第80話 温泉への招待

「それで?売ってくれるの?くれないの?」

「俺も取引がしたいぞ、ジョージ。

 これは売れる。確実に売れる。

 今までの中で最高の売上になる。

 保証する。」

 セレス様とエドモンドさんが食い気味で俺に迫ってくる。


「わ……。分かりました。

 とりあえず、今扱っていただいている商品をおろす際に、見本をエドモンドさんにお渡しします。

 それで引き合いがありましたらお出ししますよ。それでよろしいでしょうか?」


「ああ、それでもちろん構わんよ。」

 なんせ種類が多いからな。全部だしていたらきりがないし、そんなに長持ちするものでもないからな。

 それにしても……。取り扱う商品が多いからどんどんお金が増えていくな……。

 そんなに必要ないんだが……。


「ああ、そうだわジョージ、当家の別荘地の問題を解決してくれたのよね?

 本当にありがとう。

 問題なく山に行かれるようにもなったことだし、改めてパーティクル公爵家から、別荘への招待状が届くことと思うわ。」


 セレス様が嬉しそうに言う。ああ、そうだったなあ。温泉、実に楽しみだ……。

「あの、その件なのですが、ここからは、女給長かつ王妹殿下であらせられるセレス様ではなく、パーティクル公爵婦人であるセレス様としてお願いがあるのですが、ここでお話してもよろしいでしょうか?」


「もちろん構わないわ、何かしら。」

「……実は、俺をパーティクル公爵家の別荘に招待いただく際に、他にも招待して欲しい方がいるのです。」

「どなた?サニーさんはお呼びすると聞いているけれど。」


「……その、サニーさんのご家族なのです。

 サニーさんはとある侯爵家の嫡男で、お母様がこの国で一番の水魔法使いである、イザベラ・ニュートンジョン侯爵夫人という方なのですが、──ご存知でいらっしゃいますでしょうか?」


「ニュートンジョン侯爵夫人ですって!?

 もちろんだわ、この国において、貴族や王族の中で、ニュートンジョン侯爵夫人を知らない人は、いないと言っても過言ではないのよ。それに先代のニュートンジョン侯爵は、勇者様とともにこの国を救ってくれた英雄でもあるの。」


 そうだったのか。

「サニーさんのお母様だったなんて、全く知らなかったわ……。一緒にいる状態でお会いしたことがなかったし、サニーさんはたしかブラウンと名乗っていたわよね?」

「恐らく奥様の名前を名乗っていらしゃるのだと思います。侯爵家を捨てた……とおっしゃっていましたから。」


「私もお会いしたことがないですわ。侯爵家ともなると、王家の主催する集まりに呼ばれることがあると思いますけれど、ご家族同伴の集まりの際にも、ニュートンジョン侯爵夫人は、ニュートンジョン侯爵とお2人だけでいらしていたと思います。」

 パトリシア王女も同意する。

 その時点で既に家を出ていたのだろうか?


「俺は先日サニーさんに、ニュートンジョン侯爵夫人と旅行をしてみてはどうかと提案をしました。俺は自分の家族と腹を割って話す際に、一緒に温泉に行くことがあるのです。もちろんお互いに入浴専用の服を着ますが、それを着て親子で風呂に入れる温泉を探しているのです。」


「ニュートンジョン侯爵夫人とサニーさんの間には、そうすることが必要だと、ジョージは考えたということなのね?」

 セレス様はそう言って、思わせぶりな目線を投げかけてくる。俺が2人に話し合いの機会を作ってやりたくてそう言っているということを、何やら察しているのだろうか。


「公爵家の別荘にご招待いただくというだけでも光栄なことですのに、そのようなお願いを差し上げるのは、非常に厚かましいことだと重々承知しているのですが……。

 先日お2人が、俺とサニーさんと友人のように接したいとおっしゃって下さいました。

 もし友人とその母親が腹を割って話をする機会を設けていただけるのであれば、こんなに嬉しいことはありません。」


 王宮正面入口の豪華さに圧倒されていた俺は、王妹殿下かつパーティクル公爵夫人であるセレス様に、このことをお願いするのを安易に考えていた。だが、とても失礼なことだと今更ながらに気が付いた。

