第87話 聖獣の卵の行方
ロバート・ウッド男爵邸をあとにすると、俺はエドモンドさんの馬車で一緒に王宮へと戻った。きちんと話が通っていたらしく、エドモンドさんがルピラス商会の金色の札を見せずとも、馬車が中に通された。
こちらでお待ち下さい、と従者の方に言われ、王宮の外でしばし待つ。
「帰りは聖女様ごと俺の家に送って下さるそうなので、ここで大丈夫です。」
と言った。現れた聖女様が俺の元カノだったこと、俺の家でこの世界に慣れるまで暮らしたいと言われ、それを国王様に了承されたことについては、既に道中話してあった。
「常々ジョージはただものじゃないと思っていたが、あの珍しい商品の数々は、聖女様の世界の物だったんだな。いったいどうやってそれを……。いや、詳しいことは聞くまい。
俺はジョージと商売ができれば、それでじゅうぶんだ。」
と、エドモンドさんは言ってくれた。
俺が聖女様と同じく転生者であったことなどから、ある程度何かを察してくれているんだろうけど、そこに言及しないでくれたのはありがたかった。
「──ああ、そうだ。
メイク用品、と言われたので忘れていました。これも売れると思いますのでどうぞ。」
「──ん?なんだ?これは。」
俺が手渡した品物を見て、エドモンドさんが不思議そうにまじまじとそれを見る。
「メイク落としと洗顔料です。
これを使わないと、落ちにくい化粧品は落とすのが大変ですし、ファンデーションなんかも毛穴に残ってしまうので。」
「なるほどな。確かに必要だ。
ありがとう、一緒に売り込ませて貰うよ。
これから忙しくなるぞ!」
エドモンドさんは嬉しそうに張り切りながら、馬車を操って王宮をあとにした。
「──ジョージ・エイト様。大変お待たせいたしました。」
そのあとすぐに新たに従者の方がやってきて、俺を王宮内に案内してくれた。
案内された部屋に入ってギョッとする。
「おお、遅かったのう、エイト卿。」
ランチェスター公とメイベル王太后は分かる。一緒にいる筈だからな。だがその場にいたのは、アーサー国王、サミュエル宰相、シャーロット王妃の3人。
セレス様とパトリシア王女をのぞく、謁見の場にいた大人の王族たちすべてが、円璃花を中心に円卓式のテーブルを囲んでいた。
彼らがワイワイと楽しげに談笑しながら、オンバ茶を飲みつつ、俺の出したスイーツを食べていたのだった。
……そういえば、ロンメルが俺たちのところに置いた取皿、あと6つあったな……。
ということを思い出した。なるほど、初めからそのつもりだったというわけか。
ジョスラン侍従長がメイドの代わりにお茶のおかわりを入れている。
戻ってきたらジョスラン侍従長に報告をするように言われていたから、この場にいるのかな?だが、王族を前にジョスラン侍従長に話しかけるわけにいもいかない。
「ジョスラン、エイト卿に椅子を。」
「かしこまりました。」
サミュエル宰相に言われて、ジョスラン侍従長が従者に椅子を運ばせ、円卓式のテーブルに新たに俺の為の席を作る。
「ありがとうございます。」
俺はそう言って円璃花の隣に座った。
多分円璃花の為なのだろう、王族が集まるにはかなり狭い部屋だった。
だがもちろん壁にはところどころ金色に塗られた模様があって、床は巨大な1枚の絨毯だった。この大きさを織って作ることを考えると、それだけでかなりお高いものだと言える。惜しげもなくその絨毯を踏みつけている椅子も、クギも使わず1つの木から切り出されたものだと分かる、なめらかで美しい作品だった。
従者の数も最小限だ。だからこそ、円璃花も気楽そうにしていて、どこかアットホームな雰囲気が漂っている。
「ねえ、譲次、譲次は精霊の加護を受けているのでしょう?精霊を見せてくれない?」
円璃花が唐突にそう言い出して、俺は思わず顔に出さずにギョッとする。
王族にはセレス様にしかまだ話していない事実だし、俺は基本隠しておこうと思っていたからだ。
精霊の加護持ちの人間はいなくはないが、2体ともなるとかなり特殊だからだ。
変に期待の目を向けられても困るし、瘴気が払えるかもしれない事を知られて、カイアとアエラキを危険な目に合わせたくもない。
「先代の聖女様は、精霊の加護持ちの力を借りて聖獣の卵を手に入れてのう。
聖女様から、エイト卿が精霊の加護持ちと聞いたんでの、ならば協力して貰ってはどうかと言ったんじゃ。」
ランチェスター公がひげを引っ張りながら笑顔で言った。
「精霊の加護持ちの手を借りる……ですか?
