第88話 アエラキの魔法

 バタバタと宮侍医が駆け付けてくれたが、もう事なきを得たとして、ジョスラン侍従長が対応し、宮侍医は帰って行った。

 カイアが聖魔法を使って治療したことは伏せてくれた。聖魔法を使う精霊はかなり特殊であることに鑑みてのことだろう。


 お騒がせしてしまってごめんなさいね?と絶世の美女である聖女様に申し訳なさそうに言われて、年配の宮侍医はデレデレしながらとても嬉しそうで、サミュエル宰相をはじめとする王族たちに、だらしがないぞと苦笑され、頭をかいていた。


「それで、カイア殿と言ったか、そちにたっての願いがあって、お父上にお願いをして呼んでいただいたのだ。このアーサーの願いを聞いては貰えないだろうか?」

 アーサー国王が笑顔で優しくカイアに話しかけてくれる。


「ピョル?」

 カイアは不思議そうにアーサー国王を見上げている。

「カイア、出来ることなら協力してやってくれ。このお姉さんが聖獣の卵を探しているんだが、カイアなら見つけられるかも知れないって、王様たちが言うんだ。」


「ピョル……。」

 カイアは自信なさげに俺を見上げてくる。

「大丈夫だ、カイアに探せないくらい、すっごくすっごく、遠くにいることもあるからな、見つけられなくても、カイアが気にすることないんだぞ?」


 俺にそう言われて、カイアは分かったとでも言うように、体を前に倒してピョルッ!と言った。

「では、聖獣はどこにいるのか、と考えながら、心のなかで話しかけるようにしてこの水晶に触れて下さい。」


 ジョスラン侍従長がカイアの前に、布の上に乗せた水晶を差し出した。

「聖獣がどんなものかうまくイメージ出来ない場合は、聖女様と仲良くしてくれる卵がどこにいるのか、どうしたら聖女様にお友だちが出来るのかな?ということを、お考えになられるとよいですよ。」


 そう言われて、カイアが水晶を包み込むように、両方の枝の手で触れた。

 ピョル〜、と、目をギュッと閉じてなにやら唸っていたが、水晶は反応しなかった。一度目をあけてもう一度ピョル〜!とギュッと目を閉じるも、やはり反応はなかった。


「もともと聖女様はノインセシア王国からいらしたわけですし、ノインセシア王国に聖獣の卵があらわれていた場合は、距離が遠すぎて今のカイア殿には見つけられないやも知れませんね。」

 とサミュエル宰相が言った。


「ピョル……。」

 カイアが申し訳なさそうに俺を見てくる。

「たいじょうぶだぞカイア。

 さっきも言ったろう?遠すぎたら見つからないこともあるって。仕方ないさ、探してくれてありがとうな。」


 みんなも口々にカイアにありがとうと言ってくれ、カイアは恥ずかしそうな申し訳無さそうな表情を浮かべてピョル……と言った。

「そのうちカイア殿の力が増したら見つかることもあるやも知れません、気長に待ちましょう。今すぐに見つからずとも、いつか必ず見つかるものなのですから。」


 シャーロット王妃の言葉に、その場にいた王族たちがうなずく。

 その様子をじっと見ていたアエラキが、突然、ピューイ!と鳴いたかと思うと、体に風をまとって空中に浮かび上がった。

「──飛んだ!?」

「この大きさで飛べるのか!?」

 大人の王族たちが驚いている。


「アエラキ!?お前飛べたのか!?」

 驚いてアエラキを見る俺に、

「ご存知なかったのですか?」

 とメイベル王太后が聞いてくる。

「はい……。正直初めて見ました。」

 と俺は素直に答えた。

「というか、魔法使いって飛べるものだということを初めて知りました。」


 という俺に、

「人間の魔法使いは飛べやせんよ?

