第75話 カーバンクルの守護

 イエティがカーバンクルだったことで、驚異がなくなったことが分かり、登る時には見せてやれなかった、山の景色をカイアと一緒に楽しんだ。カイアは樹木の精霊だからか、やはり自然が大好きなようだった。


 脅威がなくなった筈の山の中で、魔物に出くわしたのだけは予想外だったが。だが危険な魔物ではなく、殆ど動物と変わらないような生き物だった。俺たちの姿を見て、大きな体でドシドシ音を立てながら逃げていく。


 どう見てもその姿は……。

 尻尾が9つもあるマンモスだった。

 ──あ!!

 あれか!?ナインテイルって、ひょっとして、あの魔物じゃないのか?


 え?つまり、ナインテイルのタンのスープって、ポ●のタン的な?

 うわあ……。

 一度は食べてみたいと思っていたものを、現実に、知らない間に食べていたとは。


 自分でも狩ってみたいと思っていたんだよな!普段使いのスラッシュアックスも、大剣も片手剣もないが問題ない。

 やっぱり万年雪の山にいるんだな!

 この世界に来て、初めて魔物を狩ること自体ワクワクしてきた気がする。


 テンションが上がってきた俺は、カイアに地面に降りて貰い、のろい速度で逃げるナインテイルを、オリハルコン銃で一撃した。

 ズシン…という重たい音と共に、大人のナインテイルが、膝からゆっくり崩れて地面に倒れ、しばらくピクピクしていた。


 山の上に逃げて行く、他の大人と子どものナインテイルたちの姿が、ある坂道を境に、ふっとその姿が消えてゆく。

 くうううううう〜!

 こんなところまで同じかあ!


 こうなると、剥ぎ取りを覚えたいな。

 剥ぎ取りというか、解体かな?

 俺の嫁の雷狼竜はさすがにいないだろうけどな。よく裸ハンマーで狩ったものだ。

 俺はナインテイルをマジックバッグにしまい込み、意気揚々と山を降りた。


 俺は山を降りる直前で、カイアにマジックバッグの中に入って貰った。危ないので入山禁止になっていたことで、山の中では人に出くわさなかったが、山を降りたらまた人目に触れてしまうからな。


 そのままキシンの街の冒険者ギルドに顔を出し、イエティの調査依頼を達成したこと、イエティではなく、精霊のカーバンクルが瘴気に取り憑かれていたのだということ、瘴気が払われて、今は無事なことを話した。


 もちろん俺とカイアが瘴気を払ったことについては、冒険者ギルドには伏せた。精霊には瘴気を払う力があることは、この世界の人はみんな知っているらしく、取り憑かれたカーバンクルを、番いのカーバンクルが助けたと伝えたら、職員はそれで納得していた。


「上席に報告してまいりますので、少々お待ちいただけますでしょうか。」

 そう言って、受付嬢が一度奥に引っ込んだと思ったら、この地区の冒険者ギルドの副長だという、セオ・バンカーさんという男性が奥から出て来た。


「この山に、カーバンクル様がいらしたというのは、本当なのですか?」

「はい、本人がそう言っていました。

 大人になるとどんな生き物とも会話ができると。白いウサギのような姿に、額に赤い宝石がついていました。」


「……昔、このあたりでは、カーバンクル信仰が盛んだったのですが、今ではすっかり影を潜めてしまったのです。カーバンクル様の姿を見かけた人は、今の若い世代には存在しないでしょう。力が弱まったというのも、無理のないことだと思います。」


「精霊は信仰と愛により、力が強くなるものだとも言っていましたね……。

 再びカーバンクル信仰が高まれば、このあたりは安全になると思います。」

「そうだと思います。ですが、姿を見ていないので、私も半信半疑の状態です。」


 ギルド副長は組んだ指先をソワソワと動かし、目線を落としながらそう言った。

「お手数ですが、我々をカーバンクル様のところに案内していただけないでしょうか?

 私を含め複数のギルド職員が目撃すれば、それを足がかりに、カーバンクル信仰を復活させることが出来る気がします。」


「構いませんよ。それでカーバンクルの力が高まり、このあたりが安全になるというのであれば、俺もその方がいいと思います。」

「では、戻って来たばかりで申し訳ないのですが、職員たちに準備をさせます。少々お待ちいただけますでしょうか。」


 俺は職員たちの準備が整うのを待って、一緒に山に戻ることとなった。

 今日の帰りの馬車に間に合うかな?何事もなければ問題ないとは思うが。まあ、間に合わなくても、宿をおさえてあるしな。することがないが、宿でのんびり過ごせばいいか。


「──お待たせしました、参りましょう。」

 ギルド副長のバンカーさん、他に男女2人ずつが、雪山用に防寒具を整えて、加えて万が一の時の為なのだろう、防具も身につけていた。安全だと伝えられても、その目で確認したわけじゃないからな。


