第62話 公爵家に潜む敵

 俺は矢の飛び出した場所と、その少し奥めがけて、2発立て続けに銃を撃った。

 矢の出てきた場所のすぐ後ろか、もしくはもう少し奥に、こちらを狙っている射手が潜んでいる可能性があるからだ。

「うあっ!!!」


 少し奥のほうから声がする。姿は見えないが当たったのだろうか。

 死んでいなければいいが……。

 パーティクル公爵に一応了承はいただいたが、日本なら確実に過剰防衛扱いで俺が捕まってしまうからな。


 万が一にもそんなことになってしまおうものなら、カイアを独りぼっちにさせちまう。

 オリハルコン銃でもオリハルコン弾でもないから、万が一死んでいたとしても、死体が目も当てられないくらい損壊しているなんてことはないと思うが。

 さすがにそれは寝覚めが悪すぎる。


 前の馬車から攻撃されたのを知って、他の射手達が前の馬車めがけて一斉に矢を放ってくる。矢が馬車に次々と刺さった。

 俺はサポット型スラッグ弾の代わりに、散弾の弾を出して応戦した。空中で散弾が矢を叩き落とす。


「なんだありゃ!」

「弾が飛び散ったぞ!」

 繁みから男たちの声がする。おっと、この世界にはやはり散弾は存在しなかったか。

 まあいい、緊急事態だ。そんなことは気にしてられない。


「──あなた!!」

 後ろの馬車の窓が薄く開き、セレス様が少しだけ顔を覗かせて、こちらを不安そうに見ているのが目の端に見えた。

「危険です!下がって!」

「スピリットウォール・ドライアード!」

「ウッド・サーヴァント!!!」


 アシュリーさんの声とともに、地面から蔓草が飛び出してきて、交互に絡まったかと思うと、その瞬間、茨の繁みが馬車を覆うように、びっしりと蔓草の隙間を埋め尽くした。

 コボルトの集落の、ドライアドの子株がいた場所に通じる道を、塞いでいたものと同じものだ。


 それと同時に、セレス様が窓から覗かせた爪先から、木で出来た子鬼のような姿をしたゴーレムが、茨の繁みが馬車を覆い尽くす前に5体勢いよく外に飛び出した。

「ゴーレムよ、攻撃対象を、弓矢の射手および、馬車に近付く者に指定!

 出来るだけ生きたまま捕えてちょうだい!

 おいきなさい!」


 セレス様の命令で、木で出来た子鬼ゴーレムが、弓の飛び出た繁みに飛び込んでいく。

 次々に繁みから男たちの悲鳴が聞こえた。

 木で出来たゴーレムたちが、あっという間に盗賊たちをとらえて、力ずくで繁みから引きずり出してくる。


 怪我をしていない護衛の兵士が、馬から降りてそれを縄で次々に縛り上げた。

「くそっ!逃げろ!」

 ザザザッという音とともに、何人かが逃げる声と音がする。逃げる方向めがけて、俺がサポット型スラッグ弾を出して放つ。


「痛い!痛い!助けてくれ!」

「待ってられっかよ!」

「すまねえな!俺たちは逃げるぜ!」

 誰かに命中したらしい。俺は馬車を降りて声のする方に繁みを分け入ると、尻から血を流した男が地面に倒れていた。


 見たところ骨は無事そうだ。俺はホッとため息をつくと、縄を出して男をふんじばり、馬車へと戻って、兵士に声をかけた。

「繁みの奥に1人倒れています。縄で縛ってありますのでお願いできますでしょうか。」


「分かりました。すぐに向かいます。」

 兵士は繁みの奥に分け入ると、縛られた男を無理やり立たせたらしく、すぐに横に従わせて戻ってきた。

「──もう大丈夫ですよ。」

 俺は蔓草と茨の繁みに覆われた、セレス様の馬車に声をかけた。


「解除。」

 アシュリーさんの声とともに、蔓草と茨の繁みが消え失せ、再びセレス様の馬車が、その美しい姿をあらわした。

「セレス……!!」

 パーティクル公爵が自身の馬車から降りると、慌ててセレス様の馬車に駆け寄る。


 中からバッとドアがあいて、馬車の段差から落ちそうな勢いで、涙を浮かべたセレス様が馬車から飛び出してくる。

「……あなた……!!」

 それをパーティクル公爵が抱きとめた。

「ああ。無事で良かった、セレス……。」


 セレス様はパーティクル公爵の背に腕をまわして肩を震わせた。

「彼らを役人に引き渡しましょう。

 ですが、逃げた奴らが仲間を連れてくるかも知れません、いったんここからは離れたほうがよいと思います。」


「そうですね、そのほうがいいでしょう。」

 パーティクル公爵がうなずいた。

「俺のマジックバッグは、かなりの量が入りますので、彼らをマジックバッグの中に入れて、このままコボルトの集落に向かいましょう。そこで役人を待ちましょう。」


「この人数が入るのですか?

 随分と大きいものをお持ちなのですね。

 分かりました、そうしましょう。」

「──私が役人のところに向かいます。

 チャーリーはこのま馬車の護衛を。」

「ハリー!怪我はもういいのかね?」


 怪我をしていた兵士がパーティクル公爵にそう言い、驚いた表情でパーティクル公爵がハリーさんに尋ねる。

「はい、先程お客様に精霊魔法で手当をしていただきましたので。服は破れましたが、怪我はもうなんともありません。」


「そうか、分かった。では頼む。

 ──セレスが怯えておりますので、私は彼女と一緒の馬車に乗りたいと思います。

 申し訳ないのですが、ジョージさんとサニーさんは、アシュリーさんとララさんと一緒の馬車に乗っていただけないでしょうか?」


「ええ、もちろんです。」

「そのほうがよろしいでしょうな。

 我々は、どちらの馬車に?」

 サニーさんもいつの間にか馬車から降りてきて、パーティクル公爵に尋ねた。

「そうですね、我々がセレスの馬車に乗りますので、アシュリーさんとララさんは、私の馬車にご移動願えませんでしょうか?」


「ええ、もちろん構わないわ。」

「2人きりのほうが気が休まりますものね、では前の馬車に行きましょうか。」

 アシュリーさんとララさんが、パーティクル公爵の馬車に移動したので、俺はサニーさんに手伝って貰って、盗賊たちをマジックバッグの中に入れてから馬車に乗り込んだ。


 馬車が再び、だがパーティクル公爵の指示で、先程よりもゆっくりめに動き出した。

「──とんでもないことになりましたが、全員無事で良かったです。」

 サニーさんが俺の隣でホッと胸をなでおろした。


「この道には、いつもこのような盗賊が出るのですか?山道でもあるまいに……。

 普通に人の住んでいる場所に、あのような輩が現れるのであれば、役人に警備をよこして貰わないといけないですよね。」

 サニーさんが、アシュリーさんとララさんに尋ねる。


「いいえ?普段は出ないわ。私たちの集落に、定期的に泥棒は忍び込むけれど……。」

「ここは乗り合い馬車の通り道ですもの、盗賊が頻繁に現れるようなことがあれば、それこそ役人が出てきます。」

 アシュリーさんとララさんがそう言う。


「こちらに向かうのは急遽決まったことなのに、セレス様を待ち伏せていた……ということでしょうか?もしそうであれば、パーティクル公爵家の中に、セレス様を狙う手のものが潜んでいることになります。」

 俺の言葉に、みんなが一斉に俺を見る。


「その可能性はあるわね、お屋敷の人たちはみんないい人ばかりだったし、正直考えたくはないけれど……。」

 俺も、サニーさんも、アシュリーさんも、ララさんも、楽しかった昨夜のパーティーを思い出して目線を落とした。


 馬車がコボルトの集落の前についた。

 塀づくりが既に終わったので、今日は集落の入口には誰も立っていなかった。

「まずは私たちとジョージだけで、元王家の王女様と、コボルトの店の内装を手掛けて下さる業者の方がいらしたことを、みんなに伝えたほうがいいと思うの。」


 アシュリーさんの言葉に俺はうなずいた。

「サニーさんは、少し馬車で待っていて下さい。人間に抵抗のあるコボルトも多いので、急に知らない人間が大勢で押しかけると、刺激してしまうかも知れませんので。」

 俺と、アシュリーさんと、ララさんが、まずは馬車から降りた。


 後ろの馬車の御者が、パーティクル公爵に声をかけてドアを開ける。馬車から降りようとしたパーティクル公爵を俺は止めた。

「先に俺とアシュリーさんとララさんで、コボルトの集落に向かいます。みなさんがいらしたことをお伝えしてから、中にお入りいただいたほうがよいかと。」


「そうか……。コボルトを刺激してしまうかも知れないから……かな?」

「──ええ。」

「困ったわ……。」

 セレス様が恥ずかしそうに柳眉を下げる。

「どうかなさいましたか?」


「お化粧が崩れてしまって……。

 直したいのだけれど、化粧担当の子を連れてきていないものだから。」

 ああ、貴族は自分でメイクをしないのか。

 確かによく見ると、先程とは違って、セレス様の口紅が唇からはみ出ていた。落ちない口紅とか、この世界にないだろうしな。


 パーティクル公爵は咳払いをした。……命を狙われた愛する妻を前にして、2人きりになったら、口づけくらいは、まあするか。

「俺でよければ、お直ししましょうか?

 簡単にしか出来ませんが。」

「ええ?どうしてそんなことが出来るの?

 ジョージ。あなた、男性でしょう?」


「まあ……ちょっと……。」

 俺好みのメイクを、恋人にして貰おうとした結果、2人で研究するうちに、基本的なことは出来るようになってしまったのだ。

「人間用のネイルのやり方も、ジョージさんから教わったんですよ?」

 後ろについてきたララさんが、笑顔で馬車の中のセレス様にそう言う。


「そういうことなら、ジョージにお願いしようかしら……。」

「ええ。道具を出しますので、このまま座ってらして下さい。」

 俺はセレス様の肌を見ながら使う色を考えた。パウダーを塗ってないんだな、これならクリームチークのほうが自然で良さそうだ。


 俺はパールアイシャドウと、ブラシと、クリームチークと、唇から蒸発する水分を活用して、密着ジェル膜に変化するタイプの落ちにくい口紅と、唇のくすみをカバーするリップカラーコントロールベースと、リップペンシルと、ペンシルタイプのアイライナーを出した。


 肌の色と同じパールアイシャドウを目のきわにのせ、アイラインを描くようにブラシでのばし、その上に淡いピンクのパールアイシャドウを重ねて、肌の色艶を明るく見せる。

 日本人でいうところの黒目の上に白のパールアイシャドウを縦にのせる。立体感が出て目が大きく見える。マスカラは今回なしだ。


 まぶた全体に濃いめのアイシャドウを乗せると、重たくて夜の女性っぽく見えるか、えらく昭和感が出るので、俺はこっちの方がナチュラルで好きだ。

 リップカラーコントロールベースを先に塗ることで、上唇と下唇の色味の違いをなくしてやる。


 血色のいい白い肌を活かすには、テラコッタブラウンのリップがぴったりだな。もうちょっとセレス様の年齢が若ければ、ブリックブラウンのほうが似合うが。

 ペンシルタイプのアイライナーを、上瞼のきわのみに引く。にじまないやつだから、下まぶたに引いてもパンダ目にならない。


 チークはテラコッタブラウンが少しオレンジっぽい発色なので、色味が同じオレンジチークを、大人っぽく仕上げる為に、ベージュ系と混ぜる。セレス様は逆三角形の輪郭の顔なので、頬の内側から縁を描くように、ふんわりと、トントンと叩き込むようにして、クリームチークを指先でぼかしていく。


 もう少しブルーベースの肌だったら赤の方がいいと思うが、どちらかというとイエローベース寄りなんだよな。

 最後に耳たぶにオレンジチークをのせて完成だ。これがあると、年齢が上の女性ほど、元気で若々しい印象に変わる。


「ご覧になりますか?」

 俺は手鏡を出して、セレス様に手渡した。

「ジョージ……!これ全部買うわ!

 それと、今のやり方を、化粧担当の子に教えてちょうだい!」

「いえ、売り物では……。」

「だめよ!絶対に買うわ!」


 パーティクル公爵が、こう言い出すと聞かないんだ、とでも言いたげな、だがそこも愛しているんだろうなあ、と思わせる表情で俺に苦笑してみせた。

「私からも頼むよ、ジョージさん。」

 より美しくなった妻に満足げなパーティクル公爵が、俺ではなくセレス様を見つめながら言う。セレス様はずっと鏡の中の自分を、少女のような表情で見つめていた。


「分かりました。」

 俺も苦笑しながら答えた。

「では、このまま馬車でお待ち下さい。

 俺たちで、まずは集落に報告してきますので。アシュリーさんは、逃げた盗賊の残党が来た時の為に、申し訳ないですが、残って護衛していただけませんでしょうか?」


「分かったわ、任せておいて。」

 アシュリーさんがうなずいた。

 1人で護衛することになってしまったチャーリーさんは、それを聞いて少しほっとした表情を浮かべた。さっきの精霊魔法を見ているしな。俺が残るよりも護衛に限っては安心なのだろう。


「そういうことでしたら、一緒の馬車のほうが守りやすいでしょうね。アシュリーさんとサニーさんも、こちらの馬車に移動していただけますでしょうか?何度も移動させてしまって申し訳ありません。」

 パーティクル公爵が申し訳無さそうにそう言った。


 俺はパーティクル公爵の馬車に戻ると、サニーさんにそのことを告げた。

「もちろん問題ありませんよ。」

 サニーさんは笑顔でそう言うと、セレス様の馬車へと移動した。

「──行きましょうか。」

「はい。」

 俺とララさんは、コボルトの集落の入り口に馬車を残して、中へと入って行った。

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