第92話 初めての野菜収穫

 俺がラグナス村長の村から戻ってくると、警護をしてくれている兵士たちが挨拶してくれる。カイアとアエラキは兵士たちにはさすがに見せることが出来ないので、マジックバックに入れて移動している。

「──ただいま。」


 後ろ手にドアをしめて、カイアとアエラキをマジックバックから出してやる。アエラキはさっそく積み木をしまってあるところに走って行き、丸めてあった絨毯を広げて、積み木を出して欲しそうにカイアを振り返って見上げた。カイアが積み木を出してやり、2人で楽しそうに積み木で遊び始めた。


「おかえりなさい。先にお昼食べちゃったわよ?あっちで食べてくるかもとは聞いていたけど、待ちきれなくて。」

 円璃花がリビング兼キッチンで紅茶を飲みながら顔を上げた。

「ああ、すまない。むこうでいただいてきちまったんだ。」


 冷蔵庫には色々と常備菜も揃えてあるし、円璃花も料理は得意なほうなので、それを使って適当に昼食を済ませたようだ。

「そう。──私、身の振り方が決まるまで、ずっとここに軟禁状態なのかしら。

 ……譲次とカイアちゃんとアエラキちゃんといるのは楽しいけど、ずっと家にいるのも息が詰まるわね。」


「……そうだよなあ。

 そうだ、庭に出てみないか?」

「──庭?」

 円璃花は首を傾げた。

「日当たりがいいもんで、庭で野菜を育てていてな。色々あるぞ?

 広いし気分も変わるかも知れん。」


 まあ、俺の家の周辺には家がひとつもないのをいいことに、家の周囲の土地すべてを庭扱いにしているわけなんだが。

「そうなの?ちょっと出てみようかしら。確かに気持ちがいいかも知れないわね。」

 と円璃花は笑顔で椅子から立ち上がった。


 庭のある場所には兵士もいない。真正面が川だし、敵が来るとしても川からは攻めて来辛いからなのかも知れない。人目がない分気が休まることだろうと思ったのだ。

 風呂場の横の廊下の先が勝手口になっていて、そこから直接庭に出ることが出来る。


 ドアを開けて円璃花とともに庭に出ようとすると、

「ん?カイアも出るのか?」

 アエラキとともに積み木で遊んでいた筈のカイアが、いつの間にか足元について来ていて、俺たちとともに庭に出た。

 アエラキは家に一人で大丈夫かな?と一瞬思ったが、近くに危険なものは置いていないし大丈夫か、と思い直した。


 俺は円璃花を育てている野菜のところに案内した。だいぶ伸びてきてはいるが、まだ収穫するにはいたらないので、見て回ってもそこまで面白いものでもないとは思うが、それでも円璃花は興味深げに、これはなんの野菜なの?と目を輝かせて聞いてきて、そのたびに、トマトだナスだトウモロコシだと説明をしてやった。


「いずれ採れたての野菜が食べられるようになるのね!楽しみだわ!」

 一通り案内をすると、円璃花が嬉しそうにそう言った。

「そうだな。たくさん育てているから、育ったらラグナス村長の村にも分けてやれるし、早く実をつけるといいな。」


 俺がそう言った時だった。カイアがトコトコと野菜畑の前に歩み出て、枝の両手を畑の前にかざした。

「……な、なんだこりゃ。」

 すると、グングンと野菜たちが成長しだしたかと思うと、あろうことか実をならせるまでに成長してしまったのだ。


「え?こ、これって、ひょっとしてカイアちゃんがやったの?」

 円璃花が驚いてカイアに問いかけると、カイアはニコーッと微笑んで見上げた。

「ひょっとして、早く育てばラグナス村長の村にも分けてやれると俺が言ったからか?」


 俺がカイアにそう尋ねると、カイアが嬉しそうにコックリとうなずく。

 俺はそのことに戸惑ってしまった。雨を降らせたことといい、樹木の中の精霊王だというドライアドのカイアにとっては、当たり前に出来ることなのかも知れない。


 力をつければ色んなことが出来るようになると聞いているし、それ自体は特別驚くことでなはないのかも知れない。

 問題は世の中に精霊というものがどのくらいいて、どの程度人間を助けてくれるものであるのかが、俺には分からないという点だ。


 コボルトの集落にいる、カイアの兄弟であるドライアドの子株はどうなのか?

 カイアよりも長く生きていて、たくさんの魔法が使え、コボルトたちが産まれた時に、祝福として力を授けることすら出来る程の力を持つ精霊。


 そんな存在が、そこここにホイホイいるとは思えない。カイアはまだとても小さいのにこれだけの力を使うことが出来ると知られたら、狙われることもあるのじゃないか?無理やり連れ去った精霊が人間に力を貸すわけがないと俺なら思うが、頭のおかしい人種はそうは思わないだろう。


 俺は、俺やアエラキから引き離されて、ひとりぼっちで泣きながら、無理やり人間たちに精霊としての力を使わされるカイアの姿を想像してしまい、思わずゾッとして背中に嫌な汗をかいた。

 ……これはどこかでこの世界の中での精霊のあり方というものを、もう少し調べたほうがいいかも知れないなあ。


 カイアが時たま使う防御魔法くらいなら、魔物も使うし、人間も使うから、特別珍しくはないが、雨を降らせたり植物を成長させる力なんてかなりレアな筈だ。ともかく、今はカイアに力の使い方について、気を付けさせておいたほうがいいだろう。


「そうか。ラグナス村長の村のみんなもきっと喜ぶだろうな。野菜が育たなくて困っていると言っていたからな。

 けど、カイア、お父さんと、ひとつ約束してくれるか?お父さんがいいと言うまで、その力を人前で使っては駄目だ。」


 カイアは困惑したように俺を見上げる。

「怒ってるわけじゃないんだ。カイアはラグナス村長たちの為に、いいことをしてくれたんだからな。だけど、それはとっても珍しい力かも知れないんだ。」

 俺の言葉に円璃花がピンときたようだ。


「そうね。カイアちゃんの力はとっても素敵なものだけど、たくさんの人が欲しがる力でもあるわ。カイアちゃんがその力をは使えると知られたら、悪い人たちに狙われてしまうかも知れないもの。そうしたらお父さんと離れ離れになってしまうわよ?」


 円璃花にそう言われて、カイアが悲しそうな表情で俺にギュッとしがみついた。おそらく想像してしまったのだろう。

「大丈夫だ、お父さんはカイアの前からいなくなったりしないから。だからカイアもお父さんと内緒にするって約束してくれるな?」


 俺はカイアを抱き上げて、よしよしと背中を撫でてやる。カイアはコックリと体ごとうなずいて、内緒にすることに同意した。

「さあ、じゃあ、カイアも収穫を手伝ってくれるか?採れたての野菜を、ラグナス村長の村のみんなに届けてやろうな。」


 俺は大きな手提げ籠を2つ、小さな手提げ籠を1つ、それと折りたたみ式輸送コンテナをいくつか出して地面に置いた。

「さあ、もいだ野菜たちをこの籠の中に入れたら、あっちに運んで折りたたみ式輸送コンテナの中に野菜別に移してくれ。」


 大きな手提げ籠は俺と円璃花、小さな手提げ籠はカイアの為のものだ。収穫バサミを出して、円璃花とカイアにも手渡した。子どもや女性も持ちやすい大きさのものだ。

「ハサミは危ないからな、ゆっくり切るんだぞ。枝のところを少し残して切ってあげるといいぞ。さ、始めるか。」


 俺たちは野菜の収穫を始めた。円璃花もカイアも、初めての収穫が楽しいようだ。

 俺は小さな階段式の台を出してやり、カイアはそれにのぼって、自分の背の届くところになっているものを収穫し、俺が背の高いところのものを収穫した。そうして折りたたみ式輸送コンテナに野菜を移していると、家の中で遊んでいたアエラキも庭に出てきた。


「──アエラキもやってみるか?」

 アエラキの手では、さすがにハサミを上手に持つのは無理そうだからな。

 トウモロコシの収穫を手伝わせてやろう。

 俺はアエラキを抱き上げると、

「トウモロコシを抱っこして持って、下に向けて倒してねじってごらん。」


 俺の言った通りにアエラキがトウモロコシをねじ切ると、嬉しそうに胸に抱いている。自分とさほど大きさの変わらないトウモロコシだから、俺が手伝ってやるつもりでいたのだが、さすがはあのカーバンクルのお父さんの息子なだけあって、力は強いようだった。


「さあ、トウモロコシはこの折りたたみ式輸送コンテナの中に入れような。」

 アエラキを抱いたまま折りたたみ式輸送コンテナの前に運んでやり、アエラキが折りたたみ式輸送コンテナの中にトウモロコシをポトリと落とした。

「──ん?降りたいのか?」


 抱っこしてやっていたアエラキが降りたがるので、俺が地面に降ろしてやると、ピョンピョンと跳ねてトウモロコシ畑の方に行き、一人で飛び付いてトウモロコシをもいでは、折りたたみ式輸送コンテナの前に行き、ピョンッと中に入ってトウモロコシを置いて出て来るというのを繰り返しだした。