 精霊魔法とはことわりが違うからの。現代魔法にも風魔法はあるが、魔法の発生するもとがことなる。精霊の加護を受けた精霊魔法使いだけが精霊と同じことができる。」

 とランチェスター公が教えてくれた。


「ピョルッ!?ピョルルッ!?」

 アエラキの風魔法がカイアの体を包んで、カイアまでもが空中に浮かび上がる。カイアは地面に足がつかないことを怖がって泣きながら、俺に思わず枝の手を伸ばした。

「──大丈夫か?」


 俺は立ち上がってカイアを抱き上げてやろうとしたが、アエラキが大丈夫とでも言うように、俺を見ながらピューイ!と鳴いた。

「何をするつもりなんだ?アエラキ。」

 アエラキはそのままジョスラン侍従長に前足をかざした。


 アエラキの風魔法が、さっきまでカイアが触れていた水晶を持ち上げ、カイアとアエラキの間に浮かびがった。

 柔らかな魔法の光に包まれて、なんだかとても幻想的な光景だった。

「いったい何を……?」


 アエラキの突然の行動に、その場にいた全員が、わけがわからないまま固唾をのんで見守った。

「ピューイ!」

「……ピョル……?」

 アエラキがカイアに何やら話しかけているように見える。


 2人の間に浮かび上がった水晶に、俺たちから見て右からアエラキが、左からアエラキにうながされたカイアが、それぞれ両手を触れた。水晶がパアアアアアアッと光に包まれたかと思うと、水晶から放たれた光が細くなり、ある方向を差してまっすぐにのびた。


「おお!!」

 誰ともなしに声が上がり、そして光が伸びていない水晶の反対側に、何やら映像が浮かび上がっている。

「これは……!間違いない、聖獣の卵の位置だ!地図をよこしなさい!」

「早く地図をお持ちしろ!」


 アーサー国王に言われて、ジョスラン侍従長が従者に命じ、元々用意してあったのだろう地図を、従者が持ってきてテーブルの上に並べて広げた。

 地図は何枚かあって、この大陸全体の大きなもの、バスロワ王国全体のもの、ノインセシア王国全体のものもあった。


「……この方向は、はやりノインセシア王国のようだの。」

「この映像は……、山の中のようですね?

 近くに湖のようなものが見えます。」

 ランチェスター公とサミュエル宰相が、ノインセシア王国の地図の中から該当する場所を探す。


「……おそらくはここだと思うんだがの、どうだね?メイベル。」

 ノインセシア王国に長年住んでいるメイベル王太后に、ランチェスター公が地図を見せながら確認するように尋ねた。メイベル王太后の反応をみんなで見守る。


「間違いないと思いますわ。

 ロット山(さん)のミミパパ湖です。ロット山は聖なる山と言われ、普段は人が山頂まで近付くことはありません。ここに聖獣の卵があるのは自然なことだと思います。」

 地図と水晶の映像を見比べたメイベル王太后が、うなずきながらそう言った。


「すごいぞ!2人とも!」

「ピューイ!」

 俺に褒められて嬉しそうにアエラキが、風魔法に包まれたまま空中を飛び回った。

「あらあら。」

「ふふふふ、かわいい。」

 嬉しそうなアエラキの姿に、メイベル王太后と円璃花が目を細めて笑った。


 カイアは空中に浮かんでいることが怖いのか、泣きながら俺に枝の手を伸ばして抱っこをせがんできたので、そのまま抱き上げようとすると、アエラキが風魔法を解除して、突然ずしっと俺の腕に重みがやってきた。

「──おっと。」


 急なことだったので一瞬腕が下がりそうになったのに耐えてカイアを胸に抱いてやる。カイアはようやくホッとしたようだった。

「怖かったのか?」

 そう俺に尋ねられるカイアの様子を、空中に浮かんだままのアエラキが、首をかしげて後ろからのぞきこんでいる。


 それに気が付いたカイアがアエラキを振り返り、大丈夫、とでも言うように、枝の手を上げてピョル……と言った。

「──おっと。」

 アエラキが風魔法をといたかと思うと、俺の腕に無理やり潜り込み、俺の腕とカイアの間におさまってカイアにスリスリしだした。


 カイアが困っているのを見て、なんとかしてやりたくなったのかな?

