第36話 森の動物たちの飾り切りの前菜、美麗海鮮ちらし寿司、花飾り切りのフルーツポンチ
王族に出す料理だ。大したものは作れないが、見た目を華やかにしてやれば喜んでくれるかも知れない。
俺は久しぶりに、飾り切りをすることにした。豪華な料理が作れない俺が、華やかさを演出するにはこれしかない。
かぼちゃ、茹でたにんじん、オレンジ、りんご、桃、レモン、ミント、ブルーベリー、紅白かまぼこ、チーズinウインナー、白玉、アップルビネガー、スパークリングウォーター、ガムシロップ、揚げパスタと、次々材料を出していくが、まだまだある。
マグロ、サーモン、ホタテ、錦糸卵、茹でたエビ、リーフレタス、枝豆、ネギトロ、すし飯、わさび、醤油、みりん、酒、砂糖、顆粒出汁の素、ケチャップ、黒ごま、爪楊枝、小さな透明なボウル状のグラス。家じゃないから出さなきゃならないものが多い……。
マジックバッグから出しているふりはしているが、果たして騙されてくれるのか。
俺の一挙手一投足を見逃すまいと、みんながじっくり見ているから、まあやりにくくて仕方がない。
まずは一口大に切ったかぼちゃで、亀と葉っぱを作る。
かぼちゃの煮つけを作るには、必ず煮崩れ防止に面取りという作業を行うのだが、その時にそれを亀と葉っぱに出来そうだな、と思いついて、高校生の時から作っている。
包丁を彫刻刀代わりに、それっぽく切るだけで、ちょっと手先が器用であれば誰にでも出来るが、亀の部分は1つのかぼちゃから2つまでしか取れない。ツルッとした亀の甲羅っぽい部分がそれしかないからだ。
残りは全部葉っぱにする。
鍋にかぼちゃを重ならないように皮を下にして並べて入れ、だし汁をひたひたくらいに加えたら、かぼちゃ1/8に対し、砂糖を大さじ1振りかけて、中火で10分煮たら、醤油とみりんと酒を大さじ1を加えて、鍋を優しくゆすって全体に味をなじませる。
落し蓋をして弱火で更に、アルコールが飛ぶまで3分煮る。あとは20分ほったらかしておくと、かぼちゃが煮汁を吸って自然に中まで味がしみる。
本当は先にかぼちゃに砂糖をまぶして、2時間放置してからのほうが、ホクホクに仕上がるのだが仕方がない。
続いてオレンジを半分にカットし、底を切って、中のオレンジをくり抜いていく。
オレンジを抜いた部分に底を上から乗せ、スライスしたオレンジをバラの形に、オレンジの皮の器に盛り付けていく簡単作業だ。
りんごは市松模様にする。縦横5ミリ幅に切れ込みを入れ、1マスずつ間をあけながら、ナイフの角で皮を向いていく。
これだけできれいな市松模様になるのだ。
線を斜めに入れてストライプも作り、レモン水にさらして変色を防ぐ。
むいた桃の皮を皿に花のように広げ、カットした桃をその上に並べてゆく。オレンジのバラと、市松模様とストライプ模様のりんごをのせてやり、ミントの葉とブルーベリーを色合いのアクセントに乗せた。
紅白のかまぼこを厚く切り、赤い部分に薄く切れ込みを入れ、赤い部分を縦に2等分して、内側にねじ込んで耳を作り、爪楊枝で黒ごまを押し込んで目を作り、ケチャップで目の脇を赤く色づけてやり、かまぼこのうさぎの完成だ。
チーズinウインナーを出し、端を切り落としたら、少し頭用に円筒に切り、胴体部分が安定するように、下にする部分を薄く切る。
胴体の両側に切り込みを入れ、羽を広げるイメージで、切込み部分をジグザグに切っていく。
頭の中央に切れ込みをいれ、茹でたにんじんを三角に切って、クチバシに見立ててはさみ、ごまを爪楊枝で押し込んで目にして、胴体と頭を短く切った揚げパスタで繋げて、ウインナーで作った鳥の完成だ。
かぼちゃの亀と葉っぱ、紅白かまぼこのうさぎ、ウインナーの鳥を、葉っぱをしいた皿に並べて森の動物達に見立ててやる。
わさびと醤油をそえて、かまぼこは板わさで食べて貰うつもりだ。
俺はそれとは別に、白玉と、アップルビネガー大さじ1、スパークリングウォーター100ミリリットル、水40ミリリットル、ガムシロップ少々を加えたグラスを用意していた。ここにお好みの果物を取って入れて、フルーツポンチにして貰うつもりなのだ。
マグロ、サーモン、ホタテをぶつ切りにして、小さな透明なボウル状のグラスに、すし飯、刺し身、すし飯、刺し身、と交互に重ねてゆく。一番上をすし飯で蓋をする。
その上に錦糸卵、茹でたエビ、リーフレタス、枝豆、ネギトロをのせて、見た目の綺麗な美麗海鮮ちらし寿司の完成だ。
どのくらい食べるのか分からないが、若い女の子だし、こんなものだろう。
森の動物たちの飾り切りの前菜、美麗海鮮ちらし寿司、花飾り切りのフルーツポンチ。
これくらいで勘弁してくれ……。
「出来ましたよ。」
俺はぐったりしながら言った。
「おおおお!美しい!」
「どうやって作ったんだ……。」
「わざわざ呼びつけたい理由がわかるな、宮廷料理は確かに華やかで美しく豪華だが、このような見た目のものはない。」
料理長までが感心した目で俺を見てくる。
この世界の料理は、飾り切りが存在しないのかな?
