第83話 元カノは聖女様
円璃花がなかなか泣きやまないので、彼女を抱きしめてやりながら、
「すみません、ちょっと落ち着くまで、2人きりにさせていただけませんでしょうか?」
と護衛の兵士に声をかけた。
自分たちで判断が出来ず、どうしたものかと互いに顔を見合わせる兵士たち。
そこへ、
「──どうかの?」
ランチェスター公がまたひょっこりと、曲がり角から顔をのぞかせた。
「おお?」
俺と円璃花の様子を見て、ちょっと頬を染めるランチェスター公。
「……すみません、どうも知り合いだったのですが、彼女がこんな様子なもので……。
落ち着くまで中で2人きりにさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
それを聞いたランチェスター公が、
「うんうん、かまわんよ。
知り合いと一緒のほうが、落ち着いていいだろう。わしが許す。
聖女様を慰めてやってくれ。」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。
ほら、円璃花。」
俺は円璃花を促して、ドアを開けて部屋の中に入った。
「──それで?何があったんだ?」
円璃花だけを1つしかない椅子に座らせようとすると、円璃花が俺をベッドに誘導してきたので、2人並んでベッドに腰掛ける。
円璃花は涙を拭いながら、
「……私が聖女なのが、信じられないと言うの。聖女なら、──必ず聖獣を伴っている筈だと言われたわ。
奇跡を起こしてみせろ、聖獣を召喚してみせろ、偽物め、と散々罵られたわ。」
と言った。
「──聖獣?
この国にも昔、聖女様が現れたことがあるが、そんな話、俺は聞いたことがないが。それは召喚時に同時に必ずいるものなのか?」
「ノインセシア王国いわく、そうらしいわ。だけど、私この世界に連れてこられる時に、そんな話一切聞いてないもの。」
「ふむ……。他には?
ノインセシア王国で出された食事を食べなかった理由は、それが原因なのか?」
「……虫を出すのよ。」
「──虫?
食事に、ってことか?
だから気持ち悪くて食べられないって言ったのか?」
「魔力を増す為の食べ物だと言って、食事が三度三度、全部虫料理なのよ!
虫そのものが出て来たこともあるし、お米だと思ったら虫の卵、ゴマかと思えば……。
──ああ、もう、思い出すのもイヤ!
だから私が指定した料理以外、食べたくないと言ったの!」
そういえば、以前俺がナナリーさんの店で米を出したら、バイルダーという、虫の卵料理と勘違いされたことがあったなあ……。それがノインセシア王国の料理だったのか。
「それは酷い目にあったな……。
まあ、安心しろ、これからは、俺がレシピを教えた料理しか出てこないから。」
そう言って、円璃花の頭を撫でた。
円璃花は涙に濡れた目で俺を見上げたかと思うと、俺に向かって両手を広げて、
「──抱っこ!!」
と言った。
「はいはい。」
俺は両足の間に円璃花を入れて、抱きついてくる円璃花の頭を撫でてやった。
「とりあえず、聖獣の件は、俺からこの国の王族に聞いてみるよ。
以前この国で聖女様が現れたことがあるから、その時どうだったのか聞けば、本当に最初からいる筈なのかどうかも分かるだろう。
とりあえず、冷める前にご飯を食べちまおうな。足りなきゃ別に作るぞ?」
「──譲次が食べさせて!」
「1人で食べられるだろ?」
「イ・ヤ!」
円璃花がぷいっとそっぽを向く。久しぶりに見たな、この状態の円璃花は。
「分かったよ。
とりあえず、テーブルに移動しよう。」
俺は円璃花に立ち上がるように促したが、円璃花がぷうっとほっぺを膨らまして、不服そうに睨んでくる。
「はいはい、いつものアレな。」
俺は笑いながら円璃花をお姫様抱っこで抱き上げ、テーブルの前に移動すると、膝に抱えあげて、ふうふうしてから卵おじやを口に運んでやる。
「あーん。」
円璃花が卵おじやを食べて、ようやく笑顔を見せた。
──ちなみに彼女の名誉の為に言っておくと、円璃花は本来こういうタイプの甘え方をする人間ではない。どちらかと言えば仕事が出来て甘えベタの、かなり不器用な女性だ。
仕事の時はキリッとして隙のない女性を、プライベートでぐっずぐっずに甘やかして、お姫様扱いをするのが好きという、俺の特殊性癖に付き合ってくれた結果、別れた後も俺の前ではこんな風になってしまうというだけの話である。
別れた理由も彼女が俺より自分の夢を取ったというだけで、お互い嫌いで別れたわけでもないからな。
外では一切しないが、2人きりの時で、円璃花に辛いことがあった時に、必ずこれが発動する。原因が分かっているだけに、俺も嬉しくなってつい甘やかしてしまうのだ。
まあお姫様扱いというか、小さい子扱いという気もしないでもないが。
「……やっぱり譲次の料理は美味しいわ。
すごくほっとする……。」
「それは良かった。
ほら、あーん。」
円璃花は食欲旺盛で、用意した分を一気に平らげてしまった。
「追加でなにか作るか?」
「ううん、大丈夫。ずっと食べていなかったから、さすがに一度に食べたら、お腹がびっくりしちゃうかも知れないから。」
「それもそうだな。」
「──ところで、どう?
