第89話 豆腐の卵とじ納豆キムチ乗せ、3色ピーマンの鶏ササミロール、アサリとキャベツの酒蒸し

 王宮を出発した3台の馬車。先頭としんがりが2組に分かれた王宮の護衛の兵士の方々で、その間に挟まれるように俺と円璃花の乗った馬車が走っている。王宮の正門から現れた馬車を見て、城下町を歩く人々が次々に立ち止まり馬車を振り返った。誰が乗っているんだろう?そんな感じでジロジロ見てくる。


 馬車の窓には分厚いカーテンが引かれているので、見なければ別にわからないのだが、俺は思わずカーテンの裾を少しだけまくりあげて、外の様子をうかがってしまい、予想通りな反応に、思わずため息をついた。

 俺の住んでいるあたりはあまり人が通らないから、見られることは少ないだろうが、それでも行くまでに目立つことこの上ない。


 おまけにこれから24時間交代で兵士が来るという。常時8人体制とのことなので、交代の兵士を乗せた馬車も毎回2台来るのだろう。近くの村の人たちにも遅かれ早かれ気付かれることだろう。その時になんと説明したものか、今から正直気が重い。


 男女が一緒に暮らすことを、そういうことだと思われるのは、現代でもこちらの世界でもそう変わらないだろう。

 どれだけ説明したところで、理解を得られるとは思えない。そういう関係でもない相手と一緒に暮らすこと自体、眉をひそめる人たちもいることだろう。


 複数人でのシェアハウスならいざしらず、カイアもアエラキもいるとはいえ、男女2人きりだからな。

 願わくば周囲の人たちに気付かれる前に、円璃花が家を出るのが間に合えば、俺は一緒に暮らし始めた女性に早々に逃げられた男の烙印を押されなくても済むのだが。


 そこさえ気にしなければ、別にいつまでだっていてくれても構わないんだが。円璃花と暮らしたことはないが、お互いの家に泊まっていた時の感覚で言うなら、お互いのパーソナルスペースを維持した上で、自由に気楽に暮らせるのは分かっているからな。


 家の前に馬車が到着し、俺は一応カーテンの裾を上げて周囲を伺ったが、知り合いは誰も家の近くにいないようだった。

 ほっとして馬車を降りると、円璃花に手を差し出して馬車から降ろしてやった。

「……ここが譲次の家?」

 円璃花が興味深げに家を見上げている。


「ああ。今はここで暮らしている。

 現代ほどとはいかないが、まあまあ電化製品なんかもあるぞ。」

「そうなの?凄いわね!」

「──では、申し訳ありません、俺たちはこれで失礼します。」

 俺は馬車から降りてビシッと整列をしている警護の兵士たちに声をかけた。


「それでは我々は、こちらで警護を開始させていただきます。いつものように過ごしていただくようにと言付かっております。

 我々のことは気になさらないで下さい。」

「はい……ありがとうございます。」

 そうは言っても、目に入るわけだしな。気にするなというのは難しい。


 ドアを閉めると、カイアとアエラキをマジックバッグから出してやった。

「さあ、おうちについたぞ。」

 アエラキはすぐに積み木のしまってあるカラーボックスの前にピョンピョンと走っていったが、自分では積み木を取り出すことが出来ないので、こちらをじっと見上げている。


 カイアは俺の許可を得てからにしたいのか、心配そうに俺を見上げた。

「ご飯の時間まで遊んでて構わないぞ。

 お客様の相手は俺がするから、カイアとアエラキは心配しなくてもだいじょうぶだ。」


 俺がそう言うと、体を前に倒してコックリうなずくと、アエラキのところに行って、カラーボックスから積み木の入った箱を出してやり、一緒に積み木を広げて遊び始めた。

「……気を使わせちゃったかしら?

 でも、えらいわね、お客様がいるからいつもと違うって、ちゃんとわかるのね!」


「ああ、カイアは優しくてすごく気を使う子なんだ。あんまり自分から言い出せないところがあるから、こっちも気をつけて見ててやらないとと思ってる。」

 まあ、話したくても人間の言葉は話せないのだが、カイアはその分表情豊かだからな。


「風呂は食事のあとでもいいか?

