第84話 国王様への謁見
まいったな……。いきなりこんな正式な場で国王様に挨拶だなんて。まったく挨拶のやり方がわからないぞ……。
俺が困っている間に、ランチェスター公も所定の位置に移動してしまった。
ドアの近くに俺と円璃花だけが残された。
「──国王様におかれましては、大変ご機嫌麗しゅう。拝謁賜り恐悦至極に存じます。
このたび聖女を拝命し、この地に参上いたしました。エリカ・トーマスと申します。
わたくしの為にこの場をもうけてくださいましたこと、深く感謝申し上げます。」
円璃花が片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたまま、両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、頭を下げて挨拶をする。TVで政治家やテニス選手や審判が、王族にしているのを見たことがあるぞ……。
──確かカーテシーとかいうやつだ。
どこで覚えたんだ?そんなの。
これは女性だけの挨拶で、男にはこういった、王族専用の儀式めいた挨拶は、確かないんだよな……。俺はどうすればいいんだ?
俺は仕方なく、日本人らしく深々とおじぎをして、礼儀を示すことにした。
「ジョージ・エイトと申します。先日コボルトの店を出店する為の土地建物を購入するにあたり、パトリシア様からの保証書類を頂戴つかまつりました。わたくしのような若輩者を信用してお預けいただき、非常に光栄の至りです。」
と、言った。
「ん、ま、堅苦しいのは抜きでいこうや。
ここにいる全員が、聖女様を救う算段のために集まったわけだからの。」
とランチェスター公がひげを引っ張りながら言った。
「は……、しかし……。」
とてもそんな気楽な場のようには思えないのだが。
「──許す、気楽にしてくれ。
特にエイト卿には、セレスとパトリシアが迷惑をかけていると聞いている。
むしろ挨拶が遅れて申し訳なかった。」
とアーサー国王が言った。
「お父様、わたくしご迷惑だなんて……。」
とパトリシア様が声を上げたが、
「報告は受けているよ。また料理人たちに無理難題を言ったそうだな。
あまり目に余るようであれば、王女と言えども寄宿舎に入らせるぞ?」
そう言われて、パトリシア様が慌ててピッと背筋をのばした。
「本来であれば全員で報告を受けたいところだが、息子たちはまだ幼くてね。
政治が絡むと思われる場面には、立ち会わせないことにしている。了承して欲しい。」
「滅相もございません。」
そう言えば、セレス様の下に弟君が、パトリシア様の下にも弟君たちがいると、さっき話していたっけな。政治が絡む場面に立ち会わせないようにしているということは、パトリシア様の弟君たちは、かなり年齢が離れていて、まだ幼いということか。
「改めて挨拶させていただく。
バスロワ王国現国王、アーサー・グローヴナーだ。そして妻のシャーロット・グローヴナー。娘のパトリシアと、妹のセレスは存じておるな?
そして弟のサミュエル・グローヴナー。
この国の宰相を担当している。」
アーサー国王の紹介で、シャーロット王妃様、サミュエル宰相が、それぞれ俺たちを見ながら小さく笑顔でうなずいた。
本来であれば1人ずつ挨拶するものなのかも知れないが、とりあえず主要な王家の人間だけを紹介してくれたということか。
他のその場にいる要職の従者の方々と思わしき人々については紹介されなかった。
ランチェスター公の奥方と、その間のお子さんがいる筈だが、娘さんが1人、ノインセシア王国に嫁いだとは聞いたが、アーサー国王のご両親は健在ではないのかな?
どちらもこの場にはいなかった。
「まずは再びこの地に聖女様をお迎えできたことを嬉しく思う。日々瘴気がたかまり、本来いるはずのない場所に強い魔物が発生し、人々の生活を脅かしている状態だ。
世界を救う為、国民の生活を守る為、バスロワ王国は聖女様への最大限の協力を惜しまぬと約束しよう。」
「──もったいないお言葉、ありがたく存じます。」
円璃花がそう言った。
「さて、先程ランチェスター公より拝聴したのだが、ノインセシア王国に来臨なされたのち、聖女様に対するものとしては、あるまじき対応をされたとは、まことか?」
「……仰せのとおりにございます。
──ノインセシア王国では、私を偽聖女と決めつけ、聖女であることを証明せよ、奇跡をおこしてみせよ、と日々激しく糾弾されておりました。
……そこで、前回の聖女様が現れたバスロワ王国にお伺いしたいことがございます。」
「何なりと申してみよ。」
「ノインセシア王国では、聖女が出現するにあたり、必ず聖獣を伴うものであるとの説明を受けました。わたくしには現時点で、そのような聖獣はおりません。
果たして前回の聖女様の際は、いかようでありましたでしょうか?」
その場にいた人たちが互いに顔を見合わせてザワザワしだしたかと思うと、その目線が一斉にランチェスター公に集まった。
「んー、そんなことはなかったよ?
