第81話 食事を拒む聖女様
「ねえ、ジョージ、あなた、──オチャヅケって食べ物を知っているわよね?」
「ええ、まあ……。」
「聖女様がその料理を食べたがっていて、他の料理にまったく手をつけないそうなのよ。
ノインセシア王国から、オチャヅケというものがどんな料理か知らないか、と、私たちの国にも打診があったのよ。」
「ああ、そうだったんですね。」
聖女様は元日本人ということかな?
お茶漬けは日本独自の料理で、他の国で食べられているとは聞いたことがない。
「宮廷料理人たちにも、その料理を知らないかたずねたわ。そうしたら、ロンメルが、ジョージに一度だけ、作って貰ったことがあると、教えてくれたというわけなの。」
「ですがそれであれば、以前ロンメルに作り方を見せましたし、とても簡単な料理ですので、ロンメルに作り方を教わって、聖女様に振る舞えばよろしいかと思いますが……。」
「──それだけじゃないのよ。」
セレス様は、ハーッとため息をつく。
「それと、カレーライス、ロールキャベツ、サバノミソニ、ミソシル、トリノカラアゲ、チクゼンニ、オヤコドン、ラーメン……。
──あとなんだったかしら?」
「タキコミゴハン、チャワンムシ、ハンバーグ、ポテトグラタン、オムライス、ポテトサラダ、ギョウザ、ホッケヤキ、ポークジンジャー、でございますね。」
ジョスラン侍従長が、なにがしかのメモを取り出して読み上げる。
それは完全に日本人だな……。
「──ジョージ、ひょっとして、あなたこれ全部作れたりする?」
「ええ、まあ、全部俺の故郷の家庭料理ですので……。ラーメン以外なら……。」
「──本当!?
実はノインセシア王国から、せっかく降臨なされた聖女様が、出された料理を何も口にされなくて、どんどん衰弱してしまっていて困っていると、助けを求められてしまったのよ。豪華な料理を振る舞っているのだそうだけれど、どれもこれも気持ちが悪くて食べられないとまで言われてしまったそうなの。」
──気持ちが悪くて食べられない?
この世界の料理は俺も何度かごちそうになったが、そんな気持ちの悪い料理なんて出て来たことはないが……。親子丼が食べたいというのであれば、肉が駄目、というわけでもないようだし、単純に作る人が異世界人というのが嫌だということだろうか?
俺は不思議に思って首をかしげた。
「──お願いよ、ジョージ、ロンメルを同行させて構わないから、ノインセシア王国まで行って、聖女様を救って下さらないかしら。このままでは世界の危機よ。
聖女様が食べて下さる料理を作れるのは、この世界においてあなただけなの。」
せっかく降臨した聖女様が、ホームシックなのか、何かが気に入らないのか、王宮で出された料理に手を付けず、ストライキをおこしている、ということなのだろうか?
俺も勝手に連れてこられたわけだし、急に世界を救えと言われても、納得できないのかも知れないが……。
聖女様はいくつの方なんだろうな?
出されたものが気に入らないから食べないだなんて、子どもじゃあるまいし……。
本当に単純に、地元の料理じゃないと嫌だというだけの話なんだろうか?
食べなれけば体が衰弱してしまって、このまま死んでしまうのだとしても?
もしも聖女として無理矢理転生させられて連れてこられたのが嫌で、理由をつけてボイコットしているだけなのであれば、ことはそう単純ではないかも知れないのだが……。
もしも聖女の役割をボイコットしたいだけなのが理由なのだとしたら、求める料理を用意すれば解決するという問題じゃなく、また何か理由をつけてくるやも知れない。
俺だって世界を救ってくれと言われていたとしたら、転生を拒んでいただろうからな。
だがもし本当に、料理そのもの、もしくはこの世界の人間が作ったから嫌だという理由なのだとしたら、そんなワガママ聖女を救うために、俺によその国に行けというのか?
正直気乗りしないなあ……。
俺としても、セレス様たちとの関係があるから、日頃お世話にもなっていることだし、日帰りできる範囲なら、料理くらい、まあ対応しなくもないと思えるが、ことは海外だ。
何日かかるかわからないし、その間カイアとアエラキをどうしたらいいんだ?
