第74話 イエティの正体

 洞窟の中はほんのりと冷たくて、だが地面や壁から冷気がくるだけで、風が吹きこんで来ない分、慣れれば外よりも暖かいとすら感じられた。

 かなり広くて長い一本道だったが、かといってどこまでも続くということもなく、すぐに突き当りにたどり着いた。


「え……?」

 そこは何かの巣のようだった。暖を取るためなのか、重ね合わせた木の枝がいくつも重ねられて、その上に5体の──一見動物に見える魔物の子どもたちがいた。

 なぜ魔物だと思ったのかというと、子どもたちがみんな、まるでオムツのような下履きを履いていたからである。あくまで毛だが。


 白い体に白いオムツ。ウサギのような長い耳を、怯えたように後ろに倒して、お互いが寄り添いながらこちらを見ている。

 白いウサギなら基本目は赤いものだと思うのだが、この子たちの目は緑色だ。

 オマケに全員おでこに赤いひし形の宝石がある。そして何より、既視感のある顔立ち。


 うちのカイアは、黒目がお目々の中にいっぱいで、ちょっと上向きの三角形のような口元を常に半開きにしているのだが、この子たちも、まるで同じ顔をしているのだ。

「困ったな……。こんなの殺せないぞ。」

 カイアと同じ顔が5つ。うん、無理だな。


「これがイエティなわけはないよな?

 もし仮にそうだとしても、恐らくはイエティの子ども……か?多分だが。」

 俺のイメージするイエティとは違うな。俺は子どもたちを見ながら独り言を言った。

 その時、オムツをつけた子どもたちのお腹が、くうううううう、と鳴った。


 ハッとしたように、お腹の鳴っている子どもを、他の子が庇うように更に強く抱きしめる。だが、庇っていた子のお腹も鳴り出してしまった。不安から、ヒンヒン泣き出してしまう子どもたち。

「ははっ。」

 あまりの愛らしさに思わず笑ってしまう。


 俺は一度洞窟の外にでて、あたりを見回した。エサを探しに行っているのか、親の姿はどこにも見当たらなかった。

「カイア、おいで、お友だちを紹介してあげよう。」

 俺はカイアを抱き上げて、再び洞窟の中へと戻った。


 ウサギのような魔物の子どもたちの前に、抱き上げていたカイアをおろしてやる。

「ほーら、お友だちだぞ。」

 カイアは子どもたちを見て、ピョルッ!ピョルッ!と声をかける。意味が通じているのだろうか?子どもたちが互いに顔を見合わせている。


「カイア、この子たちはお腹が空いているみたいだからな、これからちょっとしたものを作るつもりなんだが、食べられるか聞いてみてくれ。」

 俺は床にビニールシートを出して敷き、その上に絨毯を敷いた。


 鍋と、包丁と、まな板と、携帯用カセットコンロを出して、鍋に市販のわかめスープの素と、切り餅を食べやすい大きさに切ったものと、長ネギを刻んだものを入れてお湯で煮る。全部いちから作ってもいいんだが、洞窟の中じゃワカメを洗えないので、今回は市販品だ。最後に胡麻油をたらしたら、ワカメと餅の中華スープの出来上がりだ。


 いちから作るなら、乾燥ワカメを水で戻して水を切り、ざく切りにして食べやすい大きさにしたものと、小さく切った切り餅、長ネギを、中華スープの素と酒を、1対3の割合で入れ、コショウ少々を加えて煮る。

 市販のわかめスープは、ワカメに塩分がないから洗わなくていいからな。


「さあ出来たぞ、食べてごらん。

 少し熱いから、冷ましてからな。」

 俺はマグカップにスプーンを入れて、オムツウサギの魔物に差し出したが、一番お兄ちゃん、お姉ちゃん?どっちだろうな?が、両手を広げて、下の子たちを庇うように立ちはだかって、受け取ろうとはしなかった。


 ウサギみたいとはいえ、二足歩行で立っているんだから、スプーンを使って食べられると思うんだが、俺のことが怖いんだろうな。

「カイア、この子たちに見本を見せてやってくれないか?食べても大丈夫だぞ?って。」

 俺は差し出したマグカップを、ふうふうしてからカイアに渡した。


 カイアは絨毯の上に乗って、俺の渡したマグカップを、同じようにふうふうしてから一口飲んだ。ピョルッ!ピョルッ!と喜んで、お餅をスプーンで取り出して、嬉しそうに噛み締めている。それを見たオムツウサギたちが、顔を見合わせたあと、泣きそうな表情で一番前にいる子の顔を見る。


 一番前にいた子が、意を決して前に歩み出て、カイアの前に立った。

 カイアは食べかけのスープをその子に手渡した。オムツウサギの子が、そっとスープをすする。

「──!」

「食べられそうか?」


 急いで飲み込むようにお餅を食べるオムツウサギの子ども。そしてマグカップを持って慌てて兄弟たちの元へと戻ろうとする。

「ああ、ゆっくり噛まないと駄目だ。

 小さく切ってはあるけど、お餅は喉に詰まりやすいからな。」


 カイアが、こっちにおいで!とでも言うように、ピョルッ!ピョルッと鳴きながら、両方の枝を振って子どもたちにアピールする。

「ちゃんとおかわりも、お前の兄弟たちの分もあるから、ゆっくり食べなさい。」


 俺は新しいマグカップに、ワカメとお餅の中華スープを入れた。

 一番大きい子がコックリとうなずき、そろそろとオムツウサギの子どもたちがこちらに近寄ってくる。全員が絨毯の上に乗り、その暖かさに驚いていた。

 かわいらしいな、と、ふふっと笑う。


「渡してやってくれ、カイア。」

 俺が直接渡すより、カイアが渡したほうが安心だろう。なんか、会話が出来ているような気がしないでもないしな。

 俺から受け取ったマグカップを、カイアが子どもたちに1つずつ渡していく。


 カイアにも渡してやったら、こうするんだよ、と教えるかのように、ピョルッ!と言いながら、ふうふうして見せる。

 オムツウサギの子どもたちも、真似してマグカップをふうふうしている。

 なんて愛らしいんだろうか。


 みんな絨毯に座って、仲良く中華スープを飲みだした。美味しそうにお餅を噛んでいる顔は、カイアも含めて全員そっくりだった。

「おかわりいるか?」

 ようやく安心してくれたのだろうか。今度は直接俺の前に来て、並んでマグカップを差し出してくれた。カイアも並んでいる。


 カイアは朝ごはんを食べたんだけどな。

 お腹が刺激されちゃったかな?

 俺は順番に中華スープをついでやった。

 何度か並んで中華スープを貰い、ようやくお腹いっぱいになったらしく、オムツウサギの子どもたちは眠たそうにしていた。


「この子たちのお父さんお母さんが戻ってくる前に、洞窟を出ないとな。洞窟の中じゃ襲われたらひとたまりもないからな。」

 俺は子どもたちが乗っていたので絨毯をその場に残して、カイアを抱き上げて、オムツウサギの子どもたちにバイバイをした。


 だが洞窟の外に出た途端、先程とは様子が違っているのに気が付いた。2体の魔物が洞窟のすぐ近くで対峙していたのだ。どちらもウサギの耳のついた、額に赤い宝石を持つ巨大な魔物だったが、片方はその全身に黒いモヤがかかっていた。大人は別にオムツを履いていなかったが、見た目はとても似ていた。