 先に子どもたちにご飯を食べさせて、それからお風呂に入れてやりたいんだ。

 お前の髪は時間がかかるだろうからな。」

「ええ、構わないわよ。こっちが頼んでるんだし。私も何か手伝う?」


「いや。まだ本調子じゃないだろう?

 部屋でゆっくりしていてくれ。テレビもネットもないから、ゆっくりったって何もないんだが……。本くらいなら出せるから。」

「ホント?なら、ファッション誌が見たいんだけど。」

 円璃花が目を輝かせてそう言った。


「ああ。じゃあ、2階に案内するから。」

 俺は円璃花を連れて2階に上がった。

「この部屋を使ってくれ。」

 俺は俺のベッドルームの隣の部屋に円璃花を案内した。空気銃をしまう棚くらいしか置いていないので、特に何も使っていない部屋だ。常に掃除はしているからホコリ1つないし、すぐに使える状態だ。


「──なんにもないのね。」

「使ってないからな、普段。

 逆に好きなものを出してやれるから、希望があれば言ってくれ。」

「あっ、そうね!そういうことね!

 そうねえ……じゃあ……。」


 俺は円璃花の希望を聞いて、ドレッサー、チェスト、ベッドなど、生活に必要なものを出してやった。俺の部屋にもどこにも全身用の姿見がないことを知り、自分の部屋にそれを置きながら、相変わらずね、と言った。

 生前の部屋と同じ、全体的に淡いピンクの女性らしい家具が揃った部屋になった。


「ジョージの部屋も見てもいい?」

「ああ、別に構わないぞ。」

 ひととおり自分好みの部屋に作り変えたあとで、円璃花が俺の部屋を見たがったので案内した。


「わあ!こういうのも素敵ね!」

 北欧家具を適当に並べてあるだけだが、見せる絵本棚のおかげでちょっと柔らかい雰囲気になっている。

「カイアがちゃんと毎回お片付けをする子だから、床に物が散らばらないんだ。」


「……それは子育ての理想かもねえ。

 普段子どものいる家庭に遊びに行くと、床になんかのオモチャやブロックが落ちていたり、服にシールがくっついたりするもの。あとだいたい洗濯物がたまってたり、オモチャの電子音がずっと鳴ってるのよ。」


「そういうの、与えてないからなあ……。

 カイアは絵本と積み木が大好きだし。

 俺自身が小さい時に、あんまりそういうやかましい音のするオモチャが好きじゃなかったもんでな……。カイアと同じで、ずっと本を読んでるような子どもだったし……。」


「一回でも映像見せたら夢中になっちゃうんじゃない?友だちの子どもなんて、初めて喋った言葉が、パパでもママでもなく、アンパ●マンだったもの。言いやすいみたいね、他のうちの子もよく言ってるし。」

 と円璃花が言った。


「それは……なんともご愁傷さまだな……。

 そのうちカイアとアエラキも人の言葉が話せるようになるんだが、もしも初めて話す言葉が俺に関する以外の言葉だったら、正直泣きそうだ。」

 俺はその子の親御さんの気持ちを思って、初めての言葉をアニメに取られた切なさに頭を振った。


「そうなの?精霊だから?」

「ああ。カイアはドライアドという精霊の子株なんだが、同じ子株、つまりカイアの兄弟なんだが、大きい子株は喋れるんだ。

 アエラキも親御さんは人の言葉を話す。

 だから大きくなったら、2人とも話すことが出来るんだ。」


「へーえ!それは楽しみね!

 でもきっと大丈夫よ、カイアちゃんは、特にあなたのことが大好きじゃない!」

「だといいんだがな。

 雑誌はいつものやつか?」

「うん、お願い。」


 俺は円璃花が普段読んでいる雑誌をいくつか出してやり、食事が出来るのを待っていてくれ、と伝えて階段を降りた。

 さて、今日は出来るだけ他のオカズのカロリーをおさえないとな。円璃花いわく悪魔の食べ物、を出してやる予定だからな。


 俺は鶏ササミ、殻付きのアサリ、干しエビ(桜海老)、緑ピーマン、赤ピーマン、黄ピーマン、キャベツ、絹ごし豆腐、卵、サニーレタス、にんにく、納豆、キムチ、とろけるチーズ、刻み海苔を出し、だしの素、白炒り胡麻、料理酒、みりん、醤油、コショウ、黒胡椒、塩、薄力粉、サラダ油、を用意した。