「おお、すごいな!じゃあ、手の届くトウモロコシはアエラキに任せてもいいか?」

 俺がそう尋ねると、アエラキが自信タップリにコックリとうなずいた。かわいいな。

 俺たちは大半の野菜を折りたたみ式輸送コンテナの中に移して、一部を自分たち用に冷蔵庫の中にしまった。


 俺は折りたたみ式輸送コンテナをマジックバッグの中にしまうと、

「じゃあ、急いで村に届けてくるから、すまないが2人を見ていて貰ってもいいか?」

 と円璃花に尋ねた。

「構わないわ。行ってらっしゃい。」

「行って来る。」


 俺は再びラグナス村長の村を尋ね、大量の野菜をラグナス村長に手渡した。俺の世界の野菜なので、こちらの世界にはないものもある。特にこちらの世界のトマトは元々塩気のある味で、なおかつホオズキの外側の袋みたいな見た目だからな。


 なのでどんな野菜でどんな料理が合うかを簡単にメモしたものも一緒に手渡した。カイアが育てたということは内緒にしておいた。

 俺はその足で王立図書館に立ち寄った。精霊について調べる為だ。王立図書館では冒険者登録証があれば、持ち出しは不可だが自由に閲覧することが出来る。


 職員に尋ねて、精霊の役割や、どんなことが出来るのか、この世界にはどんな精霊がいて、どの程度人間に力を貸すものであるのかについて書いてある本が読みたいと言ったのだが、精霊は神秘なものであるらしく、閲覧自由な本の中には、あまり存在しないと言われてしまった。


「詳しいものがあるとすれば、王家所有の蔵書のみになると思いますよ。我々では閲覧することの出来ないものになります。」

 とのことだった。そもそも魔塔という研究機関のある魔法と比べると、研究している人の数が少ないらしい。それでもいくつかはあったので、それを借りて読むことにした。


 精霊というものは、日本の八百万の神のように、ありとあらゆる色んな精霊がいるらしかった。また、中にはトレントのように悪霊になってしまう精霊もいる。

 魔物は元が瘴気にやられた動物や人間であるのに対し、精霊はもとから精霊という聖なる存在で、悪霊になっても、討伐対象ではあるが、魔物とは一応扱いが異なるらしい。


 カーバンクルのように子をなして繁殖する精霊もいるが、繁殖方法は交尾ではなく、互いの聖なる力を混ぜ合わせて子どもを作るとされているらしい。

 親株が一代限りの子株を作るドライアドはかなり珍しく、単体生殖ではなく分裂にあたる為、基本親株と同じ存在であるとのこと。


 本来一代限りの分裂の筈が、カイアは親株になれると、コボルトの集落のドライアドが言っていたが、この本から見てもそれはかなり珍しいことのようだ。

 力の弱い精霊は一代限りで、人の守護をするが、コボルトの集落のドライアドの子株のように、場所や集団、果ては国家を守護した場合は、強い力でそれを助けることもある。


 また弱い精霊は人に見える姿を取れないことも多く、守護されていることに気が付かない人も多いのだとか。樹木の精霊王であるドライアドのカイアは、もとからかなり強い存在であるということになるわけだ。

 カーバンクルのアエラキもだが。

 ちなみに聖女が手に入れる聖獣についても調べようとしたが、なんの本もなかった。


 カイアの兄弟株がどのくらい世界に散っているのかは分からないが、常時姿を見せられる点においても、植物の成長操作の点においても、やはり珍しいほうであると言えるだろう。雨を降らせるくらいであれば、他にも水の精霊や山の精霊など、使える精霊がいると書いてあったから、知られてもそこまで問題がなさそうだが、植物の成長操作は国家を揺るがすレベルの能力だ。


 ……仮に他国に対して植物を成長させないように力を使った場合、戦わずして戦争に勝つことすら可能になるだろう。

 塩。水。食料。これらは人が生きていくにおいて欠かせないものだ。兵糧攻めをすることの出来る精霊なのだ、植物の中の精霊王である、ドライアドという種族は。


 そんなことにカイアを加担させるわけにはいかない。他のドライアドの子株たちは、ひっそりと森に散らばっているというから、人に気が付かれずに大きくなるまで成長するのかも知れないが、カイアは俺を守護しているわけだからな。


 万が一俺を人質に取られるようなことでもあれば……。無理やり協力させられてしまうこともあるかも知れない。この国の王家は信頼に足る人物たちだが、どこから情報が漏れるとも分からない。もしもそうなった場合、俺にはカイアを守りきれる力がない。


 カイアがコボルトの集落のドライアドのように、せめて自分で自分を守れるくらいの力を手に入れるまでは、黙っておいたほうがいいかも知れないな。

 俺は本を返却し、職員にお礼を言って王立図書館をあとにした。




────────────────────

繁忙期に突入し、出勤が1時間早く、退勤が2時間遅くなり、あまり時間が取れておりません。

お待たせしてしまって申し訳ありません。

時間を見つけて書いていけたらと思っております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る