第56話 パーティクル公爵という人
「本当に申し訳なかった。せっかくみなさんでおこしなんだ、今日はうちの料理人に腕をふるわせるから、このまま楽しんでいっていただけませんでしょうか。」
パーティクル公爵は俺たちにそう言った。
「……どうする?ジョージ。」
アシュリーさんが俺を振り返る。
「王宮にララさんの無事が知られて、エドモンドさんやロンメルたちもこちらに招待いただけるのであれば、いいんじゃないでしょうか。ララさんの為に走り回っていただいてしまいましたし、お詫びを兼ねてということであれば、その2人も招待していただければ、まるくおさまるのではないでしょうか。」
「エドモンドさんとは、ルピラス商会のエドモンド副長のことだね?
ロンメルさんはあなた方のご友人かな?
もちろんだとも!ぜひおふたりも招待させていただき、直接お詫びを申し上げたい。本当に申し訳なかった。」
パーティクル公爵は開いた膝に手をついて頭を下げてきた。
「ララさんもそれで構いませんか?」
俺はララさんに尋ねる。
「私は黙ってついてきてしまった立場なので、なんの文句もありません。
結果的にパーティクル公爵とお知り合いになれて、私は嬉しく思っていますし。」
「ララさん……。」
ニッコリと微笑むララさんに、パーティクル公爵がまた涙ぐむ。
「ララが怖い思いをしなかったというのも分かったし、私もそれで構わないわ。
美味しいものも食べたいしね!」
アシュリーさんがそう言ってくれた。
「では、王宮への使いとは別に、王宮に行っているであろう、エドモンドさんとロンメルにも、使いを頼みます。」
「ああ、分かった。恐らくジョスラン侍従長を尋ねているだろうから、ジョスラン侍従長宛の手紙に、招待状を添えて、ジョスラン侍従長に託せば伝わるだろう。
おふたりが到着するまで、くつろいでいて欲しい。
部屋を用意させよう。──ナンシー!」
パーティクル公爵が再び、テーブルの上に置かれた金色をベルを鳴らしながら、ナンシーさんを呼ぶ。
「お呼びでしょうか。」
ナンシーさんは、息1つ乱さず部屋に入ってきて、優雅にお辞儀をした。さっき早馬を手配しに行かされたばかりだというのに凄いな。早馬自体は誰かに頼むんだとしても、行って帰ってくるわけだから、この広い屋敷の中だと時間がかかると思うんだが。
それとも、パーティクル公爵に直接指示をあおぐのがナンシーさんで、それ以外のメイドさんが控えていて、そこに伝えに行っただけなのかな?
どちらにしても、連携が取れていてスムーズな仕事ぶりだ。ナンシーさんは現代でもいい秘書になれそうだなあ。
「ジョスラン侍従長に渡す手紙に、招待状を添えるので、それも渡すように早馬に伝えて欲しい。それと、今から手紙を書くから準備をしておくれ。
公爵家からの正式な手紙として封蝋をするから、それも一緒に持ってくるように。
それからお客様の部屋を用意してくれ。」
「──かしこまりました。」
ナンシーさんはお辞儀をして、部屋を出て行ったかと思うと、すぐに戻ってきて、布を被せた板に乗せた便箋と、封筒と、ペンと、インクと、封蝋を押すための蝋と、シーリングスタンプと、キャンドルと、スプーンを、パーティクル公爵に手渡して、またお辞儀をして出て行った。若いのに出来た人だな。
ナンシーさんの仕事ぶりに俺が見惚れていると、パーティクル公爵が、俺とアシュリーさんに、椅子に腰掛けるよう促してきた。俺たちはテーブルの前に移動すると、ララさんとセレス様とは少し離れた、パーティクル公爵の前の椅子に腰掛けた。
「改めて自己紹介させていただく。
アルフレート・パーティクルだ。」
「ジョージ・エイトです。よろしくおねがい致します、パーティクル公爵閣下。」
「アシュリーと申します。コボルトには名字という文化がありませんので、ただのアシュリーとお呼び下さい。」
俺たちはそれぞれ挨拶をかわした。
「かたくるしいのは抜きにしよう。
妻のように、気さくにアルフレートと呼んでくれ。私はあなた方を友人としてお迎えしているつもりなのだから。
私もジョージさん、アシュリーさんと呼ばせていただくよ。」
