第45話 サバの冷や汁とほうれん草のオムレツ
俺は自宅に戻ると、カイアをマジックバッグから出してやった。恐らく中では大した時間はたっていない筈なのだが、何もない空間なのかどうなのかは分からないが、それでもわけの分からない謎の空間に入れられて1人でいたのだ。いつも出すたびに心配になるのだが、カイアの様子は特に変わらなかった。
中はどういう感じなんだろうな?怖がってはいないから、そこは安心なんだが……。
生き物をそのまま入れられるから、空気もあるんだろうし、マジックバッグに入れて運ぶのが、最も安全かつ、カイアが寂しがらない方法ではあるのだが、それでも心配になるのが親心というものだろう。
じっと自分を見ている俺を見て、カイアが笑顔で両方の枝を俺に向けてのばして、抱っこを要求してくる。これにあらがえる親はいないだろうな。
カイアを抱っこしてやったあと、膝に乗せたまま、マジックバッグから魔法陣の描き方の本を取り出して読み始めた。
カイアも文字が分かるのか分からないのかは不明だが、俺の見ている魔法陣の描き方の本を一緒に眺めている。ところどころ差し込まれている絵に興味を示しているらしい。今度絵本でも出してやろうかな。カイアはどんな絵本が好きだろうか。
──おっと、魔法陣だった。
一番最初のページに、魔法陣を描く際に必要なもの一覧が書かれていた。
1.清められた紙
(ただの紙でもいいが威力が落ちる)
2.魔力の込められたインク
(ただのインクでもいいが威力が落ちる)
3.魔力を持つものが描くこと
(魔力のないものが描いても発動しない)
4.魔法の威力は魔法陣の大きさ、
及び魔力の大きさに比例する。
5.上記を満たせば、魔力のないものが
使用しても発動する
清められた紙、というのは、教会かどこかで清めるという意味だろうか?
聖水をかけると清められるというのは、俺の前世にもあったが、聖水なんてかけたら、乾燥させてもしわくちゃになって書きづらい紙になりそうだなあ。
魔力の込められたインクというのも、きっとどこかで売っているのだろうが、もし売ってなかったとしたら、作って貰うしかないだろうか。存在するものであれば出すことが出来るから、一度試してみて出なかったら、冒険者ギルドでにでも聞いてみるか。
魔力が込められたものが描くこと、というのは、俺にそもそも魔力がなかったら意味がないということだよな。
だが防御結界の魔法陣は欲しい。どうしても欲しい。この家をカイアにとって最も安全な場所にする為にも。
描き方の本はあるわけだし、俺が描いてみて発動しなければ、誰か魔法使いにお願いすればいいだけだ。
3つの条件が揃えば、俺に魔力がなくても魔法陣が発動するというのがいい。これは絶対家に設置したい。
俺は試しに、清められた紙と、魔力が込められたインクを出してみた。するとスッと現れる。紙もシワが寄っておらず、普通に書ける状態だった。清めるっていうのは、単に祈りを捧げたとか、そんな感じのやり方なのかな?やり方は不明だが、とりあえず出せたので良かった。
再び、防御結界の魔法陣のページを開く。
さっきは見落としていたが、ところどころ文字が、模様のようになっているところと、日本語に変換されてしまっているところがあって、恐らくこの日本語に翻訳されているところが、この世界の本来の文字なんだと思うが、この通り描いて発動するんだろうか?
