第37話 ソドバ(ノビル)とラポスタ(からし菜)のパスタと根菜汁
「発言をよろしいでしょうか。」
それまで黙っていた料理長が声を発する。
「許可します。」
「パトリシア王女、そろそろこの者を帰してやってもよろしいでしょうか。
急に呼び立ててしまいましたので。」
「もう少し、いいじゃない?」
パトリシア王女は不服そうだ。
「ルピラス商会が商品を見せに来る際に、同行するということにもなりましたし、その時またゆっくりと、話す機会を設けてはいかがでしょう。」
パトリシア王女はまだ首をひねっている。
「平民は乗り合い馬車で移動いたします。
このまま引き止めますと、この者が帰る手段をなくしてしまいますので……。」
「あら、だったらこのまま王宮に泊まっていけばいいわ。
ジョスラン、彼の部屋を用意させて。」
王宮に泊まる!?冗談じゃないぞ!
「──それはなりません、王女様。」
ジョスラン侍従長が厳しい表情を向ける。
「初めて王宮に来た、身分の保証もない者を宮殿に泊めたとあっては、いくら国王様がパトリシア王女に寛大であっても、おしかりは免れないでしょう。」
まったくだ。いくら大勢の従者がいるとはいえ、初対面の男を家に泊めようとするだなんて、お転婆にもほどがある。
俺が父親でも許さない。
だいたい俺は人を待たせているし、カイアも迎えに行かなくちゃならないんだ。
予め言ってくれていたならまだしも……。
こちらの予定も考えて欲しいものだ。
「そう……、それなら仕方がないわね。
では、またお会い出来る日を楽しみにしています。
今日は本当に楽しませて貰ったわ。
店で出す他の商品も、期待に沿うものであることを望みます。」
「ありがとうございます。
期待に応えられるよう、精一杯頑張らせていただく所存です。」
最後は王女らしい風格で、俺にそう告げたパトリシア王女に、俺は深々と頭を下げ、料理長とともに部屋をあとにした。
厨房に戻ると、ロンメルがそわそわと落ち着かない様子で待っていた。
「どうだった。」
「ああ、なんとかなったよ。
取り繕うことは出来たと思う。」
俺はロンメルの顔を見て、ほっとため息をつく。
「それは控えめな感想というものじゃないかね、ジョージ。
王女は大変喜んでいたよ。ここ近年であれだけのお言葉をいただけた料理人はいない。
君が宮廷料理人でないことが、非常に残念だ。セレス様から宮廷料理人になる気はないと伺ってはいるが、改めて尋ねたい。
本当に、ここで働く気はないかね?」
「もったいないお言葉ですが、俺は趣味で料理をしているだけなので……。
今回は人助けもあって、店でしばらく料理する予定ではおりますが、本来料理を仕事にするつもりはありませんので……。」
「そうか、非常にもったいないが、君がそういう気持ちであるのなら尊重しよう。」
それを聞いたハイマーさんが、また舌打ちしながら睨んでくる。最後まであの調子か。
「ロンメル、そういえば、エドモンドさんと連絡はついたか?
それと、マイヤーさんにも。」
連絡もなしに突然放って来てしまったエドモンドさんと、カイアのことが気になった。
「ああ、使いをやって、ちょうど戻って来たところに出くわしたと言ってたよ。
ちゃんと伝えておいたそうだ。驚いていたみたいだがね。」
まあ、そうだろうな。
「お前の子どもを預けてるという、マイヤーさんのところには、別の使いに行ってもらってるが、まだ報告に戻ってきてないな。」
「子ども?君には子どもがいたのかね。
人に預けているということは、奥方は?」
「いえ、俺は独身です。」
「そうか……それは心配だろう。
急に連れて来てしまって済まなかった。」
料理長があまりに申し訳無さそうにしているので、実の子どころか、人間ですらないことを言い出せなくなってしまった。
「本当に申し訳ない。
もうお前のところに戻る馬車はないから、今日は俺のところに泊まっていってくれ。」
「えっ。ないのか?」
ロンメルの言葉に俺が驚く。
「ああ、田舎だからな。乗合馬車は明るい時間にたどり着けるところまでしか行かないんだ。だから今の時間はもうないのさ。」
急に呼びたてたのだから、王宮側で馬車くらい用意してくれても良さそうなものだが。
「間に合わないと分かっていたから、早めに使いを出したんだ。本当にすまん。
まさか子どもを待たせているとは思っていなかったよ。心配だよな……。」
「預かってくれるだろうからそこは問題ないんだが、うちの子は他所様の家にお泊りが初めてなもんでな。そこは心配だ……。
けど、まあ仕方がない、ないものは。」
「せっかくだし、お前の家に泊まった時のように、2人で料理でもしようぜ。」
「ああ、いいな、そうしようか。」
「俺はもうすぐ上がりだから、それまで待っていてくれ。
──料理長、休憩室でジョージを待たせていても構いませんよね?」
「ああ、もちろんだ。
それと、先程見せてくれた、殺菌の出来る石鹸は、ぜひ早いうちに流通して欲しい。
アルコールで殺菌はしているが、手が荒れるのと、味が移ることがあるのでな。」
「分かりました。登録しておきます。」
見回した限りでは見当たらなかったが、アルコール除菌が浸透しているということは、割と王都は文明が発達してるんだな。
まあ現代でも200年前には消毒液が発明されてるし、割と歴史の古いものではあるから、あってもそんなに不思議じゃないか。
俺はロンメルの仕事が終わるのを待って、買い出しに付き合って一緒に帰った。この世界には個人宅用の冷蔵庫がないらしい。
王宮の厨房にはデカい冷蔵庫があったが、かなりお高い魔道具なのだそうだ。
まあ、昔は3種の神器だったものなあ。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機だっけか。
だから都度必要な分だけを買って、毎日使い切るようにしたり、田舎のほうであれば畑から野菜を取ってきたり、保存されているものや乾物を使うのだそうだ。
この世界の乾物か……。まだ手を出していなかったな。ぜひ食べてみたいと言ったら、売り物ではないらしい。残念だ。
村の人達に聞けば教えてくれるかな?
カイアを迎えに行くときに、マイヤーさんにでも聞いてみよう。
ロンメルの自宅は、宮殿近くのレンガ造りの建物の2階だった。個人宅でレンガ造りの家というのは、この世界に来て初めて見る。外階段から上がり、部屋に入る。
「この場所でレンガって……、家賃相当高いんじゃないか?」
「まあな。けど、朝早い仕事だからな。
馬車もないから、王宮の近くに住むしかないのさ。家賃を払ってもなんとか生活出来るくらいの給料は貰ってるから大丈夫だ。」
まあ、宮廷料理人だものな。勤め人の中じゃあ、どんな仕事より給料高そうだ。
ロンメルの部屋は男の一人暮らしにしては清潔に整えられていた。特にキッチン周りはきれいなものだ。やはり職業柄だろう。
これ高かったんだぜ、と3口あるコンロのような魔道具を見せてくれた。
ロンメルは買ってきた食材をキッチンに広げていた。遠目に見る限り、野草のような食材ばかりだ。
「今日は何を作るつもりなんだ?」
「ソドバとラポスタのパスタだ。」
ロンメルはそう言って、ノビルとからし菜のような植物を見せてくれた。
〈ソドバ〉
葉と球根が食べられる。味はノビルに似ている。多年草で野原などに自生している。
〈ラポスタ〉
越年草。多少辛い。セイヨウカラシナに似た味。自生していることも多い。
やっぱりか。そしてパスタはパスタなんだな。
ロンメルは塩を入れた大きな鍋でパスタを茹で、小さめの鍋でラポスタを短時間湯がきながら、ソドバを球根と葉に切り分けた。
バターをたっぷりと、フライパンに溶かして、ソドバの球根を炒めたら、茹でたパスタと茹で汁を少々と、ソドバの葉と、湯がいたラポスタを加えて一気に炒めた。
「ちょっとだけ、醤油を加えてもいいか?」
「構わんぞ。味がいつもと変わって面白そうだ。」
俺はロンメルが塩コショウを加えたタイミングで、醤油を取り出してひとたらしフライパンに加えた。いい香りだ。
俺も一品作るか。
醤油は既に出したので、ごぼう、大根、にんじん、しめじ、万能ねぎ、生姜、白だし、酒、みりん、顆粒出汁、片栗粉、おろし金を出した。
「マジックバッグ便利だな。そんなに色々入るなんて。」
俺が次々と取り出す食材と調味料に、ロンメルが羨ましそうに見てくる。
まあ、そういうことにしておいてくれ。
「ボウルと、鍋と、包丁と、まな板貸して貰えるか?」
「ああ、こいつを使ってくれ。」
ロンメルが予備の包丁や、ボウルを渡してくれる。
ごぼうをささがきにして水にひたし、大根はいちょう切り、にんじんは火が通りにくいので、大根より少し薄めにいちょう切りにする。しめじは石づきを切り落としてほぐしておき、万能ねぎを小口切りにする。
生姜チューブでもいいが、生姜が決めてなので、おろし金で生姜を適量すってやる。
鍋にごぼう、大根、にんじん、水を800ミリリットル程度、顆粒出汁を小さじ1加えて、強火よりの中火で蓋をして茹でる。
沸き立ってきたら、しめじ、白だしと酒とみりんを大さじ2、醤油を大さじ1加えて更に野菜が柔らかくなるまで煮込んでいく。
大さじ1の片栗粉を同量の水で溶いた、水溶き片栗粉を加えてよく混ぜ、更に数分加熱したら、器に盛って上からたっぷりと万能ねぎと、すりおろした生姜を乗せて、根菜汁の完成だ。冬に食べると体が温まり、夏に食べると食欲がない時にいい。生姜が苦手なら、生姜抜きでも美味しく食べられる。
「よし、食べよう食べよう。」
テーブルに乗せてさっそくいただく。
ロンメルが、まずは俺の作った根菜汁から手をつけた。
「うん!これいいな!