家庭のお母さんが作れるレベルのものしか作っていないんだが……。
やり方を考えたのも俺じゃなく、昔からあるものだったり、プロの料理人が考えた物だしな。かぼちゃだけは俺が自分で考えたが。
「特にこのグラスを使った、見せる料理が素晴らしい、今後の創作意欲が湧いてくるよ、ジョージ。」
「それは良かったです……。」
「俺はこの飾りに挑戦してみたいな。
もっといろんな事ができる気がする!」
料理人たちが盛り上がっている。
「それじゃあ早速、王女様のところにお届けしようか。」
「はい、お願いします……。」
「何を言っているんだねジョージ、君も来るんだ。王女様は君自身にも会いたがっているのだからね。」
ええ……。
王族に会うための服装なんて持っていないし、当然作法も分からない。俺が困惑していると、
「そのままの服装で結構だ。私もついていくから安心するといい。」
と料理長が言った。
どうやら逃れられないようだ。
給仕用の台車に料理をのせ、銀色の蓋を被せて厨房を出て、料理長とともに長い廊下を歩いて行く。それはそれはもう、長い廊下だった……。温かな料理であれば、冷めてしまうんじゃないかと思う距離だ。
扉の前に槍を持った2人の兵士が立ち、使用人らしき人が扉を開けてくれる。
「パトリシア様、参りました。」
料理長にならって、帽子を脱いで入り口で頭を下げる。
パトリシア王女は可憐な美少女だった。
だがその目が好奇心で輝いている。
これは大分お転婆そうだな……。
「これがジョージです。ジョージから料理の説明をさせていただきます。」
「ジョージ・エイトです。本日はパトリシア王女の為に料理を作らせていただきました。ご賞味いただければ幸いです。」
「まずは毒味をいたします。」
毒味担当が、料理を一口ずつ口にするのだが、そうすることでせっかくの飾りの完成度が下がってしまう。
俺もそうだが、パトリシア王女も少し残念そうに見ていた。
俺はまず、森の動物達の飾り切りの前菜をテーブルに置いた。
「これは何かしら?」
「これはかぼちゃで作った、亀と葉っぱの煮付けです。そのままお召し上がり下さい。
こちらはカマボコで出来たうさぎです。」
パトリシア王女が、可愛らしい動物たちに目を輝かせている。
「こちらのワサビと、醤油を漬けてお召し上がり下さい。
辛いものが苦手であれば、醤油だけでもいいですし、そのままでも味があります。
これはチーズの入ったウインナーで出来た鳥です。味がありますのでそのままお召し上がり下さい。」
パトリシア王女は、まずはウインナーを食べた。
「おいしい……!初めて食べる味だわ。」
チーズinはないのか、この世界。
続いてかぼちゃを食べる。
「優しい味ね。これも初めて食べるわ。」
今のところお気に召したようだ。
だが問題はワサビだ。
外国人は苦手な人も多いからな。
「ほんの少しだけつけてお試し下さい。
無理はなさらずに。」
パトリシア王女は、ワサビをほんの少しカマボコにつけて、醤油に浸して食べた。
「──!?ゲホッ!ゴホッ!」
「王女!?」
毒味担当が慌てる。横に立っていた兵士たちが、俺に交差するように槍を向けてくる。
「大丈夫、むせただけ……。
ゆっくり食べれば……。
うん!美味しいわ!
たくさん食べると辛いけど……。」
良かった。食べ慣れていないワサビが刺激になったのか。
兵士たちも俺に向けていた槍をおろした。
やめとけばよかったかなあ……。でも板わさ美味しいんだよな……。
続いて、美麗海鮮ちらし寿司をテーブルに乗せる。
「きれい……!」
パトリシア王女は、上から下から、グラスを覗き込んでいる。
「はしたないですよ、王女。」
教育係なのか執事なのか、厳しい顔つきの従者に言われて、パトリシア王女は姿勢を正した。
「食べづらければ、皿に移してお召し上がり下さい。」
俺はサラダを取り分ける用のサーバースプーンとサーバーフォークと皿を置いた。
そのままスプーンで食べるものだが、王族はそうはいかないだろうからな。
「そうしていただけるかしら?」
パトリシア王女の言葉に、料理長がサーバースプーンとサーバーフォークを使って、皿にちらし寿司を取り分ける。
しまった、俺がやるべきだったか。
パトリシア王女はちらし寿司を口にすると、噛みしめるように味わった。
「とても美味しいわ……!
見た目もきれいで華やか、食べたことのない味なのに、さっぱりしていて癖になるのね。本当に素晴らしいわ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
パトリシア王女はちらし寿司をきれいに平らげた。
「最後はデザートのフルーツポンチです。
お好みのフルーツを、こちらのグラスにとってお召し上がり下さい。」
「わあ……!」
俺はフルーツの花と、フルーツポンチの液の入ったグラスを、パトリシア王女の前に置いた。
「これは飲み物なの?」
「飲んでも構いませんし、デザートとしてもお召し上がりになれます。」
パトリシア王女は好きな果物をグラスに移して貰って、一口飲んだ。
「美味しい……、爽やかで甘すぎないのね。
フルーツの見た目もとてもきれい。」
パトリシア王女は満足そうだった。
「……聞いていた以上、期待以上の出来だったわ、本当に満足よ。」
「恐れ入ります。」
終わった……!
良かった、兵士に槍を向けられた時は、どうなるかと思ったが。
「さすがセレス様ね、素晴らしい目をお持ちだわ。
あなたが出すという店も楽しみね。」
「ご存知だったのですか?
……私が出そうとしている店が、どんな店かということもでしょうか。」
「王女の前です、許可なく発言するのは控えなさい。」
先程の教育係のような従者に、先んじて言葉を制されてしまう。
「構わないわジョスラン。
──発言を許可します。」
パトリシア王女はニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。
無礼をお詫びいたします。」
「ええ。セレス様から伺っているわ。
どんな目的があって店を出そうとしているかということもね。
私たち王族は、みなコボルトに感謝をしているのです。ですが民衆の価値観を変えることが出来ず、胸を痛めておりました。」
「そうだったのですね……。」
セレス様というのが、料理対決で審査委員長をしていた女性だろうか?
王族と直接話しが出来るということは、かなり高位の貴族なのだろう。
まさかこんなにすんなり協力を得られるとは思わなかった。セレス様に感謝だな。
「食器やお茶は、試してみないと、王宮で使わせていただくか分かりませんが、我々といたしましては、あなた方の試みを応援したいと思っております。
近いうちにそちらの食器とお茶も、ご持参いただけますか?」
パトリシア王女がにっこりと微笑んだ。
「はい、ぜひ。ルピラス商会がいずれ、侍従長にお目通りを願う筈です。
他の商品を王宮で取り扱っていただける手はずになっておりますので、そちらを納入する際、話をすると申しておりました。」
俺は勢い込んでそう話す。
「あなたはいらしていただけないの?」
パトリシア王女の目が、何やらキラリと光った気がした。
「は……。私、ですか?
まあ、必要とあらば、同席させていただくのはやぶさかではありませんが……。」
「ぜひそうしていただけるかしら。
またぜひお会いしたいわ。本当に、噂以上……、いえ、期待以上だったもの……。」
そう言って、パトリシア王女はうっとりと俺の顔を眺める。その目線に、俺はなんだか嫌な予感がした。
……まさか、パトリシア王女がお目当てだったのは、俺の料理じゃなく、──俺自身だったんじゃないんだろうな。
俺は料理対決の際、散々俺の見た目を褒めて、俺の店がないことを残念がっていた、セレス様の姿を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます