第58話 大根のカナッペと、ブリヌイと、ミルクレープ
「けど、これでようやくセレス様に恩返しが出来るな。俺たちの出来る恩返しなんて、これくらいのものだからな。」
「恩返し?」
「ああ。コボルトの為の店を買う保証人になって下さっただろう?」
そうか!
「そうだった……。俺もお礼をしなくちゃと思いながらも、何をお返ししたものか、分からなかったんだよな……。
あんな庶民の酒のつまみ程度のもので、いくら喜んで下さったと言っても、お礼になるとは、俺も思っていなかったから。」
「俺も、あれは手土産のつもりで、正式なお礼は別に差し上げたいと思っていたんだよ。
ジョージもいてくれるから、2人揃えば、きっとセレス様も喜んで下さる筈だ。
それに対決にしたほうが、単に提供するよりも面白いだろうと思って、ちょっと前々から考えてたんだよな。」
最終的に店の購入は、パトリシア様が保証をして下さることにはなったが、そこにもセレス様は口添えして下さったのだ。
確かに、それはとてもいいアイデアだ。単に料理を振る舞うよりも、きっとセレス様が喜んで下さると俺も思う。
「ありがとう、ロンメルのおかげで、セレス様に最高のお礼が出来そうだ。
お前には関係ないのに、セレス様に頼んでくれただけじゃなく、そんなことまで考えててくれただなんて。」
ずっと気にしてくれていたのだろうな。ロンメルの気持ちが嬉しかった。
「俺は宮廷料理人だから、直接店には立てないけど、お前たちに出来ることはしてやりたいと思ってるよ。俺に出来ることなんて、料理しかないからな。」
「ロンメル……。」
涙ぐみそうな俺に、ロンメルが爽やかにニッコリと微笑む。
「けど、勝負は勝負だ、次こそ俺が勝つからな。この場所に慣れてる分、前回よりも俺に有利だぜ?」
「俺は俺のやれることをするだけさ。結果は皆さんに委ねるよ。」
俺たちはナンシーさんについて、パーティクル公爵家の厨房に入り、料理長を始めとする厨房の皆さんに挨拶をした。
「さて、始めるか。」
俺は細い大根、卵、いくら、キャビア、辛子明太子、ツナ缶、キムチ、刺し身のイカ、いちごジャム、薄力粉、牛乳、バター、グラニュー糖、サラダ油、生クリーム、手持ちの粉ふるい、ホールケーキサイズの粉ふるい、泡立て器を出した。他はここで借りられる。
バターをフライパンで30グラム、溶かしバターにして粗熱をとっておく。
ボウルに卵4個を入れ、泡立て器で空気を入れるように手早くかき混ぜた。
「なんだいそれ、便利だな。」
ロンメルが隣で俺のやっていることを覗き込みながら言ってくる。
「泡立て器と言うんだ、便利だぜ。」
「それも買えるようにしてくれよ。」
「じゃあ、今度登録しておく。」
「頼んだ。」
ロンメルも、見たことのない食材に包丁を入れながら、俺を見ずに言った。
溶いた卵にグラニュー糖を60グラムと、先程作った溶かしバターを入れてよく混ぜていく。牛乳を入れる前にバターを混ぜるのがコツだ。先に牛乳を入れると、バターが浮いてきちゃうんだよな。
牛乳を500ミリリットル加えて、更に手早くよく混ぜる。
薄力粉を200グラム、手持ちの粉ふるいにかけながら加え、最初は粉が飛び散らないように優しく混ぜていき、それから手早く、ダマがなくなるまで混ぜてやる。こうすることで生地が焼いた時破れにくくなる。
クレープとお好み焼きの違いは、生地の薄さだけじゃなく、入れるものや、こういう手間の違いがあるのだ。
別のボウルの中に、ホールケーキサイズの粉ふるいでこしながら、生地を流してやる。
混ぜるだけじゃ、完全にダマを取ることは出来ないからな。これも大事な工程だ。
パーティクル公爵家には、ありがたいことに冷蔵庫があったので、そこで生地を寝かせてやる。これをしないとしっとりモチモチに仕上がらない。
俺は一般的なクレープ屋で出している、パリパリに乾燥した生地というのがあまり好きじゃない。生地単体で食べるとマズいので、最初の一口目、中に包んだ具材に当たるまでが、食感も味も嫌だなと感じる。
一口サイズの包みクレープ専門店で出している、あの生地の感じにするつもりだ。
その間に、大根の皮をむいて、薄く円形の形を生かして切ったのものを、大皿に並べてゆき、そこにカットしたバターを乗せ、いくらを乗せてやる。大きな大根なら別に一口大にカットして使ってもいい。
水気を切ったキムチを細かく刻んで、油を切ったツナ缶を粗くほぐしたものと混ぜて、キムチとあえて、それも大根の上に乗せる。
明太子の薄皮に切り目を入れ、包丁で中身をしごいて出したら、イカの刺身を半分の長さに切ったものと混ぜてよくあえたら、同じく大根の上に乗せてやる。
これで大根のカナッペの出来上がりだ。大根のシャキシャキ感は、意外と生で食べても色んな食材と合うんだよな。
絶対に買ってきてすぐの物を使わないと、この食感は出ない。大根の葉っぱ側を普通は料理に使って、先端は少し辛いから、味噌汁や漬物、大根おろしに向いていると言われるけれど、あえて使ってやることで合う料理ってのもあるんだよな。
ちなみに、葉っぱに近いの部分が辛味少なめで一番甘いと言われている。辛い大根おろしが苦手な人はこの部分を使うといい。
冷蔵庫から生地を取り出すと、サラリと仕上がっている。いい感じだ。
フライパンにサラダ油をしいて、中火で温めたら、お玉で生地を流し込む。ちなみにお玉はパーティクル公爵家にもあった。
大根と同じくらいの大きさの、小さいクレープを作っていく。
生地に焼き色がついたらひっくり返して、裏面は10秒くらい焼いてやる。
一枚ずつ生地を焼いては皿に重ねてゆき、さましてやる。弱火で焼くと生地がフライパンにくっついてしまうので、必ず中火で焼く。次を焼く時はフライパンの熱が高すぎれば、濡れ布巾にあてて冷ましてやる。
氷水をはったボウルの上に、ボウルを重ねて、生クリームを200ミリリットル入れ、グラニュー糖を20グラム加えて、角が立つくらいまで泡立て器で混ぜる。
さました生地を何枚か重ねて、平たい皿を乗せ、その周囲に合わせて包丁で丸く切り抜いてやる。余った部分は適当に食べる。
一枚の生地に、食事を食べる時のナイフで、生クリームを薄く伸ばしたら、上に生地を重ねて、また薄く伸ばしていく。
専門の道具もあるが、うちでは使わない。この、均等に薄くのばすのが大変なんだよなあ。真ん中に生クリームをたらして、外側に広げるように、生地のほうを皿ごと回してやると、ちょっとやりやすい。
食事を食べる時のナイフを縦に立てて、あまった生クリームをこそぎ落とし、きれいに成形したら、また冷蔵庫で冷やして、ミルクレープの完成だ。カットする大きさで作る場合は、包丁をちょっとお湯で温めてやると、生地が綺麗に切りやすい。
焼いた生地に、カットしたバターとキャビアをそえて、別の生地にはいちごジャムと生クリームをそえて、ロシア伝統料理、ブリヌイの完成だ。
伝統的なブリヌイは、赤キャビアを添えるだとか、発酵させて作る薄いパンケーキだとか言うが、俺が小学生の頃食べたロシア料理の店はこのやり方だった。
今はその伝統のやり方でやっているところは少ないんだそうな。ブリニが正しいんだとか、色々言われたが、よく分からないまま、まあ、自分がうまいと思うやり方で作っている。大根のカナッペ同様、何を乗せても美味いが、俺は甘じょっぱいキャビアの組み合わせが一番好きだ。
逆に言うと、これ以外のやり方でキャビアを食べたり、キャビア単体で食べても美味いと感じない。ブリヌイの分の生地は、持ち上げて食べるので、気持ち厚めに焼いてある。俺が食べた店もそうだったしな。
もう今はなくなっちまって残念だが。
一度食べて虜になって、もう一度だけ誕生日に連れてきて貰ったのだが、かなりお高い店だったらしく、また連れてきて欲しいと頼んだが、それ以降連れてきて貰ったことはない。どうしても諦められずに、自分で調べて作るようになってしまった。
一度本場にも食べに行きたかったけど、叶わぬ夢となったなあ。
「ほー。初めて見る料理ばっかりだな。さすがジョージだ。何を作ったんだ?」
ロンメルが覗きこんでくる。
「大根のカナッペと、ブリヌイと、ミルクレープというお菓子さ。」
ロンメルが興味深げに、早く食べたそうな顔でじっと料理を見ていた。
「俺からすると、お前の作る料理も、初めて見るもの、美味いものばかりさ。」
そうか?とロンメルが嬉しそうに微笑む。
「お前は何を作ったんだ?」
「最近研究してた、コカトリスと、シーサーペントと、一角兎さ。コカトリスの毒袋を取り除いて料理するのと、シーサーペントの鱗を柔らかくするのに苦労したよ。
お前のは、なんか見事に前菜とデザートだな?メインはどうしたんだ?」
「お前こそ、メインばかりじゃないか。
対決の形を取るとは言っても、みんなで食べるつもりなんだろう?メインばかりじゃ飽きちまうからな。俺がそっちを作った。
これでバランスよく、みんなでパーティが出来るからな。審査が終わっても食べやすいよう、手に取りやすいものにしたよ。」
俺たちは顔を見合わせて、ふふっと笑い、肘と肘をぶつけあって、お互いの思いやりを再確認した。
ロンメルは俺の為に料理対決を提案し、俺はロンメルの料理を生かして、コースになるようにした。息ぴったりだな。
「さあ、食堂に運ぼうか。みんなお腹をすかせて待ってるぞ。」
「ああ、きっと喜んでくれる筈だ。」
俺たちは、パーティクル公爵家の料理人やナンシーさんに手伝って貰って、料理を台車に乗せると、食堂に運んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます