第54話 内装業者のサニーさん

 俺と、カイア、アシュリーさん、ララさんは、人間の町に向かう乗り合い馬車の待合場で、木でできた椅子に並んで腰掛けていた。カイアは俺が膝の上に抱っこしている。

 馬車は定期的にやって来るが、冒険者やこのあたりに住んでいる人間の為のもので、コボルトを乗せることはないのだという。


 だから馬車が見えたら全員俺のマジックバッグの中に入って貰い、俺だけが乗り合い馬車に乗る予定で、それまでこうしている。

「アシュリーさん、ララさん、これから人間の町に向かって、コボルトの店に協力して下さる方たちに紹介しますが、その前にひとつお願いしたいことがあるのです。」

 アシュリーさんとララさんが、不思議そうに俺を振り返る。


「先程、コボルトを守護しているドライアドの子株についた瘴気を、俺が払ったことになっていましたが、そのことを人間には誰にも話さないで欲しいのです。

 本当にそうなのかも分かりませんし、俺は勇者や聖女様のような特別な存在でもありません。下手に誤解を受けても困るのです。それにカイアのことも……。」


「ドライアド様の親株のように、いずれ瘴気を払う力を持つという点よね?

 確かにそれはあまり人間には知られないほうがいいわね。利用されかねないわ。」

「……そうですね、ドライアド様の親株は動けませんけれど、カイア様は自由に動けますもの。さらわれないとも限りませんわ。」


「ええ、そうなんです、俺もそれがとても心配で……。協力と強制は違います。

 瘴気の影響で、どんどん危険な魔物が増えてきているようです。瘴気を払う力を持つ精霊がいると知られたら、その力にすがりたくもなるでしょう。

 ましてやこんなに小さいカイアであれば、狙うのは簡単です。」


 というか、ドライアドの親株は動けないのか。将来カイアも子どもが出来て親株になったら、動けなくなってしまうのかな?

 それは嫌だな……。

「カイアには、自由にお友だちと過ごして欲しいので……。知られなければ狙われることもないでしょうし。」


「ええ、分かったわ。」

「もちろんです、カイア様を危険な目になんて合わせたくありませんもの。」

「ありがとうございます。よろしくおねがいします。──あ、来ましたね、馬車。」

「いよいよこれからマジックバッグの中に入れるのね!楽しみだわ!」


「私は少し怖いかも知れません……。」

 嬉しそうなアシュリーさんと、反対に心配そうなララさん。

「やめておきますか?」

「いえ。町に行くと決めたのは私なので。

 ……がんばります!」

 ララさんはぐっと拳を握って、頑張るぞ!のポーズをした。かわいいな。


「では、順番に。まずはカイアから。」

 俺は入り慣れているカイアを、マジックバッグの中に入れた。

「そういう風に入るのね……。

 次は私よ!」

「はい、ではアシュリーさん、少々体に触れますね。」

「ええ。」


 俺はアシュリーさんの腕をとって、マジックバッグの中に入れる。するとカイアよりも体の大きなアシュリーさんは、ニュニュニュッと変形しながらマジックバッグに吸い込まれていった。

 それを見たララさんが少し怯えている。俺は心配になってララさんを見たが、

「……お願いします。」


 ララさんが決死の表情でそう言うので、ララさんの腕をとって、マジックバッグの中に入れた。ララさんも無事マジックバッグの中に収納された。

「──よし。」

 俺は乗り合い馬車が近付いてくるのを待って、乗り合い馬車に乗り込んだ。


 俺が乗り合い馬車を降りて向かった先は、当然というかルピラス商会だ。他にコボルトであるアシュリーさんとララさんを引き合わせられる人物がいない。

 王宮に連れて行ったところで、俺は中に入れないしな。店のうち合わせもしたいところだし、それが一番いいだろう。


「おお、ジョージ、どうしたんだ?急に。

 今ちょうどうち合わせの最中だったんだ。

 紹介するぜ、内装業者のサニーだ。」

 エドモンドさんの向かいのソファには、人間にしてはかなり小柄な、なんというか小柄過ぎる、立派な髭の男性が座っていた。


「サニー・ブラウンです、よろしくおねがいします。」

「ジョージ・エイトです、こちらこそよろしくおねがいします。」

 立ち上がって握手を求めてくれるサニーさんに、俺は腰をかがめて握手をかえした。


 なんというか……。大変短い足、丸っこい固太りの体、小柄過ぎる身長、立派な髭。

 動く姿がきぐるみ感があると言うか、リアル、世界で最も有名な配管工さんにしか見えない。公式設定じゃ配管工さんは155センチあるらしいが、どうみてもこっちのほうが公式としか思えないサイズ感だ。


