第40話 王室御用達の判断
通された部屋でエドモンドさんと待っていると、しばらくしてジョスラン侍従長──ではなく、パトリシア王女、続いて、
「お久しぶりね、ジョージ。」
朗らかな笑顔とともに部屋に入ってきたのは、セレス様だった。
その後ろからジョスラン侍従長が入ってきたかと思うと、更にその後ろに続いて、銀色の蓋が被せられた、料理と思わしきものを乗せた、滑車付きの台車が入ってきて、それを押していたのが料理長とロンメルだった。
驚きの連続で、俺もエドモンドさんも声にならない。
最初に口を開いたのはセレス様だった。
「わたくしは王宮内の女官の管理、また、お客様をおもてなしする際の品物をはじめとする、王宮で仕入れる品を選別する、責任者の立場を務めさせていただいております。
今回の内容に鑑みて、わたくしに同席して欲しいとのジョスラン侍従長からの要請を受け、今回選別に加わらせていただくことになりました。よろしくお願い致しますね。」
俺たちは、こちらこそよろしくお願い致しますと、恐縮しながら頭を下げた。
セレス様が同席される理由は分かった。パトリシア王女が同席しているのは、ルピラス商会来訪時に、俺にも同席するよう指示していたから、それもそういうことだと思う。
だが、料理長とロンメルと、料理と思わしき台車はどういうわけなのだろうか。
仕事の打ち合わせの場所に、随分と広くて豪華な部屋と、長いテーブルを使うのも、パトリシア王女が同席するからなのだろうなと思ってはいたが。
「わたくしは貴族に降嫁した身で、王位継承権から言っても、パトリシア様より下の立場ですが、この子の叔母でもあります。
前回突然お呼び立てした挙げ句、料理を作らせ、なんのお礼も差し上げておらず、帰りの馬車すら手配しなかったことをジョスランから伺いました。王女に代わり、お詫び申し上げます。」
突然深々と頭を下げたセレス様に、俺とエドモンドさんが慌てる。
「頭を上げて下さい!
俺は気にしておりませんので。」
確かに帰りの馬車くらい用意してくれてもと思ったし、そのせいで帰りの乗合馬車がなくなり、ロンメルの家にやっかいになることにはなったが、それと国王の妹君に人前で頭を下げさせるのは別のことだ。
「寛大な対応いたみいります。」
「セレス様には、土地を買う保証人になることを了承いただき、ご迷惑をおかけするのはこちらです。むしろ感謝こそすれ、お詫びをいただくようなことではありません。」
「その件について、パトリシア王女よりお話がございます。まずはおかけ下さい。」
客であるとはいえ、平民である俺たちが、先に腰掛けてよいものか、俺とエドモンドさんは逡巡したが、セレス様に再度促され、俺たちは椅子に腰掛けた。
パトリシア王女の椅子、セレス様の椅子という順番で、ジョスラン侍従長が椅子を引いて2人が腰掛けた。
「コボルトの店を出すにあたり、土地を購入するのに、王族、または貴族の保証が必要であると、セレス様より伺いました。
我々王族は、コボルトの店を全面的に支持いたします。
また、前回の非礼を詫びる意味も含めまして、私が保証人となりましょう。」
パトリシア王女の言葉に、エドモンドさんが目を見開いている。俺はお礼を言ったものの、それで何がそんなに違うのかが分からない。よく飲み込めずにいると、
セレス様がふっと微笑んで、
「王族と貴族の保証の違いが、お分かりでないようですね。」
と言った。
「はい、失礼ながら……。」
「王族が土地の売買の保証人をするというのは、その土地を手にすることが、国益につながると判断されたということです。
土地の所有者は、王族が保証人になった土地の売買を断ることが出来ません。
国に逆らうことになりますからね。これが王族と貴族の保証の違いです。」
なんと。それはエドモンドさんがあんなに驚く筈だ。これから交渉しようと、有利な情報を集めている最中に、国が土地を売り渡すことを強制するというのだから。
「不躾な質問をよろしいでしょうか。」
「許可します。」
とパトリシア王女が言った。
「それは……徴収とはまた異なるものなのでしょうか?」
「徴収は無償で提出しなくてはならないものですが、売買の保証は金銭のやり取りが発生します。ただし、国が決めた価格で販売する必要があり、そこに異論を唱えることは出来ません。」
つまり、どれだけ安くともお金は貰えるのだが、同時に雀の涙程度という可能性があるわけか。徴収の形を取っていないというだけで、ほぼそれに近い形だ。
エドモンドさんがどれだけ安く買い叩くつもりなのかは知らないが、それよりはるかに安くなってしまう可能性もある。
コボルトの店を出すのが土地購入の目的だと分かれば、譲って貰えない可能性もあるだろうから、そこに王族が絡んでくれるのはありがたい話だが、相手に大損させてまで土地を手に入れたいとは思っていない。
俺がそこを逡巡しているのが分かったのだろう、セレス様がニッコリと微笑んだ。
「これからお話しすることは、ここだけの話にしていただけますか?
