第44話 自動食器洗浄乾燥機の完成
俺は朝食を取ると、カイアをマジックバッグに入れてヴァッシュさんの工房へと向かった。家でお留守番させると寂しがるし、かといって、毎回他所様の家に預けるわけにもいかないしな。
前回のように不測の事態が発生した時、万が一お泊りさせることになったらと思うと、これが一番いい気がした。
もともと森にいた時は1人で暮らしていたのだと思うのだが、俺と一緒に生活することで、家族のいない寂しさを覚えてしまったらしく、毎回俺を探して泣いてしまう。
俺としても、俺がいない、と寂しがって泣いてしまうような、可愛いカイアをひとりぼっちになんてしたくないしな。
まあそのうち大きくなったら、どんどん1人でお友だちの家に泊まりにいったり、親に断りもなく外泊、なんてこともあるのかも知れないが、今は出来るだけ一緒にいてやりたかった。というか、俺がカイアと一緒にいたい。今のカイアとは、今しか一緒にいられないのだから。
ヴァッシュさんの工房に到着すると、いつもの若い職人が出てきて、親方ですね?と言って奥に引っ込もうとしたので、
「──いえ、今日はミスティさんをお願いします。魔導具の件で来たので。」
と伝えた。すぐにミスティさんがやってきた。前回よりもぐったりしている。
「あ……、ちょうど良かったです、家庭用の自動で乾燥の出来る食器洗浄機、完成しましたよ。洗浄と乾燥を連動させないことで逆にうまくいきました。
時間が来たら洗浄を止める時計に、時間が来たら乾燥を開始する時計と、更に時間が来たら乾燥を止める時計。機能を別々にすることでスムーズになりました。」
「そうですか!ありがたいです。
友人が喜びます。
それで、今日俺は別件で来たんです。」
「別件?ああ、魔宝石の連動の件ですか。
すみません、あれはまだまだ時間がかかりそうで……。」
「いえ、もう大丈夫になったんです。」
「大丈夫……とは?」
ミスティさんが首を傾げる。
「精霊魔法使いの方から、魔法自体を合成することで、もとから敵を感知する魔法に連動して、ゴーレムを出す魔法を発動することが出来るのだそうで……。」
「そうなんですか!?」
ミスティさんも驚いている。
「俺がよく魔法について分かっていなかったせいでお願いしてしまいましたが、開発していただかなくても大丈夫になりました。
ここまでの開発費用はお支払いいたしますので……。
すみませんが中止でお願いします。」
「そうですか……。
私としては興味のある研究だったので、とても残念ですが、仕方がないですね。」
「本当にありがとうございました。
でも、凄いですね。この短期間で、自動で乾燥機能をつける方法を発見してしまうなんて。さすがバッシュさんが紹介して下さっただけのことはありますね。」
「いえ、とんでもないです……。」
疲れた表情ながらも、ミスティさんは嬉しそうに微笑んだ。
「家庭用の食器乾燥機能付き洗浄機は、出来次第ルピラス商会が納品して欲しいと言っていたので、すぐにでも商人ギルドに登録に行きたいのですが、見本品を受け取ることは出来ますか?」
「開発費用と代金を払っていただければ、今すぐにでも大丈夫ですよ。
ジョージさんの登録された、魔石を取り替えられるネジ式の蓋を採用してますので、ご家庭でも簡単に魔石の交換が可能です。
これからはこの形が浸透していくかも知れませんね。」
「浸透していくと、みなさんのような、魔導具を開発している工房の儲けが減ったりはしないんですか?」
俺はそこが心配になった。今までは魔石の交換の為に、いちいち下取りして新しいものを購入していたのだから。
「ああ、まったく問題ないです。悪徳業者は困るかもしれないですけどね。」
「──というと?」
「下取りして新品を渡す、ってことになってますけど、魔石の魔力が切れただけのものの場合、壊れているわけじゃないから、魔石を取り替えて綺麗に磨いただけの中古品を、新品の価格で売るっていう、セコイ商売をやってる業者も多いんですよ。」
ああ、自社ブランドでパソコンを出している会社みたいなものか。新品で販売して不具合があって回収したものを、都合の悪い部品だけを取り替えて、新品として販売するという、業界ではよくやる手段だ。中をあけてみると、まったく同じパソコンを購入した筈なのに、部品のメーカーが違うのがそれだ。
電源、ハードディスク、グラフィックボードなんかに多い。
以前俺が購入したパソコンにもそんなことがあった。一緒に作った新品なのなら、なんで片方がGeForceで、片方がRadeonなんだって話だ。商品説明にわざとメーカー名を記載していないのはその為なんだろう。