俺は何をすればよいのでしょう?」
「精霊は聖獣に呼応するものでの。
聖獣のいる場所は代々変わるが、その居場所を知るのが精霊たちなんじゃ。
だが、加護持ちでもなければ、精霊と話すことはできんでのう。」
なるほど?
「……つまり、先代の聖女様は、ドライアドの加護持ちである、オンスリーさんの力を借りて、聖獣の居場所をドライアドに尋ねたということなんですね?」
「そういうことになるかの。だが、精霊も探そうとしなければ聖獣の居場所は分からん。だから、加護持ちが精霊と強く結びついている必要があるでの。」
「……それはどういう?」
「精霊が聖獣に呼応するとは言っても、その検索範囲は精霊の力によって異なるものなんじゃ。先代の聖女様の場合は、まずコボルトの集落を瘴気から解放し、オンスリーをはじめとするコボルトたち、全員の願いで聖獣の卵を探してもらったんじゃ。」
「コボルトの集落全員の力が必要だったということは、相当広範囲を探されたということでしょうか?」
「うむ。コボルトたちは信仰心にあつく、ドライアドの力を高めることが出来た。
並大抵の精霊の加護持ちでは無理なほど、かなり遠い場所に聖獣の卵ががあったよ。」
「……そうなりますと、うちの子だけで探せる範囲になかった場合、見つけるのがかなり困難かも知れないということですね……。」
「そんなこともないぞ?精霊は信仰と愛情で力を高める存在じゃからの。精霊と恋人同士として愛し合って、最強の精霊魔法使いになった男も過去におったからの。」
「人間が精霊と恋人同士として愛し合う、ですか!?そんなこともあるのですね……。」
「聞くところによると、エイト卿は我が子として精霊を育てておるんじゃろ?
それほどまでに互いに愛を注いでおるとなると、エイト卿の子は、精霊と恋人同士になった男の恋人の精霊に、負けんくらいの力が発揮できるかもしれん、というわけだの。」
「もちろん、出来る協力はしたいと思っておりますので、本当にそんなことが出来るのであればお役に立ちたいのですが……。
うちの子はどちらも人間の言葉が話せないので、場所を特定したところで、その場所を指し示すというのが無理だと思います。」
「そうなのか?」
「はい。」
「まあ、話せるかどうかは関係がないよ。
精霊は人間の言葉を話せることはまれだからの。ジョスラン侍従長。あれを。」
「──かしこまりました。」
ランチェスター公に言われて、ジョスラン侍従長が従者に言いつけて持ってこさせたものは、両手で持ち上げないといけないくらいの巨大な丸い水晶だった。
「これは王家に代々受け継がれている水晶での。精霊にこれに触れてもらえば、聖獣のいる場所を指し示してくれるんじゃ。」
そんなものまであるのであれば、さすがに断れんな……。
「分かりました、ただ、2人ともかなりの人見知りですので、言う通りにやってくれるかは保証できませんが……。」
俺はそう言って、カイアとアエラキをマジックバッグの中から出して膝に乗せた。
2人とも見知らぬ場所に突然出されて、やはり怖がってしまった。普段と違うのは、アエラキが俺でなくカイアに抱きつき、そんなアエラキを守るように、カイアがアエラキを抱きしめながら、涙目で俺を見上げている、という点だが。
「ごめんな、2人とも。この人たちが、カイアとアエラキにお願いがあるっていうんだ。話を聞いてあげて貰えるか?」
すると、ずい、と円璃花が上半身を倒して、カイアとアエラキの顔をのぞきこんだ。
「──カワイイ!!
そっくりね!兄弟なの?」
「いや、顔はたまたま似てるだけだ。カイアは俺の子として育てているドライアドの子株だが、アエラキはカーバンクルで、うちの子ではあるが、別に親御さんがいる。
アエラキは兄弟が他に4人いるんだが、全員カイアと顔が似ていてな。精霊の子どもはみんなこういう顔なのかも知れん。」
「へーええ!
