第90話 最初の夜
「おすそわけしたの?」
「ああ。喜んでくれたよ。」
部屋に戻った俺に尋ねたあと、相変わらずね、と円璃花が笑った。
「簡単なのに、こっちじゃ揚げ物ってあんまりないのね。油が貴重なのかしら?」
「そっちの国でもそうだったのか?」
「一度も出てきたことはないわね。」
「あまり気にしたことがなかったが、ご近所さんにおすそわけした時も、珍しい料理だと言われたな。もしかしたらそうなのかも知れないな。今度聞いてみよう。」
食事が終わり、手伝いたいと申し出てくれた円璃花と共に後片付けをする。カイアもやりたがったので、一緒に洗い物をした。
アエラキはマイペースに1人で積み木遊びを始めていた。食べてすぐにお風呂はさすがにお腹に悪いと思ったので、しばらく2人を自由に遊ばせてやる。
「先にこの子たちを風呂に入れて寝かしつけるから、その前に髪をほぐしておこうか。
少し絡まっているようだし、そのまま洗うと痛むしな。」
俺はそう言って、円璃花の髪をブラシでとかしてやった。お手伝いを終えたカイアも、アエラキと一緒に後ろで積み木遊びを楽しそうにやっている。
「よし、こんなもんか。じゃあ、悪いけど先にこの子たちと風呂に入ってくるから、着替えて待っていてくれ。」
「──着替える?」
「ああ。付き合ってたって言っても、今は違うんだし、今の体はお互い見たことがないだろう?だからこれを着ておいてくれ。」
俺はそう言って、円璃花にピンクのバスローブを手渡した。
「これを着たままお風呂に入るってこと?」
「髪を洗っている間はな。」
「先に体を洗ってからにしてもいい?
譲次に髪を洗われると、体を洗う前に寝ちゃわないか心配だから。」
「……だから寝るなよ。」
「我慢するけど、保証できないもの。」
「分かった、じゃあそれでいい。」
「ありがと。」
「カイア、アエラキ、お風呂に行こう。」
俺は2人を連れて先にお風呂に入った。
風呂から上がり、2人を2階に連れて行こうとすると、アエラキが風魔法でふわりと宙に浮かび上がり、そのまま2階に移動する。それを見たカイアもあとに続いて階段を上がった。これなら2人を抱っこしてのぼる時用の手すりをつけなくてもいいかな?
カイアもアエラキも、自分でドアノブを回すことがまだ出来ない為、俺の部屋のドアを開けてやり、2人を中に入れ、子ども用ベッドに順番に1人ずつ乗せてやる。
「これからお父さんはお姉さんの髪をお風呂で洗ってあげなくちゃいけないから、まだ一緒に寝られないんだ。カイア、アエラキを寝かしてあげてもらえるか?」
俺がそう尋ねると、カイアはなんだかキリッとしたような表情で、ピョルッ!と体を前に倒してうなずいた。俺に頼まれたことでどうやら張り切ったらしい。
「ピョル!」
カイアがアエラキをうながして、カイアがトントンするように、アエラキもカイアの体をトントンしている。
俺が編み出した、トントンしている側が先に寝てしまうという技を、2人がお互いにやるつもりらしい。
なんだこれ、かわいいな。
デジカメなら撮れるんじゃないか?
俺は思わずデジカメとSDカードを出してセットし、動画を撮り始めた。
お互いにトントンしているが、まだどちらも寝そうにない。寝るまでを録画したかったが、さすがにだいぶ時間がたったので、俺自身が湯冷めして風邪をひきそうだ。その前に円璃花の髪を洗ってやるために、そこまでの分を保存して机の上に置き、1階に降りた。
「待たせたな。」
戻ってきたバスローブ姿の俺を見て、円璃花が目をみはる。
「譲次のそんな姿、初めて見たわ。」
「普段はパジャマだし、こういうのは俺も普通は着ないな。まあ、俺も濡れてもいいように、だな。」
「でも、前もいい体してたけど、今は前より更にいい体してるわよね!