 俺はギルド職員たちと共に、再び雪山に登った。バンカーさんは息も切らさず大したものだったが、男性2人が険しい山道にフウフウ言いながら登っていた。

「お前たち、女性陣に負けて恥ずかしくないのか、しっかり登りなさい。」


「も……、申し訳ありません。日頃事務ばかりで体がなまっていて……。」

 バンカーさんに叱咤されて、力を入れようとするも、それでも大変そうだった。

 女性陣は若くて身軽そうな体型だったが、男性陣はかなりお腹周りに肉がついているから、そもそも体が重たいんだろうな。


「ここです。」

 洞窟の前に付いた時、男性陣はホッとしたような表情を浮かべて、膝に手を突き体を折って、今にも雪の上にも関わらず、その場にしゃがみこんでしまいそうになっていた。

「先に洞窟の中を確認して来ますので、こちらでお待ちいただけますか?」


「お願いします。」

 バンカーさんに了承を得て、俺が先に洞窟の中に入る。カーバンクルたちに、俺とカイアが瘴気を払ったことを、冒険者ギルド職員に内緒にしておいて貰う為だ。

 カーバンクル自身が自分で払ったことにしてしまったしな。


 洞窟の奥に進むと、大人のカーバンクルと子どもたちが、木の枝の巣ではなく、俺の敷いた絨毯の上にいた。

「どうした、先程ぶりだな。」

「それ、気に入っていただけたんですね。残して帰ったのが気になっていたんですが。」

「ああ、よい。とても暖かい。」


 カーバンクルの子どもたちは、絨毯の上でコロコロと寝返りをうったり、休んだりしていた。かわいいな。

「実は今、冒険者ギルドの職員たちを、洞窟の外に連れてきているんです。

 カーバンクル信仰を再びこの地に広める為に、この目で確認したいのだそうです。」


「人の信仰は我らの力。

 会っても構わん。」

「ありがとうございます。実はそれでなんですが、俺は、俺とカイアに瘴気を払う力があることを、隠しておきたいと思っているんです。特にカイアの力を……。」


「お主を守護している木の精霊は、瘴気に取り憑かれない程の力を宿している。

 それが知られれば、お主たちを利用して、瘴気を払わせようとする輩も現れよう。

 だが、利用されると精霊が汚れてしまう。

 いいだろう、我の妻が払ったことにしておこう。本来その力があるのだから。」


「ありがとうございます。

 洞窟の中にお呼びしますか?」

「いや、こちらが向かおう。」

 そう言って、父親のカーバンクルは立ち上がった。一番大きなオムツウサギの子が、それを見て耳をピッピッと動かした後で、スックと立ち上がった。


「お子さんたちも行かれるのですか?」

「いや。カーバンクルは精霊であると同時に肉の体を持っている。人間から見て、とても手に入れたくなる姿のようだ。

 特に子どもたちはな。だから見せるつもりはない。我と妻のみでゆく。」


 そう言われて、一番大きなオムツウサギの子はがっかりしたように耳を下げた。

 確かにこんな可愛らしい姿の生き物を、飼いたい人間は多いだろうな。それにしても、精霊を手に入れようとした人間が過去にいたのか。不敬にも程があるな。


「では参ろうか。」

 俺とカーバンクル夫妻は、オムツウサギの子どもたちに、中で大人しくしているよう言い含めてから、揃って洞窟の外へ出た。

 その姿に、ギルド職員たちがザワつく。


「カーバンクル……様……。」

 バンカーさんが震えていた。そして雪の上に片膝をつき、胸元に手を当てた。

 その姿を見て、他の冒険者ギルド職員もそれに倣って、膝をついて胸に手を当てた。


「私は、キシンの冒険者ギルド副長、セオ・バンカーと申します。

 当地を守護する精霊、カーバンクル様にお会い出来て光栄です。」

「堅苦しくせずとも良い。立つといい。」


「ありがとうございます。

 ……本当に、この山にずっといらしていただいていたのですね。

 信仰の途切れた我々を、それでも見守っていて下さったのですね。

 これからは、再びカーバンクル様の存在をみんなに広めてゆきます。

 どうか我らをお守り下さい。」


「もちろんだ。我の願いはこの地に生きとし生けるものすべての安らぎ。

 お前たちが力を与えてくれるのであれば、我はお前たちすべてを守ると誓おう。」

「ありがとう……ございます……!」

 バンカーさんも他の職員たちも、この地を守護する聖なる存在を前にして、感動に震えているようだった。


「ところで、我はそこの男に用事がある。

 少々借りても構わないだろうか。」

 と、父親のカーバンクルが俺を見てきた。

「はい、俺は構いません。

 では、ちょっと行ってきますね。」

 俺はバンカーさんにそう告げると、カーバンクル夫妻と共に洞窟の中に戻った。


「俺に用事というのは?」

「この子のことだ。」

 カーバンクルは、一番大きなオムツウサギの子を見ながら言った。

「この子はこの地ではなく、お主を守護したいと言って来た。

 どうか共に連れて行ってやって欲しい。」


「ええ!?