カイア……アエラキ……。
──ひょっとして、しりとりなの?」
「いや、そういうつもりはなかった。」
「聖獣の卵を手に入れたら、私は、キ、からはじまる名前にしようかしら!」
円璃花はカイアとアエラキを見つめて、ニッコニッコしている。
「はじめまして、カイアちゃん、アエラキちゃん。私は円璃花。お父さんのお友だちよ?私とも仲良くしてね!」
微笑む円璃花に、カイアはまだ戸惑いながらもコックリ小さく体を前に倒したが──首がないので体ごとになる──アエラキはピューイ……と小さく鳴いただけだった。
「知らない大人ばかりだものね……。
やっぱりまだ怖いのかも知れないわね。」
メイベル王太后が頬に手を当てながら、心配そうに首をかしげる。
「急がなくてもよろしいのではなくて?
今はまだ聖女様に、この国に慣れていただく時間なのですし。」
と、シャーロット王妃。
「精霊は人を守り、守られ、互いに慈しみ合う大切な存在です。精霊に無理をさせるのはよくないですね。」
と、サミュエル宰相。
「一緒に暮らすうちに聖女様に慣れてくれれば、力を貸してくれるやも知れんな。
それまで気長に待とう。」
と、アーサー国王が言った。
「……すみません、精霊とは言っても、どちらもまだ子どもでして……。」
「かまわんよ。こちらの都合で、突然呼び出してすまんかったの。」
とランチェスター公が言った。
「──あっ!いたた!」
突然、円璃花が腹をおさえてうずくまる。
「どうした?」
「それ……、全部食べたからかも……。」
円璃花が指を差す先には、一口ずつ味見と言っていた筈のスイーツたちが、それぞれ半分以上食べかけになっていた。
「オイオイ、いくら半分と言っても、全部で8種類だぞ?4つまるまる食べたのと変わらないじゃないか。」
卵おじやを食べた時も、急に量を食べたら胃がびっくりするかも知れないから、と追加で何かを食べるのをやめたくせに、スイーツを4つも食べたら、今まで食事をしていなかった胃腸が処理しきれなくて当たり前だ。
「つい……。いたたた。」
「宮侍医を呼べ。」
アーサー国王の言葉に、ジョスラン侍従長が従者に声をかけ、従者が慌ただしく外に出ていく。
「だいじょうぶか?」
俺は心配になって円璃花に声をかけた。カイアもとても心配そうだ。
「休めば……、そのうち治るから……。」
そう言う円璃花の腹を、カイアが心配そうにヨシヨシ、と撫でた。
「心配してくれるの?ありがとう。」
円璃花がカイアに力なく微笑んだ。ヨシヨシしているカイアの枝の手の先が、そのままパアアアッと黄色い光に包まれる。
「この力は──……!!」
「聖なる光……!?」
その光が消えた時、キョトンとする円璃花と、ザワザワしている王族の大人たち。
「あれ……お腹……、痛くないわ……。」
「それ……聖魔法による治癒ですわ。ドライアドの子株が、聖魔法を……?」
戸惑うメイベル王太后。
「ドライアドという精霊は、水魔法と土魔法しか使えない筈です。
聖魔法だなんて、そんな筈は……。」
「特別なドライアドということか……?」
サミュエル宰相とアーサー国王は、おののいたようにカイアを見ている。
大人たちの様子を見て、何かまずいことをしてしまったかと、困ったように俺を見上げてくるカイア。
「──だいじょうぶだ、カイア、なんにも悪いことなんてしてないぞ。
お腹が痛いと言っているお姉さんを、助けてあげたかったんだよな?」
俺はカイアの背中を撫でてやった。
「──そんなこともないぞ。」
ざわつく部屋の中で、空気を変えたのはランチェスター公だった。
「精霊はどれも、力が高まれば、聖魔法を使う可能性のあるものだからの。
この大きさで魔法を使う事自体驚きではあるが、それだけ愛情を受けて育っているということだろう。」
先代の勇者であるランチェスター公の言葉に、なるほど、と全員がうなずいた。
「ありがとうね、カイアちゃん。──カイアちゃんのその力はね、カイアちゃんがお父さんを大好きで、お父さんもカイアちゃんのことが大好きだから、使えるようになったものなのよ。なんにも悪いことじゃないわ。」
カイアちゃんは本当にお父さんが大好きなのね、と言って円璃花が微笑んだ。カイアが嬉しそうにニコーッとする。その姿に、他の大人の王族たちも、つられてニッコリした。
それにしても、本来この大きさでは使える筈のない魔法を使うというだけでも驚きなのに、聖魔法までか……。
瘴気を払う力と関係しているのだろうか?
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