第39話 ルピラス商会と王宮へ
水を貰って30分程横になっていると、ようやく落ち着いてきた。
「──もう大丈夫そうです。」
「そうか、こっちももう少しで出来る。」
草案は出来ているから、俺との契約用に修正を加えるだけという感じなんだろうな。
「──よし、確認してみてくれ。」
契約書はキッチンペーパーの時と同様に、売値を決めるのはルピラス商会、売上は俺が7割、ルピラス商会が3割という内容のものだった。販売した価格と数は1ヶ月分を分まとめて見せてくれることになっている。
ようするに、委託販売のような形だ。
委託販売は、商品が知らない間にお客様に破損されていたり、盗まれていたりなどした場合、買い取りじゃないからその分のお金は支払われないのが常だが、ルピラス商会がそこを全面的に保証してくれるというのが気にいって、前回もすぐに契約したのだ。
流通過程で盗賊が出ることもあり、そこから商品を守るのもルピラス商会の仕事だからなのだそうだ。
全国展開となると、流通に人件費なんかがかかるから、3割でもかなり安いほうだと思う。飲食業なら原価を3割に抑えないと儲けがでない。家賃や人件費が高いから。
大手メーカーが商品を販売する場合は、卸が1割、小売店の儲けが1割、残りが更に大きな卸の儲けと、メーカーの原価と、大半は広告費用になる。
普通に運べばいいだけと違って、護衛を雇う必要があり、売り込みをルピラス商会がやってくれるとなると、3割でもまったく高くないと思うのだ。
俺は契約書にサインをした。
「まだ時間があるなら、この間の店を見に行くか?」
今からだと、コボルトの集落に向かっていたら、戻る馬車がないかも知れない。
俺はそうさせて貰うことにした。
「そう言うと思って、既に手配してある。」
エドモンドさんがニヤリとする。俺が横になっている間に、部下に鍵を借りに行かせていたらしい。さすがこの国一番の商会の副長だけのことはある。仕事が早いな。
俺たちは連れ立って、昨日見られなかった店に向かった。
鍵をあけてもらうと、中は空気の入れ替えをしていないのか、ホコリとカビの匂いが凄かった。これは大々的に掃除をしないといけないなあ。定期的に空気の入れ替えをするだけでも、家が傷まないのに。
蜘蛛の巣がそこここにはっているが、蜘蛛自体はおらず、虫がとらえられたままで死んでいる。床にもなにかの羽を持った虫がそこここで死んでいた。
屋根から雨漏りしているのか、天井近くの柱や壁が濡れていた。大工さんに入って貰う必要がありそうだ。同じことをエドモンドさんも思ったようだ。
「これは建物がだいぶ傷んでるな。買い叩くのにいい状態だ。」
むしろ楽しげですらある。そういえば、キッチンペーパーの売上だけで買えるくらい買い叩いてやると言っていたっけ……。
いくらまで値切るつもりなのか、恐ろしくて聞けなかった。まあ、任せよう。
「厨房の設備は使えそうか?」
「少し錆びてますが、大丈夫そうですね。
思ったより状態がいいです。」
それでも残されたテーブルや椅子は、新しいものに変える必要があるな。足が腐っちまってるし、テーブルクロスもカーテンも変色しちまってるし、新しいものが必要だ。
「よし、どのくらいを目処に店を開くつもりなんだ?」
「まあ……ひと月後くらいでしょうか。」
建物の手入れのことも考えると、最短でもそのくらいはかかるだろう。出せばいいものはどうにでもなるが、修繕となると俺にはどうにも出来ないからな。
「修繕が必要ですので、腕のいい大工さんを紹介していただけませんか?」
「もちろんだ。内装はどうするんだ?」
「コボルトの店であることが分かるものを置きたいのですが、貴族にうける内装も取り入れたいと思っています。」
「店舗内装なら、うちの出入りに腕のいいやつがいるから、そこはそいつと相談してくれ。看板職人も紹介しよう。」
「何からなにまでありがとうございます。」
「なあに、ジョージにはこれからも儲けさせて貰うつもりでいるからな、今のうちにタップリと恩を売っておきたいのさ。」
そう言いながら、商売をする人を心から応援したいんだろうなあ、と俺は思った。
店の中を見ながら、ワクワクしている様子からもそれが分かる。
仕方無しに仕事を選ぶ人もいるだろうが、エドモンドさんは自分から選んで商人になったのだろうな、という気がした。
「そういや、保証人になってくれる貴族ってのに、今のうちに会わせて貰えるかい?
……大丈夫だとは思うが、万が一があるからな。俺たちルピラス商会が関わることを話しておきたい。」
「王宮勤めだと言っていましたから、商品をおさめる時にお会いできると思いますよ。セレス様という方です。」
「セレス様だって!?」
「何か?友人の上司みたいですが。」
「ジョージ……、セレス様がどんなお立場の方か知らないのか?現国王の妹君だぜ?
確かに結婚して貴族に降嫁したから、既に王族ではないが、それでも公爵家だ。」
「は?嘘でしょう?」
俺は思わず呆気に取られた。
一介の宮廷料理人であるロンメルが、直接会って話しをしたというから、まさか元王族の、公爵家だなんて思わなかった。
ましてや、あの料理対決に、元王族が審査員に加わっていただなんて。
いや……、あのパトリシア王女の親戚だ。それくらいお転婆でもおかしくはないのか。
確かに俺の料理と俺自身を気に入って下さっていたようだけれど、だからって、そんな相手に、あんな簡単な手土産を持って、直接頼みに行くだなんて誰が思う?
ロンメル……!大胆すぎだろう!不敬罪で首をはねられる可能性だって、あるんじゃないのか?この世界なら!
「確か、ロンメルさんが頼みに行ったんだったか?随分と大胆な人なんだな。人は見かけによらないな……。」
「ええ、本当にそう思います……。」
俺とエドモンドさんは、2人してロンメルの屈託のない笑顔を思い出しながら、その行動に戦慄していた。
同じ職場に勤めているのだから、俺のように立場を知らなかったというのはありえないだろう。ましてや現国王の妹君ともなれば、降嫁したとはいえ、周囲がそれとなく噂したり、教えたりする筈だ。
セレス様自身はその応対の仕方を許しているのかも知れないが、料理長が知ったら大目玉を食らうんじゃないだろうか。
少なくとも人の目につくところでやっていなけりゃいいが。ロンメルが夢中になると周囲が見えなくなるのは、先日のパトリシア王女に料理を作る際、厨房の中に着替えもしていない俺を入れたことで、なんとなく感じてはいたが。
厨房で仕事をする際は、現代でも、清潔な服装に着替えて、髪の毛が落ちないようにしまって、服についた髪の毛をとって、手を爪の間と肘まで洗って、ようやく厨房の中に入れるものだ。食中毒の心配や、料理に髪の毛が入らないよう、細心の注意をはらう。
人が口にするものを、お金をとって提供するというのは、それくらい責任が伴う。
こちらでも消毒をするというし、それを宮廷料理人であるロンメルは、知ったうえで俺を厨房に直接連れ込んだのだ。
それだけ焦っていて、周囲が見えていなかったということだろうと思う。
料理人にあるまじき行動だからな。年齢の割に落ち着いた奴だと思っていたが、焦ったり夢中になるとそうでもないらしい。
「今日はこれから、王宮にキッチンペーパーをおさめに行くついでに、侍従長にコボルトの店の商品を見せたいと思っているんだが、今手元に見本はあるか?
なければ次回で構わないんだが。
大量にと言われていたからな、王宮は後回しのつもりだったんだが、おさめられる数手に入ったから、最優先で行きたいんだ。」
「ああ、ありますよ。これと、これです。」
俺はアシュリーさんから分けてもらった、コボルトの食器を幾つかと、テッセ、ペシ、ラカンを渡した。
「ほおお、予想以上に美しいな。
それにこの感触が素晴らしい。口当たりもなめらかだ。」
エドモンドさんは食器をまじまじと眺め、カップに唇をあててみたりしていた。
追加で店で購入していた魔宝石を渡す。
「これは半径10メートルを照らす、照明の魔宝石ですが、他にも色んな魔宝石がありましたよ。
冒険者に人気なのは、これと、姿隠しの魔宝石と、操れるゴーレムが出てくるものだそうです。ゴーレムは高いですけどね。」
「いくらだ?」
「中金貨1枚です。
今、それと、敵を察知する精霊魔法を連動させて、敵が来たらゴーレムが出てくる魔道具の開発をお願いしています。」
「それ、出来たらうちでも欲しいな。
倉庫に置いたら、警備の人間が減らせるかも知れない。」
エドモンドさんが目を輝かせる。
「ただ、魔宝石の効果を2つ連動させる技術が難しいらしくて……。出来るかは確定じゃないんです。」
「そうなのか……。魔道具は、魔道具の効果1つ1つに魔石を使うが、連動してるのは魔道具の機能自身だからな。それと同じようにはいかないってわけか。」
「それをご存知なんですね、はい、そうみたいです。」
「最近自動で動いて止まる食器洗浄機が出てな。うちでも仕入れたんだが、どういった仕組みで動いているのか確認したら、そういうことだと言われたよ。」
さすが商人、耳が早いな。
「今ロンメルが、それの家庭用サイズの開発をお願いしていて、自動乾燥機能もつける予定なんですよ。開発出来たら、それも商人ギルドに登録する予定です。」
「なんだって!?ちょっと待て……。
自動食器洗浄機の開発者は……。」
エドモンドさんが何やら書類を引き出しから出してくる。
「開発登録者、ジョージ・エイト……。
ジョージ、君か!なんてことだ、見落としていたよ。出来上がったら、最優先で取り扱いさせてくれ。」
「ロンメルに、最安値で販売していただけますか?開発費用は俺が出しているので、俺が登録しますが、もともとは彼のアイデアなので。」
「ああ、もちろんだ、それくらいどうってことないさ。」
エドモンドさんは、胸を叩いて請け負ってくれた。
