第63話 集落での挨拶
俺とララさんは、まずはアシュリーさんの家に向かった。セレス様がお会いしたいというオンスリーさんが、在宅しているかを確かめる為と、アシュリーさんが無事であることを伝える為だ。
オンスリーさんは自宅にいて、寝ずにアシュリーさんの帰りを待っていた。
やっぱりな……。
王宮に伝令はつかわしてくれたみたいだけど、人間が基本出入りしない、コボルトの集落に人を向かわせるということを、パーティクル公爵はしなかったようだ。
俺がアシュリーさんを人間の町に連れて行くことは伝えてあったが、連絡もなしに若い女性を家に帰さなかったのだ。オンスリーさんの心配も無理のないことだろう。
「……ジョージさん!アシュリーは、アシュリーは無事でしょうか?」
「連絡も差し上げずに、大切なお孫さんをその日のうちにおかえしできず、大変申し訳ありませんでした。アシュリーさんはご無事です。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです、どうぞ。」
俺とララさんはオンスリーさんに家の中に通され、お茶を出していただく間もなく、早々に用件を告げた。
「アシュリーさんをおかえし出来なかったのにはわけがありまして。」
「──私が悪いんです、ごめんなさい。」
ララさんが申し訳無さそうに頭を下げる。
「どういうことだい?ララ。」
オンスリーさんは訝しげに眉をひそめる。
「私がアシュリーさんに断りもなく、人間の貴族の家に行ってしまって、アシュリーさんは探しに来てくれたんです。」
「なんと……!さらわれたのかね?」
「まあ……なかば強引ではありましたが、ララさんも同意の上です。
ララさんを自宅に連れ帰った貴族は、国王様の妹君であらせられる、セレス様のご主人の、パーティクル公爵という方でした。」
「国王様の妹君の……?」
「パーティクル公爵は、以前よりずっとコボルトと直接話をしてみたいと思っていたらしく、つい興奮して強引に自宅に招いてしまったと謝罪して下さいました。
昨晩はアシュリーさんとララさんとともに歓迎を受け、パーティクル公爵邸に泊めていただきました。」
「コボルトと話がしてみたい……?」
オンスリーさんは首をかしげる。無理もないだろう。人間と言えばコボルトを迫害してきた存在で、その中心にいるのが貴族だとパーティクル公爵は言っていたからな。
「幼少期より憧れていたそうです。
コボルトは素晴らしい種族であると。」
「そんな人間も存在するのですね……。」
オンスリーさんは、よく飲み込めないといった表情でそう言った。
「奥様のセレス様は、パトリシア王女様がコボルトの店の為の、土地と建物を購入する保証人になってくださる、キッカケになられた方です。」
「そうなのですか?王家が後援してくださるのは伺っていましたが。」
「ええ。そして、王家はコボルトと手を取り合いたいと思っている、勇者と共に戦ってくれた、伝説のコボルトに、直接お礼が言いたいとおっしゃって、今、セレス様が近くにいらしています。」
「──なんですって!?」
オンスリーさんは驚きのあまり、ソファからガバッと立ち上がった。
「アシュリーさんは今、セレス様と一緒に、外の馬車で待っています。
それと、コボルトの店の内装を手掛けて下さる、内装業者のサニーさんと、ご主人のパーティクル公爵もです。」
「お礼……、元王家の方が、私に直接お礼を言いたいと……?」
「大勢の人間を予告もなしに、コボルトの集落に迎え入れるのは、みなさんを刺激してしまう可能性もあると思い、まずは俺とララさんでやってきた次第です。」
「そうですね、正しい判断だと思います。
そのままいらして下さったら、少々過激な連中は、事情も聞かずに、皆さんを集落から追い出していたことでしょう。」
オンスリーさんはそう言ってうなずいた。
「ぜひオンスリーさんからも、集落をまとめている方に、彼らを迎え入れるよう、お口添えいただけないでしょうか?」
「もちろんです。私もぜひお会いしたいと思います。さっそく参りましょう。
奴からみんなに話をさせます。」
オンスリーさんはそう言って、俺たちについてくるように言った。俺はその前にララさんの家に立ち寄って、ララさんの家族も心配しているだろうから、まずは無事の報告とお詫びがしたいと言った。
「ああ、そうですね、娘たちも心配していることでしょう。ではまず、先にララの家に向かいましょう。」
俺とララさん、オンスリーさんが、ララさんの自宅に向かい、同じようにご家族に事情を説明してわびた。
ララさんのご両親からは、むしろうちの娘がご迷惑をおかけして申し訳なかったと、俺とオンスリーさんは謝罪を受けた。
ララさんの行動によって、万が一パーティクル公爵が悪い人だったら、ララさんもアシュリーさんも危険な目にあっていただろうから、まあ無理もない。
ララさんは両親と、弟2人で暮らす5人家族だった。お父さんと年の離れた弟さんが2人いて、お父さんと一番小さい弟さんが、ララさんと同じパピヨンタイプのコボルトで、お父さんも弟さんも大変可愛らしかった。
こりゃあパーティクル公爵は、見た途端大興奮だろうなあ……。
お母さんと上の弟さんは、アシュリーさんと同じくアフガンハウンドタイプのコボルトで、お母さんがアシュリーさんのお母さんと姉妹なのだそうだ。
2人は従姉妹だったんだな。
ララさんのお母さんも上の弟さんも、アシュリーさん同様大変きれいだったから、オンスリーさんの奥さんは相当きれいな人だったんだろうなと思った。
その足で、コボルトの集落をまとめているオッジさんの家へと向かった。
オッジさんはセレス様たちを連れてきた事情を聞いて、とても喜んでくれた。
「これは快挙だよ。みんなに伝えて、集落をあげて歓迎しようじゃないか。」
その言葉に、さっそく俺たちは、俺とオンスリーさん、オッジさんとララさんの二手に別れて、コボルトの集落に、歓迎の催しを開きたい旨を広めて回った。
みんな、セレス様がオンスリーさんに感謝をのべるためにいらして下さったことに、特に年配のコボルトほど感動していた。
集落のみんなが広場に集まった。ずっと馬車の中でお待たせするというわけにもいかないので、まずはオッジさんの自宅でくつろいでいただき、その間に歓迎の催しの準備を整えましょう、ということになった。
歓迎の催し会場は、以前塩焼きそばを作るのに鉄板を借りた、食堂を営むハンザさんの店とその周辺と決まった。
各自の家で作った料理を持ち寄ることになり、お年寄りと子どもたちが、ハンザさんの店の飾り付けを開始した。
俺とララさんは、パーティクル公爵たちを迎えに馬車へと戻り、コボルトたちが歓迎の催しを開いてくれることになったと告げた。
「コボルトたちが……。本当ですか?」
パーティクル公爵は感激のあまり、思わず目をうるませている。憧れのコボルトの集落で、まさかそんなに歓迎を受けるとは思っていなかったらしい。
「突然来たのに、なんだか申し訳ないわ。」
とセレス様は柳眉を下げた。
「みんなが受け入れる気持ちになったのだもの、気にせず楽しんでくれたほうが、みんなも喜ぶと思うわ。」
アシュリーさんの言葉に、セレス様も納得がいったようだ。
馬車を降りて集落の入り口に向かうと、オンスリーさんとオッジさんが待っていた。
「まずは私の家にご案内します。歓迎の催しの準備が終わるまで、少しの間お待ちいただければ幸いです。」
コボルトには敬語の文化がないとアシュリーさんは言っていたけれど、集落をまとめるコボルトとして、オッジさんも人間と接する機会が多いからなのか、ちゃんとした敬語を使うんだよな。
オッジさんの家に案内される最中も、左を向けばコボルト、右を向けばコボルト、という状況に、パーティクル公爵が、それを顔に出して興奮しすぎないよう、気を配っている様子が伺えた。
セレス様は、そんな夫の様子を、微笑ましげに愛おしげに見つめていた。
歓迎の催しの準備を終えたら、呼びに行く役目をオンスリーさんがすると言ったが、
「オンスリーさんは、この催しの主役のお一人ですよ、俺が皆さんを迎えに行きますので、コボルトは全員揃って、皆さまをお迎えしたほうがよろしいかと。」
と俺が言ったので、オンスリーさんもみんなと一緒に、ハンザさんの店でセレス様たちを出迎えることになった。
準備が終わり、俺がオッジさんの店に迎えに行くと、パーティクル公爵はそれはそれはもう、ソファの上でソワソワと落ち着かない様子だった。もうすぐ夢が叶うんだものな。
ハンザさんの店の前につくと、店に入り切らなかったコボルトたちが、店の前に置かれたテーブルの前に立って、俺たちを笑顔と拍手で出迎えてくれた。
パーティクル公爵の目は既に感激でうるみはじめていた。それを見た俺とサニーさんが、後ろで微笑んだ。
店のドアと窓を全開にして、入り切らなかったコボルトたちも、外から店の中を覗く形で、歓迎の催しが始まった。
パーティクル公爵とセレス様は、オッジさんにお言葉を頂戴出来ますでしょうか、と言われて快くうなずいた。
「このような盛大な歓迎をいただき、まことに嬉しく思っております。
コボルトの集落に来ることは、私の幼い頃よりの長年の夢でした。」
パーティクル公爵が静かに話し出す。
「はじめは、人間の言葉を話す、人型の犬がいると言われ、犬が大好きだった幼い私は、単純にそこに興味を持ちました。
ですが、様々な文献にて、コボルトの歴史に触れ、勇者様とともに命を賭(と)してこの国を救った英雄であることを知り、憧れが尊敬に変わりました。」
会場内外のコボルトたちも、神妙な顔つきでそれを聞いている。
「そんな中で……、そんな、勇気があり、仲間思いの、人間を救った英雄であるコボルトが……、人間から迫害を……。
──すみません。」
パーティクル公爵はこらえきれない様子でハンカチを取り出して目頭を押さえた。
「受けているということを知り、ひどく胸を痛め、自分になにか出来ることはないかと、長年思っておりました。
今回妻であるセレスを通じて、コボルトの皆さまの店を出すお手伝いをさせていただけることになり、大変嬉しく思っております。
一緒に素晴らしい店を作りましょう。」
パーティクル公爵の挨拶が終わり、先程よりも大きな拍手が、会場の中からも外からも聞こえた。
続いてセレス様が挨拶する番になった次の瞬間、驚くような困ったような声が、入り口近くから聞こえた。
お父さんお母さんと一緒に、大人しく話を聞いていた筈のヨシュア君と、ララさんの一番下の弟のマークス君が、ヨシュア君につられて、歓迎の催し会場内でかけっこをはじめてしまったのだ。セレス様が元王族だと知っている大人のコボルトたちは大慌てだ。
この国の法律は分からないが、日本だって偉い人の前を子どもが横切っただけで、殺されてしまった時代が存在する。
もちろんセレス様はそんなことはしないだろうが、大人たちはそれを恐れたのか、あまり場にそぐわない行動だとはいえ、子どものしたことをたしなめるだけとは思えない、焦ったような目線で子どもたちを見ていた。
ヨシュア君のお母さんとララさんのお母さんが、焦ったように今はだめよ!と2人を捕まえようとするが、追いかけっこだと思ったのか、2人は楽しげに逃げ回ってしまった。
それを見た俺が、ちょうどこちらに走ってきた2人を、両手でそれぞれ受け止めて、そのままヒョイと抱き上げる。
「──すみません、ジョージさん。
助かりました。」
息を切らせながら、2人のお母さんたちがお礼を言ってくる。
「ちょっと外に出ましょうか。」
俺は2人のお母さんたちとともに、抱き上げたヨシュア君とマークス君を連れて、催し会場の外に出た。
「2人とも、中に戻る前に、俺と少し一緒に遊ばないか?」
そう言うと、2人がこっくりうなずいたので、地面におろした。
俺は目線の高さにしゃがみ込むと、まずはかけっこの大好きなヨシュア君の手をそっと取って、交互に波を立たせるように、上下に手を振ってやる。
ヨシュア君がキャッキャと笑う。続いてマークス君にも同じようにしてやる。
「2人でやってごらん。」
ヨシュア君とマークス君は、俺にやってもらったように、2人で手をつないで、腕を波立たせるように上下に振って遊んだ。
「次はあっち向いてホイという遊びを教えてあげよう。簡単だけど楽しいぞ。」
俺は今度はマークス君に先に、あっち向いてホイのやり方を教えて遊んでやる。
興味津々に目を輝かせたヨシュア君に、2人でやってごらん、と言った。
2人はしばらく楽しそうに、あっち向いてホイで遊んでいた。
「──さ、そろそろ中に戻ろうか。」
「え、でも……。」
2人のお母さんたちは心配そうだ。
「もう大丈夫だと思いますよ。」
会場内に2人を連れて戻ると、ヨシュア君もマークス君も、大人しく立っていた。
「ジョージさん、いったいどんな魔法を使ったんですか!?」
「ヨシュアが大人しく立ってるなんて!」
2人のお母さんがびっくりして、ヒソヒソ声で俺に尋ねてくる。
ヨシュア君は、特に普段から走り回るのが大好きで、それで初めて会った時も、カイアにぶつかって怪我をしてしまったのだ。
「本人がいたずら目的でわざとやってるのでなければ、子どもが走り回りたい時に、あれをやってあげると、なんでか不思議と静かに出来るようになるんですよね。」
と俺は言った。理由は俺にも分からないので、そうなるとしか言えないのだが。
昔シングルマザーと同棲していた時、2歳と4歳の子どもが、アパートの2階の部屋で走り回ってしまい、その時にこんな風に遊んでやると落ち着くことを発見したのだ。
「そうなんですね……。
今度から試してみます。」
ヨシュア君のお母さんは、特に必要なのだろう、大きくうなずいていた。
俺は小さい頃、我が家が一軒家で、近所に迷惑をかけないにも関わらず、父親が当時夜勤をしていた関係で、雨の日に日中家の中で走り回っていたら、怒鳴りつけられ、殴られたことがあり、それを未だに覚えていた為、子どもたちに同じようにはしたくなくて、試行錯誤の結果見つけたやり方だった。
なんで走りたいのか分からないが、走り回ってないと落ち着かないことが、小さな子どもにはあったりするのだ。
かといって、こんな風に走り回られては困る場面というのは確実に存在する。
それを解決出来る方法があれば、子どもも嫌な思いをしなくて済むし、大人もストレスを貯めなくて済むからな。
中に戻るとセレス様の挨拶はまだだった。
俺たちを待っていてくれたらしい。俺の方を見て、セレス様がニッコリと微笑んだ。
大人のコボルトたちも、それを見て一斉にホッとしたような表情を浮かべた。
セレス様の挨拶が始まった。
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