──もっとも、ルピラス商会では、多少内情を掴んでいるのかも知れませんが。」
エドモンドさんがうなずき、俺もそれに了承した。
「その土地の持ち主は、以前より異常な賃上げや、国で定めた以上の税の徴収、良からぬ輩と関わっていると進言のある人物で、証拠を押さえ次第、財産を押収し、爵位を剥奪する為、内偵に動いている人物です。国が押収後にあなたに売り渡すか、今、直接売り渡しをさせるか、それだけの違いなのですよ。」
そんな人物だとは知らなかったが、エドモンドさんが動揺していないところを見ると、一部では有名な話なのだろう。
それか、今回の取引の為に、ルピラス商会が調べたかのどちらかだ。
「国が押収した後だと、安く譲り渡すことが難しくなります。ですので、王族の保証のもと売買を行う方がよいのですよ。」
貴方の為にはね、という含みをもたせた笑顔でセレス様は言った。
「さあ、せっかくの食事が冷めてしまうわ。
まずは料理長渾身の作をいただきましょうか。それからゆっくりと、商品を見せていただくわ。」
セレス様の言葉に、ジョスラン侍従長が手を上げ、料理長とロンメルが、テーブルの上に給仕を開始した。
料理長渾身の作というだけあって、料理はどれも美しかった。大皿から取り分けるスタイルなのは、昔のフランスか、中華料理のコースみたいだな。フランスで小分けして出される様になったのは、フランス革命後にロシアに行った料理人が、寒冷地で冷めないように提供するやり方が、逆輸入されたものだと何かで聞いたことがある。
前菜は季節野菜と帆立のポワレ、スープは魚のアラで作るスープ・ド・ポワソンに甘海老と香草、牛の赤ワイン煮込み。
牛肉は実際にはミノタウロスだし、どれも実際の食材の名前は違うけれど、馴染みのある味の高級版といった感じだ。
あれからすぐに飾り切りを研究したのか、花びらの形に切られた野菜たちが周囲を彩っている。
さすが宮廷料理人、研究熱心だなあ。
料理はフランス寄りなのかな?と思っていたら、デザートはイタリア料理のスフォリアテッラだった。まあ、フランス料理の源流はイタリア料理だとは言うけれど。
外はサクサクのパイ生地、中はクリームがタップリとつまった、貝殻みたいな可愛らしい見た目の、ドルチェの代表格だ。
優しい甘さでとても美味しかった。見た目も味も日本人受けすると思うのに、意外と知られてないんだよな。
「大変美味しゅうございました。ありがとうございます。」
「満足したかしら?」
「ええ。とても。」
セレス様がいらっしゃるからか、パトリシア王女が終始物静かだったので、食事の最中も安心して歓談出来たのが非常にありがたかった。だがそれも、料理長が下がるまでの間のことだった。
「さ、邪魔者はいなくなったわ、持ってきたものを見せてちょうだい、ジョージ。」
料理長とロンメルが、皿を下げて部屋を出て行った途端、目をキラキラさせて言ってくる。下のものに示しがつかないとでも、前回叱られたのだろうか。一気に前回のパトリシア王女に戻ってしまった。
「ジョスラン侍従長にこれを。」
部屋の端に控えていた従者たちに、エドモンドさんが持ってきた品を渡す。もちろん折りたたみ式コンテナも。
「これは重いのでお一人で。」
そう言われて、1人の従者が折りたたみ式コンテナを、残りを別の従者が持ち運んだ。
ジョスラン侍従長は折りたたみ式コンテナを見て、
「これもコボルトの作ですか?」
と首をかしげた。
「いえ、これはジョージの作です。物を入れて運ぶことが出来、上に重ねる事も出来て、折りたたむことが出来る品です。
120キロまでの重さに耐えることが出来ますが、それ自体に重さがありますので、重ねる際は過重にお気をつけ下さい。」
従者が簡単にコンテナを折り畳んで広げる様を見て、ジョスラン侍従長が目をみはる。
「これは……素晴らしいな……!」
「ありがとうございます。」
「それで、これがコボルトの食器かね?」
「はい、幾つか持ってまいりましたので、直接口に当ててみてください。今までの食器とは、口当たりが異なるのがお分かりになるかと思います。」
ジョスラン侍従長がカップを口に当てる。
「ふむ……。とてもなめらかで心地がいい。
それにとても美しいデザインだ。」
これをパトリシア様とセレス様に、とジョスラン侍従長が従者に命じて、パトリシアとセレス様がカップと皿を手に取る。
「本当ね……とてもなめらかで気持ちがいいわ。いつまでも触れていたい気分よ。」