そういえば、セレス様は公爵夫人なのに、最初知らなかったとはいえ、敬称をつけずに呼んでしまっていたんだよな。
「そういうわけには……。セレス様はもともとお立場を存じ上げなかったので、そのように呼ばせていただいていた次第です。
今後セレス様も、パーティクル公爵夫人と呼ばせていただきますので、パーティクル公爵閣下も、そのようにさせていただけませんでしょうか?」
「あら、私もかたくるしいのは嫌だわ。」
とセレス様がこちらを振り返る。
「今まで通り呼んでちょうだい。
もちろん公的な場ではその限りではないけれど、ここには私たちしかいないのだから、別に構わないでしょう?ねえ、ジョージ。」
とニッコリされてしまった。
「まあ……そのようにおっしゃられるのであれば……。かしこまりました、アルフレート様とお呼びさせていただきます。」
「うん、まあ、そこもおいおいだね。」
と、パーティクル公爵は意味深なことを言って、うんうんうなずきながら微笑んだ。
「私はそれに従わせていただくわ、そもそもコボルトには、本来敬語の文化ってものがないのよ。生きとし生けるもの皆、神のもとに平等というのが、コボルトの考え方なの。
私は外の人間と接する機会も多いから、一応敬語は分かるけど、大抵のコボルトはそのことを知らないわ。
お店に立つ時も、それを了承して貰わないと、多分みんな接客が難しいわよ?」
「そうだったんですね……。貴族街のお店ですし、きちんとした服装も敬語も、必要だと考えていたのですが、そこはエドモンドさんと相談が必要かも知れませんね。」
「いいんじゃないかな?そのままで。」
パーティクル公爵が笑顔で言う。
「ですが……。」
「貴族街の店の商人たちは、下級貴族もいるが、大抵は平民だ。ただしい敬語が分かっている人間は数が知れているから、おかしな敬語を無理やり使うより、そのままで接したほうが好感が持たれると思う。
そもそも上級貴族は直接店に行くことが少ないからね。来るとしたら下級貴族かな。」
「そういうものなんですね。」
「普通は商人を自宅に呼んで商品を見せてもらうものだからね。ルピラス商会も、うちの出入り商人なんだ。自宅に直接来ていただいて、商品を選ばせて貰っているよ。」
「なるほど……。それなら無理に敬語にする必要はなさそうです。そういう店だとご理解いただいたほうが早いですね。」
俺はうなずいた。
「……ところで、話は変わるが、出来た子だろう?ナンシーは。」
見ていたことに気付かれていたらしい。
「ええ、お若いのに素晴らしいですね。
下級貴族のお嬢さんか何かですか?」
「──と、思うだろう?」
「違うんですか?」
所作の美しさといい、流暢な敬語といい、てっきり、なにがしかの専門教育を受けた人なのだろうと思っていたのだが。
「あの子はもともと孤児でね。それぞれの地方には、貴族の出資している養護院というものがあるんだが、そこの出身なんだ。
それをすると貴族のおさめる税金が安くなる。まあ、貴族にとっては、ただの税金対策の一貫ではあるから、確かに教育までを施しているところは少ないがね。」
寄付による控除ってことか。確かに前世でも、それをする企業や個人は多かったな。
この世界にもその機能があるってことか。
単に税金対策として寄付する先と考えているだけなら、日本でも、寄付した先がどういう活動をしているかまでを、考える企業は少ないだろうな。個人でやる場合も、返礼品目当てのふるさと納税が流行ってたしな。
「それを変えたのが、この人なのよ。」
セレス様が自慢げな微笑みを浮かべて話に加わってきた。
「アルフレートと私は幼馴染なんだけど、昔から彼にはそういうところがあったの。
領地に暮らしている人たちのことを、いつも考えていたわ。」
「そうなんですか?」
「孤児たちのことを知って、大きくなって公爵家をついだら、かならず仕組みを変えるんだと言っていたわね。懐かしいわ。
だから私は、この人を選んだの。誰でも好きな男を婿にしてやると言われたけれど、アルフレート以外考えられなかったわ。」
「セレス……、恥ずかしいよ。」
パーティクル公爵は、本当に恥ずかしそうに、赤面しながら身を縮めた。
「いいじゃない、本当のことよ?