「実は……、前回パトリシア王女に王宮に呼ばれた際に、ルピラス商会がコボルトの商品を見せにいく際、俺も同行するよう言われてしまったのですが、俺も一緒にうかがったほうがいいですかね……。」
気乗りしないまま俺はそう言った。
「そうなのか?そりゃあ、行ったほうがいいだろうな。セレス様とパトリシア様は、男前に目がないことでも有名だ。
おそらく気に入られたのさ。」
エドモンドさんがニヤニヤする。
「俺にはその気がないので、来られても困るんですがね……。」
「なんだ、パトリシア王女は好みじゃないのか。まあ、俺もお転婆はゴメンだがな。
心配しなくても、さすがに国王が、平民のところに嫁にやろうとはしないさ。
それに滅多なことじゃ、平民は王宮で雇われないしな。そこまで心配しなくてもいいんじゃないか?」
「そうですか、でしたら安心です。
行きましょう。」
「そんなに嫌か……。」
ころっと態度を変えた俺を見て、エドモンドさんが驚いたように言う。
セレス様の態度とパトリシア王女の態度を両方合わせて考えると、さすがに結婚はないまでも、何らかの理由をつけて王宮に留められそうな気がしてしまうのだ。
「そういえば、今から王宮に行った場合、俺の住むところまで戻る、乗り合い馬車ってありますかね?」
そこだけは確認しておかなくては。
「もしなけりゃあ、うちの馬車を出してやるよ。ジョージには儲けさせて貰うわけだし、それくらいお安い御用さ。」
そう言ってくれたので安心した。
俺はエドモンドさんに、正装用の服を貸してもらって着替え、昨日行ったばかりの王宮に向かうことにした。
「商品の搬入を兼ねているが、侍従長にお会いすることになるからな、まずはいったん正門に向かうぞ。」
御者はエドモンドさんが勤め、俺はその横に座る。後ろには倉庫に入れた分とは別に出したキッチンペーパーが、たっぷり折りたたみ式コンテナに詰まって積まれている。
エドモンドさんが倉庫に取りに行こうとしたので、時間がかかることを懸念して、まだありますから、と出したのだ。
それを商会にいた従業員がつめて、馬車の荷台に積んでくれた。
王宮の正門は見上げるほど大きく、豪華な作りだった。その両脇に、槍を携えた兵士が立っているのだが、昨日王宮内で出会った兵士とは違い、美しい甲冑を身に付けていた。
多分、見た目の問題もあるんだろうな。動きにくそうだけれど、王宮の豪華さを象徴している気がする。
そのうちの1人が、王宮の門の前にとめた馬車に近付いて来る。
「ルピラス商会だ。ジョスラン侍従長とお約束をしている。お目通り願いたい。」
エドモンドさんが金色の札を差し出した。
兵士が正門の脇の小さな扉から中に入ると、しばらくして戻って来た。
「お会いできるとのことだ。搬入品は裏門から倉庫におさめて欲しいそうだ。
裏門で待っていれば使いがくる。」
「了解した。」
エドモンドさんは、金色の札を戻してもらうと、馬車を動かして、昨日通った裏門に向かい、正門で告げられたことを、裏門の兵士に伝えた。裏門の兵士も一度中に入り、確認を済ませて戻ってくると、ゆっくりと門をあけてくれた。エドモンドさんの馬車が静かに中に入っていく。
昨日と違うのは、馬と馬車が切り離されないことだ。短時間の滞在なのと、ロンメルが乗っていた馬車と違って、王宮のものじゃないからなんだろうな。
倉庫に案内され、俺とエドモンドさんの2人で、折りたたみ式コンテナごと、いったんキッチンペーパーを中に運んだ。
「そこの棚に積んで下さい。俺も手伝いますので。」
「ロンメル!」
声をかけてきたのはロンメルだった。
「──お前、聞いてないぞ、セレス様が国王の妹君だなんて。」
「ん?そうだったか?だが、お前の為に協力してくれそうな貴族なんて、セレス様くらいしか心当たりがなかったからな。」
「そう言われると返す言葉もないが……。」
「おい、そこの2人、喋ってないで早く手伝ってくれ!」
荷運びにおわれて、困ったようにエドモンドさんが声をかけてくる。
「おっと。」
「すみません。」
俺たちは慌てて手分けして、折りたたみ式コンテナからキッチンペーパーを出して、棚に積み終えると、コンテナを畳んで馬車の荷台にしまった。
「なんだそりゃ、便利だな!」
ロンメルが目をみはる。
「ああ、商品登録済みだから、これも今度売りに出す予定なんだ。」
見るとエドモンドさんが、コボルトの商品の他に、折りたたみ式コンテナを1つ抱えている。
「ひょっとしてそれも、侍従長に提案するつもりですか?」
「王宮に入れる機会は少ないんだ、商売のチャンスは逃さないようにせんとな。」
ニヤリとするエドモンドさん。
さすが国一番のルピラス商会の副長、商魂たくましいな。
「俺が少し持ちますよ。」
「じゃあ折りたたみ式コンテナを持ってくれないか。これ、1つで結構重たいんだ。」
まあ、4キロあるからなあ。
俺たちが荷物を抱えたまま待っていると、宮殿の奥から、正装した従者が出てきたかと思うと、こちらです、と声をかけてきた。
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