第57話 ロンメルとの料理対決、再び。
ナンシーさんがお部屋の準備が出来ましたと報告に来てくれ、部屋で休んでいて欲しいとパーティクル公爵が言って下さったが、俺たちはせっかくなのでそのまま食堂に残って話をさせて貰うことにした。
何よりパーティクル公爵が、そう言いながらも、ララさんだけでなく、アシュリーさんとも話したそうにしていたからだが。
俺だけ部屋に引っ込むのもな。それが貴族の常識なのかも知れないが、同調をよしとする日本人の感覚からすると、1人だけ部屋に引っ込むのは気が引けてしまう。
パーティクル公爵は、アシュリーさんから教えて貰う、コボルトの生活様式に目を輝かせて、うなずきながら話を聞いていた。
「なるほど、コボルトという種族は、信仰と伝統と仲間を、とても大切にするのですね。
一族が争わないという点においては、特に人間が見習わなくてはいけないところだと思います。」
パーティクル公爵はそう言うが、俺は人間にそれは難しいんじゃないかなと思った。
人間にも国や地域によって考え方や常識の違いがあるように、コボルトはその考え方を良しとして生きてきているからこそ出来ることであって、人よりもいい生活をしたいと思って生きてきた人間という存在には、他人と富を分け合ったり、全員同じ生活レベルで暮らすというのは無理なように思う。
人間とは、平等でないからこそ、幸せを感じられる生き物なのだ。そうでなければ、マウントを取りたがる人間が大半、なんてことにはならないと思うのだ。
他人と比べないと、自分が幸せだと感じることが出来ないからこそ、幸せアピールをしないと生きていけない。
俺のように、自分の価値観を優先し、流行りにも乗らず暮らす人間は、かなりマイノリティな部類に属するのだ。
だからマウントを取りたがる人間からすると格好のターゲットで、よく色んな人に絡まれては幸せ自慢をされ、相手をしないと嫉妬してると思われて鬱陶しかった。
適当に相槌をうったり、凄いですねといえる性格だったら良かったんだがなあ。
自慢されればされるほど、本当に自分の人生に満足している人たちは、誰もそんなことしてきませんよと痛いところをついて、不機嫌にさせてしまったことがあって、黙っている以外の選択肢がなくなってしまった。
現代にも貴族に憧れる人は多い。実際は名前をそれらしく変えられるだけなのに、インターネットでイギリスの爵位を販売するサイトに、アメリカ人のお金持ちが大量に被害にあい、アメリカのイギリス大使館が注意を呼びかけていた時は笑ってしまった。
イギリスの法律では、名前を変える理由が犯罪目的でなければ、好きに名前を変更出来るというのを利用した詐欺らしい。
貴族と平民なら、大抵の人は貴族になりたいだろうから、この世界の貴族も平民も、同じ生活をするとなったら、貴族も平民もどっちも嫌がるんじゃないだろうか。
せめて人を使う立場になりたいだろうし、その可能性を奪われることにもなる。そんな風に思ってまた黙ってしまった俺を、パーティクル公爵が心配そうに見つめてくる。
「すみません、私ばかりが楽しくお話してしまって……。お客様を放っておいて申し訳ありません。」
「いえ、楽しいですよ、お気になさらず。」
俺は慌ててそう言った。
そこに、ナンシーさんが、お客様がお見えになりました、と部屋に入ってきた。
「お通ししてくれ。」
パーティクル公爵がそう言って、ナンシーさんが部屋に案内してきた人物は、エドモンドさん、ロンメル、──そしてサニーさんだった。無事に手紙が届いたんだな。
なるほど、パーティクル公爵の言う3人目のお客というのは、サニーさんだったのか。
「お招きに預かり恐縮です。
わたくしも呼んでいただいてよろしかったのでしょうか。」
サニーさんは酷く恐縮して、オロオロしているようだった。初対面の公爵家に招かれたんだものな。それが普通だろう。
「今度ルピラス商会を介して、コボルトの店を出す計画を立てていると伺いました。それであれば、恐らくあなたが内装を担当されるだろうと思っていましたよ、サニーさん。
