第64話 みんなでタコパ
「──私はパーティクル公爵夫人であり、現国王、アーサー・グローヴナーの妹である、セレス・パーティクルと申します。
私はこのたび、祖父であるランチェスター公より、幼少期より伺っておりました、王国を救った英雄のお一人であるコボルト、オンスリー様に、お礼を申し上げたくこちらに伺わせていただきました。」
オンスリーさんがつばを飲み込むような仕草をしている。セレス様は穏やかな微笑みをたずさえながら話を続けた。
「人間の窮地に、神は勇者様と聖女様をつかわして下さいましたが、日に日に濃くなる瘴気に強くなり続ける魔物を前にして、どの冒険者たちも王宮の兵士たちも、尻込みをする有様だったと言います。」
勇者と聖女とともに戦うことを拒んだということか。まあ、王族に命令されれば、それでも行かざるをえないのだろうが。
「そんな中、真っ先に勇者様と聖女様の討伐の旅への同行に、手を上げて下さったのが、そちらにいらっしゃるオンスリー様でした。
聖女様がドライアドの子株の瘴気を払い、失った力を取り戻したことで、コボルトたちが正気を失った状態から元に戻り、同じように苦しめられている人たちを救いたいと。」
ここいらへんはオンスリーさんたちに聞いた話と同じだな。
「当初自主的に討伐の旅に出たのは、勇者様と聖女様とオンスリー様だけであったと伺っています。
ですが、国に命じられて同行するうちに、それを恥じた王宮の兵士や冒険者たちは、のちに正式な仲間として、勇者様、聖女様、オンスリー様に負けない、立派な手柄を立てました。」
オンスリーさんは当時を思い出しているのか、目をうるませながら聞いていた。
「唯一人間でないにも関わらず、人間の為に尽力して下さったオンスリー様がいらっしゃらなければ、恐らく人々がひとつになることはなく、勇者様と聖女様のお力に、頼り切りであったことでしょう。
グローヴナー王家は、オンスリー様に深く感謝いたしております。」
オンスリーさんはもう、ひと目もはばからず、セレス様を見つめて泣いていた。
「英雄のお一人の一族であるにも関わらず、その後国を立て直すのに必死で、そのことを国内外に周知するのが遅れたことで、いざ国民にコボルトの英雄譚を知らせても、まるで信じていただけなかったことは、王家の落ち度として、胸に刻んでおります。」
周知はしたんだな。どれくらい時間が経ってのことかは分からないが。それにしても、元王家とはいえ、王家を代表して挨拶をしているのに、ここまで明確に王家の責任であると明言するとは思わなかった。
現代でも、海外の王族も日本の皇族も、奥ゆかしい言葉を使ってぼかすのに。
みんなもザワザワしている。
「いずれは兄、現国王アーサー・グローヴナーも、直接お礼を言わせていただく為に、こちらに訪問させていただく機会を頂戴したい申しております。コボルトの伝統を伝える店を国が支え、これを機会に改めてコボルトという英雄の一族の存在を、広く国内外に広めたく思う所存です。このような歓迎を受け、大変嬉しく思います。みなさん今日は王妹ということは忘れて、気軽に接してください。」
ワーッと、先程よりも大きな拍手の波が広がっていく。セレス様が美しくお辞儀をしたあとで、サニーさんを見た。
「サニーさん、あなたからもお言葉をいただけませんか?コボルトの店をてがけるあなたの気持ちも、皆さまに知っていただきたいのです。」
「わ、わたくしもですか?
そんな……、パーティクル公爵と、セレス様の後でそのようなことは、大変恐れ多いです。最初でしたらともかく、わたくしがしんがりをつとめるなどと……。」
そう言ってサニーさんは恐縮した。そんなサニーさんの肩に、パーティクル公爵が手を置いて微笑んだ。
「いいじゃないか、ぜひ君の気持ちも、コボルトのみんなに伝えて欲しい。
今まで手を取り合うことのなかった、人間とコボルトの、架け橋となる店を作る為に、君はこの場所に来ているのだろう?
その思いを分かって貰う、よい機会なんじゃないかな。」
「パーティクル公爵がそのようにおっしゃられるのであれば……。
分かりました。僭越ながら、このサニー・ブラウン、挨拶させていただきます。」
サニーさんは緊張した面持ちで、ギクシャクしながら中央に進み出た。
「サニー・ブラウンと申します。
今回わたくしがコボルトの店の内装を手掛けるキッカケになりましたのは、ルピラス商会から依頼を受けてのことでした。
世界を革命する力を持つ店を作りたい、その内装をわたくしに頼みたい、──そういった依頼でした。」
エドモンドさんはそんなことを考えてくれていたのか。
「ルピラス商会副長のエドモンドさんは、わたくしにこうおっしゃいました。
コボルトの店の内装を頼みたいだなんて、他の人間の内装業者は、きっと全員が断るだろう。だが、全員が引き受けたとしても、俺はサニーさんに頼みたい。」
目線を落としがちなサニーさんの重ね合わせた手は、緊張からか震えていた。
「あんたは住む人や、店を営む人の望む、だが依頼主の頭の中では、漠然としたその内装像、導線づくりを、形に出来る唯一の内装業者だからな、と。」
そしてその言葉をきっかけに、目線を下に落としがちだったサニーさんが、顔を上げ、強い目線でコボルトのみんなをじっと見つめる。
「わたくしは感動に震えました。
わたくしは、パーティクル公爵やセレス様のような、以前からのコボルトに対する強い思いがあったわけではありません。
ですが、人間のコボルトに対する見方を変えたい、それを自分の内装で実現できたらどんなに素晴らしいかと思いました。」
サニーさんが、重ね合わせていた手を、ぐっと握りしめる。
「微力ながら、わたくしも皆さんの夢の実現に手を貸すことをお許し下さい。
そして、初対面の忌むべき存在である人間のわたくしたちを、こうして受け入れ、歓迎して下さってありがとうございます。
これが本来のコボルトの姿であると、人間に伝わる店を作りたいと思います。」
会場内に割れんばかりの拍手が響いた。
サニーさんは恥ずかしそうにしながら中央から退いた。
「それでは歓迎の催しを始めよう。
それぞれ手にローザンの花は持ったね?
皆さまを歓迎し、我らの新たな友人として迎え入れられることを祝して。
──友人たちに、ドライアド様の祝福がありますよう!」
コボルト達が手に手に花を持って掲げる。そしてそのローザンの花は、セレス様、パーティクル公爵、サニーさん、護衛の兵士たちにそれぞれ手渡された。
これがコボルトの正式な歓迎の仕方なのだそうだ。
オンスリーさん、アシュリーさん、ララさんが近付いて来て、俺にもローザンの花を手渡してくれる。
「ジョージの時はご飯を食べるばっかりで、歓迎の催しをしていなかったものね。この機会にジョージも改めて祝福するわ。」
とアシュリーさんが言ってくれた。
「ローザンの花は、ドライアド様の近くにしか咲かない珍しい花なんです。まるでドライアド様を守るように咲く姿が、私たちコボルトのようだと言われているんですよ。」
と、ララさん。
「だから新たな友人を集落に迎え入れて歓迎する際は、コボルト総出でこの花を渡すことにしているんです。
──我々の心を象徴するものとして。」
「嬉しいです。」
オンスリーさんの言葉にそう答えると、俺はマジックバッグからカイアを出してやり、カイアを抱っこしたまま、貰った花をカイアに渡した。カイアは嬉しそうに微笑んだ。
今日はコボルトの子どもたちも準備に追われて、催しの前に出してやっても、誰もカイアの相手をしてくれないから、準備が終わる前に出すと可哀想だなと思ったからだ。
カイアの姿を見つけて、コボルトの子どもたちが集まってくる。一緒にごちそうを食べようと声をかけてくれ、カイアはコボルトの子どもたちに連れられて行った。
パーティクル公爵は、オンスリーさんと、ララさんのご両親に、アシュリーさんとララさんを、その日のうちにおかえしできなかったこと、連絡すらも出来なかったことを謝っていた。
「以前、集落にお伺いしたいと、人をつかわしたところ、中にも入れていただけなかったことがありまして……。使いを出すのをためらってしまいました。申し訳ありません。」
「いえ、初めて集落に来る人間が夜に突然やって来たら、今回も恐らく話も聞かずに追い返していたことでしょう。済んだことです、気になさらないで下さい。」
ララさんのお父さんはそう言ったが、
「そもそも私が強引にお誘いしてしまったことが原因ですので……。」
と大きな体を小さく縮こまらせていた。
「おじちゃん、コボルトが好きなの?」
パーティクル公爵が見下ろすと、ララさんの一番下の弟のマークス君が、パーティクル公爵を見上げながら、パーティクル公爵のスーツの裾を掴んでいる。
「失礼だぞ、マークス。」
マークス君のお父さんが、眉間にシワを寄せ、腰に手を当ててマークス君に注意する。
「──いえ、問題ありません。
ああ、おじちゃんはコボルトが大好きなんだよ。」
パーティクル公爵はマークス君の背の高さにしゃがみこんで、嬉しそうに微笑んだ。
「僕もおじちゃん好きだよ。」
マークス君が、ぎゅっとパーティクル公爵に抱きついた。
パーティクル公爵は目をうるうるさせながら、マークス君を抱きしめたくてソワソワしているようだった。
「抱いてやってもらえませんか?」
マークス君のお父さんが言った。
「よろしいのですか?」
初対面の人間である自分が、触れて良いものかと逡巡しているらしい。
「コボルトには、8歳までにたくさんの人に抱き上げて貰うと、その分だけその子が丈夫に育つという習わしがあるのです。
ぜひお願いします。」
そう言われて、パーティクル公爵がマークス君を抱き上げる。ニコニコしているマークス君を見て、パーティクル公爵は目をうるませながら微笑んだ。
「こちらにこられて……、本当に良かったです。受け入れて下さり、感謝いたします。」
と、とても幸せそうだった。
「ジョージ、ジョージは何を作ったの?」
それを眺めていた俺に、アシュリーさんが聞いてくる。
「そう言うと思って、こちらをお借りすることにしたんですよ。ちゃんと考えてますのでご安心下さい。」
「やった!楽しみだわ!」
「──ジョージさん、鉄板に火が通りましたよ。」
そこに、会場になった店の店主である、ハンザさんが声をかけてくれる。
「ありがとうございます。」
俺はタコ焼きを作るつもりでいた。熱したタコ焼き器に、油敷きでサラダ油を塗っていき、作っておいた生地のもとを取り出して、半分くらいを穴からあふれるくらい一気に流し込み、適当な大きさにカットしたタコ、ベーコン、芯まで細かく切ったキャベツ、天かすを手早く入れる。
お好みで刻んだ小ねぎや刻んだ紅生姜を入れてもいいが、子どもたちも多いことだし、少し辛くなるので今回は入れない。
具を入れ終わったら、残り半分の生地のもとをすべて流し込み、少し火が通ってきたところで、くぼみの周囲に切り分けるように線を入れていく。周囲の生地を底に巻き込むように、くるくると転がしながら焼いてやる。
ちなみに生地は水1600ミリリットルに対して、めんつゆ100グラム。めんつゆでなく、醤油とみりんと鰹だしの素でもいい。めんつゆや醤油とみりんがないなら水1700ミリリットルでもいい。
そこに卵5個と、薄力粉でなく、うどん粉を400グラム。なければ薄力粉と強力粉を1対1で混ぜ合わせてもいい。
まあお好みで量の配分は調節していただきたい。めんつゆのかわりに、生クリーム100ミリリットルと、鰹だしの素を入れた生地のもとも作った。
一般家庭でタコ焼き用にお高いタコなんて買えないので、タコがなくても美味しく食べられる生地であることが重要だと思う。
生地は水分多目なので、流し込む直前に絶対に混ぜ直さないと、底に沈んで上のほうが水っぽくなって焼き上がらなくなるので、ガッツリ混ぜ直すのがコツだ。
火が通れば、外がカリカリのたこ焼きの出来上がりだ。お好みでソースやマヨネーズ、ポン酢などをかけていただく。
火力が必要なのでガスで直火で焼くのがおすすめだ。我が家で作るタコ焼きはカリカリなので、しっとりしたタコ焼きも嫌いではないが、あんまり食べた気がしないんだよな。
──ちなみに何度も言うが、我が家は代々東京生まれの東京育ちである。
なのになぜか我が家にだけタコ焼き器があって、まだタコパという言葉が一般的でない時代から、子供の頃、日曜日に父がいない日は、時々お昼ご飯がタコ焼きだった。
母方の親戚が大阪にいたので、そこで食べて母が気に入ったのかも知れないが。
美味しいと思ったものは何でも取り入れるスタイルの親だったからな。
「さあ出来たぞ、順番に配ってくれ。かなり熱いから、少し冷ますように。」
俺はめんつゆ入りと生クリーム入りを、3つずつ皿にのせて、めんつゆ入の方にだけ爪楊枝を刺し、それぞれ味が違うことを説明してくれるよう、ハンザさんに伝えた。
ちなみに青のりは、俺がタコ焼きにかけるのが苦手なのでかけない。お好み焼きにはかけるんだがな。鰹節は一応皿の横にマヨネーズとお好み焼きソースとともにそえた。
みんなが、ワアアアアーッ!という声とともに集まってくる。
「待て待て、まずはお客様からだ。」
お皿を手にして歩くハンザさんに群がるコボルトたちに、ハンザさんがそう言って皿を持ったまま通り過ぎると、セレス様たちのテーブルに近付いた。
「ジョージからです。タコ焼きというものだそうです。こちらの小さな串が刺さっているものと、刺さっていないもので、若干生地の味がことなります。お好みでソースなどをつけてお召し上がり下さい。」
料理を並べるハンザさんの横で、オッジさんがそう言って、皿の横にフォークとナイフをセットした。……しまった。そのまま爪楊枝で食べるものだと伝え忘れた。
「かなり熱い料理とのことなので、ナイフを入れたあとで、少し待って冷ましてから口に運んで下さい。」
セレス様、パーティクル公爵、サニーさんが、不思議そうにタコ焼きにナイフを入れ、フォークで口に運ぶ。それでもまだ熱かったらしく、目を白黒させていたが、声を出さないのはさすが上級貴族だった。
「──美味しい!!この不思議なソースは何かしら!片方はピピルだけれど……。
合わせて食べると本当に美味しいわ!」
「生地そのものに味があるようだね。
料理の熱さには驚いたが、それもうまさのひとつかもしれない。
中に入っているものは何だろうか……?」
セレス様もパーティクル公爵も、不思議そうに、でもとても美味しそうにタコ焼きを食べている。
「外がカリカリなのに、中がふわっとしていて……。生地のそれぞれの味が、しっかりついているわけでもないのに味の違いをちゃんと感じさせてくれますね。
そのままでも美味しいですが、ここにソースを加えるとまた味が変わって、いくらでも食べれてしまいそうです。」
サニーさんも嬉しそうだ。
それを見たコボルトたちが、特にアシュリーさんが、よだれを垂らしそうな表情でセレス様たちを見ていた。みんな可愛いな。
「ジョージ!もう我慢出来ないわ!」
「大丈夫だ!どんどん焼いているから、順番に取りに来てくれ!」
押し寄せてくるコボルトたちに、焼いたタコ焼きの皿を渡しつつ、ハンザさんにも手伝って貰いながら、次々にタコ焼きを焼いていく。カイアもコボルトの子どもたちと楽しそうにタコ焼きを頬張っていた。──すると。
「……セレス様?」
普段なら給仕など絶対人に任せているであろうセレス様が、直接お皿を手にして、それを俺にコッソリと差し出していた。
はしたないことをしているという意識があるのだろう、俺に気付かれてちょっと恥ずかしそうだ。
コボルトたちがみんな夢中で食べているから、おかわりが欲しいのに誰に頼んでいいか分からなくなっちゃったんだな。
俺は思わず微笑ましく感じて笑いながら、セレス様のお皿を受け取って、タコ焼きのおかわりを入れたのだった。
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