すごいカッコイイ。」
「それはどうも。」
俺は元々体を鍛えるのが趣味だったので、年齢の割にはガッチリしている方だった。体脂肪計の測定でも、20代の成人男性の平均よりも筋肉量があるのが自慢だった。
ちなみに顔は父親似で、父は中年男性同士が恋愛するコメデイ恋愛ドラマの部長役の人に非常によく似ている。性別年齢変換アプリで年齢をいじくったら、父と同じ見た目になったので、俺ももう少し年をとったらああいう見た目になっていたのだと思う。
ちなみに童顔マッチョ好きな円璃花は、主役の男性俳優のファンで、一緒にドラマを見ていた時は、最初は父が若い男を追いかけ回しているように見えてちょっと苦手だった。
それをのぞけばドラマ自体は面白かったのでハマって見ていた。男同士ということもそこまで抵抗を感じなかった。
円璃花は他にも、世界で最も強いとされるボクサー相手に、キックを封印させられて戦った、勇気ある若いキックボクサーのファンだった。俺は両親が共に童顔だった為、俺もしっかり童顔で、円璃花としては俺のそこが良かったらしい。
ドラマの主役の男性の体つきが羨ましく、いずれはあそこまで鍛えたいと思っていたからか、童顔でナメられるのが嫌いでヒゲをはやしていた父と同じく、童顔な自分の顔が嫌で大人顔になりたいと思っていたからか、転生後にその両方を手に入れられたことについてだけは満足している。
「風呂はこっちだ、いこうか。」
「はあい。」
待っている間に飲んでくれ、と出したカモミールのミルクティーの残りを一気に飲み干して、円璃花が椅子から立ち上がり、俺のあとをついてきた。
「わあ!結構広いのね!木のいい匂い!」
「だろう。俺も気に入っているんだ。」
風呂場に通すと、円璃花が歓声を上げた。
「じゃあ、先に体を洗うわね、終わったら声をかけるから、ちょっと待ってて?」
「タオルはこれを使ってくれ。バスタオルはこれ。体を洗うのはこれを使ってくれ。」
俺は円璃花用のタオルとバスタオルを出して、ついでに脱衣カゴを出して廊下に置き、そこにタオルとバスタオルを置いた。
そして風呂の中を案内し、俺が体を洗うのに使っているものを説明する。
円璃花は俺から受け取ったバスローブも、脱衣カゴの上に重ねて置いた。
何せこの家は日本と違って脱衣場なんてものがないのだ。ドアを開けたらすぐ洗い場と浴槽がある。まあ、一人暮らしの家なら脱衣場がない家もあるから、別にそれでもいいんだが、一緒に暮らすとなると、今後風呂を出るタイミングをお互いに考えなくちゃな。
リビングで待ってるな、と声をかけて、俺は円璃花を残してリビング兼キッチンに戻ると、円璃花が飲み終わったカップとソーサーを洗って待っていた。
するとそこに、カイアが2階から降りてきて、やれやれ、やっと寝たわーとでも言いたげな表情で、おでこに枝の手を当てて拭くような仕草をしながらこちらにやって来る。
……カイア、それはひょっとして、俺の真似か?確かにアエラキがなかなか寝ない時にそれをしていたが。
──すまない、和んだ。
「カイアは一緒に寝んねしないのか?
お父さんはもう少し、寝るのに時間がかかるぞ?」
可愛すぎて笑いが漏れそうになるのをこらえながらそう話しかける俺に、不思議そうにしているカイアを見ながら言う。
「じゃあ、お姉さんが戻ってくるまで絵本を読んでやろうな。読み終わったらちゃんとカイアも寝んねするんだぞ?」
カイアがこっくりうなずいたので、俺はカイアを膝に乗せて絵本を読んでやりながら、円璃花が風呂から上がるのを待った。
「──お待たせ、って、あら、カイアちゃんたち、2階で寝たんじゃなかったの?」
俺の膝の上でゆらゆらと船を漕いでいるカイアを見て、バスローブを着てリビングに戻って来た円璃花が首をかしげる。
「アエラキを寝かしつけてそのまま起きてきてしまってな。絵本を読んでやっている間に眠くなったらしい。
ちょっと2階で寝かせてくれるから、もう少し待っててくれるか?」
俺はカイアを抱き上げて、そのまま椅子から立ち上がる。
「ええ、構わないわよ。」
円璃花はそう言って椅子に腰掛けた。
俺は殆ど寝落ちしているカイアを抱き上げて2階に上がり、アエラキの横にそっと置いて寝かせてやった。
「おやすみ、カイア。」
カイアにもブランケットをかけてやり、俺は1階に降りた。
「お待たせ。じゃあ、いこうか。」
「ええ。」
円璃花が椅子から立ち上がり、2人で風呂場に向かう。
「譲次に洗ってもらうの久しぶりね!」
円璃花が嬉しそうに風呂場に置いてある木の椅子に腰掛ける。
「そうだな、どれくらいぶりかな?」
「……譲次が死ぬ半年前よ。」
円璃花が声のトーンを落とす。
「譲次が死んだと聞いて、本当に悲しかったわ。お葬式も済んだあとで、ご実家を知らなかったからお線香もあげられなかった。
……しばらくなんにもなんにも手につかなくて、どうしてもっと会っておかなかったんだろうって思ったわ。」
「……そうか、すまない。」
「でも、またこうして会えたわ!
