第51話 魔宝石の装飾の仕方

「はい、俺は貴族の女性に人気が出ると思っています。

 その前にアシュリーさん。」

「──何かしら?」

「魔宝石に付与可能な、精霊魔法の一覧を以前お願いしていたかと思うのですが、その時にみなさんで、いくつか作っておくとおっしゃっていましたよね?

 もし既に作ったものがあるのであれば、そちらを拝見させていただけないですか?

 この村に設置するゴーレム以外で。」


「ああ、家に戻ればあるわよ。」

「私もついていっていいですか?

 冒険者ギルドに報告を済ませたら、今日の仕事は終わりなので。」

「分かりました、アシュリーさん、構いませんか?」

「ええ。もちろんよ。」

「じゃあお待ちしてますね。」


 俺たちは冒険者ギルドに備え付けられたソファに座り、ララさんの報告が終わるのを待って、揃ってアシュリーさんの家へと向かった。

「──はい、これよ、精霊魔法の付与された魔宝石は。ゴーレム以外でいいのよね?

 あと、これは作ったものの一覧。」

「ありがとうございます。拝見させていただきますね。」

 俺は一覧に目を通した。付与された精霊魔法の名前と、その横に効果が書かれている。


「ちなみにこの中で、ララさんの爪についている魔宝石に付与されている精霊魔法は、どれになりますか?」

「ああ、これ、付与されてる精霊魔法の種類は1つじゃないんです。

 爪ごとに違ってて。これは姿隠しで、これは閃光魔法で、これは魔法防御で、これは対物理防御で、これは速度強化で……。」


「ようするに、逃げる為の専門のものばかりということですか?」

「いえ、一応、万が一の為に、左手のこれ全部がゴーレムを出現させる為のものです。全部使わないと、ゴーレムは魔力を膨大に使うので……。

 それでもこの小ささなので、あまり時間はもたないんですけどね。」


「なるほど。ゴーレムは売らないように言われているので駄目ですが、魔法防御と対物理防御はいいですね。

 これを付与した魔宝石を爪にデコラティブしたら、オシャレと同時に身を守ることが出来て、貴族の間で人気が出ると思います。」

「他の3つは駄目なんですか?」

 ララさんが首をかしげる。


「悪意のない方ばかりがお客様とは限りませんので……。姿隠しで泥棒に入ったり、閃光魔法で目をくらませてから人を襲ったり、速度強化で引ったくりをしようと考える輩がいないとも限りません。

 精霊魔法の使える人間は殆どいないとのことなので、それを一般的に流通させるのは、あまり得策ではないかと。」


「なるほどね……。確かにそれはそうね。

 人間の使う魔法にもそれはあるけれど、魔法の使えない人間が使えるように出来る方法は少ないもの。

 誰でも使えるようになってしまったら、中にはそういう人も出てくるでしょうね。

 ──そうなったら、それを売ったこちら側の責任になるわ。」


「ええ、そうなんです。そこが懸念材料ですね。もちろん、王族の皆様方が付けて欲しいとおっしゃれば、その点は問題ないと思いますので、お好きなものを付けていただこうと思っていますが。」

「王族?王族にクスカを施すの?」

 アシュリーさんが不思議そうにする。


「パトリシア王女様と、現国王の妹君であらせられるセレス様は、オンバ茶にもだいぶ興味を示されて、大量に購入されましたから、おそらくこれにも興味を示すと思いますよ。

 ──美しく、かつ身を守れるとなると。

 俺としては、相談してみて先に身に付けていただいて、貴族女性に受け入れやすくしていただけたらなと思っているのです。」


「なるほどね、確かに、直接手に施さないといけないから、コボルトに触れるのを嫌がられたら意味がないわ。

 ──でも、国王陛下の妹君やこの国の王女様がしているとなれば、そこは話が変わってくるでしょうね。」

 アシュリーさんとララさんが、うんうんとうなずいてくれる。


「ええ。安全性が保証され、なおかつ目新しくて美しいものともなれば、女性は必ず飛びつきますよ。」

 女性はネイルが大好きだからな。今日のネイルどう?と聞かれても、男はまったく興味がないから、違いが全然よく分からないし、というか殆ど見ていないから、正直聞くのをやめて欲しいくらいだが。