大手に吸収されてなくなった会社だが。
普通の人はいちいち中に何が積まれているのかなんて確認しないで、企業を信用してそのまま使うだろうからな。ナメた商売だと思う。俺はそれを指摘して交換して貰ったが。
電源のワット数も性能一覧に記載がなかったんだよな。いちいち電話しないと分からなかった。
だいたいハイエンドゲーミングPCで、スペックの高いグラフィックボードを積んでるのに、300Wの電源のものしか売ってないのが、すぐに壊れる前提で組んでるとしか思えない会社だった。
それでも安かったので購入した後、結局自分で600Wの電源にすげ替えたが。
「うちの場合、それで儲かるわけじゃないので、まあサービスですよね。」
町の電気屋さんのアフターサービスみたいなものか。
「そうなんですね、じゃあ、代金を支払って引き取らせていただけますか?」
「分かりました、少しお待ち下さいね。」
そう言って、ミスティさんが奥に引っ込むと、先程の若い職人が出て来て、お預かりしている前金の中から、これだけ引かせていただきます、と告げてきたので、直接代金は支払わずに、盾の引取の際にまとめて残金を支払う形で精算が済んだ。
俺はその足で商人ギルドへと向かった。
商人ギルドの受付嬢は、俺の顔を見るなり目を輝かせて、
「家庭用の食器乾燥機能付きの、食器洗浄機の登録ですか?」
と笑顔で言った。
「は、はい、そうです。商品登録をしたいのですが……。」
「はい、では、即日料金で承らせていただきますね!」
と、更に満面の笑みを浮かべた。
「い、いや、普通で結構です。
そこまで急いでいるわけでは……。」
と俺が焦ると、
「ルピラス商会より、即日料金をすでにお預かりしておりますので。」
と言った。エドモンドさんだな……。気が早すぎるぞ。まあ、確実に売れると見込んだのかもしれないが……。
「分かりました、では登録が完了するのを、ここで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、ごゆっくりどうぞ。」
そう言われて、近くのソファで待たせて貰うことにした。
しかし待つと言っても暇だな……。
そう思ってあたりを見回すと、商品目録、と書かれた本が、大量に並んでいる本棚があった。
なるほど、これが過去に商業ギルドを通じて登録された商品一覧なんだな。
最新版を手に取ったが、まだ俺の登録した商品は一覧には乗っておらず、代わりに紐で吊るされた紙の束の中にあった。
なるほど、冊子になる前の一番最新のものは、こうやって綴られているのか。冊子にするほどたまったら、そこではじめて本にするということなんだな。
登録者の名前は書いてあっても、それ以外の情報がないのは、商業ギルドを通じて登録者に連絡をするからなのだろう。
まあ、下手に自宅を知られて押しかけて来られても困るしな……。企業で登録して、そこを連絡先にするならまだしも、個人だからな……。
俺は暇つぶしにペラペラと登録商品一覧を見ていたら、気になるものが1つあった。
「魔法陣の描き方……?」
登録内容は書籍で、登録者はエイラ・ユエウフィアウ、魔法属性のないものでも魔法を使う為の方法が書かれた本、とあった。
「あの……すみません、ちょっとお伺いしたいのですが。」
「はい、なんでしょう?」
登録作業を行っている受付嬢とは、別の受付嬢に話しかける。
「こちらに記載された書籍は、本屋にいけば普通に手に入るものなのでしょうか、それとも商人ギルドを通じて購入するものなのでしょうか?」
受付嬢は俺から冊子を受け取り、該当商品のページを見た。
「──ああ、こちらの商品ですが、すでに廃版になっていますね。
どこかの古道具屋に眠っている可能性はありますが、正規の店での取り扱いも、商人ギルドでの取り扱いもございません。」
「廃版……ですか。」
俺はがっかりした。
「こちらを登録された方は、以前この国に降臨なされた聖女様なのですが、我々のために書き下ろして下さったものの、魔法属性のない人間は、基本ほとんど魔力を持たないものですので、結果的に使うことが出来たのは勇者一行のみだったようです。
非常に残念ですが。私も使えるなら使いたいですけどね、魔法。」
受付嬢はそう言って苦笑した。
「そうでしたか……。
ありがとうございます。」
俺はそう言って再びソファにかけ直した。
そしてふと思った。
一度流通したものであれば、俺の能力で出すことが出来る。おまけに俺の体は、本来勇者に与える筈のものだったと思われる。
ということは、魔法属性が備わっていないだけで、魔力はあるんじゃないのか?
この本を出せば、ひょっとして魔法が使えるようになるんじゃないんだろうか。
──前回の勇者がそうであったように。
思いついたら試してみないと気がすまないのが俺の性分だ。俺はこの本を出して、魔法を試してみようと心に決めた。
そこに、登録が完了しましたよ、と受付嬢の声がかかり、俺は登録証を受け取って、そのまま、こいつを待っているであろう、ルピラス商会のエドモンドさんを尋ねることにした。
ルピラス商会につくと、エドモンドさんは出かけているが、すぐに戻りますと言われたので、そのまま待たせてもらうことにした。
マジックバッグの中で、魔法陣の描き方の本を出してみる。すると、ちゃんと手の中に出現した。読めない字だったら意味がないなと思いながらもページをめくると、しっかりと翻訳されていて読むことが出来た。
あとは俺に魔力が備わっていれば、こいつを使って魔法を使うことが出来る。
だがいちいちその場で書くのは、戦闘には向いていないな。いくつか書いたものを用意しておいて、都度出すことになるだろうか。まあ、俺にはオリハルコン銃があるから、お守り程度になると思うが。
それよりも、防御結界の魔法陣が気になった。特定の場所への外敵の侵入を防ぐことの出来る魔法陣だ。これ、家に欲しいな。
外敵に反応する精霊魔法と、それに応じてゴーレムが出てくる精霊魔法のかかった魔宝石もいいが、そもそも侵入出来ないほうがありがたい。
カイアを1人で家に置いておくことになったとしても安心だからな。万が一にもカイアに怖い思いをさせたくなんてない。
カイア自身はこの間、コボルトの集落で、何やら防御魔法のようなものを使っていたようだが、まだ小さいからどのくらい効力が続くのかも分からないしな。
カイアが自分で身を守るよりも、俺がいなくても家の中は安全だと思わせてやったほうが、精神衛生上いいだろう。
家に帰ったらゆっくり魔法陣を試してみよう。俺は魔法陣の描き方の本を閉じると、マジックバッグにしまった。
そのタイミングでエドモンドさんが、ドアをあけてルピラス商会の中に入ってくる。
「おお、ジョージ、来てたのか、悪いな、待たせちまって。」
「いえいえ、たいして待っていないので大丈夫ですよ。
それよりも驚きましたよ、家庭用の乾燥機能付き食器洗浄機を、即日料金で登録出来るよう、料金を先払いしてただなんて。
すぐに必要なんだろうと思って、見本を持ってきましたよ。」
「はははは。なにせこのてのモンは、家庭用なんてのが、今まで殆どなかったからな。需要しか見込めんよ。
何が凄いって、排水が出ずに水を再利用出来るってとこだ。
個人宅には、排水を業者に回収して貰う金なんてないからな。」
そうなのだ。この世界には下水がない。商売をやっているところは、排水をタンクに貯めて、それを業者に回収に来て貰うが、個人宅ではそれが出来ない。
魔石から出る水を温めて高圧洗浄で落とした汚れを、浄化の出来る生活魔法のかかった魔石で綺麗にし、再利用することで、洗剤を使わずに綺麗に出来るのだ。
浄化魔法の魔石単体で綺麗に出来ないのかというと、汚れの程度や面積が異なるから、色んな形の食器自体を一度に指定して、一気に綺麗には出来ないからだ。
だが汚れた水を指定して綺麗にするのは簡単らしい。それを再び火の魔石で温め、何度も洗浄する。
そして最後に風魔法で出た風を火魔法であたためて食器を乾かす。洗剤も使わずエコ仕様な食器洗浄乾燥機が出来上がったわけだ。
だがその分、使っている魔石の数が多く、火魔法、水魔法、風魔法、生活魔法、それらを時間指定する時計を動かすもの、と、かなりお高い仕様にはなってしまったが。
水が綺麗に出来たら、排水のない家庭でも使えていいんですけどねえ、とポロッとミスティさんに告げたところ、そういう仕様で作ってくれることになったのだ。
今まで水を浄化して再利用するという発想がなかったらしく、今後業務用もそれが出来るものと2種類作っていくそうだ。
浄化の出来る生活魔法は、本来部屋の掃除にしか使われないのだとか。
俺なら浄化魔法なんてものがあるなら、積極的に使おうと思うところなんだが、この魔法はこう使うもの、という固定観念があるらしく、逆に発想にいたらないらしい。
ネジすらもなかったからなあ。
「早速大量に作らせて、こいつを持って売り込みに回るよ。ロンメルさんには、出来たら1つ差し上げるから、楽しみにしておいてくれと伝えてくれ。」
「いいんですか?安く販売するだけでも、じゅうぶん喜ぶと思いますが。」
俺は驚いて眉を下げる。
「彼が望まなかったら、ジョージはこれを開発してもらおうとは思わなかったんだろう?なら、お礼ってことでいいさ。」
エドモンドさんはご機嫌だった。
「じゃあ、内緒にしておいて、俺から渡してもいいですか?驚かせたいので。」
そいつはいいな、驚く顔が楽しみだ、とエドモンドさんはニヤリと笑った。
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