確かに最終的には連れておったけどね。
途中で手に入れたものだよ、聖獣は。」
「ということは、聖女様の連れている聖獣とは、出現と同時に存在するものではなく、だがいずれ手に入るものである、という解釈でよろしいですかな?ランチェスター公。」
アーサー国王が、祖父にたずねるというより、偉い人に教えをこう感じで、ランチェスター公にたずねる。
「そうだの。聖女様はその祝福により、聖獣の卵を得るのだよ。何が生まれるかはその時々によって異なるようだ。
過去の文献でも、確かそう示されとったんじゃないかな。
先の聖女様の時は聖亀じゃったわ。」
なるほど、ならいずれはどこかしらから、その聖獣の卵が手に入るということか。
「聖亀は、甲羅の中に手足を引っ込めて飛びよるんだが、上に乗って移動可能なものの、最初の頃は回転せんと飛べんくて、目が回って大変じゃったわい。
オマケに引っ込めた手足から火を噴いて、その勢いで飛びよるから、まあ、熱くての。
成長したら後ろ足からだけ火を噴いて飛べるようにもなったがの。」
……それは聖亀というより、ガ●ラでは?
「ノインセシア王国は、聖女様と勇者様が直接降臨されたことが殆どない国だから、聖獣を既に連れている状態しか見たことがなかったんだろうの。」
なるほど……。そういうことだったのか。
「わしに確認すれば早いものを、確認もせんと、自らの無知を棚に上げて聖女様をいじめるとは何たる不届き者たちか。
とてもノインセシア王国に聖女様はかえせんな。アーサー、これは全国王会議ものだと思うが?」
「──その通りですね。どの国が聖女様を引き受けるにせよ、ノインセシア王国に引き渡すという選択肢はありえないでしょう。
このことは緊急全国王会議の議題にさせていただきます。──それとエイト卿。」
「は、はい。」
「先日商人ギルドより、貴殿が現在流通しているものよりも、上質のコショウを大量に保持しており、一般流通を行いたいと検討していると打診があった。
現在コショウを独占販売し、外貨獲得の手段としている国に対抗する為、国の事業として、他国に一斉に流通させ、値下げ取引を持ちかけるべきである、とな。」
「はい、そのように王室に打診すると、商人ギルドより伺っております。」
「どうだね?サミュエル。
──宰相としてどう思う。」
アーサー国王は、少し楽しげに、ニヤリと弟君にたずねた。目線を向けられたサミュエル宰相もニヤリと笑い返す。
「──よろしいのではないでしょうか。
国の新しい事業になるだけでなく、主力産出品であるコショウを封じ込めることで、経済的にも聖女様に礼を失したノインセシア王国に罰を与えられましょう。それに反対する国はありますまい。
また我が国がコショウ事業に乗り出すに際し、これ以上の好機はないかと。」
「うむ、私もそう思うよ。
ではこのことは、改めて話を詰めさせていただきたく思う、エイト卿。」
「はい、かしこまりました。」
……政治利用されている感が否めないが。
「その前に聖女様を一度お返ししなかった場合、ノインセシア王国に反論の余地を与えることになりませんでしょうか?」
セレス様が柳眉を下げた。
「──その心配には及びませんわ。」
アーサー国王たちが座っている、一段高い段の脇の、カーテンのようなものがまとめられている奥から、上品で美しい老婦人が現れた。この国の王族や、要職の従者たちが着ている服装とは異なる、大量のスパンコールのようなものを縫い付けられた美しいドレスを着ている。……いや、虫の羽か?
「おお、帰ったかね、メイベル。」
ランチェスター公が嬉しそうに微笑む。
「──王太后様!」
円璃花がその姿を見て驚く。
「……あなたは、はじめましてですわね。
ノインセシア王国、現国王の母、メイベル・キャリクファーガスと申します。」
上品で美しい老婦人が俺に微笑みかける。
「わたくしのあずかり知らぬこととは言え、わたくしの息子が聖女様に大変失礼な真似を致しました。
わたくしはこれに抗議し、このたびノインセシア王国を出ることと致しました。
このことは全国王会議に出席するすべての国に、一斉に通達される予定です。」
次から次へと短時間で事態が展開し、俺は既に状況についていくので、いっぱいいっぱいである。
「これにより、聖女様をノインセシア王国にお返しせずとも、聖女様の加護を失った愚か者のそしりを免れないのは、ノインセシア王国の方となるでしょう。」
「つまり、なんも心配せんでいいということじゃな。まったく、元勇者の娘を嫁に貰っておきながら、聖女様の扱いも分からんとは、とんでもない国だわい。」
「……元勇者……?」
「わし、先代の元勇者じゃもん。この国の王女を嫁に貰って王族になったけどの。」
!!!!!?????