「あと、これが素晴しくいいですね。防水魔法の魔宝石。数が売れるかも知れません。」

 俺は精霊魔法が付与された魔宝石の一覧のリストを見ながら言う。

「ああ、水を弾くだけの簡単な魔法だけれどね。布に施すと雨に濡れなくてすむのよ。」

 この世界には傘がない。かわりに防水魔法でどうにかしているのだろう。


「俺の見た限り、貴族は革製品を身に着けてることが多いです。冒険者もですが、冒険者は防具であって、貴族のそれはオシャレの為です。ですが革製品は水に濡れるとシミが出来て汚くなります。防水魔法なんて革製品保護にうってつけですよ。」

「確かにそれなら需要があるかもね。」

 アシュリーさんがうなずく。


「ちなみにそれは、どうやって爪に付けているんですか?」’

「近くの森に、粘着性の液を出す木があるのよ。それをつかって貼り付けてるだけなの。引っ掻けばすぐに取れるしね。」

「なるほど。専用の器具は何か使いますか?例えば爪の表面を削ったりですとか。」


「いいえ?落とす前提だし、特にそういったものは使わないわ。」

 オシャレ目的じゃないんだものな。

「ララさん、俺のやり方を見せるので、覚えていただいてもいいですか?

 人間にほどこす場合は、この工程が必ず必要になるんです。」

「ええ、もちろんです。」

「その前にちょっと、爪につけるものを作りますね。それからやり方を見せます。」


 俺は下敷き、ハンドタオル、メンディングテープという字の書けるセロハンテープと、水色と黄色のマニキュア、ベースコート、トップコート、透明なネイルチップ、ガーゼ、キューティクルリムーバー、キューティクルプッシャー、キューティクルニッパー、ネイルファイルという爪やすり、ダストブラシ、ネイルオイル、ハサミ、キッチンペーパータオルを出した。


「ず、随分といろいろと使うのね……。」

「ええ。アシュリーさん、お湯を沸かしてカップくらいの小さな、手の入る器にそれを入れてきて貰えませんか?

 お風呂より少しぬるいくらいの温度がいいのですが。」

「え、ええ。分かったわ。」


 アシュリーさんがお湯を沸かしてきてくれる間に、俺はメンディングテープを2本下敷きに貼って、それぞれに水色と黄色のマニキュアを塗って乾かしてやる。

 それが乾くまでの間に、ネイルファイルで自分の左手の爪先を削って整えてやる。


「これは後でやってもいいんですが、今から使うものが原因で爪が柔らかくなるので、爪が削れすぎてしまうこともあるので、今回は先に整えますね。

 爪が割れやすくなったり、二枚爪といって浮いた状態になることがあるので、奥から手前に引く時だけ、削るようにして下さい。決して上下に動かさないように。」


 ララさんはどこから取り出したのか、ノートにメモをとりだしていた。

「爪の横を2〜3回削って丸くしてやることで、爪が細く長く綺麗に見えます。

 皮膚を削らないように注意して下さい。」

 ダストブラシで削れた爪を払う。


「はい、これでいいのかしら?」

 アシュリーさんが器に入ったお湯を持ってきてくれる。

「はい、助かります。」

 俺は自分の左手を器につけたあと、タオルで優しく水分を吸い取ってやる。

 ララさんは真剣に俺のやり方を見ている。


「人間の手には甘皮というものがありまして……。こいつを取ってやらないと、綺麗に塗ることが出来ないんですよ。

 この状態でキューティクルリムーバーを爪の皮膚と接している部分に塗って2分放置します。これで余分な角質なんかが浮いてきて、綺麗に塗れるようになります。」


 俺はキューティクルプッシャーという、爪用の銀色のヘラのようなものを80度近くたてて爪の表面を優しくこする。

 45度がいいと言われているが、自分でやるなら正直60度から90度の方が、力を入れ過ぎずに優しく角質と甘皮を削ることが出来ると思う。これをしないとすぐにネイルが剥がれてきてしまう。