貴族も平民もこだわらず、内装を手掛けている数少ない腕利きの職人と聞き及んでいたので、ぜひお話してみたかったのです。
当家にお越しいただきありがとう。」
「は……、もったいないお言葉、ありがとうございます。わたくしなぞの拙い話でもよろしければ、ぜひお話しさせて下さい。」
サニーさんは顔を真赤にして喜んだ。サニーさんがうち合わせの為に、ルピラス商会にいるだろうと予想していたというわけか。
だが、出入り業者だという、ルピラス商会の副長である、エドモンドさんはともかくとして、ロンメルが公爵家にいることを、まったく気にしていない様子なのに驚いた。
セレス様に店を買う保証人を頼んだりもしていたし、貴族を気にしてないのかな。
「セレス様、パーティクル公爵閣下、今日はお招きありがとうございます。お客としてお邪魔するのは初めてですね。」
そう言ってセレス様に微笑むロンメル。
俺、パーティクル公爵、エドモンドさん、サニーさんが、えっ?という表情でロンメルを一斉に見た。
「あなたは……、以前うちにいらしたことがおありなのですか?」
「ええ、よく厨房をお借りしています。
俺の料理研究にセレス様が援助して下さっていて、食材も厨房も、好きに使って構わないと言っていただいているので。」
パーティクル公爵が、慌てた様子で、サッとセレス様を振り返る。
「セレス……、ひょっとして、私のいない間に、彼を家に入れていたのかい……?」
その目は嫉妬する男の目だった。だがセレス様は意に介さずに肩をすくめた。
「あら。そのことは事前に伝えてあったでしょう?将来有望な料理人を、うちで手助けすることにしたわ、と。」
「覚えていない……。」
パーティクル公爵はまだ疑っているようだった。ロンメルが、体格も良くて、女性受けする爽やかな好青年だからだろうなあ。
「家に来ても、研究結果の料理を提供してくれる時に、ちょっと話すくらいよ?
料理長も同席しているし、別に二人っきりではないわよ、もちろん。」
セレス様はちょっと呆れたように言った。
セレス様とパーティクル公爵は両思いだと思っていたが、パーティクル公爵のほうが、ちょっと気持ちが強いんだろうな、多分。
「パーティクル公爵、俺からの直接の発言をお許しいただいても?」
「ああ、もちろんだ。」
ロンメルが何を言い出すのだろう、という表情をしながら、それでも公爵らしく毅然とした態度で、パーティクル公爵は、ロンメルに自分から会話することを許可した。
貴族に自分から話しかける時は、王族相手の時のように、こうして許可がいるんだな、大事な常識だから覚えておこう。
「改めてご挨拶申し上げます。俺は宮廷料理人をしております、ロンメルと申します。
まだ勤めて日が浅いのですが、俺の料理を気に入って下さったセレス様が、もっと研究をしたいという意欲をかって、厨房と食材を提供するという提案をして下さいました。」
パーティクル公爵の眉がピクリと動く。職場で一緒だと!?と思っているのが伝わってくるかのようだ。自分の知らないところで、2人が直接会話をしているのが面白くないんだろうな。職場で知り合って不倫なんて、確かに一番よくあるパターンではあるが。
「それから週に一度はお邪魔をして、厨房をお借りしておりまして。」
ピクッ。
「セレス様に料理を試食いただく際に、少しお言葉をかわさせていただくのですが。」
ピクピクッ。
「──そのたびに、パーティクル公爵がいかに素晴らしい人物であるのか、セレス様よりお聞かせいただき、直接お会い出来る日を楽しみにしておりました。本日のお招き、本当にありがとうございます。
今日はぜひ厨房をお借りして、パーティクル公爵にも、俺の料理を召し上がっていただきたく思っておりますが、お許しいただけますでしょうか?」
「ちょ……、ちょっと、その話は、今しなくてもいいじゃあない?」
今度はセレス様が恥ずかしそうにする。
「いつも、私の話を……?」
「はい、セレス様は俺に気を許して下さっていて、いつも色んな話をして下さいます。どちらかというと、惚気に近いですけどね。」
と、ロンメルが微笑んだ。
パーティクル公爵が、輝いた目でバッとセレス様を振り返る。
「セレス……。」