 親しく接してくれる取引先の社長夫妻に、無理を言うようなものだ。


 だが、俺とサニーさんと友人として接したいというお2人の気持ちに嘘がないのであれば、むしろ話さなかったことで胸を痛めてしまうこともあるかも知れない。

 俺なら何か出来ないかと思ってしまう。俺が出来ることなんて、こうしてパーティクル公爵家にお願いするか、可能な宿を探すことくらいなのだけれど。


「もちろん構わないわよ?ニュートンジョン侯爵夫人とは、一度じっくりお話してみたいと思っていたの!だけど特定の貴族を別荘にお呼びするとなると、なかなか難しいところがあって、二の足を踏んでいたのよね。だけどお世話になっているサニーさんのご家族であれば話は別だわ。」


 貴族間の思惑があるということか。確かに王妹殿下で公爵夫人ともなると、取り入りたい他の貴族からすれば、面白くはないだろうからな。

「そう言っていただけてホッとしました。」

 俺は胸をなでおろす。


「ところで、招待するのはニュートンジョン侯爵夫人だけでいいの?ニュートンジョン侯爵は?先程奥様の名前を名乗っていると言っていたけれど、サニーさんには奥様もいらっしゃるということなのよね?」

「──あ。」

 親子の確執の件ばかりを考えていて、その点をすっかり失念していたな。


「ニュートンジョン侯爵はお会いしたことがありませんので、俺からはなんとも言えませんが、サニーさんの奥様は、現在妊娠中でかなりお腹が大きい状態なのです。大変残念ですが、あの雪山の険しい山道を登れるとは、到底思えませんので今回は……。」


「──あら、登れるわよ?」

「登れる?」

「私たちもあの山を登る時に、いちいち歩いて登らないもの。馬車すらも険しくて危ないくらいの坂道よ?山頂に行くための、専用の魔道具を設置してあるのよ。」


「そんな便利なものがあるのですね。

 ちなみにどんなものなのでしょうか?」

「登山道の反対側に、柱を何本か立てていてね、そこに山頂近くと山の麓近くにそれぞれ乗り物が置かれているの。重さを使って下から上に引き上げるのよ。」


「ちなみにそれは、太い紐に乗り物がぶら下がっている、ということでしょうか?

 紐は2本でしょうか、1本でしょうか?」

「あら、よく分かったわね、紐は2本よ。

 ジョージも乗ったことがあるの?」

「乗ったことはありませんが、見かけたことがあります。」


 つまりはロープウェイということか。

 紐が2本あるのであれば、輸送用機器を支持する支索ロープと、牽引する曳索ロープが別にあるロープウェイタイプということだ。

 紐が一本の複線タイプでない単線のものがゴンドラリフト、と言えば、違いがわかりやすいだろうか。


 ちなみにゴンドラリフトは、スキー場のリフトと同じく、1本のワイヤーロープに固定された輸送用機器が、ワイヤーロープごと動くやり方だ。

 ついでに言うと、ケーブルカーは、線路のある鉄道にはなるのだが、ケーブルを巻上機で牽引する、鋼索鉄道という、普通の電車とは異なるジャンルの乗り物になる。


「お2人で楽しそうな話をされていてずるいですわ。私もいきとうございます。」

 パトリシア王女が不服そうだ。

「そうね、せっかくだからパトリシアもいらっしゃいな。」

「セレス様!?」

 驚くジョスラン侍従長。


「目的は……そうね、──ジョスラン侍従長の慰安をかねて、でどうかしら?」

 セレス様がジョスラン侍従長にニッコリと微笑む。

「そ、そんな、わたくしなぞが、セレス様の別荘に、パトリシア様の従者としてでなく、慰安目的でお伺いするなどと……。」


「あら、ジョスラン侍従長のことだって、私は招待したいと思っていたのよ?

