第38話 思わぬ流通革命

「この地方の乾物?」

「ええ。そういった物があると伺って、ぜひ食べてみたいなと思ってまして。」

「あら、そういうことなら、おすそ分けは乾物にすればよかったかしら。

 ちょっと待ってて、持ってくるわ。」

 マイヤーさんがそう言って、食事もそこそこに席を立とうとする。


「いえ、毎回いただいてしまうのも申し訳ないので、もしご迷惑でなければ、お時間のある時に作り方を教えていただけるとありがたいのですが。」

「ええ、もちろん構いませんよ。

 ふふ、私にもジョージに教えられることがあるのね、嬉しいわ。」

 マイヤーさんが少女のように顔をほころばせる。


「この間まとめて作ってしまったから、しばらくは作る予定がないのだけれど、作る時になったら、予めお知らせするわね。」

「はい、よろしくお願いします。とても楽しみです。」

 俺とマイヤーさんは、そう言ってニッコリと微笑み合う。


「──そういえば、ジョージは結婚しないのかい?カイアちゃんがいるとなると、それを受け入れてくれる奥さんを探すのは難しいかも知れないが……。」

 ガーリンさんが聞いてくる。

「あまり考えたことはないですね。

 価値観が合わないと、……正直厳しいと思っているので。」


 前世で子持ちのシングルマザーと同棲していた時にも、俺と家事のやり方が合わず衝突することが多く、人と暮らすことの大変さは身にしみて分かっている。

 例えば、俺としてはグラスの底に汚れが残っているのに、洗い物が終わったと思うのが理解出来なかったし、そのグラスで飲み物を飲みたくはなかった。


 その汚れから雑菌が繁殖することだってあるし、小さい子どもがいるのだから、特に気をつけるべきだと思った。料理店でそんなグラスが出てきたらクレームものだろう。

 哺乳瓶は消毒するのに、普段使いのグラスや皿に、汚れが残っているのが気にならないのは、彼女の親がそういう人だったからなのだろうと思う。


 ソファをどかして掃除機をかけないのも理解出来なかった。ゴミが落ちていることだってあるし、ホコリも当然たまる。

 どかして掃除をしてみたら、ソファの下から、カビのはえたパンと、乾いた肉のかけららしきものが見つかったこともあった。

 子どもが潜り込んで、うっかり口にしたらどうするつもりなんだと喧嘩になった。


 やたらと散らかしてそのままにするのも無理だった。子どもの口に入る大きさのものばかりなのが、また耐えられなかった。

 職場の弁当交換会でその話をしたら、男女逆ね、と言われたが、小さい子がいるなら男女関係なく気を配るべきだと思う。

 昔うっかり飴を飲み込んでしまって、喉を詰まらせたことがあるから余計にそう思う。


「価値観は確かに大切ね。譲り合うことも大切だけど、元が大きくずれていたら、合わせるのがしんどいですもの。」

 とマイヤーさんが言った。

「素敵だなと思う方はいて、そのご家族にも気に入っていただけたのたのですが、年の差があり過ぎると言われてしまって。

 今のところ、その方以上の人は見つからないですね。」


「ほーお、どんな人だね?」

 ガーリンさんが興味深げに目を光らせる。

「食堂をやっていて、いつも朗らかで笑顔の素敵な、ご家族と仲のいい方です。」

「いいじゃないいか。」

「ただ、年齢が30近い方でしたので。」

 ああ……。とガーリンさんとマイヤーさんが納得した表情をする。


「だがジョージは女を見る目があるな。」

「そうね、そういう基準で女性を選べるのなら、きっと素敵な方と巡り会えるわ。」

「そうだといいんですがね。」

 俺は苦笑した。

 なにせ前世から見つからないからな、もはや諦めを通り越して無我の境地だ。


「ティファさんはどうなんだ?

 彼女もいつも笑顔で、ご家族とも仲がいいだろう。料理の腕もなかなかだぞ?」

「年齢がちょっと……。10代はさすがにきついです。せめて20代ですね。」

「なんだ、ジョージは年上好みか。」

 ガーリンさんは笑ったが、俺は子どもをそういう対象として見られないのだから仕方がない。20代前半ですら正直キツイ。


「ジョージはちょっと老成したようなところがあるから、年上の女性のほうが合うかもしれないわね。」

 マイヤーさんが笑う。

 実際年なんだがな。本当は話の合う同年代がいいんだが、今の体じゃ、逆に俺が息子のようになってしまうからな……。


「大変美味しかったです。ごちそうさまでした。」

 俺は朝食を終えて、カイアを抱き上げ、玄関でガーリンさんたちに挨拶をした。

「カイアちゃん、また来てね。」

 アーリーちゃんが、マイヤーさんのスカートの裾を掴みながら、カイアを見上げる。


「よかったら、また遊んでやってくれ。」

 カイアが笑顔でアーリーちゃんに枝の手を振る。アーリーちゃんも嬉しそうに手を振りかえした。

「カイア、これから商人ギルドに行くから、この中に入っていてくれ。」

 俺はカイアをマジックバッグに入れて、乗合馬車に乗った。


 商人ギルドにつくと、受付嬢がやけに朗らかに迎えてくれた。

「本来登録中の商品がある場合は、新しい商品の登録は受付出来ないのですが、ジョージさんの商品は、キッチンペーパーがかなりの勢いで問い合わせが来ています。

 それに、王宮から既に石鹸の登録がされたかと問い合わせが来ています。ですので特別に許可することに致しました。」


 昨日の今日でもう問い合わせをしたのか?登録したことがないから、すぐに登録出来るものだと思ったのだろうか。

 さすがに驚いた。

「これがその、薬用石鹸です。」

 俺は見本になる薬用石鹸を、マジックバッグから取り出して渡した。


「キッチンペーパーは、確かに水と油を吸うことをすぐに確認出来たのですが、除菌となりますと、判断出来る専門家による確認が必要ですので、少しお時間がかかります。

 先日受付した出汁こし布は、既に登録を終わらせておきました。」

「分かりました、ありがとうございます。」


 俺は登録証と申請中の札を受け取ると、ルピラス商会の場所の地図を貰い、その足でエドモンドさんのところへと向かった。

 ルピラス商会は、貴族街のはずれのレンガ造りの建物の中だった。美しい塗りのほどこされた、重たい木の扉を開けると、エドモンドさんは奥の机で何やら書き物をしていた。


「おお、ジョージ!大変だったな!」

「昨日はすみませんでした、急にいなくなってしまって……。」

「王女に呼ばれて王宮に行ったんだってな、仕方ないさ、あのワガママ姫には誰も逆らえんよ。」

「そう言っていただけると……。」


「そうだ、キッチンペーパーは用意して来てくれたかい?」

「ええ、どちらに出せばいいですか?」

「倉庫がちょっと離れたところにあるんだ。そこに向かおう。

 ロッケン、ガイル、ついて来てくれ。」

 エドモンドさんが中にいた従業員に声をかけ、一緒に建物の外に出る。


「ん?馬車に積んであるんじゃないのか?」

 外に何もないのを見て、エドモンドさんが首を傾げる。

「いえ、マジックバッグがあるので……。」

「ひょっとして最大まで入るやつか?」

「ええ、多分。一番いいやつなので。」

「なるほど、じゃあこのまま向かおう。」


 ルピラス商会の倉庫は、平民街の中にあった。こっちのほうが大幅に土地が安いからだそうだ。商会の建物は信用の為に、あえてはずれでも貴族街に建てたらしい。

 まあ、日本でも、住所にブランドがあるからな。千代田区に本社を置きたがる会社は多い。今なら港区と新宿区も人気だが。


 倉庫はとても大きく、いくつも同じようなレンガ造りの倉庫が並んでいた。

「これ、すべてルピラス商会の……?」

「木造りじゃすぐに壊されちまうからな。盗難防止の為には、レンガじゃないと駄目なのさ。うちの主力商品の大半がここに入ってるから、ここがやられたらうちは大打撃だ。」

 なるほどな。


「ジョージの商品は、この倉庫の中に入れてくれ。」

 そう言って、エドモンドさんが扉をあけた倉庫の中身は、まったくの空っぽだった。

「ここを満杯にして欲しいんだ。

 この中身が一気にはけるほどの注文が、既に大量に来ているから、すぐにまた入れに来てもらうことになるがな。」


「そんなに!?」

「ああ、このあたりの飲食店から小売雑貨店まで、はては王宮からも、既に大量に引き合いがきている。この中を満杯にしても足りないくらいさ。」

 まあ、確かに便利だけどな、キッチンペーパー。水だけでなく、油を吸い取ってくれるというのが特に。


「分かりました……。

 けど、この中に積み上げるとなると、4人じゃ人手が足らないのでは……。」