だからもういいの。
──でも不思議ね?譲次、声だけは変わってない気がするんだけど。」
「そうなのか?──だが言われてみれば、円璃花もそうかも知れないな。」
「ほんと?ならそうなのかも。
譲次の声って渋くていいわよね。その見た目にはだいぶ大人っぽいけど。」
円璃花がクスリと笑う。確かに俺の声は妙に特徴的で、声で寄ってくる相手もたまにいたくらいではあった。
「背も同じくらいかしら?日本人にしてはかなり背が高かったものね。」
「両親がどちらも背が高かったからな。
円璃花はだいぶ身長がのびたな。」
「そこも転生時に絶対譲れないポイントだったのよね。背が低いの、悩みだったもの。」
どうやら転生時の見た目の条件に、身長も付け加えていたらしい。
日本人の場合、女性は小柄な方が好かれると思うが、大人っぽい美人を目指す円璃花としては、ヒールの似合う背が高い女性になりたかったらしく、転生前は自分の身長をよく嘆いていたものだ。
顔が小さいから、遠目に見ると一見そこまで低いとわからないんだがな。
「譲次の頭皮マッサージ、変わってないわ。
ほんと気持ちいい……。」
「おい、寝るなよ?」
「分かってる……。」
そう言いながら円璃花は既に船を漕いでいる。風呂で寝られたら、髪を乾かして服を着替えさせてベッドに運ばなくてはならない。今までは別れたとはいえ裸を見慣れていたから気にしていなかったが、さすがに新しい体になった今はきまずい。
「よし、こんなもんか。円璃花、完全に寝ちまう前に風呂からあがるぞ?」
「ん……。」
俺にうながされて椅子から立ち上がるが、もう既にだいぶ眠たそうだ。
「急いで髪を乾かすから、それで早く着替えてベッドにいこう。」
俺はリビング兼キッチンに円璃花を連れて行くと、椅子に座らせ、新たにドライヤーを3つ出し、俺の手持ちと、両サイドにハンズフリーで使えるドライヤースタンドを出して乗せ、一気に髪を乾かすことにした。ちなみにドライヤーは3つとも円璃花が自宅で使っていた、ひとつ8万近くする7Dのものだ。
髪の毛の乾燥時のダメージを最小限におさえるので、脱色していて髪が痛みやすかった円璃花のお気に入りの品だ。2時間髪の毛にドライヤーの風を当て続けても、髪の毛がまったく傷まないという、公式の動画でも有名な高級品だ。あまりに高いのでコスパの面で人におすすめはしないが。
髪の毛を乾かし終えたあと、
「バスローブが濡れているから、新しいものに着替えられるか?」
と円璃花に声をかける。
「ん……。」
と半分寝ぼけたような声が聞こえたが、俺の手渡したバスローブを受け取って立ち上がり、目を閉じたまま服を脱ごうとするので慌ててリビングを出た。
「──もういいか?」
声をかけるが反応がない。そっとリビングを覗くと、円璃花はバスローブを着替えたあとで、再び椅子に座って寝息を立てていた。
「やれやれ。」
俺は円璃花を抱き上げると、恐る恐る2階に上がる階段をゆっくりとのぼった。
カイアとアエラキを抱いてのぼった時もそうだったが、両手が塞がった状態で急な階段をのぼるのは案外怖いんだよな。
落としてしまったらという恐怖もあるし。
だがなんとかのぼりおえると、円璃花の部屋のドアを開け、円璃花をベッドに横にしてブランケットをかけてやった。
円璃花の部屋の窓から星空が見える。
「明日、円璃花と相談して、ここにもカーテンをつけないとな。」
窓から外を覗くと、足元にランタンというかカンテラというか、明かりを置いているのだろう、家の周囲を兵士らしき人影たちが、大勢守ってくれているのが見える。
どうやらちょうど夜勤の人たちと交代の時間のようだ。
馬車らしき影が家の前に2台あり、家を警備してくれていた兵士たちが持ち場を離れたと思うと、馬車に吸い込まれてゆき、新しい兵士が同じ場所に立った。
「遅くまでご苦労様だな。彼らにも何か出してやれたらいいんだが、俺もさすがに眠いから、後日にさして貰おう。」
俺は自分の部屋に戻り、何を出してやろうか考えながら、気がつけば眠りにおちて、そのままぐっすりと寝たのだった。
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