 だけどあなたは仕事の虫なんだもの。

 たまにはゆっくりなさいな。」

「わたくしは従者の立場です。セレス様の別荘でくつろぐなど、もってのほかです。」

 ジョスラン侍従長は頑として首を縦に振らなかった。


「私も兄も弟も、パトリシアも、パトリシアの弟たちも、……ずっとあなたに育ててもらってきたわ。

 あなたがいなければ、今の私たちはないとすら思ってる。

 私が、そんなあなたを招待したいと思うのが、そんなに不思議なことかしら?」

「セレス様……。」


「ジョスランが従わないのであれば、私お父様にお願いして、お休みをもぎ取った上でジョスランについてきて貰えるようにするわ!

 それなら付いてこざるをえないでしょ?」

 パトリシア王女がいたずらっぽく笑う。

「セレス様……、パトリシア王女……。」

 ジョスラン侍従長は表情を変えないように必死だったが、感動しているのがありありと分かった。


「ジョスラン侍従長、あちらでご一緒した際には、珍しい酒をお持ちいたしますので、一緒に楽しみませんか?いける口ですよね?

 一度ジョスラン侍従長と一緒に、飲んでみたいと思っていたのです。」

「──め、珍しい酒ですか!?あ、いや、オッホン。それは悪くないですな。」

 セレス様とパトリシア王女がくすくすと笑う。やはりだいぶ酒は好きなようだ。


「それじゃあ、招待客は、ジョージ、パトリシア、ジョスラン侍従長、サニーさん、サニーさんの奥様、ニュートンジョン侯爵夫人、ニュートンジョン侯爵、それにエドモンドさんで決まりね!」

「お、俺もですか!?」

 エドモンドさんが驚く。


「もちろんよ、全員がこの場で楽しそうにしているのに、あなた一人だけのけものになんてしないわよ?あなたも先日の招待客の一人でしたでしょう?ご迷惑をかけたお詫びと、私たちがささえるコボルトの店を作る関係者の懇親会だと思って、ぜひいらしてちょうだいな。」


「は……。ありがたき幸せに存じます。

 ──ルピラス商会副長、エドモンド・ルーファス、謹んで殿下のご招待をお受けさせていただきます。」

 かしこまって挨拶をするエドモンドさんに、セレス様が、私もう殿下ではなくてよ?と微笑み、あ、いや、とエドモンドさんが焦って、パトリシア様がフフフ、と笑った。


「あ!そうだわ!

 そう言えば、ジョージに聞きたいことがあったのよ!大事なことだったのに、すっかり忘れてしまっていたわ!」

 セレス様がハッとしたように表情を変えてそう言った。


「大事なこと……ですか?俺に?」

 化粧品の他に、なにか頼まれていたことがあったっけな?

「──ジョスラン。」

 セレス様が目配せをして、部屋に残っていた残りの従者たちを、ジョスラン侍従長が部屋から退室させた。


 よほど重要な話らしい。部屋の空気が変わる。俺はつばを飲み込んだ。

「あの……、俺は聞いていても問題ないのでしょうか?」

 エドモンドさんが恐縮したように尋ねる。

「あなたもあの場で聞いていたのだから、問題はないわ。」

 セレス様がそう言った。


 エドモンドさんが一緒にいて、聞いていた話で、人払いをしてまで話す重要なことってなんだ……?あ、まさか!

 俺とエドモンドさんが顔を見合わせる。

「──ええ。

 ノインセシア王国に、ついに聖女様が降臨なされたわ。そのことについてなの。」


 ──ついに現れたのか!聖女様!

 瘴気を払う為に重要な存在。聖女と勇者が現れれば世界は救われるとされている。

 その聖女様がついに!

 けど、そのことが俺と、一体何の関係があるのだろう?

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