もしも日本語で書いて発動しないのであれば、俺に魔力があったとしても、俺にはこの魔法陣は描けないということになる。
まあ、なんにせよ、試してみる他ないな。
俺はペンを新たに出して、魔力の込められたインク壺にペンを入れ、清められた紙の上に、本と同じように魔法陣を描いた。
「ふう……。これ、文字より、丸を描くのが難しいぞ。」
歪んだ丸になってしまった。威力が魔法陣の大きさと魔力に比例するのであれば、巨大な魔法陣を描かなくてはならない。
コンパスごときではお話にならない。すぐにインクが乾くのは、魔力が込められているからなんだろうか。それはありがたいが。
うーん、そもそも紙に穴をあけても大丈夫なのかな?聖なる紙だっていうしな……。
だが正確に円を書こうと思うと、それしか方法がないよな。
俺は、キリと、定規と、下敷きになる厚い木の板と、空木(ウツギ)の茎を出した。石屋をしていた祖父が使っていたもので、石材から丸いものを作るときに使うものだ。
茎がまっすぐと伸びて、茎の中心が空洞になっており、硬くて腐りにくいので、昔は木釘として使われていた植物だ。
まずは定規で紙の中心点を測って決める。
空木(ウツギ)の片方の先端を削って、ペンを挟めるようにして挟んだら、紙の下に厚い木の板を敷いて、円の中心になる場所に空木(ウツギ)の茎の反対側を置き、キリで穴を開けて厚い木の板に固定する。
キリを中心にして、空木(ウツギ)の先端に合わせたペンを、ぐるっとゆっくり回していくと、大きくてきれいな円を描くことが出来る。昔ながらのやり方で、今も使われている。どうしても紙に穴は空いちゃうけどな。
石の場合はあとでその部分を削るから、別に問題はないんだが。
魔法陣はどれも幾つかの円が内側に描かれていて、その数や位置は使いたい魔法によって異なっていた。防御結界は4つの円が太枠のようになっていて、その中に文字があり、その中心に六芒星が描かれている。
とりあえず、そこまでは綺麗に描けた。
あとは太枠の中の文字を埋めていくだけだが、これがまた、バランスよく円の中に文字を全部配置させて埋めるのが難しかった。
パ……パソコンで製図したい……。俺はデザインセンスは皆無だが、この手の物を正確に素早くパソコンで作るのは得意なのだ。
ハア……、ローカルネットワークでも、電気があるからプリンターは使えるし、この文字のフォントをパソコンとプリンターに取り込んで、イラストレーターで作成して、魔力の込められたインクを、カートリッジにつめて、印刷しちまえば一瞬なのに。
カートリッジにインクをつめるところまでは、ひょっとしたら出来る人がいるかも知れないが、問題はフォントなんだよな……。
いっそスキャナーで文字を画像として取り込むか、イラストレーターで作るか?
1回作れば使いまわし出来るし。
本の魔法陣自体をスキャンして、モノクロ2階調にしちまって、ギザギザになった部分を綺麗に調整すれば、本の元の通りの魔法陣を、そのままデータ化出来ないかな?
今度試してみるか、カートリッジにインクをつめられる人がいればだけど。
ああ、でも、魔力のある人間が描かないと発動しないんだっけか……。俺に魔力があったとしても、パソコンが描いたことになっちまうのかな?
でも魔力のこもったインクと、清められた紙を使えば、威力は落ちるまでも魔法は発動するのかな?
威力が強くなくてもいいなら、量産出来る方がありがたいよな。
そんなことを考えながら、魔法陣を描き終えた。枠と六芒星以外は、バランスの悪い魔法陣になってしまったが、もうそこは仕方がない。現在の俺に出来るのはここまでなのだから。これで試してみる他なかった。
「さて……どうやって発動させるのかな。」
そこをまだ読んでいなかった。
改めて本を読むと、魔法の発動のさせ方、という項目がちゃんとあった。魔法の使えない人用に聖女が書き下ろしたというだけあって、初心者に丁寧な本だな、ありがたい。
魔法陣にはそれぞれ発動の呪文があり、それを唱えると発動するらしい。
発動の呪文は各魔法陣のページにそれぞれ掲載されていた。俺はカイアを膝から下ろすと、家の柱の前に立った。
既に一度穴をあけているので、同じことだろうと思い、俺は画鋲を出して、家の柱に魔法陣の描かれた聖なる紙を貼った。
「アスピダ!」
俺の言葉で魔法陣が光る。
……一応、これで発動したのかな?
どの程度の効力があるのかは現時点では分からないが、まあないよりはマシだろうな。
とりあえず色々試して、一番効力のあるやり方で作ったものをいずれ貼ろう。
「はあ……疲れたな。」
俺はぐったりしてしまった。
カイアを抱っこして椅子に座ると、カイアが枝の手で頭をナデナデしてくれる。
「ん?いたわってくれるのか?
ありがとうなカイア。」
カイアのニコニコ笑顔に救われる。
「よし!頑張ったご褒美に今日は飲むぞ!