「お客様の爪を下に向けて下げるか、キューティクルプッシャーの角度を上げて下さい。

 力を入れ続けると指が痛くなってしまうことがありますので、1つの指に集中してやらずに、他の指も少しずつ削って下さい。」

 ある程度取れたら、今度はキューティクルプッシャーを寝かせて、表面の余分な汚れを取っていく。取れた角質をキッチンペーパータオルで拭き取ってやる。


「これを同じ手順で全部の指にやってくださいね。キューティクルプッシャーは人差し指を触れないように、親指と中指で動かして下さい。力が強くなりすぎるので。

 あと、キューティクルリムーバーはすぐに乾いてしまうので、つけたあとは手早く作業が必要です。」

 俺はキューティクルニッパーを取り出してガーゼで包みながらあわせて持つ。


「白く浮いた余分な皮膚を、キューティクルニッパーで丁寧にカットします。

 甘皮は引っ張ると他の部分まで剥がれてしまうし、白く浮いてないところまでカットすると皮膚が痛むので、そこは注意です。

 歯の先端だけを使うイメージで。ハサミ全体を使わないように、丁寧に細かく。」


 ガーゼを水で濡らして爪を拭きながら、甘皮をカットしていく。

「皮膚がもともとめくれている、逆剥けという状態の方がいらっしゃるのですが、その部分はキューティクルニッパーを横に向けて、茎の根元を切るように切って下さい。」


 最後にネイルオイルを爪全体に塗って、保湿してやって爪の手入れは完了だ。

「はい、これで手のケアは終わりです。

 ここまでやって、はじめてマニキュアが塗れるようになります。

 まあ作業時間を考えると、ネイルオイルは自宅でやっていただくようにして、店でやらなくてもいいですが。」


「これって……、人間の場合、女性のオシャレの為のものなのよね?ジョージはなんでそんなに詳しいの?」

「昔お付き合いしていた女性がこういう仕事をしてまして……。練習に付き合っているうちにやらされました。」

「なるほどね……。」

 アシュリーさんは目を丸くしている。


 俺はマニキュア自体には興味はないが、手入れをされた爪の状態は好きだ。ツルツルした感触が気持ちがよくて、日頃は自分からあまり恋人にボディタッチをしない俺だが、この角質を落とした爪を見ると、やたらと手に触れたり、キスしてしまい、そこから甘い雰囲気になることも多かった。


 俺が触れてくれるからと、ネイルアーティストをしていた恋人が、だんだん家でマニキュアをしなくなるようになり、やがて自分の仕事の意義がよく分からなくなりそうだからと、自分の夢を取って俺と別れた。

 1級検定に合格したと聞いた時は、別れて以来久しぶりに会ってお祝いをし、以降いい友人関係を築いていた。

 今頃彼女どうしてるかな。


 次に乾いた水色と黄色のマニキュアを塗ったメンディングテープを、ハサミで細くカットしていく。

 透明なネイルチップにベースコートを塗ったら、そこに斜めに格子状になるように、あえて適当な幅で水色と黄色のマニキュアを塗ったメンディングテープを貼っていく。


「あら、それ可愛いわね。」

 アシュリーさんさんが目を細める。

「はい、普通にマニキュアを塗るだけのやり方の他に、こんな風にチップに塗ったりデコラティブするやり方もありますね。

 時間のある時に作っておけば、あとは手入れをした手に貼り付けるだけですから。」


 俺はメンディングテープを貼り付けた透明なネイルチップをララさんに差し出す。

「これに魔宝石を貼り付けたものを事前に準備するのもいいと思います。

 これはただの見本なので、魔宝石だけでも別に構いませんよ。

 手のケアを必要とせず、単に魔宝石を爪につけたいだけの方なら、これでもいいと思いますよ。」


「確かに、事前に魔宝石をつけたものを用意出来るのは便利ですね。私1人で数を回すとなるとお客様をお待たせしちゃいますけど、みんなにこれを作っておいて貰えば、たくさんのお客様に対応出来ると思います。」

 ララさんがうなずく。

「魔宝石をつけたら、最後にこのトップコートを塗って完成です。」


「いいわね、これ、やりましょう。

 このネイルチップというものと、マニキュアを、たくさん譲って貰えるかしら?

 みんなであいた時間に魔宝石をつけるようにするわ。店の開店までにたくさん準備しておきましょう。」

「ありがとうございます。よろしくおねがいします。」

 アシュリーさんの頼もしい言葉に、俺は事業の成功を確信した。

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