第55話 ララさんの行方

 ドライアドの子株の特別な加護はどうなったんだ?よい出会いがあるどころか、さらわれちまったじゃないか!

「ララの匂いは追えるわ。

 それで居場所は特定出来ると思う。

 ──でも、私一人じゃどうにもならない。

 目撃した人の話だと、どうやら貴族の馬車に連れて行かれたみたいなの。」


「貴族に……?」

 俺は嫌な汗が流れる。

「危険じゃないか!

 王宮につとめてる人間は、王族の養護もあって、コボルトに反発心を持つ人間は少ないが、それでも、いないわけじゃないんだ。

 それなのに、ここは人間相手ですら、貴族の階級の低いものや平民は、人だと思っていない貴族がたくさん集う貴族街だぞ?」

 ロンメルが焦ったように言う。


「助けて!ジョージ!

 ああ、ララ……。一緒に人間の町に行くことを、私が承認しなければ……。いいえ、せめて王女様たちがコボルトの製品を王室御用達と認定して下さったことが、広まってから連れてくれば……。あの子は今日、なんの魔宝石も身に付けてはいないのよ!」


 確かにララさんの爪には何の魔宝石もつけられていなかった。俺が連れて行くから安全だと、そう思ってくれたから。

「──いきましょう。ララさんの身が危ないかも知れません。」

「俺は王宮に行って、このことをジョスラン侍従長に伝えてくるよ。王宮が手助けをしてくれるかも知れない。」


「ありがとう、助かるよロンメル。」

「そのかわり、助かったら必ずさらわれたコボルトを紹介してくれよな!」

 そう言ってロンメルは、我先に王宮に走って行った。

「彼は……?」

 アシュリーさんが不思議そうにロンメルの後ろ姿を目で追いかける。


「宮廷料理人をやっている俺の友人です。

 ロンメルといいます。」

「ここには優しい人間も……たくさんいるのね……。それともララがジョージの知り合いだからかしら。」

「ロンメルは気のいい奴ですよ。

 俺の知り合いじゃなくても、多分同じことをしたでしょうね。」


「そうなの……。」

 アシュリーさんはロンメルから目を離さずに、じっと見つめていた。

「必ずララさんを紹介出来るよう、早く助けに行きましょう。」

「うちの護衛も何人か連れて行ってくれ、俺の責任だ。任せておいてくれと言っておきながら、こんなことになってしまった。」


 エドモンドさんが申し訳無さそうに言う。

「エドモンドさんは貴族とたくさん取引をされている、ルピラス商会の副長ですよ?

 向こうが拉致したのが問題とはいえ、貴族の邸宅を襲撃するのに加わったことが知られたら、お咎めは免れないのでは?」

「それはそうだが……、しかし……。」


「ここは商会のことを考えて下さい。

 ルピラス商会が駄目になってしまったら、コボルトの店が出せなくなることがあるかも知れません。サニーさんをはじめ、コボルトの店に協力してくれる業者を俺たちに紹介出来るのは、ルピラス商会だけです。

 お気持ちだけいただいておきます。」


「……そうだな。分かった。」

「もしお願い出来たら、馬車でロンメルを追いかけてやって下さい。きっとまだ追いつくところにいますから。」

「よし。──馬車を出せ!」

 エドモンドさんは部下にルピラス商会の玄関前に馬車をつけさせた。


「ジョージ、薬用せっけんを出せるか。」

「はい、可能ですが。」

「なら、荷台に積んでいこう。これなら納品という目的があるから、スムーズに俺も王宮内に入れるだろう。」

 俺の出した薬用せっけんを、部下の人たちが馬車の荷台に積まれた、折りたたみ式コンテナの中に詰めていく。


 エドモンドさんは自ら御者として乗り込んで俺を振り返る。

「お互い出来る限りの手を尽くそう、必ずララさんを助け出すんだ。」

「はい。俺たちはこのままララさんの行方を探します。」

「ハイヨー!」

 エドモンドさんが馬車をつけられた馬に鞭を入れ、全速力で走り出した。


「行きましょう、アシュリーさん。」

「ええ。ララの匂いはこちらの方向に残っているわ。消えないうちに急いで見つけなくては。なんだか雲行きが少し怪しい気もするから。雨が振ったら匂いが流れて、分からなくなってしまうもの。」

