第53話 ドライアドの復活と聖なる守護

 俺とカイアはその日オンスリーさんの家に泊めて貰い、次の日、2度目に家に泊めたお客様に出す料理だという、ムンガイという料理を朝食としていただいていた。

「2回以上人を家に泊めたら、その人はもう家族の一員だ、という言葉がコボルトにはあるの。コボルト以外と関わらず、閉鎖的だからこそ生まれた言葉なんでしょうね。」


 アシュリーさんがそう言いながら、ムンガイを口にする。ちなみに作ってくれたのはオンスリーさんだ。ムンガイは必ず家長が作るものと決まっているらしい。

 ムンガイは、川魚のミロアと、山の中ではめったに手に入らない、海の魚のヤヌーンの燻製を使い、ヌチャケチャという植物とあえたサラダのようなものだ。


 ミロアはちょっとスケトウダラとかの白身魚に似た味で、ヤヌーンは鮭に似た味で、ヌチャケチャは見た目はミントの葉に似ているのだが、じゅんさいのように、周囲をぬるっとした透明なぷるぷるに覆われていて、じゅんさいが大好きな俺には、たまらない食感だった。ドレッシングは柑橘系の果物で作られていて、とてもさっぱりしている。


 鮭はレモンともかぼすとも合うからなあ。

柑橘系は鉄板だな。ヌルチガは鮭そのものみたいな味だったけど、ヤヌーンはちょっと違うんだよな。しいていうなら鱒かな?

 でも、うん、うまい。他にはパンと、野菜スープ。テッセ(ソーセージ)に目玉焼き。

 パンは焼き立てでふわふわのアツアツ。


 集落の中にみんなで使うパン釜があって、そこで朝交代でパンを焼いているらしい。

 コボルトはもともとは外で全員で料理をしていたのだけれど、だんだん各家庭にキッチンのある家を建てられるようになって、今に至るのだそうだ。

 それでも伝統を受けついで、俺がもんじゃを作った外にある竈門を使って、今でも料理することもあるらしい。


「──そういえば、次にこちらに来たら、お願いしようと思っていたことがあったのを忘れていました。」

「あら、何かしら。」

「こちらには、コボルトを守護している、ドライアドの子株がいると伺ったのですが、いわばカイアの兄弟のようなものですよね?出来ることなら、会わせてやりたいと思っているのですが……。」


「ドライアド様は森の奥深くにいらっしゃるのですが、以前に瘴気を受けてからというもの、聖女様に回復していただいてからも、ずっと休んでいらっしゃいまして……。

 私も、勇者様との旅から戻った報告を最後に、お会いできていないのです。

 ドライアド様のいらっしゃる場所は、背の高い茨で周囲を覆われまして、我々コボルトですら近付けません。」


「そうだったんですか……。」

 同じドライアドの子株であるカイアが自由に歩き回っているというのに、少しもコボルトを守護しているという、この地に住まうドライアドの子株を見かけないので、不思議に思ってはいたのだ。

 それだけ前回の瘴気で消耗したということか……。恐ろしいんだな、瘴気ってやつは。


「それでも我らを守護して、力を与えて下さいます。ですが、恐らくそれで手一杯なのでしょう。生きている間に再びお目にかかることは、ないのかも知れませんな。」

 オンスリーさんは寂しそうにそう言った。

「ピョル!?」

 その時突然カイアの体が光に包まれる。俺をコボルトたちから守ろうとしてくれた時のような神聖な白い光だ。


 前回と違うのは、カイアの全身が光に包まれている点だが、カイアが意識して発動しているのではないらしく、カイアは驚いてオロオロしている。

 日頃あまり声を出さないカイアが、怖がって小さくピョルピョルと泣きながら、俺にすがりついて抱きついてくる。俺はカイアを抱っこして背中をさすってやった。


「これは……ひょっとして……?」

「何か心当たりがおありなんですか?」

 カイアをじっと見つめているオンスリーさんに俺が尋ねる。

「呼応……じゃあないかしら?