 ボウルに絹ごし豆腐300グラムに、Lサイズの卵を溶いたもの、だしの素を大さじ1/2加えて、絹ごし豆腐がトロットロになるまで混ぜ合わせてやる。

 耐熱容器にうつしてふんわりとラップをかけ、卵に火が通るまで700ワットで2分半加熱したら、少し冷まして、納豆、キムチ、刻み海苔、白炒り胡麻を乗せたら、豆腐の卵とじ納豆キムチ乗せの完成だ。


 緑ピーマン、赤ピーマン、黄ピーマンは種を取り除き、細長く切ってやる。鶏ササミは筋を取り除いて厚みが均等になるように開いたら、ラップをかけて綿棒で薄くのばしてやり、塩、コショウ、薄力粉を少々振って、3色のピーマンと、とろけるチーズを乗せてくるくると端から巻いてやる。


 中火で熱したフライパンに、サラダ油を引いたら、巻き終わりを下にして鶏ササミをフライパンに入れて、一度弱火で合わせ目を焼き、焼色がついたらひっくり返して、全体に焼き色がつくまで焼いてやる。


 料理酒、みりん、醤油を各大さじ1加えて絡めながら中火で焼き、全体に調味料が絡んだら、箸で押さえながら一口大に切って、サニーレタスを敷いた皿の上に並べて、3色ピーマンの鶏ササミロールの完成だ。


 アサリは砂出しする時間がもったいないので、砂出し済みのやつをイメージして出した。アサリの殻をよく洗ったら、フライパンにみじん切りにしたにんにく1欠片とともに、アサリ300グラムと料理酒大さじ3、みりん大さじ1/2、塩少々を入れて蓋をして蒸し煮にする。


 アサリの殻が開いたら、一口大に切ったキャベツ1/4玉を入れ、一度蓋をして1分蒸し煮にしてから干し海老(桜海老)を加え、更に1分蒸したら、お皿に盛って黒胡椒を粗挽きミルで多めに振りかけたら、アサリとキャベツの酒蒸しの完成だ。

 酒のツマミにするのなら、アサリだけで白ワインで煮ることも多い。


 今日のご飯は、豆腐の卵とじ納豆キムチ乗せ、3色ピーマンの鶏ササミロール、アサリとキャベツの酒蒸し、ヒラタケ、えのき、しいたけ、シメジと、ネギの味噌汁だ。悪魔の食べ物とかぶるところもあるが、まあ量を食べないから別にいいだろう。


「──出来たぞ。」

 俺は2階に円璃花を呼びに行った。円璃花はベッドの上に足を投げ出してファッション誌を読んでいたが、パッとベッドから床に足を降ろして立ち上がった。

「やった!譲次のご飯よ!」

 円璃花の希望で出してやった、モフモフのスリッパを履いて1階に降りてきた。


「さあ、カイアもアエラキも、お片付けしてご飯にしような。」

 俺に声をかけられて、カイアとアエラキがおもちゃ箱に積み木をしまい、カイアがそれを持ち上げてカラーボックスにしまった。アエラキは広げてあった絨毯をくるくると巻いて端に寄せてくれた。


「さあ、お手々を洗おうな。」

 順番に俺に抱き上げられて手を洗う。

 俺の両隣にカイアとアエラキ、その向かいに円璃花が座った。

「なんかローカロリーメニュー?ひょっとしてダイエット気にしてくれてる?」


 円璃花がテーブルの上の料理を見ながら首をかしげる。

「それもあるが、久々だからな。

 ……悪魔の食べ物、食べるだろう?」

 円璃花が耳を立てる子猫のように、ピッと背筋を伸ばして目を輝かせる。


「……やっちゃう?」

「ああ、俺も一応カロリーと糖質は気になるからな、他はおさえ気味にした。そのせいでちょっとかぶるメニューもあるが、まあ、量は食べないから問題ないだろう。」

「楽しみ!

 でも、これもすごく美味しそうね!」


 円璃花は早速料理に手をのばした。

「これ見た目もキレイね!