 確かにいつの間にか、少し灰色の薄暗い雲が空にたちこめて、薄曇りになっていた。


「はい、急ぎましょう。」

 俺たちはララさんがさらわれた方向を追って走り出した。それをサニーさんが心配そうに見つめていた。

「……多分、ここだわ。」

 アシュリーさんが見つけた場所は、とても広くてきれいな庭を持つ大豪邸だった。


 この国の貴族がどの程度のお金を持っているのか分からないが、とても下級貴族のものとは思えない。

「かなり立場が上のほうの貴族かも知れませんね……。エドモンドさんを連れてこなくて正解でした。人目につかない場所から庭に侵入しましょう。」

「ええ。」


 俺とアシュリーさんは、裏門と正門の間の柵で周囲を見回した。

「──ここならひと目につかなそうです。

 ここを乗り越えましょう。」

「ええ。」

 俺が柵に手をかけて登ろうとすると、アシュリーさんが精霊魔法で体を浮かせて、柵の向こうへと運んでくれた。


「そんな魔法もあるんですね。」

「精霊魔法は人間の使う魔法にはないものも多いのよ。さっ。行きましょう。」

 俺たちは身を屈めて、木々に隠れながら庭を突っ切って建物に近付いた。

「人のいない部屋のどこかが、窓の鍵がかかっていないといいんですが……。」


「鍵をあける魔法ならあるわよ?」

「本当ですか?ああ、そもそも罠解除は精霊魔法にしかないんでしたよね。鍵解除もあるってことですか。」

「ええ。」

「じゃあ、俺が部屋の中を確認します。これだけ広い家なら、誰もいない部屋もある筈です。そこの窓の鍵をあけてください。

 そこから侵入しましょう。」


「分かったわ。」

 俺はこっそりと窓の端から中を覗く。ベッドメイキングをしているメイドさんの姿が見えた。始めたばかりのようで、まだ時間がかかりそうだ。ここから離れた部屋で、あいている部屋があるといいんだが……。

 俺たちは静かに移動すると、誰もいない部屋、かつ、さっきのメイドさんのいるベッドのある部屋から離れた部屋を見つけた。


「──ここにしましょう。」

「鍵をあけるわよ。」

 アシュリーさんが魔法を使い、俺が窓をそっとあける。たてつけが悪くて音がしたらどうしようかなと心配したが、きちんと油をさしているのかスムーズに窓があいた。

「ここで靴を履き替えましょう。泥のついた靴跡を見られたら、後で人がこの部屋に来た時に、バレてしまいますからね。」


「ええ?でも、靴なんて……。」

 俺は窓のヘリに腰掛けて、靴を出して履き替えると、泥のついた靴をマジックバッグの中にしまい、床に降り立った。

「はい、どうぞ、アシュリーさん。」

 俺は続いて窓のヘリに腰掛け、靴を履き替えろと言われて、困った表情を浮かべたアシュリーさんに、靴を出して渡した。


「ええ?ジョージ、あなたどうして、コボルト専用の靴なんて持ち合わせていたの?

 あなたに用なんてない筈でしょう?」

 コボルトの足は俺たち人間とは大分違う。だから人間の靴は履けないし、俺たち人間もコボルトの靴は履けない。

 なんというか、足首の先がちょっと短くて足首が大分細いのだ。元が犬の魔物だからだろう。手の指の長さも、犬に比べれば長いほうだが、人間に比べるとかなり短い。


「まあ……、店長就任祝いのプレゼントと思って下さい。」

 まあ、半分はあながち嘘じゃない。実際、長時間の立ち仕事になるだろうから、靴をプレゼントしたいなとは考えていたのだ。アシュリーさんの普段遣いの靴は冒険者用のもので、貴族街の店に立てるような、仕立てのよいものがなかったから。服は制服を作ろうと思っているが、靴はいちから作るのもな。


「ジョージ……。ありがとう。凄く素敵な靴だわ。あとでじっくり眺めるわね。」

 そう言ってアシュリーさんは靴を履き替えると、自分のマジックバッグの中に靴をしまって床に降り立った。

「感知魔法を使うわ。周囲に人がいないか確認してから外に出ましょう。」

「はい。」


 アシュリーさんが感知魔法を使う。

「……大丈夫よ。近くには誰もいない。外に出ましょう。」

 ドアノブをそっとあけて部屋の外に出る。

「こっちだわ。」

 アシュリーさんがララさんの匂いを嗅いで、その後を俺がついていく。


「……あの部屋だと思うわ。」

 地下室か何かに閉じ込められているかと思ったのだが、アシュリーさんが特定した場所は、どう見てもそんな場所じゃなかった。この建物の中でもっとも大きな扉で、まるで、そう、お客様を出迎える為の部屋か、食堂かなにかのような……。


「あんな大きな部屋にいるんじゃ、恐らく中にたくさんの人がいるか、警備の人間もいそうですね。

 こっそりと助け出すのは無理そうです。」

「……正面突破しかないってわけね。

 いち、にの、さんで行くわよ!」

「はい。」

「いち、にの、さん!

 ──ララ!助けに来たわ!」


 バタン!と大きく扉を開け放ち、俺とアシュリーさんが部屋に飛び込む。すると。

「──あら、ジョージじゃないの。」

「アシュリーさん!」

 そこにいたのは、ララさんにネイルを施されている真っ最中の、セレス様だった。

 俺たちはポカンとして、しばらくその様子に呆気に取られたのだった。


「どういうことですか?セレス様。

 我々は、ララさんがさらわれたと聞いて、ここまでやってきたのですが……。

 今頃ロンメルとエドモンドさんが、王宮にそのことを伝えて、救援をあおいでいるところです。こちらは大騒ぎですよ。」

「ええ?あなた、伝えなかったの?」

 セレス様がそう言って、同じテーブルについている男性に話しかける。


 男性はオロオロしながら、

「い、いや、ちゃんと伝えたぞ?ララさんを連れて行かせていただくと……。」

「ちゃんと公爵家だって名乗ったの?パーティクル家につれていくって伝えたなら、なんの心配もされない筈だけど?」

「公爵家の家紋入りの馬車だし、見れば分かるだろう?だから伝えていないよ。」


「まあ、あなたったら、慌てて連れてきておいて、まわりの人が紋章を見ていない可能性を考えなかったの?

 それに貴族街にいる人全員が、紋章を把握しているわけではないのよ?

 平民だっているのよ?貴族と取引のある職場につとめているならいざ知らず。

 ジョージ、あなた、貴族の紋章なんて、見てどこの家の馬車だか分かる?」


「いえ、分かりません……。」

「ほらご覧なさい!

 大体あなた、誰にそのことを伝えたの?」

「ララさんを連れてくる時に、こちらを見ていた男性がいたから、その人に……。」

「ララさん、その方、あなたのお知り合いの方だった?」


「いいえ、まったく。おそらく、たまたまその場にいらした方だと思います……。」

「あ〜な〜た〜!」

 セレス様の目が三角に釣り上がる。セレス様、お気持ちは分かりますが、怖いです。

「あの……。近くにルピラス商会の護衛の方がいた筈ですが、その方はどうしていたんでしょうか。そもそもララさんは、なぜパーティクル公爵家の馬車に乗ったんですか?」


「内装の相談の為に、コボルトの店にする予定の建物の中に入ったら、建物の中のホコリがとにかく凄くて……。

 私くしゃみが止まらなくなってしまって、思わずこっそり外に出たんです。だから誰も気付いていなかったと思います。

 そこにパーティクル公爵が馬車で通りかかられて、私に声をかけてらしたんです。」


「声をかけられたことを誰にも言わずに、そのまま馬車に乗ったっていうの?ララ。」

 アシュリーさんが呆れたように言う。

「伝えておきますと言われたから……。

 それに、奥様が国王陛下の妹君であらせられるセレス様で、お店のこともコボルトのことも、セレス様から聞いていますとおっしゃっていたから……。」

 なるほどな。そういうことか。


「そのことは、あらかじめジョージさんから聞いていたし、それならと思って……。

 でも、ごめんなさい。」

「いや、皆さんに直接伝えたいと言うララさんを引き止めて、私が強引に馬車を走らせてしまったのだ、本当に申し訳ない。ララさんに出会えて興奮してしまって……。」


「なぜそんなにララさんを……?」

 俺はパーティクル公爵に尋ねた。

「コボルトと話をすることは、私の幼い頃からの長年の夢だったのだ!

 ましてやララさんは、私が夢見た以上に可愛らしくて可憐で……。とても気持ちをおさえることが出来なかった。」

 パーティクル公爵は、大きな身振りで、目をキラキラさせて俺にそれを告げてくる。


 ふと俺は、パーティクル公爵の足元に絡みつくように遊んでいる、犬たちの存在に気が付いた。この世界で犬を飼っている人も、野良犬も見たことがなかったから、てっきり犬はいないものだと勝手に思っていたのだが。

 余裕のある生活をしている貴族は、こうして自宅で飼ってるんだな。


 その数8匹。おまけに……全部パピヨン。

 幼い頃からずっとコボルトと話がしてみたかった人で、おまけにララさんのこの見た目ともなれば、パーティクル公爵が興奮するのも無理のないことかも知れなかった。

「……なるほど。とりあえずお話は分かりました。感心出来たことではないですが。」


「本当に申し訳ない。貴族としても1人の成人男性としても、恥ずべき行動だったと、今は思っている。」

 まったくですわ、とセレス様が言う。

「ですが、ロンメルとエドモンドさんが、今王宮に救いを求めに行ってくれています。すぐにそれを止めていただけませんか?恐らく大騒ぎになっていると思いますので……。」


「ああ、それはそうだな。急がなくては王宮にご迷惑をおかけしてしまう。

 ──ナンシー!」

 パーティクル公爵はテーブルの上に置かれていた金色のベルを鳴らしながら、女性の名前を呼んだ。先程ベッドメイキングをしていた女性が、部屋に入ってきてお辞儀をする。


「早馬を出して、王宮に今から書く手紙を届けて欲しい。ジョスラン侍従長宛だ。」

「かしこまりました。用意させます。」

 そう言って、ナンシーさんは早馬の準備の為に部屋を出て行った。

「それで、セレス様は何をなさっておいでなんですか?」

 まあ、なんとなくは分かるが。


「ララさんがコボルトの店でやるという、ネイルをほどこしていただいていたのよ。

 練習台で構わないから、やって欲しいとお願いしたの。」

「まだまだ、人様に披露出来る程の腕ではないと、お断りしたのですが……。」

 ララさんは困ったように微笑む。


「習ったばかりなのでしょう?とても筋がいいわ。これもぜひ、社交界ではやらせたいわね。流行は私のあとからついてくるものなのよ?だから私が一番はじめにやらなきゃね。パトリシアもきっとやって欲しがるわ。」

 ふふふ、とセレス様は微笑んだ。


「アシュリーさん、今日、魔法石を持ってますか?小さいものを。」

「あ、ええ。常に持っているけれど。」

「セレス様、魔宝石もおつけしましょう?

 お店では、これをつけた状態のものをお客様に提供する予定なんです。

 つけたい精霊魔法はありますか?」


「ララさんにお任せするわ。いずれまた新しいものに変えてもらうでしょうし。」

「分かりました。アシュリーさん、防御魔法とゴーレムの魔法石をください。」

「あら、ゴーレムの魔宝石は、店で売らないのではなかったの?」

 セレス様が首をかしげる。


「はい、店では売る予定はありませんが、王族の皆様方と、セレス様であれば構わないとジョージさんが。

 コボルトにとっては、これは身を守る為のものですから。セレス様には必要になる場面もおありかと思って。」

 ララさんは、アシュリーさんから受け取った魔宝石を、ひとつずつ丁寧に、セレス様の指にデコラティブしていく。


「そうね。確かにそのうち必要になることがあるかも知れないわ。

 ──貴族ってこうみえて狙われやすいものなのよ。特に国王の妹である私はね。」

 セレス様は少し寂しげだった。

 一般人に降嫁した日本の女性皇族も、イギリス王室を離れた王子夫妻も、警備に莫大なお金をかけているというからなあ。


 この世界は安全じゃないから、なおのことなんだろう。瘴気が増していることで、危険な魔物も増えていることだし、いつ人の住む町に現れないとも限らないよな。

「ララさん、本当に突然申し訳なかった。

 これがお詫びになるかは分からないが、パーティクル公爵家は、コボルトの店に全面協力させていただくよ。」


「ほんとうですか!?パーティクル公爵!

 とても嬉しいです。お店が出来たら、ぜひお店にもいらしてくださいね!」

「ララさん……。あなたは本当に優しくて素敵な人だ……。コボルトに対する誤解を解くためならば、私はなんだってしよう。」

 笑顔のララさんに、涙ぐむパーティクル公爵。強力な味方を手に入れた……のかな?

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