ、ウスターソースと中濃ソースをひとまわし、コショウ少々を入れたら、半分に切ったオクラとナスを加えてひと煮立ちさせる。
ちなみに我が家のカレールウは、実家の頃からリンゴと蜂蜜のやつである。
コンソメを加えるのは祖母のやり方だ。ソースは俺が加えるようになった。
適当な大きさに切ったトマト、インスタントコーヒーを5つまみほど、お酢を小さじ1入れて弱火で5分煮たら、ご飯を乗せた皿に盛り付け、蒸し鶏を散らして、夏野菜カレーの完成だ。
俺は某カレーチェーン店の夏野菜カレーを週5で食べるほどに好きなので、どうせならと思い具材をそれっぽくしてみた。店だとこれにとろけるチーズが必須である。
ちなみに普段はインスタントコーヒーとお酢は入れない。今回は酸味が欲しかったので加えたのだ。トマトが酸っぱめなら、なくてもいいと思う。
カイアとアエラキがいるので、2人の分は甘口のカレールウにし、コショウを抜いて同じものを作り、更にアエラキの分は片栗粉でトロミをつけた。俺の中ではアエラキは2歳くらいのイメージなんだよな。こうすればお子さま専用カレーでなくとも食べられる。
その間にトウモロコシをひたひたの水で柔らかくなるまで煮ておく。ミキサーにかけてなめらかになるまで潰したら、鍋に戻してトウモロコシ2本あたりにつき、バター20グラム、コンソメキューブ1個、豆乳500ミリリットル、塩コショウ少々を加えて沸騰しないように煮たら、仕上げにパセリを乗せれば、豆乳コーンスープの完成だ。
炒めた玉ねぎを加えてもうまいが、今回はトウモロコシだけにした。
海藻サラダを作り、冷蔵庫からシメジとエノキとエリンギと舞茸の常備菜も出して、今日の夕飯は夏野菜カレーと、豆乳コーンスープと、海藻サラダと、塩、醤油、酒、ニンニクと、オリーブオイルで炒め煮したキノコの常備菜だ。
「じゃあ、おすそ分けしてくるな。すぐに戻るから、少しだけ待っていてくれ。」
「はあい。」
「ピョル!」
「ピューイ。」
俺は鍋つかみで寸胴鍋を持ちながら、円璃花にドアを開けて貰って外に出た。
カレーのいい匂いと、以前俺からおすそ分けを貰っていたことを、他の兵士たちから聞いていたのだろう、寸胴鍋を抱えた俺の姿を見たとたん、外の兵士たちが、わあっ!と声をあげて俺を出迎えてくれる。
「いつもありがとうございます。たくさん作りましたのでよろしければどうぞ。うちで取れた野菜を使っています。」
兵士たちが簡易のテーブルを並べだし、皿の準備をはじめてくれる。俺はまた米の見た目が虫の卵に見えて驚く人がいるといけないので、これは穀物です、とあらかじめ説明しながらご飯を皿に盛り付けていった。
説明してよかった。ご飯が目に入った瞬間ウッとなった兵士もホッとしてくれた。
豆乳コーンスープと、海藻サラダと、塩、醤油、酒、ニンニクと、オリーブオイルで炒め煮したキノコの常備菜も出すと、任務の最中、外でこんな豪華な食事を食べたことがありませんと、兵士たちに驚かれた。
みんな喜んで食べてくれる。暑い日はやっぱりカレーだよなあ。俺も家の中に戻ると、みんなで楽しくご飯を食べたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます