第26話 たまには料理しないこともある。
「アスターさん!」
「おお、ジョージ!」
翌朝冒険者ギルドに紹介されたパーティーメンバーとは、ラグナス村長の村で冒険者をやっているアスターさんだった。
「近所だから冒険者ギルド側が気を使ってくれた……なんてこたあないか?」
アスターさんが快活に笑う。助かった。知らない者同士ならいざしらず、既にパーティーを組んでいるところに放り込まれて、一晩を過ごすなんて気が重かったのだ。
アスターさんとは何度か話したことがあるし、少なくともパーティーメンバーも、ヴァッシュさんの工房に向かう時に同行したことで、顔見知りではある。
「ジョージがいるってことは……ひょっとして今日の弁当は……。」
「はい、多めに用意してきましたよ。
消えるものですから、食べれば軽くなりますし、荷物になるのは最初だけですんで。」
「やった!みんな!ジョージの料理が食べられるぞ!」
アスターさんだけでなく、他のパーティーメンバーまで小躍りしている。そこまで喜んでくれるとは。昨日頑張り過ぎたと思っていたが、やはり他の人たちの分も用意しておいてよかったな。
今朝カイアと朝食を取った後、泊まりで出かけるから、このお弁当を食べるんだぞ、出来るだけ早めに帰るからな、と話して、お弁当と携帯食料を見せて出かけたが、果たして理解出来ていたのかが心配だが。
「俺たちが道を知っているから、先導するぜ。ジョージはついて来てくれ。」
「分かりました。」
俺たちは揃って事前調査へと向かうこととなった。場所が遠いので、まずは乗り合い馬車に揺られていく。
「最近Bランクに上がったはいいんだが、おかげで強制的に呼び出されることになってな。
本来なら、Aランクが年に一回、Sランクの討伐に参加、Sランクが有事の際に強制的に呼び出される以外は、そんなことなかったんだがな。やれやれだ。」
「そうだったんですね。」
やはり特殊な状況になっているらしい。
アスターさんは道すがら、他のパーティーメンバーを紹介してくれた。
デバフの使える弓使いがマジオさん。
アスターさん以外の近接職がザキさん。
魔法使いがインダーさんだ。
「これから向かうところは、コボルトっていう、喋る犬みたいな、獣人の種族の住む集落でな。
本来なら、安全な場所の筈なんだが、討伐の依頼が増えていてな……。
最近行く機会が多いんだ。」
なるほど、アスターさんたちを選んだのは、この地域に慣れているということと、ランクが高いとはいえ、急に上がったことで調査に慣れていない俺を、組ませようという配慮だったのだろう。
冒険者登録証に住所があるわけじゃないしな。把握しているかも知れないが。
「ちなみにどんな魔物が出るんですか?」
「ゴブリンに、オーク、オーガ、たまにトロールだな。全部人型の魔物さ。
最近村におすそわけしたオーク肉は、ここの周辺で狩ったものなんだ。」
「なるほど。」
というか、喋る犬か……。この世界に来てまだ獣人というのに会ったことがないが、その周辺の冒険者ギルドでは、受付嬢や他の従業員もコボルトがやっているらしい。
見た目が犬なだけで、かなり頭のいい種族のようだ。
正直撫でてみたいが、普通に成人していて見た目が犬なだけなのであれば、気持ち悪がられてしまうだろうな……。
残念だが、我慢しなくては。
「そろそろ集落の近くにつくぞ。ここからは歩きだ。みんな、おりよう。」
俺たちは、乗り合い馬車の御者に御礼を言って馬車を降り、コボルトの集落へと向かった。
コボルトの集落は、家こそレンガや石で出来ておらず、簡素な木造りだったが、集落と呼ぶにはかなり大きなものだった。
「これは……凄いなあ。」
「敷地面積だけなら、城下町も引けをとらん大きさだ。
ここじゃ人間が珍しいからな、年寄程嫌な目で見てくることもあるが、若いのはだいたい友好的さ。気にせず過ごせばいい。」
