第50話 畑作りとコボルトの新たな技術
今日は土作りがようやく終わったので、朝から野菜を植えている。いつもは朝食前に行っているが、カイアがいるのと、長い作業になるので、朝ごはんは既に済ませてある。
たまに新しいものにチャレンジすることもあるが、毎年大体作るものは決まっている。今はナスを植えようとしているところだ。
俺は寝室の隣の部屋から、接ぎ木苗されて、ポットに入ったナスの苗を持ってきた。
ポットの土の部分から、35センチ以上高さのある、一番最初の小さな蕾である、一番花のついた苗だ。
株元を固くする為に、屋根のある場所で外気にさらしておいたのだ。
ナスの病気に強い接ぎ木がなされている。
接ぎ木の台木のトルバムは、物凄く肥料を吸収するので、一番花を付ける前に植えてしまうと、木ばかりが大きくなってしまう、樹ボケという状態になる。
だが一番花の開花寸前に植えると、トルバムが急激に肥料をすって、一番花がすぐに実をつけて収穫出来るようにもなる。
植える前にたくさんジョウロで水を与えてポットの土を湿らせてやったあとで、メチオニンとグルタミン酸の入っている液肥を希釈して、ちょっとだけ苗にかけてやる。
1株に対して0.1〜0.5グラムと、かなり少ない量しか使わないが、これがあるとないとでは成長がことなる。
ハンディタイプのホーラーという、穴あけをねじりながら、マルチフィルムの上から土に押し込んでいく。
引き抜く前に少し手で押してやる。土が湿っていれば、取手を引き抜くと土ごと持ち上がる。
開けた穴の近くに土を落とし、くっついてきたビニールは邪魔なので捨てる。
ポットからナスの苗を、軸を指で挟んで横に向け、左手でポットを抜いてやると、白い根っこがポットの形に土を守っている。
根っこが黒かったら植えてはいけない。
アドマイヤー粒剤という害虫用の薬を、3本指でひとつまみ植え穴に入れて、軽く土と混ぜた後、苗を穴に入れる。
苗についた土が、穴から1センチくらい上に出ているくらいでいい。台木部分が土に埋まらないようにする為だ。
穴をあけたときに出た土を、隙間なく穴に詰めて、両手で上から押してやり、余った土は入れない。これでナスが植えられた。
ナスは種から育てたことがない。こういう苗の状態まで育ったものが売っているので、それを土に植えるのだ。
それを繰り返していると、カイアが興味深げに作業をじっと見ていた。
「やってみるか?」
俺がホーラーを渡すと、穴をあけようとするが、力が弱くて、ホーラーをうまく深くまで押し込めないようだった。
代わりに掘ってやり、ナスの苗を渡す。
「ここに入れて優しく土をかぶせてあげるんだ。やってごらん。」
カイアがナスの苗を穴に置き、土を被せて自分の枝で土をならしてやる。
「上手だぞ。」
カイアが嬉しそうに俺を見上げて笑う。
こんな風に昔俺も、父親に教えて貰ったっけなあ。俺が自分の子どもに教える日は、もう来ないと思っていたが。
うちは父親が無農薬で野菜を作っていたので、キャベツによくモンシロチョウが卵をうんで、必ず幼虫がキャベツを食べてしまう。それを手でつまんで取り除いては、持ち帰って飼っていた鶏にあげていた。
うちで飼っていたのはチャボで、毎朝卵を取りに行くのが俺の仕事だった。
毎日掃除はするのだが、それでも必ず卵に糞がついていて、それを素手で取って洗って食べていたので、卵の殻は洗うと長持ちしなくなるということと、洗わずに出荷することの出来る卵を作っている養鶏場が存在しているのを知った時は驚いたものだ。
砂のある小さな庭で遊ばせていたので、それなりに健康だったのだろう、チャボの卵の殻はとても丈夫で厚くて、同じ感覚で力を入れてブロイラーの卵を割ったら、あまりの薄さに子どもの力でも、ぐしゃっと殻が潰れて卵を駄目にしてしまって驚いたことがある。
食べるものと環境が卵を作るから、今考えると至極当然のことなのだが。
カイアにも卵を食べさせてやりたいなあ。どうせ無農薬で野菜を作るんだし、こっちでも鶏を飼おうかな?俺の貰った能力は、生き物も出すことが出来るしな。
もし飼うなら、洗わずに食べられる飼い方にチャレンジしてみたいよなあ。実家のやつよりも大きな鶏小屋にして、中でも遊べるようにとまれる木を渡して、健康を保つ為の砂場を作って、卵を産む場所は別に用意して、野菜くずを餌に混ぜて……。
オスはどうしようかな。近所に家がないから、別に騒音問題は気にならないが。
ヒヨコが生まれたら、カイアが喜ぶかな?
もしヒヨコを育てるなら、温度管理の出来る鶏小屋にしないとなあ……。
ヒヨコがすぐに死んじまう。
うちには途中からオスもいたので、定期的にヒヨコが生まれるようになったのだが、うちの父親は生き物に対して気を使わない人だったので、ヒヨコが生まれても、鶏小屋はむき出しの金網のままで暖かくなかったし、何度言ってもヒヨコが飲みやすい大きさの水飲み場を用意してはくれなかった。
いつものように朝、鶏小屋に卵を取りに行った子どもの俺は衝撃を受けた。
無理に水を飲もうとして、落ちて溺れてしまったのだろう。洗面器に入れられた水の上に浮いているヒヨコを見て、父のせいだと悲しくなったのを今も思い出す。
小さな水飲み場を用意さえすれば、あの子は死なずに済んだのにと。
飼い猫が怯えるから、猫が部屋にいる時はやめてくれ、別の部屋に移してからにしてくれと何度頼んでも、平気で掃除機をかけて、飼い猫が掃除機の音に怯えて網戸を突き破って脱走してしまい、父以外の家族で近所中を探し回ったこともある。
子どもの世話もするし、炊事洗濯風呂掃除も毎日やっていたし、定期的に週末家族で遊びにも連れて行ってくれたし、夏と冬は必ず毎年家族旅行にも行ったし、月に1回母とデートをするし、結婚記念日も祝うし、10年目記念のダイヤもあげていたし、挙句の果ては、自分の妻の母親の介護までやっていた。
俺の親世代の父親としては、お手本のようなよい夫だったと思う。
だが、そういう無神経な、相手が自分に合わせて当然という感覚の人でもあり、怒ると子どもが膝をついて崩折れる程の腹パンを平気でしてくる人でもあった。
釣りを教えてくれたのも、将棋を教えてくれたのも、野菜作りを教えてくれたのも父だった。だが俺は苦手に感じている。
子どもが出来たら、父のような父親にだけはなるまいと思って生きてきたが、そもそも子どもどころか結婚すらしないで生きることになるとは思っていなかったが。
だからカイアには、楽しくのびのび育って欲しいと思っている。カイアにしてやりたいことが、すべて父から教わったことなのは、正直皮肉な話だがな。
「さて、畑はこんなところにして、コボルトのみんなのところに行こうか。色々と確認しないといけないことがあるからな。」
俺は道具を片付けて、カイアをマジックバッグに入れると、コボルトの集落に向かう乗合馬車に乗った。
そういえば海に行ったのに釣りをしなかったな、今度教えてやろう、と思いながら。
コボルトの集落につくと、塀がすっかり出来上がっていた。てっぺんに屋根がつけられて、その上に忍返しもつけられている。
「ジョージさん!」
コボルトたちが笑顔で出迎えてくれる。
「すっかり完成したじゃないですか、漆喰の塗りもいい出来ですね。」
俺は塀を撫でながら言う。
「かなり最初は試行錯誤しましたけどね、今じゃ慣れたもんですよ。」
コボルトの若者が笑って言った。俺もつられて笑う。彼は確か、ルムランさんだったかな。
「アシュリーさんはいますか?」
「はい、さっき見かけたんで。
──呼んで来ましょうか?」
ルムランさんが首を傾げながら俺に尋ねてくれる。
「ああ、ぜひお願いします。」
「分かりました、ちょっと待っててくださいね。」
ルムランさんがアシュリーさんを呼びに行って戻るまでの間に、俺はカイアをマジックバッグから出した。
「カイア、コボルトの集落についたぞ。」
カイアはあたりをキョロキョロしていた。前に遊んだ子どもたちを探しているのかな?今日は子どもたちの姿が見えないな。
家の中にいるのかも知れない。
「あら、ジョージ!いらっしゃい!
どうしたの?」
アシュリーさんがルムランさんに連れられて、笑顔でやって来ながらそう言う。
ルムランさんは他に用事があるのか、俺にお辞儀をして去って行った。
「確認しておきたいことがあって。
ちょっと話せますか?
店のうち合わせの件なんですが。」
「ああ、だったら家にきてちょうだい。
おじいちゃんは今日は出かけてていないけど、私だけで構わないの?」
「後で皆さんと相談していただければ。
おそらく、……すぐに答えの出る問題でもないと思うので。」
俺の言葉にアシュリーさんは不思議そうに首を傾げながら、家に案内してくれた。
アシュリーさんがオンバ茶を、今日はカイアの分も出してくれる。子ども用なのか、軽くて小さくて持ちやすいカップなので、カイアが自分でカップを持って、ふうふうしながら飲んでいる。
「──それで、話って何?」
オンバ茶を一口飲んで、テーブルに置いてから、アシュリーさんが尋ねてくる。
「……店のうち合わせそのものについてなんです。俺はコボルトの店の内装を、貴族受けするもので、なおかつコボルトの伝統を取り入れたものにしたいと考えているのですが、その為には内装を考える段階から、皆さんに意見をいただきたいと思っているのです。」
「そんなことくらいなら、別に構わないけれど。いくらでも協力するわよ?」
「コボルトの暮らしはこう、というのが俺にも内装業者の方にも分からないので……。
一度はどなたかに貴族街にいらしていただいて、店の中を見ていただかないといけないかなと思っています。」
その言葉に、アシュリーさんがピクリとする。
「よりよい店にする為には、うち合わせは何度もする必要があります。意図が正確に伝わっているかは、実際に目にしないと分からないこともあるでしょう。
内装業者は当然人間ですが、コボルトに理解のある方です。ですが、あまりそう何度も足を運ばせるのは、今の状態ではよくないのではないかと心配してくれています。俺の協力者のルピラス商会の方もです。」
「……そうね。それはそうだと思うわ。」
アシュリーさんはこっくりとうなずいた。
「内装業者の方は、こちらの集落に来てもいいとおっしゃってくれているのですが、コボルトの皆さんとしてはどうされたいか、相談して欲しいと思っているのです。
今日はそれをお願いしに来ました。」
「……確かに、足を運ぶ必要はあるでしょうね。でも、人の町に行くということは、なかなか受け入れられることではないわ。
店に立つ人間も、まだ決まっていない状態なの。店はやりたいと思ってる。
でも、人の目に直接触れることは、……まだみんな怖いのよ。」
「もちろんそうだと思います。」
俺はうなずいた。
「言い出しっぺは私よ。私が町に行かせて貰うわ。……でも、町に行かなくても済む内容の時は、こちらに来て貰えると嬉しいわ。」
「分かりました、そうさせていただきます。
──もし嫌でなければ、町に行くときは、俺のマジックバッグの中に入りますか?」
「え?マジックバッグの中?
ジョージ、あなたのマジックバッグって、そんなにたくさん物が入るの?」
俺のマジックバッグがほぼ無限に入ることは、一度話したんだが忘れちゃったのかな?
「ええ。一応、ほぼ無限サイズのものを使用しています。カイアをこちらに連れて来る際にも、人目に触れないように、マジックバッグの中に入れて連れて来てるんですよ。
一見魔物に見えますしね。」
「──面白そうね!一度入ってみたいと思っていたのよね!中がどうなってるのか興味があったの。それなら町に行くのも安心だわ。
ララが店に立つのを協力したいって言うから心配してたんだけど、それならララも連れて行けそうね。」
「ララさんが?冒険者ギルドの受付の仕事は大丈夫なんですか?」
「冒険者ギルドの仕事をしている関係で、あの子は他のコボルトよりも、人間に慣れているのよ。だから先発隊に加わりたいと志願してくれたの。
別に他にも同じ仕事の出来るコボルトはいるし、そこは問題はないわ。」
「それはとてもありがたいです。」
ララさんの朗らかな笑顔が店にあったら、癒やされない人間はいないだろうからな。
「今日も冒険者ギルドの仕事で、人間の町に出かけているのよ。そろそろ戻ってくる頃だと思うから、冒険者ギルドに行って待ちましょうか。直接本人に話をしましょう。」
「分かりました。」
俺とアシュリーさんは、コボルトの集落の冒険者ギルドの中でララさんを待った。
受付には制服を着た、別のコボルトの男性が座っていた。受付は必ずしも女性ってわけではないんだな。
しばらく待っていると、フードをかぶった人影が冒険者ギルドに入ってくる。
「ララ!」
アシュリーさんが笑顔で声をかける。
「アシュリーさん!ジョージさん!」
フードを外した人影は、ララさんその人だった。今日はなんだかいつもと雰囲気が違うな。可愛らしいのはいつものことだけれど、何かどこかが違う。なんだろうか?
「あなたにお願いがあって待っていたのよ。私と一緒に、人間の町につくる店のうち合わせに行ってくれない?
うち合わせの場所までは、ジョージがマジックバッグに入れて、安全に運んでくれるから安心よ!」
アシュリーさんがララさんに駆け寄りながら笑顔でそう言う。
「マジックバッグの中に入るんですか!?
アシュリーさん大胆ですね。」
ララさんがびっくりしている。あまり入ったことがある人がいないのかな?
まあ、普通はそうか。俺も自分が入ろうと思ったことはないしなあ。
「でも、構いませんよ。
ジョージさんが安全と言ってくださるのであれば、そうなんでしょうし。」
ララさんはニッコリと微笑んだ。
「あ!」
「え?」
突然大きな声を上げて立ち上がった俺に、ララさんが驚いて俺を見る。
「ララさん、今日はネイルをしているんですね。何かいつもと違うなと思って見ていたんですが、ようやく分かりました。」
「ネイル?……ですか?」
「爪につけているそれですよ。
それ、ネイルじゃないんですか?」
ララさんは、爪にデコネイルのような、キラキラした装飾を施していたのだ。
「ああ、クスカのことですか?
ジョージさんのところでは、ネイルっていうんですね。」
「クスカと言うんですね。いつもはされていないオシャレをされていたので、なんだか違和感があって。」
「実はこれは、オシャレ目的のものじゃないんですよ?」
「そうなんですか?」
「護身用に使われるものなんです。魔宝石をあしらったもので、魔宝石が小さいのでそれぞれの威力も小さいですが、同時に発動するとそれなりの魔力を発揮します。今日は人間の町に行ったので、フードはかぶってましたけど、一応、と思って。」
「へえ……。そうなんですか。
ああ、精霊魔法を使える人が少ないからですか?」
「はい、私は精霊魔法は使えないので。
とっさに取り出すより、爪につけておいたほうが、いざという時にも焦りませんし。
戦いに慣れてないと、このほうが便利なんです。」
確かに、急に襲って来られて対応出来る人ばっかりじゃないだろうからなあ。
「身体強化に使われる場合もあるのよ?
拳闘士は爪を引っ込めて戦うから、おじいちゃんも昔は使っていたらしいわ。」
アシュリーさんが言う。
「オンスリーさんが……。」
なんだか違和感を感じてしまう。
「それって、コボルトなら誰でもやり方を知ってるものなんですか?」
「まあ、みんな出来るけど、ララが一番得意よね。綺麗にデザインもするし。」
「綺麗なので、どうせやるなら、可愛くしたいなと思って……。」
ララさんが恥ずかしそうに微笑む。
「ララさん、店に立って下さるなら、その技術、売ってみませんか?
人間のネイルのやり方も教えますから、これもコボルトの伝統として、店の売り物の1つにしましょう。」
「え?護身用の装飾を……ですか?」
ララさんは俺の申し出に、不思議そうに首を傾げた。
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