それでさっき、みんなが一斉にランチェスター公を見たのか!当時のリアルな事情を唯一知っている人だから!
……どうりで王族にしては、ちょっと自由過ぎる人なわけだ。というか、おいくつなんだ?ランチェスター公。
「ワシの友人のコボルトたちの扱いをかえる為に店を始めようとし、今また聖女様を救おうとせんとする、エイト卿の爪の垢でも飲ませたいわい。」
セレス様とパトリシア王女が、ウンウンとうなずく。
俺はそんな大げさなことをしようとしていたわけではないんだがな……。
ノインセシア王国と政治的に衝突することなく、この場を諌められたらと思っていたんだが、むしろバスロワ王国の王族たちは、ノインセシア王国に罰を与えるつもりらしい。
聖女様はこの世界を救う重要な、神につかわされた存在だから、これくらい相手をやり込めるくらいで当たり前なのかな?
まあ、円璃花もノインセシア王国に戻りたくないと言っていたし、これでいいのかも知れない。
「それでは、全国王会議で決着がつくまで、聖女様はバスロワ王国にて、責任をもって預からせていただこう。
──聖女様もそれでよろしいかな?」
アーサー国王が円璃花に尋ねる。
「私、譲次のところにいたいと思います。」
円璃花がきっぱりと言った。
「そう言えば、先程知り合いとか言っておったの。……ということは、エイト卿も聖女様と同じ世界から来た、ということか?」
「あ、いや、俺は……。」
「はい、ランチェスター公。私と譲次の世界は、すべての魂が輪廻転生を繰り返し、その魂の力を高めてゆくものなのです。」
「──ほう?」
アーサー国王が興味深げに円璃花を見る。
「魂のレベルが上がると、神になる人間もおります。わたくしはその結果、この世界で聖女として生まれ変わることとなりました。
わたくしたちの世界では、人はみな輪廻転生の最終目的として、神への解脱を目指すのです。」
「……つまり、聖女様とエイト卿のいた世界では、人間はやがてすべて神になると?」
「──もちろん、目標ではありますが、崇高な目的を忘れ、己の欲望に負けた場合、また輪廻転生を繰り返し、自らの前世の罪を来世で悔い改めるのです。その場合人でないもので生まれる場合もあります。」
「ふむ……。では、聖女様とエイト卿の世界では、魔物に生まれた者たちの中にも、前世で人間であったものもいる可能性があるということか。」
「私たちの神の言葉にも通じるものがありますね……。」
サミュエル宰相とセレス様が何やら考え込んでいる。
「人ならざるものに生まれたことは、前世の罪から来るもの。人であった場合も、転生し生まれたことそのものが罪なのです。その罪に気付き、正しい行いのみをして生涯を全うし、自らの欲望を捨て去ったものだけが、輪廻転生の輪からはずれ、神の世界に到達することが出来るのです。」
円璃花は誇らしげに胸に手を当てながら言った。
「──わたくしは輪廻転生の輪から外れ、ついには聖女という立場になることが出来ました。譲次は以前の生において、同じ世界での友人です。ですが、彼はまだ輪廻転生の輪の中の人間。彼には来世がありますが、わたくしには来世はありません。」
「──と、言うと?」
アーサー国王が円璃花にたずねる。
「この身が滅んだが最後、わたくしの魂は神の世界に参りますので、彼と過ごせるのは今生が最後の機会なのです。ですので許される時間、彼と旧交を温めたく思っております。
彼とともに過ごすことを、お許しいただけませんでしょうか?」
「ふむ……。今回勇者様がおらず、聖女様のみが降臨なされた。この世界に知り合いがいない中でおさびしいことだろうね。」
と、サミュエル宰相。
「せっかく知り合いに再会することが出来たのに、二度と会えなくなることが確定しているのであれば、2人に残された時間はとても大切ね……。」
と、メイベル王太后様。
「──いいだろう。
ただし、聖女様の身の安全を重んじて、護衛は必ずつけさせていただくが、エイト卿と共に過ごすのが、聖女様の望みでもあることだ、それは最大限尊重させていただこう。」
と、アーサー国王が言った。
「ありがとうございます。もしも他の国に参ることになりました際には、残念ですが従わせていただきますので、それまで譲次の元で過ごさせていただきたいと存じます。」
「では聖女様の身柄の件は、いったんジョージ・エイト卿預かりとしよう。」
──はい?
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