 俺は思わずビクッとして、カイアを抱いたまま、一度洞窟の中に身を隠し、外の様子を伺った。カイアが心配そうに俺の顔を見上げてくる。

 モヤのかかっていないほうの巨体のウサギを、モヤのかかっているほうのウサギが、どうやら襲っているようだった。


 モヤのかかっていないウサギ──白ウサギは、モヤのかかっているウサギ──黒ウサギがこれ以上洞窟に近付かないように進路を塞いでいた。

 だが、抵抗虚しく、強大な力によって、白ウサギは黒ウサギに倒されてしまった。


「ピイイイイイ!」

 洞窟からオムツウサギたちが飛び出て、雪の上に横たわっている白ウサギに駆け寄っていく。やはりあの子たちの親なのか。

 一番年上のオムツウサギが、泣きながら黒ウサギの足にすがりつき、いやいやをするように首を振った。


 その鳴き声は、親を傷付けた憎い相手に対するものじゃなかった。悲しい、悲しい鳴き声。黒ウサギの足にギュッとすがりつく。

 ──まさか……。

 あの黒いモヤのかかっている白いウサギも、この子たちの親なのか!?


 だが、一番大きなオムツウサギは、無情にもすがりついた黒ウサギの足にそのまま蹴り上げられ、──ポン、ポン、ポトリ……と、数メートル先まで飛んで動かなくなった。

俺の足首から血の気が引いた。

「ピョルッ!ピョルッ!!」


 カイアが俺の腕から無理やり降りて、飛ばされたオムツウサギの子のところに駆け寄っていく。雪の上に倒れるその子のまわりの白い雪に、真っ赤な血が広がっていった。

 黒ウサギがこちらを振り向いた。

「カイア!!!!!」


 黒ウサギがカイアに向けて殴りかかった。

 カイアは泣きながら、聖なる光の防御魔法を放ってそれを防ぐ。

 俺はマジックバッグから、作っておいた魔法陣を取り出すと、黒ウサギに向けた。

「シュッランバノー!」


 魔法陣から光の輪が飛び出して、黒ウサギの体に輪投げの輪のようにかかったかと思うと、キュッとそのまま縛り上げて身動きを止めた。捕縛の魔法陣だ。

 ドライアドの子株の時と、同じことが起こせれば。この親を救えるかも知れない。


 俺は光の輪に縛られた黒ウサギの体にそっと触れた。黒いモヤが薄くなっていく。だが完全には晴れなかった。そこにカイアの体が光ったかと思うと、黒ウサギの体に触れる。

 残りのモヤが、サーッと晴れて空に飛んでいく。黒ウサギは白ウサギになり、グラリと雪の上に倒れ込むと、光の輪が消えていき、そのまま気絶しているようだった。


 オムツウサギたちが駆け寄ってくる。やはりこちらも親のようだ。泣きながら心配しているようだが、親は目をさましそうになかった。俺はカイアを抱き上げて、数メートル先に飛ばされた、一番上の子の元へと駆け寄った。オムツウサギは血まみれでぐったりしていたが、まだ死んではいなかった。


 カイアを地面におろしてやると、心配そうにオムツウサギの子をのぞきこんでいる。

「しまった、回復系の魔法陣をまだ作っていないんだった。回復系の薬を出すか。」

 俺は回復薬を出してその子に飲ませるも、少し体力が回復したのか目をあけたが、傷が少しも塞がらなかった。


「まいったな……どうしたらいいんだ。」

 その時、カイアが後ろの林に向かって、ピョルッ!ピョルッと俺を手招きした。

「どうしたんだ?カイア。」

 見ると木の根元に、光る星がいくつも落ちていた。星というよりもこれは……。


「これはひょっとして……。

 エディブルマッシュか?キノコっていうか、お星さまだなあ、完全に。

 これを食べさせてみろっていうのか?」

 俺は取り敢えず他に手段もないので、エディブルマッシュを取って、小さくちぎり、オムツウサギの子の口をあけて飲み込ませた。


 すると、オムツウサギの子の体が光ったかと思うと、薄目を開けていた目をカッと見開き、ガバっと起き上がった。

 傷も塞がっているようだった。

 そうか、無敵状態か!

「でかしたぞ、カイア!