「も、もう……、ロンメルったら……。あんなことまで話すんじゃなかったわ……。」
セレス様は赤くなった頬に、ララさんが触れていない方の手を添えて恥じらった。
その言葉と、何ら後ろめたいところを感じさせない、ロンメルの爽やかな笑顔に、パーティクル公爵がようやく笑顔になった。
「そうか……。私のことを……。
いや、ぜひ食べてみたいものだ。そして、セレスが普段、どのような話を君にしているのか、教えて貰えないだろうか?」
「はい、もちろんです。
それと、今ここにいる俺の友人のジョージも、セレス様お気に入りの料理人です。
彼の力も借りたいのですが、厨房に入る許可をいただけませんでしょうか?」
「お、おいおい、俺は趣味で料理をしているだけで、料理人なわけじゃ……。」
「彼はこう言っていますが、宮廷料理人の俺と、料理対決の際に、俺に勝利した程の実力の持ち主なんですよ。
セレス様がその際に立ちあってくださり、セレス様自らがジョージの勝利と判断しました。再度対決してみるというのも、趣向として面白いのではないでしょうか。」
「なるほど、それは面白いな。」
「いいわね!ぜひやりましょう!」
パーティクル公爵とセレス様が、楽しげにそう言ってくる。
「ロンメル……、お前なあ……。」
「いいじゃないか、高級食材使い放題だぜ?
それに公爵家の厨房、興味ないか?」
「それは……、ある……。」
「よし決まりだ!ナンシー、2人を厨房まで案内しておくれ。好きな食材を使わせてよいと、料理長にも伝えるように。」
「かしこまりました。」
ナンシーさんについて部屋を出ながら、サニーさんの、置いていかないで下さいという目線に、申し訳ない気持ちになった。
パーティクル公爵に大歓迎されている、コボルトのアシュリーさん、ララさん、出入り業者で何度も顔を合わせているエドモンドさん、セレス様とは何度もやり取りしていて、家に来慣れているロンメルをのぞくと、俺とサニーさんだけが、どこか公爵家に落ち着けないでいたからな。
「ロンメル、ひょっとして、料理対決の時の食材も、セレス様の提供だったのか?」
俺はナンシーさんの後ろを、廊下を連れ立って歩きながらロンメルに話しかける。
「ああ、もちろんさ。いくら親父の頼みったって、俺の給料で、あんな高級食材バンバン出してたら、次の日から塩と水だけの生活になっちまうよ。」
「ええ?スパイク村長は、お前の親父さんだったのか!?」
「ああ。知らなかったのか?」
「そこまでは聞いてなかった。」
「親父から、審査してくれる貴族を連れてきてくれって言われたんだが、俺はセレス様しかあてがなかったからな。他の2人はセレス様が連れてきてくれたんだ。」
「それじゃ、あの時の審査員は、全員お前の関係者ってことになるじゃないか。
ずるいなあ……。」
「けど、ちゃんと審査してくれたろ?
俺寄りなんだったら、何があっても俺が勝った筈さ。セレス様は公平な方だからな。
そこは心配してなかった。」
「まあ、それはそうなんだが……。」
「対決時は食材も自分で手配と言われて、本当に焦ったよ。俺は自力で食材なんて取れないからな。宮廷料理人なら、安く食材を職場から分けて貰えばいいだろう、なんて言うんだ。そんなこと出来るわけないだろう。
きっちり予定を組んで仕入れているんだ。
そもそも余分な食材なんてないさ。」
「それもそうか……。」
賄いとして食べる分を安く販売している店はあっても、従業員が食材を買える料理店なんて、現代にもないからな。
それをするなら、それに応じた食材販売の登録が必要だ。ましてや王宮でそんなことを言う従業員は他にいないだろう。かなり無茶を言っているのは俺でも分かる。
「お前ともう一度対決してみたいと思ってたんだ。いい機会を貰ったよ。
俺もあれから研究を重ねて、作れるものも増えたからな。そう簡単には負けないぜ?
お互い頑張ろうな。」
「お手柔らかによろしく頼むよ……。」
俺は降って湧いた対決に、何を作ったものか思いつかないでいた。
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