私はあなたがどれだけ素敵な人かということを、たくさんの人に知って欲しいの。
たまにちょっと浮世離れした、困ったところもあるけれどね。」
肩をすくめながら自分を褒めてくれるセレス様に、恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうなパーティクル公爵。仲がいい夫婦だな。
なるほどな、ララさんを強引に連れてきてしまうようなところもあるけれど、そういう周りの人間のことを考えられる人でもあるわけか。愛している夫であるなら尚の事、その部分だけでパーティクル公爵という人を判断して欲しくはないだろうな。
それにしても、誰でも好きな男を婿に……かあ。現国王の妹君だものな。引く手あまただったんだろうな。おまけに美人だし。
「アルフレートは、養護院に教育機関を設置したのよ。礼儀作法や学問の勉強を出来る場を設けたの。だからパーティクル公爵領の養護院を出た子どもたちは、みな良い仕事についているわ。特に優秀な子は、希望すればうちで働くことも出来るのよ。
ナンシーはその1人ね。」
なるほどな。だがそうなると、養護院出身で、まともな教育を受けているのは、パーティクル公爵領の子どもたちだけということになる。学ぶ機会が欲しいのは、他の養護院の子どもたちも同じだろうに。
国がそういうのに対応しないのは、日本と同じだなあ。
親が交通事故で亡くなった交通遺児は、それを支援する長い歴史のある公益財団法人があるけれど、それ以外の事故や、病気で親をなくしたり、離婚で片親になったり、色んな理由で学校に行かれなくなる子どもが多いのに、それに対応するNPO法人は、始まったばかりで、まだまだ活動を知られていない。
親が急にいなくなったのは同じなのに、交通事故じゃないせいで、誰にも助けて貰えないんだ、と言った子の言葉を思い出す。
学校に行かれない子どもたちを、国がささえていかれるようにしたほうが、将来優秀な子どもたちが、たくさんいい仕事につける機会も増えると思うんだが。
「それ以外の子どもたちはどうしているんですか?俺の知る限り、平民の子どもたちが、何かを学ぶ機会というのは、ないように思うんですが……。」
「確かに平民はそうね。学んでいるのは商人の子どもくらいかしら。学ぶよりも、すぐに働き手になることを要求されるのよ。
子どもを預けられる家族のいる親は働きに出ているし、それを国から義務付けられてもいるわね。」
だから若者が村にいなかったのか!
王族が強制力を持っていることを除けば、ある種日本みたいな国だな。
兄弟が別々の保育園や学校に通わないといけなくなったり、そもそも保育園に入れなかったりして親が大変なのに、動ける人間は働けと言い出したり、どっかずれてたんだよなあ、日本て国は。
主婦も働いて下さい、保育園は数が足らなくて受かりません、じゃあ一時保育を使って下さい、って話が出た時は流石に呆れた。
一時保育にいくらかかるのか知らずに言っているのだから。
パートの時給と変わらない料金を払って一時保育に預けてまで働いたところで、所得として得たお金からは税金を引きます、一時保育のお金は控除として認めません、って、誰が働くんだ?それで。
働くための環境を整えるほうが先だと思うんだがな、俺としては。
そもそも孤児の支援だって、そういった民間団体に頼るのではなく、本来国がやらなきゃいけないことだと思うんだよなあ。
この世界でも貴族に任せっきりで、国が何もしていないとなると、国民の状態を国が把握していないってことなんだろうな。
「それを知らないということは、ジョージはこの国の出身ではないのね。
どちらからいらしたの?」
おっと、いらないところを突きすぎたか。神に間違われて召喚されましたなんて話、下手にしてしまったら、特別な存在だと思われかねない。
「それが……。気が付いたらこの国にいまして……。それ以前の記憶が、名前しか分からないんですよね……。」
「そうだったの?記憶喪失ということね。
それはお気の毒ね……。余計なことを聞いてしまったわね、ごめんなさい。
家族に会いたいでしょうに……。」
セレス様が申し訳無さそうに眉を下げる。
「いえ……もう死んだものと思うことにしましたので大丈夫です。この国の暮らしはとても楽しいですし。」
実際、もう二度と会えないことが確定しているから、そう思うしかない。楽しいのも事実だしな。カイアもいることだし。
俺たちが話している間にパーティクル公爵が手紙を書き終え、再びテーブルの上の金色のベルを鳴らして、部屋にナンシーさんを呼び、封蝋を押した手紙と招待状を手渡した。
「お客様がいらしたら、すぐに食事に出来るように、今いる人数に加えて、3人分を作るよう、料理長に指示してくれ。」
「かしこまりました。」
ナンシーさんが、手紙と招待状を持って部屋を出ていく。
「3人分?どなたか他に、いらっしゃるご予定があるのですか?」
「ええ、恐らくですが、お客様は3人になるでしょうからね。念の為です。」
訝る俺に、パーティクル公爵が微笑んだ。
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