 で、ですが、こんなに小さいのに、親兄弟と離れて暮らすのは……。」

「いつかは別の地を守護することになる。

 それが遅いか早いかの違いだけだ。

 我らのことを考えてくれるのであれば、時々会いに来て欲しい。それで構わない。」


 困ったな……。うちにはカイアもいることだし、一緒に暮らすとなると……。

 悩んだ挙げ句、俺はこの子を引き取るかどうかを、カイアに決めて貰うことにした。

 カイアをマジックバッグから出し、カイアの目線にしゃがみこんだ。


「カイア、あのな?これからお友だちが、俺とカイアと一緒に住みたいって言うんだが、カイアはどうしたい?」

 カイアは一番大きなオムツウサギの子の目をじっと見つめた。

「ピョルッ!ピョルッ!」


 カイアは嬉しそうに両方の枝をブンブンと振った。そして一番大きなオムツウサギの子のところに行き、そっとオムツウサギの子を抱きしめる。オムツウサギの子も嬉しそうに抱き返した。どうやらカイアは、この子と一緒に暮らしたいようだな。


「うちの子が歓迎しているようなので、引き受けることにします。」

「そうか、それは良かった。では、この子に名をつけてやって欲しい。」

「ええ!?そういうのは、親御さんがするものなのでは……。と言うか、この子たちには名前がないのですか?」


「ない。我もない。精霊が人間単体を守護する場合、守護対象に付けられるのが通常だ。

 名付けを受け入れその者を守護する。」

「うーん、名前……。名前かあ……。

 あ、そうだ、精霊の力が高まると、俺が精霊魔法を使えるようになると言われたのですが、カーバンクルも魔法を使うのですか?」


「使う。ドライアドは土と水属性。

 カーバンクルは風と闇属性だ。だがどちらも力が高まれば、聖属性の魔法を使う。

 この子はまだ最近、風属性が使えるようになったばかりだがな。」

「──じゃあ、君の名前はアエラキだ!

 優しい風、という意味だよ。」


「ピイイイイ!」

 嬉しそうにアエラキが、ピョンピョンと俺のまわりを跳ねた。

 本当はギリシャ語で、そよ風という意味なんだが、優しい風という表現のほうが、この子に合っている気がした。


「じゃあ、連れて帰ります。たぶんですが、近いうちに、パーティクル公爵家の温泉がこの山にあって、そこに招待される予定なので、その時にでもまたお伺いしますね。」

「ああ、もう少し上の方に、大きな人間の家があったな。万年雪の降る場所だ。」


「はい、恐らくそこかと。

 では、その時まで。」

「ああ。」

「人間に見られるとまずいから、アエラキはカイアと一緒に、マジックバッグの中に入っていてくれな。さあ、お父さんお母さんと、兄弟たちにバイバイしような。」


 アエラキが家族に手を振る。カイアも一緒に手を振った。2人をマジックバッグの中に入れ、俺は洞窟の外に出た。

 外では、足元から冷えてきたのか、男性2人が少し寒そうに震えながら、全員で洞窟を見守っていた。


「用事が済みました。」

「なんだったのですか?」

「ここに来た時に、俺が地面に絨毯を敷いてやったのですが、それを貰ってもいいかということでした。暖かくて、とても喜んでくれたようです。」


 まあ、嘘は言っていない。全部を言っていないというだけだ。

「そうでしたか。我々はすぐにこのことをギルドに報告致します。クエストもこれにて完了ということで結構です。お帰りいただいても大丈夫ですよ。」


「ありがとうございます。

 それでは、まだ帰りの馬車に間に合いそうなので、俺はこのまま宿を引き払って、失礼させていただきますね。」

 人々の信仰が高まれば、この地は安全だろう。そうなると、楽しみだなあ、温泉。


 だけど、カイアに続いて、まさかの守護精霊が2人目か……。俺が本当に精霊魔法が使えるようになったら、あんまり知られないようにしたほうがいいだろうなあ。カイアの加護だけでも珍しいと言われたのに、こんな人間他にいるとは思えないものな。


 けど、カイアに一緒に暮らしてくれるお友だちが出来たのは嬉しい出来事だったな。

 何より、俺には分からないカイアの言葉が通じているらしいのがありがたい。

 これからはカイアも、お友だちとたくさんおしゃべりが出来るようになるな。


 カイアは大人しい子ではあるけど、誰とも話せないのと、話さないのは違うしな。

 早く俺とも話せるようになれる日が来ないかな。最初になんて言ってくれるだろう。

 俺はその日を想像しながら山を降りて宿に戻り、チェックアウトすることを告げて、家に向かう馬車に乗ったのだった。

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