私を見て、なにか感じない?」
と、円璃花が聞いてきた。
「……また、随分と欲張ったな。」
と、円璃花の胸元を見ながら言った。
「でしょう!?今度は天然モノよ!
転生する時の条件に付け加えたの!」
円璃花は嬉しそうに胸を張った。
ちなみに転生前の円璃花は、全身整形をやっていた。俺と出会う前もある程度やっていたらしいが、付き合ってからもあちこち手をくわえていた。
元々胸はかなりない方だったが、ある日突然巨乳になって、どう?自然?触ってみて!と言われたものである。
俺はあまりそういうのを気にしないほうだったのと、本人のコンプレックスがそれで解消されるのであれば、まあそのほうがいいだろうと思って特に何も言わなかった。
顔の骨を削る手術をする前は、大きく顔が変わるということで、さすがに事前に相談を受けた。
お前がそこまでやりたいなら、いいと思うよ、と俺に背中を押されたことで、彼女は術後の世話を俺に頼んで来た。
術後に家に尋ねた時、事前に聞いてはいたものの、まるで交通事故にでもあったかのような彼女の姿は衝撃的だった。
口をまともに動かせず、食事も着替えも大変ということで、俺が毎日世話をした。
卵おじやも、その時に作った思い出の料理のひとつである。
整形は努力じゃないという人もいるが、俺は彼女の命をかけたその姿は、努力以外の何かには思えなかった。
「──ようやく、お前の理想の姿を手に入れられたんだな。」
円璃花の髪を撫でながら言う。
「……ええ。聖女なんて言われても、正直ピンとこなかったけど、神様が私の理想の姿に生まれ変わらせてくれるというから、引き受けることにしたの。
引き受けたからには、責任を持って世界を救おうと思っていたのに、あんな扱いをされるなんて、思ってもみなかったわ。」
円璃花がまた泣きそうになる。
「……お前は責任感が強いからな。
心配するな。俺はこの国の王族の人たちによくして貰っているし、多分、お前に対してもそうだと思う。出来る限りお前のいいようにして貰えるよう、頼んでみるから。
ノインセシア王国に、このまま戻りたくはないだろう?」
「──絶対戻ってやるもんですか!」
「……まあ、戻らなくてもすむようになるかどうかは、外交問題も絡んでくるだろうからな、ただ、事情が事情だ。
お前の気持ちが落ち着くまで、この国にいられるようにするというくらいなら頼めるかも知れない。まずは事情を説明しよう。」
「……そういえば、どうして譲次はこの世界にいるの?……譲次が死んだと聞かされた時は、もう二度と会えないんだと思ってた。
──私、めちゃくちゃ泣いたのよ?でも、姿が変わっても、譲次は譲次だったわ。
すぐに分かった。また会えて嬉しい。」
円璃花はそう言って、俺の胸に頭を寄せて嬉しそうに目を閉じた。
「俺ももう、会えないと思ってたよ。
まさか、お前が転生してくるとはな。」
「譲次も転生してきたということよね?」
「……ああ、それなんだがな……。実は、俺は記憶喪失ってことになっているんだ。」
「──記憶喪失?」
「元の世界が分からない、どこの国の人間かも分からない、だから転生してきたかどうかも、俺自身は知らない、ってことにしてあるんだ。」
「──ふうん?……でも、私と知り合いとなると、そうもいかないんじゃない?」
「そこなんだよな……。知り合いって言っちまったしな……。どうしたもんか……。」
「譲次が勇者というわけではないの?