食べると逆に腹が減ってくる気がする。」
一気にかきこんでおかわりをした。
それからロンメルの作ってくれたパスタを食べる。
ノビルの球根の食感は、たまらないんだよなあ。中華料理のコースにたまに出てくるけど、そればっかり食っちまったことがある。
湯がいたことで、ラポスタの辛味が少し落ち着いてほろ苦い感じだ。
うん、うまい。ベーコンを入れてもいいけど、なくてもしっかり味があるな。
「割とどこにでも生えてる食材だから、安く手に入るんだが、その割にうまいだろう?
実家でもよく作って食べたもんさ。
経済的かつ栄養があって、噛みしめるから腹にもたまる。」
「ああ、うまいな。俺も好きだ。」
そう言うとロンメルがニッコリと笑った。
「本当なら飲みたいとこだが、明日も朝早いもんでな。すまん。」
「いや、構わんよ。俺も朝一の乗合馬車で帰るつもりだ。」
「そういやお前の子ども、男の子か?女の子か?今度会わせてくれよな。」
「いや、それがな……。性別がないんだ。」
「性別がない?」
ロンメルがキョトンとしている。
「精霊の子株に懐かれてな。子どもとして育ててる。俺としては息子のつもりで接しているが、どうも性別がないらしい。」
「精霊!?
また妙なもんに好かれたもんだなあ。
精霊に愛されると、精霊魔法が使えるようになるというが、お前も使えるのか?」
「そうらしいが、まだ小さいからな。
使えるようになるとしても、まだまだ先なんじゃないか?それに俺としては別にその為に一緒にいるわけじゃないからな。」
「そうか……。子どもとして接してるんだもんな。かわいいか?」
「ああ、とても。」
カイアを思い出して、思わずニヤける。
「そうみたいだな。」
そんな俺の様子を見てロンメルが笑った。
俺がソファで寝るというのをロンメルが制して、俺はロンメルのベッドを借りて寝た。翌朝、乗合馬車の乗り場まで案内して貰い、そこでロンメルと別れた。
村の近くまでたどり着くと、俺は急いでマイヤーさんの家に向かった。
尋ねても失礼じゃない時間の筈だが、時計がないから分からない。
マイヤーさんの自宅のドアを静かにノックすると、マイヤーさんがドアを開けて顔を出した。
「まあ、ジョージ、大変だったわね。」
「すみません、カイアを突然泊まりで預かっていただいて。」
俺は平身低頭で頭を下げた。
「宮廷からの呼び出しじゃあ仕方がないわ、誰も逆らうなんて出来ないもの。」
逆にマイヤーさんは心配してくれた。
「カイアはいい子にしてましたか?」
「ええ。今一緒にご飯を食べてるわ。
でも、夜中寂しかったみたいでね……。
急に泣き出してしまったの。」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「でも、アーリーがそれに気付いて、カイアちゃんの手を握ってあげたのよ。
そしたらカイアちゃんも泣き止んでね。
2人で一緒に眠ったのよ?
アーリーが少しお姉さんになったみたい。
自分より小さなカイアちゃんを、守ってあげなくちゃと思ったんでしょうね。」
マイヤーさんが微笑ましげに笑う。
その様子、ちょっと見たかったな……。
「ジョージ、朝食は?
まだだったら食べていらっしゃいな。」
「いえ、そこまでご迷惑は……。」
「食事は大勢の方が楽しいわ。
主人もアーリーも喜ぶし、一緒に食べてちょうだい。ねっ?」
俺はマイヤーさんに手をひかれるがまま、家の中へと招き入れられた。
カイアが俺の姿に気付いて、パアッと目を輝かせる。
「ごめんなカイア、急にお泊りさせて。」
カイアが食器を置いて椅子から降りようとするが、高くて1人で降りられないらしい。
俺は近寄ってカイアを抱き上げる。
カイアはギュッとしがみついてきた。
「あらあら、まあまあまあ。」
マイヤーさんもガーリンさんも、微笑ましげにそれを見つめている。
「さあジョージ、一緒に朝食にしよう。」
ガーリンさんがそう言い、俺はカイアを膝に乗せ、ガーリンさん一家と楽しく朝食をとったのだった。
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