「私、これを使って早くお客様をご招待したいですわ!ジョスラン、仕入れることは決まりでよろしいでしょう?」
「お二方ともがそうおっしゃられるのであれば、決まりでよいでしょう。後日正式に、王室御用達の看板を掲げる許可を出させていただきます。」
「──ありがとうございます!!」
エドモンドさんと俺が深々と頭を下げる。
「こちらは若返りの効果のあるお茶になります。ぜひとも宮廷魔術師様に、効果をご確認いただいたうえで味わっていただきたく。」
「若返りの効果ですって!?」
エドモンドさんの言葉に、セレス様の目が光で埋め尽くされたかのように光る。
「鑑定させよう。グレイスをこちらへ。」
ジョスラン侍従長の言葉に、別の従者が外に出ていき、外向きの緩やかなパーマのかかったボブヘアの、少し色の濃いプラチナブロンドの、メガネをかけた女性を連れて来た。メガネ、あるんだな、この世界。
というか、この髪型ってあれだ、アイドルに変身する、猫を連れた魔法少女の……。
「お呼びでしょうか、ジョスラン侍従長。」
「こちらのお茶に、若返りの効果があるかを確認して欲しい。」
「かしこまりました。」
若返りの効果は魔法なのかな?魔術師が鑑定出来るってことは……。
グレイスさんはお茶に手をかざすと、何やら唱えて手が光る。
「……確かに、こちらのお茶には若返りの効果があるようです。ごく僅かですが。
少なくとも日々1杯飲んでいれば、今より体の年齢が衰えることはないでしょうね。
飲むとしても一日に10杯まで。それだけ飲めば、少しずつではありますが、体が若返っていくでしょう。ですが、それ以上飲んでも効果は変わらないでしょう。」
「仕入れるわ!それも大量に!」
セレス様の目が輝く。
「まずは味をご確認してみてはいかがでしょうか?薬のようなものです。苦くて飲めたものではない可能性もございますよ?」
「そうね、そうしましょうか。」
ジョスラン侍従長の言葉にセレス様がうなずき、オンバ茶をいれてくることになった。
3人はまずは香りを楽しんでいるようだった。早速コボルトのカップを使わせている。
「とても爽やかな香りと甘みね……!
しつこくないからいくらでも飲めるわ。」
「美味しい……!若返り関係なく、毎日飲みたい味だわ。ねえ?セレス様。」
「ではこれも王室御用達ということでよろしいですか?」
ジョスラン侍従長の言葉に、パトリシア様とセレス様がうなずいた。
「それと、こちらが精霊魔法のこめられた魔宝石になります。
照明の魔宝石、姿隠しの魔宝石、ゴーレムの魔宝石を持ってまいりました。」
とエドモンドさんが言う。
「ということは、他の魔宝石もあるの?」
パトリシア王女は初めて見るのか、精霊魔法のかかった魔法石に興味津津だ。
「はい、冒険者に人気なのがその3つとのことで、そちらをお持ちしましたが、精霊魔法にあるものでしたら、すべて魔宝石に込められるとのことでした。」
と俺が言う。
「グレイス、こちらも確認してくれ。」
「かしこまりました。」
グレイスさんが魔宝石を手に取る。
「……確かに精霊魔法が込められているようです。ゴーレムは、言うことを聞かせることは出来るのですか?」
「地面に投げた人間を使役者と判断しますので、他の人間の指示は聞きませんが、使役者の指示には正確に従います。」
俺の言葉にうなずいたグレイスさんは、
「王宮でもいくつか持っておきませんと、王宮に侵入を試みた賊がゴーレムを持ち合わせていた場合、困ったことになるかと。
それか、一般には販売させないほうがよろしいかと思います。」
と厳しい表情で言った。
「コボルトの集落では、一般的に販売されているものなのですが……。」
「そちらで販売するのは問題ありません。
普通の人間がコボルトの集落に近づくことは、ほぼありませんので。
ですが王宮の近くの店で販売されますと、反乱を企てた輩が大量に持っていた場合、その強すぎる力が問題になるかと。」
言われてみれば確かにそうかも知れなかった。巨大な岩すら簡単に持ち上げたゴーレムが、一度にたくさん王宮に襲いかかったら、確かに脅威だろう。
「かしこまりました。では、新しく開く店では、ゴーレムは販売しないことにします。」
「それがいいでしょう。」
俺の言葉にグレイスさんがうなずいた。
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