 1人じゃ無理でも、精霊2人の力を合わせればどうにかなると思ったんだろうか。

 実際どうにかなって良かった。おかげで円璃花の聖獣の卵が見つかったわけだしな。


 カイアが自分にスリスリしてくるアエラキの体を、枝の手でナデナデしてやっている。

 困っていた自分の為にやってくれたのが分かっているのかもな。

 アエラキも撫でられて嬉しそうに目を細めている。2人とも仲良しだなあ。


「カイア殿、アエラキ殿、本当に助かりました。これで聖女様の聖獣の卵を探しに行くことが出来ます。」

「だが、ノインセシア王国にあるということは、聖女様の保護先が決まる前に、一度聖女様はノインセシア王国に戻らなくてはならないかも、ということにもなるな……。」


 カイアとアエラキにお礼を言うサミュエル宰相、考え込んでいる様子のアーサー国王。

「聖獣は聖女様とともに育つものじゃからのう。早く見つけるにこしたことはないて。全国王会議の日程次第では、先にノインセシア王国に行かねばならんかも知れんのう。」

 とランチェスター公が言った。


「──大丈夫か?」

 ノインセシア王国と聞いて、思わずウッという表情を浮かべた円璃花に俺がたずねる。

「仕方がないわ、そのときは行くわよ。

 聖獣のためだもの。むしろ聖獣の卵を見つけ出して、奴らの鼻を明かしてやるわ!」

 と円璃花が意気込んだ。


「では、聖獣の卵を探しに行く予定についても、後日改めて相談することとしよう。

 まずは一度聖女様にはこの国に慣れていただき、その間に聖女様を保護する国を全国王会議で決めるものとする。

 それまでエイト卿には聖女様の身柄をお預けすることになる。よろしく頼みます。」

 アーサー国王が俺にそう言ってきた。


「わかりました。彼女が落ち着くまでお預かりさせていただきます。」

「では、馬車と兵士を用意してあるので移動していただこう。──ジョスラン。」

「かしこまりました。」

 ジョスラン侍従長が、ご案内いたします、と言って、俺たちをドアに誘導した。


「では、こちらで失礼いたします。色々とありがとうございました。」

 そう言ってカーテシーをする円璃花とともに王族たちに頭を下げ、俺たちは部屋をあとにした。

「護衛の人たちには姿を見られないほうがいいからな、おうちに帰るまで、2人は中に入っていてくれ。」


 俺はそう言って、カイアとアエラキにマジックバッグの中に入って貰った。精霊自体珍しい存在だし、まだあまり知らない人に姿を見られないほうがいいからな。

 ジョスラン侍従長の後ろについて並んで廊下を歩いている最中、円璃花がこっそりと嬉しそうに俺に耳打ちをしてくる。


「ここのお城はとてもきれいね。まるでベルばらの世界に来たみたいよ。」

「──たしかにな。」

 ちなみに俺が円璃花と親しくなったきっかけは、実はベルサイユのばらだった。少女マンガと知らずにアニメを見ていたのだ。その後原作マンガも読んだ。


 パーティー好きの円璃花は、色んな集まりに参加していて、その中に俺と友人たちの宅飲みがあり、そこで友人に連れてこられて知りあった。

 なんの流れだったか忘れたが、昔見て面白かった作品の話になり、その時にベルばらの話が出たのだ。


 俺はロザリーとポリニャック夫人が苦手だった。デュ・バリー夫人は割と好きだった。好きなキャラは当然オスカルとアンドレだ。その話を何かのきっかけで円璃花と話したところ、初対面にも関わらず、物凄く盛り上がってしまったのだ。


 ロザリーは特にあたしかわいそうアピールで酔っている感じがする、間違いで殺人をしていたらどうするのか、遮眼帯をつけられた馬のように周囲が見えておらず冷静さと思慮深さに欠け、また自分を人に迷惑をかけたことのない、いい人間だと思い込んでいて、近くにいたら困る苦手なタイプの人間だ、と。


 円璃花は俺とまったく同じ価値観だったので、そこから一気に仲良くなった。話していくにつれ、他の細かいことにも価値観が似ていたり、お互い歩み寄れることが多いことが分かって、自然ともっと一緒にいたくなっていた。一緒にいて疲れないことが、俺にとっては何より大事なことだと思う。


「ねえ、家についたら、久しぶりに髪を洗ってくれない?ちゃんと手入れが出来なかったから、最初はちょっと大変だと思うの。」

「確かに、少し傷んだり絡まったりしているな。これをほぐすだけでも結構大変だろう。別に構わんぞ。」


「やった!

 譲次のマッサージ気持ちいいのよね!」

「けど、寝るなよ?毎回寝ている状態のお前の髪を乾かすのは大変なんだからな。」

「うーん、善処はするわ。

 でも、疲れてる時にされると、どうしても寝ちゃうのよねえ……。」


 円璃花は歩きながら腕組みをして、うーんとうなった。事前に予告されていた通り、護衛の兵士たちは正面入口の前に立っていた。大変目立つ馬車とともに。円璃花は馬車を見つめてキラキラと目を輝かせている。

「これに乗るのか……。」

「正装してないのが残念だわあ。」


 王族が乗るものとは異なるのだろうが、それでも王家の家紋入りの豪華な馬車で移動しなくてはならないことに、げんなりしている俺とは違い、ドレスを着てこの馬車に乗れないことを残念がる円璃花。

 まあ、女性なら憧れなんだろうな。そういう演出の結婚式もあるくらいだし。


「そのうち乗れるだろう、多分、預けられる国が決まったら、そこに向かう時にでも。」

「そうね!そうかも!楽しみだわ!」

 俺は先に馬車に乗り込むと、どうぞ、と円璃花に手を差し出し、円璃花がその手を取って嬉しそうに馬車に乗り込んだのだった。

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