 あー、写真とってアップしたいわあ。」

 円璃花が3色ピーマンのササミロールを食べながら言う。

「米は少しにしておこうな。」


 俺は円璃花に少しだけ茶碗によそったご飯を渡した。美味しそうにもぐもぐと頬張る姿がげっ歯類のようだ。

 円璃花はいつも幸せそうにご飯を食べる。本人も料理をするし、よく一緒に料理をしたが、何より食べている時の幸せそうな顔を見るのが好きだった。


 カイアとアエラキが上手にアサリを殻から外せなかったので手伝ってやる。円璃花がアエラキのを手伝ってくれた。

「美味しい?」

 そう言いながら目を細めてアエラキの食事を手伝ってくれる。アエラキもカイアに負けず劣らず人見知りだが、どうやらもう怖くないようだ。


「──さて、いよいよ食べようか、悪魔の食べ物を。」

 他のものでしっかりお腹を満たしたから、食べすぎるということもない。

 俺はワクワクが隠せない表情を浮かべてこちらを見ている、円璃花、カイア、アエラキを見て、そっくりだな、と笑った。


「さあ、熱いから気をつけてな。」

 俺はテーブルに、山盛りになった唐揚げ、取皿、そしてマヨネーズをドン、と置いた。

 これが円璃花の言う悪魔の食べ物である。

 糖質は低いがカロリーの化け物。他のものでおさえないとえらいこっちゃになる。

 だが、うまいんだよなあ……。


 円璃花は唐揚げを1つ取ると、取皿の上でたっぷりとマヨネーズをかけて、フウフウと息を吹きかけてから一口で食べた。

「んん〜〜!!!美味しいいいいい〜!」

 幸せそうな円璃花の様子に、カイアもアエラキも真似をしたがった。


 マヨネーズが大きくて重たいので、俺がかけてやって、2人がそれぞれフォークで唐揚げを突き刺して自分で口に運ぶ。

「ピョルッ!!」

「ピューイ!ピューイ!」

 唐揚げは食べさせたことがあるが、マヨネーズをかけた破壊力に2人とも目を丸くして喜んでいる。気に入ってくれたようだ。


「そう言えば、アエラキちゃんてウサギに見えるけど、ウサギって肉大丈夫なの?」

 と円璃花が聞いてくる。

「ウサギじゃなくてカーバンクルな。

 親御さんに聞いたら、雑食だから何でも大丈夫だそうだ。」


 何を食べるか分からなかったからな。カイアの時も手探りだったし、聞ける相手のいるアエラキについては、俺もしっかり事前に確認していた。

「そう、ならこれからも一緒におんなじ食事を楽しめるのね、良かった。」

 と円璃花が笑った。


「──ちょっと外に出てくる。

 2人を頼めるか?」

「構わないけど、どうするの?」

「ちょっとな。」

 俺はお皿に乗せた唐揚げにふきんをかぶせて籠に入れ、取皿とフォークとマヨネーズを一緒に入れて外に出た。


 外では護衛の兵士の人たちが、半分ずつ交代でご飯を食べている真っ最中だった。

「お疲れ様です。作りすぎてしまったのですが、良かったらいかがですか?」

 俺がふきんを取って唐揚げを見せると、兵士たちがわあっと歓声を上げた。


「よろしいのですか?」

「ええ、熱いうちにどうぞ。これをかけて食べると、なおのこと美味しいですよ?」

 とマヨネーズを指さした。奪い合うように唐揚げを皿に乗せ、マヨネーズをかけて食べる兵士たち。


「これは……ピピルですね!こんなにピピルにあう食べ物は初めてです!」

 食事の順番じゃない兵士たちが、よだれをたらしそうな顔で、羨ましそうに食事をしている兵士たちを眺めている。

「そんな顔をしなくても、すぐにお前たちにも食べさせてやるから。」


 恐らくはリーダーなのだろう、一番いかつい兵士がそう言うと、残りの兵士たちもわあっとわいた。

「ありがとうございます、とても美味しいです。お皿と籠はどうしたら?」

「明日の当番の方にでも渡して下さい。その方たちから受け取りますので。」


 俺はそう言って家の中に戻った。家の中では円璃花にマヨネーズをかけて貰いながら、嬉しそうにカイアとアエラキが唐揚げを食べている。2人の口についたマヨネーズを円璃花が拭いてやっている。どうやらうまくやれそうだな、と俺は思ったのだった。

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