 これでもう大丈夫だ!」


「ピョル……。」

 カイアが泣きながら、オムツウサギの子を抱きしめた。

 オムツウサギの子もカイアに気が付いて、そっと抱きしめ返した。

 もう大丈夫そうだ。


「さあ、お母さんたちのところに戻ろう、向こうも怪我をしているみたいだから、エディブルマッシュを食べさせてやろうな。」

 俺はその場にはえていたエディブルマッシュを根こそぎ取って、その2つを、倒れている白ウサギたちにそれぞれ食べさせた。


 食べてすぐ、どちらもスッと起き上がり、オムツウサギたちは大泣きしながら両親にそれぞれ抱きついた。

「……お主が助けてくれたのか、人間よ。礼を言う。子どもも世話になったようだ。」

 黒いモヤのかかっていた白い巨大なウサギが、俺の方を向いて話しだした。


「喋れるのか!?」

 びっくりしている俺に、

「我らはカーバンクル、雪の精霊。

 大きくなると、すべての生き物と言葉を交わすことが出来る。」

 と答えてくれた。精霊の子はみんなカイアみたいな顔をしているものなのかな?


「そちらは木の精霊の子株……、いや、親株か?そなたたちが加護を与えてくれたおかげだ。力を取り戻すことが出来た。」

「あれは……、やはり瘴気なんですか?」

「そうだ。聖なるものと、悪しきもの程取り憑かれやすい。恥ずかしながら我も取り憑かれてしまった。」


「俺はここに住むという、黒いモヤがかかったイエティの様子を見に来たんですが、そういう魔物はいますか?ひょっとして……。」

「恐らく我を見間違えたのであろう。

 この山にイエティはおらぬ。

 我が力を取り戻したからには、もうこの山は安心と思ってもらってよい。」


 俺は思わずホッとした。

「そうですか。ではそのように報告しておきます。お体はもう、大丈夫ですか?」

「なんともないようだ。」

 一番大きなオムツウサギの子が、目にいっぱい涙をためて、親に抱きついた。


「心配をかけた。もう大丈夫だ。」

 カーバンクルが、我が子をそっと抱きしめた。そこに戦っていた別のカーバンクルもやってきて、我が子を抱きしめているカーバンクルの体ごと、そっと包み込むように抱きしめた。他の子どもたちもそれに続いた。


「お主たちには、瘴気を払う力が備わっているようだ。」

「俺も……ですか?」

「お主の体は、神につかわされたもののようだ。強い加護の力を感じる。」

 やはり俺の体は、勇者に与える為のものだったということか。聖女様ほどでないにしても、そういった力があるということなのか。


「そこな木の精霊の親株も同様だ。お主よりも強い力を感じる。」

 先程の光はそれなのか。いずれカイアは瘴気を払う力を持つだろうと言われていたが、こんなにも早くその力が開花するとは。今回のことをギルドにどう説明しよう。


「あの……。お伺いしたいのですが。」

「なんだ。」

「精霊は瘴気を払う力があるのですよね?

 でしたら、なぜ今回あなたは取り憑かれてしまったのでしょうか?

 うちのカイアにも、その可能性があるということでしょうか?」


 俺が心配なのはそこだった。同じドライアドの子株である、コボルトの集落のドライアドがそうだったように、カイアが瘴気に取り憑かれてしまう可能性だってあるのだ。

「精霊は瘴気を払う力を持つ。同時に瘴気に取り憑かれやすくもある。」


 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

「だが、信仰と愛により、その力は強くも弱くもなる。このあたりの人間は、我らの存在を忘れてしまった。だから我らの力が弱くなってしまったのだ。

 お主を信じている限り、そこな精霊が取り憑かれることはないであろう。」


「カイア……!良かった……!」

 俺はカイアを抱き上げた。

 だけど、瘴気に取り憑かれることもなく、払う力を持ったということは、人間たちにその力を求められるということだ。

 一人二人なら俺も救えるものなら救いたいと思うが、さすがに世界を救う戦いにかりだされるわけにはいかない。


 数ヶ月後に現れるという聖女様が降臨されるまで、カイアの力を知られないようにしなくては。

 それまでに何事もなく過ごせればいいんだがなあ……。

 カーバンクルたちに別れを告げ、俺はカイアを抱いたまま山を降りた。

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