 俺は前世でも今生でも、長年背の高い成人男性をやっているのだが、そういう人間からすると、小柄で手足の短い生き物にちょこまかと目の前を動かれると、庇護欲が発動してしまって困る。サニーさんは立派な成人男性だからなあ。いかん、いかんぞお、頭を撫でたりしてはいけないんだ……。


「そういや、王宮から薬用せっけんが欲しいとせっつかれているんだが、ジョージ、まだ商人ギルドに許可証を受け取りに行っていないのか?ジョスラン侍従長からジョージが登録してくれている筈だと言われたんだが。」

「──あ。すっかり忘れていました。」

俺はぽかんと口をあけた。


 ああ、そういえばそんなものもあったな。すっかり忘れていた。ここ最近慌ただし過ぎたからなあ……。商人ギルドに行かないと。

「急いで許可証を取りに行ったほうがいいですか?せっつかれているのであれば。」

「ああ、そうして貰えると助かるよ。」

エドモンドさんがうなずく。


「許可証を受け取る前だと、ジョージと直接取り引きが出来ないからな。そうすると、商人ギルドに手数料を引かれることになるからな。ジョージの取り分が減る。」

 俺は別にそれでも構わないんだがな。まあエドモンドさんがせっかく俺の為に気遣ってくれているのだからそうするとするか。


「そういえば、敵を感知してゴーレムを出す魔宝石は、魔導具にしなくとも、精霊魔法自体を合成することで作れるのだそうです。さっそく大量に作って貰って、コボルトの集落に設置して貰いましたよ。」

「そうなのか?じゃあ、うちの分を早速頼みたいな。それがあれば、夜間護衛に回している従業員の数が減らせるからな。」


「分かりました、それであれば、直接ご本人に頼んでみてください。」

「──どういうことだ?」

「連れてきました、コボルトのお2人を。

 どちらも店に立つ予定の方で、1人は精霊魔法使いで、店が出来たら、店長をしていただく予定の方です。」


「そいつはちょうどいいな、コボルトの2人に、ぜひサニーを紹介しよう。」

「はい、わたくしもぜひ紹介していただきたく思います。コボルトの伝統ある内装にとても興味がありました。店の内装をてがけることができて嬉しく思います。」

 サニーさんも心から嬉しそうにそう言ってくれる。いい人そうだな。


「ではお2人を外に出しますね。」

 俺はマジックバッグに手を入れる。

「──まさか、コボルトたちを、その中に入れて連れてきたのか!?」

「はい、人間に姿を見られると危険だと思いましたので……。」

「大胆なことをするもんだ……。」

 やっぱりそうなのかな?


 最初にアシュリーさん、次にララさんをマジックバッグから引っ張り出す。

 2人は目をしばたかせて、キョロキョロと不思議そうに、周囲を見渡していた。

「もうついたの?ジョージ。」

「ええ、ここは俺に協力してくれているルピラス商会の中ですよ。紹介します。コボルトの店の出店に協力してくれる、ルピラス紹介の副長である、エドモンドさんです。」


 エドモンドさんもサニーさんも、あんぐりと口をあけたまま、2人をじっと見つめている……。どうしちゃったんだろうな?

 人間以外が話す姿に違和感があるのかな?

「驚いた……。」

「ええ……。」

 やがてエドモンドさんもサニーさんも、2人を見つめる目がうっとりとする。


「コボルトという存在が、こんなに美しいものだとは……。これを人間は魔物と言っているだって?冗談じゃない、こんなにも美しく愛らしい生き物が、魔物なもんか!」

「コボルトは初めてお会いしますが、コボルトという種族は、皆さんこのように美しく愛らしいお姿なのですか?」


 ああ、そういうことか。アシュリーさんは美しいアフガンハウンドの姿、ララさんは愛らしいパピヨンの姿だからな。

 人間から見て不快感などあろう筈がない。それが人の言葉を話すというファンタジーな雰囲気。俺もララさんを初めて見た時は、思わず声が出たからなあ。


「いえ、このお2人が特別美しいのです。

 まあ確かに、人間から見ると、コボルトは愛らしい姿かたちだと思いますけどね。」

「まあ、ジョージといい、皆さんお上手なのね。恥ずかしいわ。」

「ええ、こう面と向かって堂々と褒めちぎられると……。」

 アシュリーさんとララさんが照れている。


 アシュリーさんとララさんは、エドモンドさんとサニーさんと握手をかわした。

「では、このまま店の内装のうち合わせに入ってもよろしいですか?」

 サニーさんが俺たちの顔を見てくる。

「ええ、もちろんです。

 その間に俺は、薬用せっけんの許可証を、商人ギルドに取りに行ってきますね。」


 俺がここにいても、現時点でやれることはないからなあ。コボルトの内装については2人に説明してもらうしかないし。

「ああ、分かったよ。話は進めておく。

 ──護衛をつけますから、お2人とも店の中を見に行きませんか?その方がイメージがわくでしょうし、こういう形ならこう、というのもあるかも知れませんので。」


「はい、そうしていただけるとありがたいです。確かにコボルトの家は、間取りに合わせた内装のやり方というものがあるのです。」

 アシュリーさんがうなずく。

 エドモンドさんが、部下に鍵を取りに行くように指示をし、同時に別の部下に護衛を手配するよう指示をした。


 俺はルピラス商会を出ると、商人ギルドへと向かった。日頃行っている場所じゃなく、この貴族街の町の中にあるという本部だ。

 申請した場所でなくても許可証は受け取れるらしい。エドモンドさんが教えてくれた。

 俺はソファで待たせて貰いながら、許可証が出てくるのを待った。


「はい、こちらになります。」

「ありがとうございます。」

 貴族街の中だからだろうか、理知的そうな女性が許可証を渡してくれる。

 貴族街で働く人は、どことなく上品なんだな。貴族が来ることもあるからなのかな?制服もなんだか仕立てがいい気がする。


 商人ギルドの外に出ると、買い物をしているロンメルと出くわした。

「おお、ジョージじゃないか!」

「こんなところで何してるんだ?」

「今日は休みだから、足りないものを買い足しにちょっとな。

 ジョージこそ何してるんだ?」


「お前さんのところにせっつかれているっていう、薬用せっけんの許可証を、商人ギルドに受け取りにさ。それと、コボルトの店の内装のうち合わせだ。」

「ああ、それでか。

 ジョスラン侍従長が料理長に、連日まだかまだかとせっつかれているな、確かに。」


「そんなにか。許可証を受け取ったから、すぐに納品出来るようにするよ。」

「ああ、そうしてくれ。

 今日はこのあと、何か用事はあるのか?」

「いや、内装のうち合わせが終われば特にないな。会えると思ってなかったし。──ああ、お前には用事があったんだった。」


「なんだ?」

「出来たぞ、家庭用の自動乾燥機能付き食器洗浄機。なんとルピラス商会からタダでお前にプレゼントだとさ。」

「──ほんとうかい!?

 最近注文したって商人から、えらい値段だと聞いて、頼んだものの、買うまでに時間がかかりそうだと思っていたんだが。」


「お前が欲しがってくれたおかげで開発されたから、そのお礼だとさ。」

「なんとまあ、太っ腹な話だな。」

「ああ。本当に目玉の飛び出るような値段だからな、お前の家にあるのを知られないほうがいい、──泥棒に入られるぞ。」

 俺は声を潜めてロンメルに告げる。


「確かにそうだな……。

 俺の家になんて入る価値なかったのが、急にあることになっちまう……。」

「万が一泥棒が入ろうとしても、対抗できるように、お前の家のどこかに、コイツをはっておけよ。」


 俺は魔法陣の描かれた清められた紙を、マジックバッグから取り出してロンメルに渡した。この間作っておいたのだ。

「なんだい?こりゃ。」

「家の中への侵入を防ぐ魔法陣さ、俺の家にも柱に貼ってあるんだ。これがあれば勝手に誰かが家に入ったり出来なくなる筈だ。」


「そいつは凄いな!ありがたい。

 ……でも、自動乾燥機能付き食器洗浄機はこっそりと使わないとな。顔に出そうで心配だが、俺自身が外で狙われかねんよ。」

「──確かにな。」

「用事が済んだら家に寄ってくれるか?

 早く自動乾燥機能付き食器洗浄機を使ってみたいんだ。」


「ああ、もちろん構わないさ。というか、同じ方向でいいのか?家、別方向だろ?」

「ああ、俺もこっち方向にまだ用事があるからな。頼んでたものが入ったらしくて、それを買いにいくのさ。」

「そうか。タイミングがあえば、コボルトの2人をお前にも紹介したいところだ。」


 ロンメルと話しながらルピラス商会の前まで戻ると、何やら慌てた表情の、エドモンドさん、アシュリーさん、サニーさんが立っていた。というか、アシュリーさんは外に出ていて大丈夫なのか?このままじゃ人に見られてしまうかも知れないのに。

 ──というかララさんはどうしたんだ?


「みなさんどうしたんですか?

 なんだか様子がおかしいですが……。」

 雰囲気のおかしさに、俺とロンメルが、みんなのもとに小走りに駆け寄る。

「ああ、ジョージ、待っていたのよ。

 ララが、ララがさらわれてしまったの。」

「すまない、うちの護衛をつけていたのに、こんなことに……。」


 申し訳無さそうにエドモンドさんが言う。サニーさんもオロオロしている。

「なんですって!?」

 俺とロンメルは目を見張った。

 最近いい人にばかり会っていたから、俺はすっかり忘れていた。ここはコボルトを嫌いな、人間ばかりの貴族の町なのだと。

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