先に飲んだ後のものを作っておくかな。」
俺は卵、きゅうり、ほうれん草、サバの水煮缶、カッテージチーズ、大葉を出し、塩、味噌、砂糖、すった白ごま、ゴマ油、オリーブオイル、鶏ガラスープの素、炊きたての御飯、ボウル、ザル、どんぶり、ラップ、卵焼き器を準備した。
大葉を千切りにしておき、きゅうり1本を小口切りにし、ボウルに入れて塩を5つまみ加えて揉み込んだ後、水で洗い流してザルにあけ、よく絞って水気を切った。
水400ミリリットルと、サバの水煮缶、どんぶりを予め冷蔵庫で冷やしておく。
ほうれん草は根元部分をよく洗って、半分ずつ互い違いに重ねる。左に半分の根っこ、右に半分の根っこが出るような感じだ。それを根っこは包まずにラップで巻いてやる。そのまま500Wで1分12秒加熱し、ラップごと水につけて冷やした後、ラップを外してよく水を絞って1センチ幅に切る。
ボウルに切るように混ぜた卵8個に、鶏ガラスープの素と砂糖をそれぞれ小さじ2入れてよくまぜたら、ほうれん草を入れて更に混ぜる。卵焼き器にゴマ油大さじ1をしいて、くるくると巻くように焼いたらほうれん草のオムレツの出来上がりだ。
別にフライパンでやってもいいのだが、この方が切り分けやすいのでそうした。
ちなみにゴマ油を卵に混ぜて、耐熱容器に入れ、ふんわりとラップを被せるか、耐熱容器の蓋を斜めに被せて、500Wで3分加熱しても出来るが、絶対に見た目が凸凹になったり、ほうれん草が上に浮いてきたり、加熱ムラが出来ることもあって、逆に面倒くさいので、よほど同時に色々作らないといけない時しか俺はやらない。
別のボウルに味噌を大さじ2と、すった白ごまを大さじ6入れ、冷蔵庫で冷やしておいた水400ミリリットルを、少しずつ加えながら、味噌のかたまりが残らないようよく溶かしてやる。ちなみにうちは合わせ味噌だ。
サバの水煮缶2つを汁ごと、きゅうりを加えてよく混ぜ合わせ、温かいご飯を入れカッテージチーズと大葉を加えて、オリーブオイルを回しかければサバの冷や汁の完成だ。
常備菜の牛肉のしぐれ煮と、同じく常備菜の切り干し大根の煮物を出し、じゃがいもとワカメと油揚げをそえて、今日の夕飯の出来上がりだ。俺はビールを出して、サバの冷や汁はシメに食べるつもりだが、カイアには普通に食卓に並べてやる。
自分1人の時は好きなものを好きなように食べていたが、カイアのことを考えると、子どもにとってバランスのいい食事を考えてやらないとなあ。精霊だしそもそも樹木だから、同じものを食べられるとはいえ、あんまり関係ないのかも知れないが。
カイアが喜んで食べてくれるから、ついつい色々作りたくなっちまうのが俺の悪い癖なんだよな。
ビールを飲みながら、オカズをツマミに飲む。あー!久々の酒はくるな!
カイアが興味津々にビールを見てくる。
「ん?これは駄目だぞ、大人だけの飲み物だからな。カイアの体がおかしくなっちまうから大きくなったらな。」
精霊が酒を飲めるのかは分からないが。
カイアがしょんぼりしてしまったので、
「じゃあカイアには代わりのものを出してやろう。カイアだけ特別だぞ?」
俺は冷えた苺をイメージして出すと、洗ってヘタをとったものを小鉢に入れて出してやった。
「これはデザートの苺だ。ご飯を食べ終わったら一番最後に食べていいぞ?」
きれいな苺を見て、カイアの目がキラキラと輝く。本当は果物は一番最初に食べるのがいいんだっけな?まあいいか。
カイアはよほど苺を早く食べたいのか、急いでご飯を食べ始める。
「こらこら、苺は逃げないから、ゆっくり食べなさい。
じゃあ、先に1つ食べてもいいから、ご飯はちゃんと噛んで食べような?」
そう言われて、苺を1つ、嬉しそうに咀嚼した後は、ちゃんとゆっくりご飯を食べた。
ああ、幸せだなあ。防御結界、発動するにいはしたが、ちゃんときくといいけど。
カイアをちゃんと守ってくれよ?
他の魔法陣も色々試してみたいけど、まずはインクをカートリッジにつめられる職人を探してからにしよう。
手書きはこれ以上は、数を作ろうと思うとさすがにしんどい。
生まれた時から属性を付与されて、簡単に魔法が使える魔法使いが羨ましい。
まあ、魔法使い自体、数が少ないらしいから、ほとんどの人が羨ましいんだろうな。
冒険者ギルドの受付嬢も羨ましがっていたものな、使えるものなら使ってみたいと。
こっちに来る時は守る存在が出来るなんて、考えてもみなかったからなあ。
プリンターで印刷したもので魔法が使えるようならそれでよし、駄目なら誰かにお金を払って頼まないといけないからな。
シメのサバの冷や汁が、酒を飲んだあとの腹にするっとおさまる。食欲がない時にもいいし、先人の知恵様々だ。
俺は大満足で夕食を終えたのだった。
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