ノインセシア王国の人間に姿を見られるわけにも、ましてや瘴気を払う力を持ち始めていることも、知られるわけにはいかない。
そうなると、ノインセシア王国にいる間は気を抜けないから、外にも出してやれない。
──2人をずっと、マジックバックの中に入れていろとでも?
そんな可哀想なことはしたくないし、2人に会えないのは俺だって辛い。
もしもよそ様に預けて面倒を見て貰うにしたったって、最低でも一週間はかかりそうな内容なのに、俺にはそんな期間預けられる関係の人間なんていない。
それにもし、一週間じゃ済まなかったら?
聖女様がこの世界を救うまでの間、毎日料理をするよう言われたとしたら?
俺は強制的に聖女様の料理番、という立場になってしまうことだろう。
じゅうぶん考えられる可能性だ。
世界の危機で、その為に聖女様の力が必要なのは分かるが、普通に考えて、なぜ俺が小さい子を置いてまで、そんな我儘な女の世話をしにいかなくちゃならないんだ?
コボルトの店だってこれからなのだから、今俺がこの地を離れるわけにはいかない。
世界の危機は一個人でなく、国が対応すべき事柄だと思う。俺一人に背負わせる問題じゃない。出来ることなら協力はするが。それらを踏まえた上で俺はきっぱりと一言、
「──お断りさせて下さい。」
と言ったのだった。
「……俺の作る料理は、どれも簡単なものばかりです。特別な材料もありますが、それらはお渡しすることが可能です。
材料をマジックバックに入れて持っていけば腐りませんし、どなたか宮廷料理人の方に作り方をお教えして、その方に行っていただくわけにはまいりませんでしょうか?」
「……どうしても無理かしら?」
セレス様が柳眉を下げる。
「俺には小さい子どももおりますし、コボルトの店の問題もあります。今この国を長期間離れるわけには……。
お世話になっておきながら、お役に立てず心苦しいのですが……。」
「そう……そうね。分かったわ。
確かにそうよね。聖女様の問題は世界全体の問題だけれど、コボルトの店の問題は我が国の問題でもあるわ。
今ジョージが長期間この国を離れなくてはならなくなってしまったら、店の準備がとまってしまうわね。」
「はい。申し訳ありませんが……。」
「いいえ、仕方ないわ。長い目で考えたら、確かにジョージの言う通り、料理を専門にしている人間に、料理法を教えて、聖女様専任として働いて貰ったほうがお互いの為よね。
ノインセシア王国の料理を、聖女様が今後もすべて拒否なさるというのであれば、1日2日で終わるような話ではないもの。」
「……確かに、その方がよろしゅうございますね、ノインセシア王国から専任の料理人を招くか、我が国からジョージ様に料理方法を教わった宮廷料理人を、ノインセシア王国に派遣するのがよろしいでしょう。
ようは聖女様が、料理を口にしてさえくだされば、結果は同じことです。」
ジョスラン侍従長も同意してくれた。
「それじゃあ申し訳ないけれど、聖女様が希望されているその料理の数々を、うちの宮廷料理人に教えてもらえないかしら。」
「ええ、それでしたら協力させていただきます。申し訳ありません、色々とお世話になっておきながら……。」
「いいえ、こちらこを無理を言ってごめんなさいね?ジョージには甘えてばかりね。
ついつい頼りにしてしまって……。」
「そう言っていただけるのは非常にありがたいです。皆さんにお世話になっている身ですし、少しでも恩義に報いれれば幸いです。」
良かった、他所の国に長期間行くという、最悪の事態はさけられそうだ。
その時、突然扉があいて、白髪にサンタクロースのような白ひげの老人が、ひょっこりと扉から顔をのぞかせた。
「……?」
「ランチェスター公!?」
「お祖父様!!」
ジョスラン侍従長とセレス様が驚いて声を上げる。お祖父様ということは、前々国王様か!!いや、公ということは、イギリス王室風にいえば、女王の夫ということかな?
結構なお年の筈だが、筋肉こそ衰えている感じがするものの、シャンと背筋を伸ばして立っていて、只者ではない感じがする。
「協力は得られそうかの?」
くりくりとした小さい目を無邪気に輝かせている。パトリシア様とどこか似ているな。
見た目がどう、というよりも、いたずら好きの子どものような、王族らしからぬ印象を受けるところが、だが。
女王の夫であっても、前々国王様であっても、従者も付けずにたった1人で、重要な打ち合わせをしている真っ最中のところを、こんな風にひょっこり覗いてくるなんて、普通しないだろうからな。自分の立場のほうが上であろうが下であろうが。
「申し訳ありませんお祖父様。
やはり御本人が直接ノインセシア王国に向かうのは無理とのことでした。かわりにジョージ卿から料理法を教えていただくことになりましたので、それを習わせた宮廷料理人を誰か向かわせることに致します。」
「──ふむ?それなら、こちらに直接、聖女様を呼んではいかんのかの?」
不思議そうにランチェスター公が尋ねてくる。──聖女様を呼ぶ?この国に?
「ポータルを使うということでしょうか?
確かにそれを使えばすぐにでも両国間の移動は可能でしょうけど、こちらに聖女様程の方を呼びつけるというのも……。」
「同盟国であるノインセシア王国とは、王族だけが使える転移装置で結ばれておる。
それを使って、聖女様にこちらに来ていただいてはどうかね?
そもそも頼んでいるのはあちらの方なのだし、早ければ早いほうがいいのだろう?
今から料理人に大量に料理方法を覚えさせるよりも、ずっと建設的だと思うがね。」
「もしそれをノインセシア王国側に了承していただけるのであれば、ジョージが直接料理を作ることも可能だと思いますけれど……。
前回の聖女様と勇者様が現れた当国に、聖女様がいらしたことを知られては、他の国の反発があるのでは?」
セレス様が柳眉を下げる。
たしかに、また同じ国に聖女様がいるというのは、面白くないと感じる国もあるかもしれないなあ……。聖女様に取り入って、自分たちのものにしようと思っていると、考える国があってもおかしくはないよな。
どうしたって、出現した国から優先的に瘴気をはらうことになるだろうし……。
「聖女様が食事を取らなくなってからかなり経つ。ことは一刻を争う。
ノインセシア王国は了承してくれるであろうし、他の国も聖女様が救われれば、認めざるをえないだろう。
聖女様がこのまま弱って瘴気を払ってくださらなくなるのと、どちらがよいのか、考えるまでもないことだ。」
「……分かりました、では、その方向で打診するよう、国王様に報告致します。」
セレス様がそう言い、ランチェスター公はにこやかに微笑んだ。
「うんうん。──ところで、ジョージとやらは、そなたかね?」
「は、はい。」
ひげを下に引っ張るようにさするランチェスター公が、いたずらっぽい表情で俺に笑いかけた。
「孫娘と曾孫が、そなたの料理に夢中だと聞いていての。ぜひワシにも振る舞ってくれんかね?異国の料理とやらを、ぜひワシも食べてみたいのだ。」
「そ、そんな、恐れ多いです。
俺の作るものは、ほんの家庭料理で、やんごとなき方々に振る舞うような、大層なものではありません。」
「じゃが、それを聖女様は望んでおるのだろう?なら、聖女様に振る舞う時のついでで構わんから、ワシの分も作ってくれんかの。」
「そ、そのくらいでしたら……。」
そこまで言われてはとても断れない。
重鎮らしく、目の前にした時の威圧感もしっかりあるのだが、こんな重要な会議に突然ひょっこり顔を出すような、どこかお茶目でやんちゃな印象のあるランチェスター公。
セレス様とパトリシア様の性格は、完全にこの人の遺伝だな……。
「そういうことなら善は急げだ。ワシからノインセシア王国に打診をしよう。
別に国同士を通じて正式なやりとりなんぞをせんでも、ザカスのはなたれ小僧はワシに頭が上がらんでな。昔あやつが泣いて頼むから、ワシの娘を嫁にくれてやったんだ。
ワシからの連絡であれば、二つ返事で聖女様をこの国に送ってくるだろうよ。」
同盟国って話だったが、親戚でもあるということか。まあ、王侯貴族の結婚なんて、大体打算と家どうしのつながりによる政略結婚だと思うが、泣いて頼んだのは大げさだとしても、ザカスさんとやらは恋愛結婚だったんだな。王族でもそんなこともあるのか。
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