「そうだな、一度に来るのは、馬車につめる程度と思っていたから、そんなに人数がいらないと思っていたんだが、全部埋められるのであれば、もっと人手がいるな。

 ロッケン、このあたりの作業員を、20人ほど集めてきてくれ。」


 分かりました、と言ってロッケンさんが外に出ていき、しばらくするとザワザワと声がして、大勢の作業員がやってきた。

「よし、始めようか。ある程度積んだら、木の板を上に重ねて、その上に更にキッチンペーパーを重ねてくれ。」

 木の板を持ってくる班、積み重ねる班に分かれて手早く作業を進めていく。


 俺が出すキッチンペーパーを、作業員が次々と重ねていくが、思ったようにはいかなかった。キッチンペーパーが柔らかくて、高くまで重ねると崩れてしまうのだ。

「エドモンドさん、これ、無理ですね。

 上に木の板を重ねても、はしから崩れちまいます。」

「なんてこった……。思わぬ弊害だな。」


 ビニールパッケージはすべるから余計になんだろうなあ。

「エドモンドさん、これ、使ってみて貰えませんか?」

「ん?なんだそりゃ。」

「折りたたみ式のコンテナです。使わない時は畳めて場所を取りませんし、上に重ねることも可能です。」


 俺はマジックバッグから出すふりをして、大きな折りたたみ式の輸送コンテナをいくつか出した。

 従業員が試しにペーパータオルを詰めて、いくつかコンテナを重ねてみている。

「問題なさそうです。」

 1つの許容内容物質量は120キロだが、重ねるとなると限界はあるけれど、中身がペーパータオルなら問題ないだろう。


「それ、売ってくれないか!ジョージ!

 流通革命だ!」

 それを見たエドモンドさんが食い気味に俺の手を握る。

「構いませんけど、商人ギルドに登録してからでないと……。

 それに、1つのコンテナに120キロまで入れられますが、重ねた場合は、あまり重たいものを入れると壊れると思いますよ?

 これ自体が4キロありますし……。」


 3階建てくらいの高さはありそうな倉庫をいっぱいになるまでとなると、一番下が心配だ。最大200キロまで入るものもあるらしいが、俺は天井まで折りたたみ式コンテナを重ねて使っているのを見たことがない。

 そこまでの高さを重ねる場合は、重たいものの場合、コンテナを使わずに、ダンボール梱包そのままに、間に板を重ねて外側をビニールシートで巻いたりするからな。


「これは効果が分かりやすいから、申請すればすぐに許可が通る筈だ、最短料金を支払えばその場で対応してくれる。今すぐ商人ギルドに行こう!馬車を用意してくれ!」

 気が急いたエドモンドさんに連れられて、俺は再び商人ギルドへと戻り、折りたたみ式コンテナを登録申請した。


 エドモンドさんが受付嬢に最短で、と伝えてお金を払っているようだった。そして、本当にその場で登録が完了してしまった。

 そしてすぐさま再び馬車に乗って、倉庫へととってかえしたのだが……。

「ジョージ……大丈夫か……?」

「ちょっと……酔いました……。」


 ガタガタと揺れる馬車に、俺は気持ちが悪くなってしまった。

「少し休むか?」

「ちょっと座ってていいですか?

 休みながらでも、出すのは出せるので大丈夫です……。」

 そう言って倉庫の壁にもたれかかると、床もレンガの壁も、とてもひんやりして気持ちが良かった。


 俺は折りたたみ式コンテナと、キッチンペーパーを、座りながら次々と出した。

 マジックバッグの入り口を正面に向けて、その中に手を入れて念じれば、マジックバッグの中から、品物が勝手に飛び出して来ているかのように出すことが出来る。

 エドモンドさんが数をメモしながら、従業員が折りたたみ式コンテナに、キッチンペーパーを詰めて、次々倉庫内に重ねていく。


 あっという間に倉庫が満杯になった。

「……折りたたみ式コンテナの売買契約書を作りたいんだが……歩けるか?」

 エドモンドさんの言葉に、まだ気持ち悪くて横になっていたかったが、俺はなんとか立ち上がった。だがふらつく俺の様子を見て、

「おい、馬車の荷台に毛布を敷いてやれ。」


 エドモンドさんの指示で、馬車の荷台に毛布が重ねられ、俺はそこに横になった。

「ゆっくり走るからな。」

 その言葉通り、エドモンドさんは静かに馬車を走らせた。

 肩を支えられながら、ルピラス商会の事務所の中へと入る。残っていた従業員が、俺の様子を見て心配そうに駆け寄る。


「ジョージに毛布と水を持ってきてくれ。

 事務所のソファに横になっているといい。その間に契約書を作るから。」

「すみません……。」

 俺は素直にソファに横になった。自分で運転すると平気なんだけど、もともと車酔い激しいんだよな……。

 コボルトの集落にも様子を見に行くつもりでいたが、今はちょっと動きたくなかった。

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