 ドライアド様同士の。」

「呼応?」

 アシュリーさんの言葉に首をかしげる。


「恐らく呼んでいるのです、コボルトを守護するドライアド様が、カイア様を。」

「コボルトを守護するドライアドの子株が、カイアを……ですか?ここに来ているのがずっと分かっていたのでしょうか。」

 カイアが怯えているのは、初めての経験だからだろうか。今まで他のドライアドの子株たちと、やり取りをしたことがないのかな?


「ドライアド様の本体は、子株がどちらにいるのか把握されており、遠距離で会話をすることも可能だとのことですので、子株同士が会話することも可能なのかも知れません。

 私もドライアド様の生態にそこまで詳しいわけではないのですが、以前何度か当地のドライアド様が、同じような光に包まれたのを見たことがございます。」


「コボルトを守護するドライアドが、カイアを呼んでいるのだとしたら、会いに行ってもいいということなんでしょうか。

 案内していただけませんか?そのドライアドの子株のいるという、茨のある場所へ。」

「分かりました。そういうことならご案内しましょう。──アシュリー。お前はここで待っていてくれ。」


「いやよ、私もドライアド様にお会いしたいわ。生まれてから一度もお目にかかったことがないのよ?

 これを逃したら、二度とお会いできないかも知れないわ、私に精霊魔法を与えて下さったドライアド様に。」

 アシュリーさんは引かなかった。


「そうだな……お前は特別な加護をいただいている。あまり大勢で押しかけるのもよくないと思ったが、お前なら大丈夫かも知れないな。分かった、全員で行こう。」

 オンスリーさんの言葉に、急いで朝食の残りを平らげると、食べ終わった朝食の片付けもそこそこに、俺たちはこの土地のドライアドの子株に会いに行くことにした。


 俺は不安げなカイアを抱っこしたまま、以前調査に向かった森とは、反対側の別の森の奥地へと案内された。

 前回の森は薄暗かったが、この森はよく日があたり、暖かな場所だった。

 見たことのない花などの植物がたくさんはえていて、とても美しい森だった。

 ここにカイアの年の離れた兄弟が……。


「──こちらです。」

 巨大な棘のついた茨が絡み合い、ゆくてを遮る門のように生えている場所が、ドライアドの子株がいるという場所の前だった。

「これじゃ奥に進めませんね。

 呼ばれたのはカイアだけで、遠距離通信で話したかっただけなのかな……。」

 俺がそう言った時だった。


「おお……茨が……。」

 目の前の茨が生き物のようにうごめいたかと思うと、さあっと広がって、アーチのような通り道の空間を作る。

「入っていい……ということでしょうか?」

「恐らく……。」

「すすんでみましょう、入ってみるしか、状況が分からないわ。」


「この茨の棘には毒があります。間違っても触れぬようにお気をつけ下さい。」

 オンスリーさんの言葉に、カイアがさらに怯えてギュッと俺に抱きついてくる。

「大丈夫だ、お父さんがいるから。」

 俺はカイアを抱っこしたまま、そっと頭を撫でてやる。カイアが俺の胸に頭をつける。


 俺たちは長い長い茨のアーチを抜けた。

「素敵……。」

 思わずアシュリーさんがつぶやく。

 美しい草花に囲まれながら、日の当たる開けた場所に1本の巨大な樹木が立っている。その目の前には鏡のような透明な泉があり、その美しい風景を水面に映していた。

「これが……カイアの兄弟……。」


 俺たちは泉のまわりをぐるりと回って、ドライアドの子株に近付いた。

 子株というにはかなり大きいとは聞いていたが、本当に親のような大きさだった。

 俺がカイアを抱いて近付くと、ドライアドの子株とカイアが、突然同じ光に包まれて光った。それはとても幻想的な光景だった。


「ほらカイア、お前のお兄さんかお姉さんだぞ?近くに行って挨拶してごらん。」

「ピョル……。」