本来聖女と勇者は、同時に現れるお告げがあるもので、そこも異例だと言われたわ。
だから私のお告げ自体が、間違っているのじゃないかとも言われたの。」
「……たぶん、体はそうなんだと思う。
だが、俺には戦う力はない。」
「譲次のことだから、どうせ、食べ物関係の能力を貰ったんでしょ。」
「……よく分かってるじゃないか。」
さすが元カノ。
「まあ、それだけじゃなく、本来俺じゃない人間を転生させる筈だったらしい。
だから、今後別に新たに勇者様が現れる可能性も、じゅうぶんあるわけだ。」
「……なるほどね。それで私と同じ世界から来ました、ということは譲次は勇者かも?だなんて思われたら、私と同じく、偽物扱いされてしまいかねないわね。」
「ああ。だからあくまで俺は、勇者とは無関係ということにしておきたいんだ。」
「うーん……そうねえ……。
どうしたらいいのかしら……。
──そうだわ!
私も譲次も、体は別のもので、お互いのことが最初は分からなかったでしょう?」
「そうだな?」
「魂が同じ世界から来たけれど、私の肉体は確かに聖女のものとして、神様に与えられたものよ。
だけど、私は元々普通の人間だわ。
──魂が聖女なわけじゃない。
そこを説明すればどうかしら?」
「うーん、どうだろうな?」
「私たちの世界には、生まれ変わりというものが、たくさんの国で信じられているじゃない?この世界はどうなの?
普通に生まれ変わることはないの?
同じ世界だったり他の世界だったりで。」
「さあ……、あるかも知れないが、聞いたことがないから分からないな。」
「なければ、私たちの世界は、みんな何かしらに転生するものだと説明するわ。
私たちは輪廻転生を布教してる宗教の国だもの。普通の人に転生する人もいれば、聖女に転生する人もいるというだけの話よ。」
「まあ……、正直うまい言い訳が思いつかないし、そう話してみるしかないか……。」
「まかせて!プレゼンは私の得意分野よ!
だてに普段から、ドラマや映画のコラボ、取ってきてないんだから!」
「……そうだったな、任せるよ。
──敏腕社長様。」
自信タップリにそう言う円璃花に、俺はそう返したのだった。
「そろそろ、行くか?」
「……その前に、メイクを直したいわ。
散々泣いちゃったから。」
「久々にやってやるよ。」
「本当!?でも、この世界に、大したメイク道具はないのよね……。」
円璃花が目線を落とす。
「──これ、なーんだ?」
俺は目の前のテーブルに、手を横にすべらすと同時にパッとメイク道具一式を出した。
「え!?これ、私の普段使いの……。
なんで!?どうして!?」
「これが、俺が料理以外で貰ったスキルさ。欲しいものが何でも出せる。
内緒だぞ?お前にしか話してないんだ。」
円璃花がパアアアッと表情を明るくする。
「最高よ!譲次!!」
そう言って俺の首に抱きついてきた。
俺はメイクを施した顔を鏡で見せてやり、満足した円璃花を連れて部屋の外に出た。
「おお!どうかね?」
外でずっと待ってくれていたのか、ランチェスター公が声をかけてくる。
「はい、だいぶ落ち着いたようです。
ですが、彼女の話を聞く限りでは、ノインセシア王国で、かなりつらい目にあっていたらしく……。王家の皆様に直接事情をお話したいのですが、お時間を取っていただけませんでしょうか?」
俺はランチェスター公にたずねた。
「かまわんよ。
そういうことなら孫たちも呼んでこよう。
今なら全員揃っておる筈だからの。
少し待ってておくれ。」
そう言って、ランチェスター公が一度この場を離れた。
少しするとまた戻ってきて、準備が出来たからこっちにおいで、と、俺たちを誘導してくれた。
ランチェスター公について、円璃花と2人で赤い絨毯の上を歩く。そして、円璃花の部屋の前のように、兵士が槍を持って立っている部屋の前に誘導された。
先程まで円璃花がいた部屋よりも、明らかにドアが大きい。背も高く、幅も広い。
待て、待ってくれ。
さっき、孫たち、と言ったな?
セレス様だけなら、孫、だよな?
たち?孫、たち?まさか………。
ゆっくりとドアが開けられた瞬間、
「ランチェスター公、エリカ・トーマス様、ジョージ・エイト様、おなーりー。」
と、どこかから声がして……。
廊下から繋がった赤い絨毯の先の一段高い場所には、明らかに国王様らしき男性が座っていたのだった。
そう言えば、国王様はセレス様の実兄。
ランチェスター公からすれば孫だな……。
正面に国王様らしき方、左に女王様らしき方、右にパトリシア王女、絨毯の脇にセレス様をはじめとして、大勢の、国の重鎮と思わしき、正装の従者の方々。
ちょっと軽く相談、の筈が、俺たちは突然国王様に謁見することになったのだった。
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