 地面におろして近付けてやろうとしたが、カイアがそれを嫌がって、困った表情で、再び俺に抱っこを求める。

「じゃあお父さんと一緒に行こう。

 それなら怖くないだろ?」


 こっくりとうなずいたカイアを抱き上げると、俺はドライアドの子株に近付いた。

「はじめまして、ジョージ・エイトと言います。あなたの兄弟と暮らしているものです。俺はこの子をカイアと名付けました。

 俺の子どもだと思っています。どうぞよろしくお願いします。」


 俺はそっとカイアの枝の手をそっと握ってやると、カイアとともに、ドライアドの子株の幹に触れた。

 すると光が強く大きくなったかと思うと、その光が霧散し、光が消えた場所に、とても美しい、だが人とは思えぬ緑の髪の少女の姿をした人物が立っていた。


「おお……!ドライアド様!おひさしゅう!

 そのお姿を拝見出来るのはいつぶりでしょうか。オンスリーでございます!」

「久しぶりよの、オンスリー。

 達者でおったか。」

 このドライアドは人間の言葉をしゃべれるのか!大きいからか?

 カイアも大きくなったら話すのかな?


「はい……ドライアド様もお元気そうで何よりです。このオンスリー、生きている間に二度とお目にかかれることはないと思っておりました。」

 オンスリーさんは涙ぐんだ。

「お主は……、オンスリーの孫娘だな。

 生まれた時に精霊魔法の加護を授けたのを覚えているぞ。大きくなったな。」


「はい……。ドライアド様。私に精霊魔法を与えて下さってありがとうございます。

 ずっとお礼が言ったかったのです。」

 アシュリーさんも涙ぐむ。

 コボルトにとって、ドライアドはやっぱり特別な存在なんだな。2人ともドライアドの子株に会えて感動しているようだった。


「ジョージと申したか。お主のおかげで助かった。おかげでこの姿を取ることが出来た。例を言うぞ。」

「俺が……何か?」

 微笑んで見つめてくるドライアドの子株に俺は首を傾げる。


「お主の体には、神の聖なる守護が宿っている。お主に触れられたところから、最後の瘴気が消えていったのよ。

 ──お主、自分で自分の力を把握しておらんのか?」

 ドライアドの子株に、逆に不思議そうに問いかけられてしまう。


「え!?ジョージ、そうなの?

 凄いわ!ドライアド様を助けてくれてありがとう!」

 アシュリーさんが目を丸くする。

 俺の体は神がくれたもので、勇者の為に用意したものだと思っていたのだが、まさか聖女の男版……はなんて言うんだ?の為のものだったのか?


 魔法陣が作れたから、魔力が備わっているのはなんとなくわかったが、はっきり言ってそんな聖なる守護の力だとか、意識したことはまったくない。使えたこともない。

 それらしい兆しも感じたことがない。

 そもそも間違いだったから、使命みたいなものを与えられていないからな、俺は。


「──カイアと言ったか。」

「ピョル……。」

「我らは同じドライアドから別れた子株。

 いわば兄弟よ。だがお主はジョージを守護対象に選び、親としたのだな。

 お主はそれにより、我らとは異なる特別なドライアドとなった。」


「どういうことですか?」

「ドライアドは子株をその身から分かれさせることで数を増やすが、子株が孫株を作り出すことは出来ぬ。

 だが、ジョージを親としたことで、お主は我らとは離れ、ドライアドの親株となれる存在となったのだ。」


「つ、つまり……俺に将来、孫が……?」

 孫……、なんて甘美な響きだろうか。カイアにそっくりな子どもたちに囲まれた、年老いた自分を思わず想像してしまう。

「ジョージ、気が早いわ。」

「問題はそこでは……。それにカイア様はまだ赤子の大きさですぞ……。」

 アシュリーさんとオンスリーさんが、呆れた表情で俺に突っ込んでくる。


「そうだ。聖なる守護を持つジョージを親とすることで、カイアは特別なドライアドとなった。ジョージを加護し、ジョージに守護されることで、お主はやがては瘴気を払うほどの力を持つことだろう。

 我らの親株がそうであるようにな。」

「カイアにそんな力が……?」


 勇者も聖女もいない今の状態で、このままずっと彼らがこの世界に召喚されなかったとしたら、瘴気を払う為にカイアが連れ出されてしまうのじゃないだろうか。

 本来安全な筈の場所にも、どんどん危険な魔物がわきだしているほどだ。

 俺は突然不安になってしまった。


 もちろん瘴気が、人間にとってもコボルトにとっても、危険なものであることはなんとなく承知してはいるが、カイアが先代の勇者たちのように、戦いにかりだされてしまうんじゃないのか……?

 魔物と戦うっていうのか?カイアが?


 こんなに臆病な子だというのに。

 カイアを戦わせる未来だなんて、想像できないし、想像したくもない。

 カイアが子どもを作れるというのは嬉しい誤算だったが、その点に関しては、俺にとってはあまりありがたくない情報だった。


「ようやく力を取り戻したのだ、久方ぶりに皆の顔も見たいものよの。」

「ぜひそうして下さい!皆もドライアド様の帰還をお待ちしておりました!」

「うむ。我は先にゆく。お前たちもついてくるがよい。」


 そう言って、ドライアドの子株は、人型の姿をとったまま、光に包まれその姿を俺たちの目の前から消した。

「転移魔法ね。私たちも戻りましょう。」

 アシュリーさんに促されて、再び茨のアーチをくぐって集落に戻ると、コボルトたちがドライアドの子株を囲んで、嬉しそうにはしゃいでいた。


「ドライアド様、わたくしをおぼえていらっしゃいますか?」

「ライクムの妻のマニラじゃな、覚えておるぞ。ライクムは息災であるか。」

「夫は亡なくなりましたが、息子と孫がおります。ドライアド様の加護のおかげで病気ひとつしておりません。」


「そうか、それは残念じゃ。

 我は生まれたことは分かっても、亡くなったことが分からぬからのう。」

「ドライアド様!」

「ドライアド様!」

 コボルトのみんなが次々にドライアドの子株に話しかけている。


「おお、ジョージ、戻ったか。

 ──みなの者、我が力を取り戻せたのも、ジョージのおかげよ。

 みな、ジョージが何かお前たちに協力を求めたら、力の限り協力してやって欲しい。」

 コボルトたちが一斉に俺を振り返る。

「いや……俺は……。」


「本当ですかジョージさん!」

「ありがとう!ジョージさん!」

 みんなが俺の前にひざまずきそうになるのを、やめてください、と慌てて制する。

「今度ジョージさんのおかげで、人間の町に店を作るんです!」

「俺たち、人と手を取り合うことにしたんですよ!その第一歩なんです!」


「ほう、それは良きこと。」

 ドライアドの子株が微笑む。

「私とアシュリーさんも、お店に立つんですよ、ドライアド様。」

 ララさんが微笑む。

「ほう?そうであったか。

 ならばお主たちに特別な加護を授けよう。

 アシュリー、ララよ、ちこう寄れ。」


 アシュリーさんとララさんが、ドライアドの子株に近付き、目の前にひざまずく。

 ドライアドの子株が両手をかざすと、2人の体が淡い聖なる光に包まれた。

「このまま人の子の町にゆくがよい。お主らによい出会いを授けてくれようぞ。」


「今日これから……、アシュリーさんとララさんを人間の町に……?」

「ジョージさん、お願いします!

 連れて行って下さい!」

「──お願いよ、ジョージ。」

「もちろん構いませんが……。」


「やったわ!これできっと、店もうまくいくわね!ララ!」

「ええ!」

 誰と約束があるわけじゃないし、連れて行ったところで何すりゃいいんだ?

 俺はドライアドの子株の意図が分からず、思わず首を傾げたのだった。

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