集落の中で一番大きな木の建物が冒険者ギルドだった。到着の報告に来ると、中にはコボルトしかいなかった。
「コボルトの冒険者もいるんだな。」
受付カウンターで受付嬢に対応されているコボルトは、装備を身に付けており、明らかに依頼者の風体ではない。
「めったに居ないけどな。コボルト独自の拳闘士と魔法使いがいるぜ。」
冒険者ギルドの受付嬢は、ピンクの毛並みの、可愛らしい赤のイヤーシュシュを耳に付けて、ツインテールのようにした、黒目の大きなパピヨンのようなコボルトだった。
「かっ……!可愛い……!!」
俺は思わず声に出してしまう。
コボルトの受付嬢は、ふふっと笑うと、
「人間は皆さんそうおっしゃってくださいます。ララと言います。
今日は現地調査にいらしてくださったんですよね?お話は承っています。」
「あ、はい、すみません、初対面の女性にいきなり……。」
「いえいえ。
受付を済ませますので、冒険者登録証をお願いいたします。」
俺たちは冒険者登録証をララさんに渡す。
「分かるぜ、俺たちもすっかり初対面でやられちまったからなあ、ララさんには。」
アスターさんたちにも笑われた。
「あら、ララだけなの?」
声がして振り返ると、アフガンハウンドのような金色の毛並みの、美人のコボルトが立っていた。
冒険者のような出で立ちで、ララさんとにこやかに挨拶している。
「おお、アシュリー、久しぶりじゃないか。相変わらず美しいな。」
「ありがと。この間はオークのお肉をありがとね。みんな喜んでたわ。」
「なんのなんの、アシュリーにはいつも助けられているからな、冒険者は持ちつ持たれつさ。」
アスターさんたちとにこやかに話しているところを見ると、気心の知れた間柄らしい。
「今日は私が現地に同行することになっているのよ。案内と、この地域のギルドへの優先報告係ね。」
「それは頼もしい。よろしく頼むよ。
ああ、ジョージは初めてだったよな。」
「ジョージ・エイトです。よろしくお願いいたします。」
「アシュリーよ。
精霊魔法使いをやってるわ。」
「精霊魔法使い?」
「ジョージは精霊魔法使いは初めてか?」
「ええ。精霊自体は、このあいだトレントを退治したくらいで……。」
「トレントを!?
……ひょっとして、最近出回ってるステータス上昇の実は、お前さんの仕業か?」
アスターさんがこっそり耳打ちしてくる。
「まあ……当たらずとも遠からずというか、そんなところだ。」
そのままだけどな。
「コボルトは、精霊が味方してくれることが多いの。一般的な魔法使いは、元素をもとにして、この世界にあるものを使って魔法を出すけれど、精霊魔法使いは、精霊の力を借りて魔法を使うのよ。
人間にもまれにいるけれど、精霊魔法使いといえば、大体の人はコボルトを連想するわね。」
「そうなのか、俺は魔法はさっぱりだからなあ……。魔物が使っているところしか見たことがないんだ。」
「なんだジョージ、魔法使い自体が初めてなのかい?こりゃあ、いいところを見せないとだな。」
魔法使いのインダーさんが張り切ってみせる。
「魔法といえば、冒険者ギルドから支給品が届いてますよ?」
ララさんが声をかけてくれる。
「おお、目くらましと爆音の魔宝石じゃないか、ありがたい。」
ザキさんが代表して魔宝石を受け取る。
「魔宝石……?」
「宝石自体に魔法がかけられていてな、こいつの場合は、地面に投げると強い光と爆音を放って、敵から逃げやすくなるものだ。
強さによっては魔物が気絶することもあるぞ?」
ようするに、スタングレネード魔法版ということか。
「今回の調査は、危険な魔物が出る可能性もあるわけだし、冒険者ギルドも、討伐に切り替えてもいいとはいっても、逃げる前提で考えてるんだろうね。」
弓使いのマジオさんが言う。確かにこの支給品はその為のものだろう。
「もちろん安全第一だ。アシュリーもいることだしな。美人に怪我はさせられん。」
そういうアスターさんに、皆がウンウンとうなずき、アシュリーさんとララさんがクスッと笑った。
獣人と人だということを忘れてしまうくらい、和やかな関係を築いているらしい。
というか、いいな、魔宝石。これがあれば俺も魔法が使えるようになるのか。
万が一の時に幾つか用意しておきたい。今度調べてみるか。
「ちなみにこれは、どこかで買えたりするのか?」
「魔法雑貨屋で売ってるぜ。レベルの高いものは注文になるがな。冒険者ギルドでも一部取り扱いがある。」
「属性付与魔法の魔宝石なんかは、剣士が使ってることが多いよね。ただ消耗品だから、長い目で見たら、結局武器に直接属性付与したほうが安いんだけどさ。」
ザキさんとマジオさんが教えてくれる。
「大半の冒険者は、この目くらましの魔宝石か、足止めの攻撃魔法が込められた魔宝石くらいかな。使ってるの。」
インダーさんがそう言う。
確かにそれは俺も欲しいな……。
「この集落にもあるなら、買っていきたいんですが、魔法雑貨店はありますか?」
俺はララさんに訪ねた。
「ここは精霊魔法使いしかいないので、人間の町のような魔法雑貨店はないんですよね。精霊魔法が込められたものならあるんですけど。」
「ちなみにどんなものですか?」
「行ってみたほうが早いんじゃない?
案内するわ。」
アシュリーさんの言葉に、みんなが付き合ってくれることになり、俺はコボルトの集落の魔法雑貨店に立ち寄ることにした。
「はい、いらっしゃい……。」
コボルトの町の魔法雑貨店の従業員は、犬(?)の良さそうな、シュナウザーのような見た目のコボルトだった。
「魔法石を見せて欲しいんですが、どのようなものがありますか?冒険者が使うものがいいんですが……。」
「ああ……。それなら……。
これなんかどうです。
姿隠しの魔宝石です。姿と匂いを隠してくれる精霊魔法が込められています。
こちらは照明の魔宝石です。1時間の間、半径10メートルを照らしてくれます。
あとこれなんか……。
ちょっと値ははりますがね。代わりに戦ってくれるゴーレムが出てきます。」
「おいくらですか?」
「姿隠しが銀貨50枚、照明が銀貨10枚、ゴーレムが中金貨1枚です。」
ゴーレムは10万か……。
お高いけど、それなりに仕事をしてくれるということだろうか。
1人で戦うことが多いから、万が一を考えると、持っていたほうがいいかも知れない。
「いいな、姿隠しと照明をもらおう。」
「俺もだ。」
「俺も。10個ずつくれ。」
みんなが次々に姿隠しと照明の魔宝石を求める中、俺は姿隠しと照明の魔宝石の他に、こっそりと、ゴーレムの魔宝石も5つ購入した。まあ、お金はあるし。
「まいど。」
そう言って笑ったのは、店員ではなくアシュリーさんだった。
「アシュリーさんがこれを?」
「一部卸してるわ。」
なるほど。それでか。
だがそれを魔宝石に込められるということは、アシュリーさんはかなり強い精霊魔法使いということになる。
一緒に来てくれるのは頼もしいな。
俺たちは買い物を済ませると、早速森の奥へと事前調査に向かった。
「このあたりはまだ普通なのよね……。
問題はここから先なの。」
急にトレントが現れた時のように、木々が重なり合うように生えて、森が薄暗くなる。更にその奥へと進んでいくと、突如として切り立った崖の真下に、洞穴のような場所が口を開けているのが見えた。
「以前はこんな場所、なかったのよ……。
なのに、こんなものが出来ていて……。
まだ誰も入ったことはないけど、おそらくここから魔物が現れているんじゃないかと思うの。」
周囲の光という光が、すべて吸い込まれるかのような暗闇が、俺たちを待ち構えていたのだった。
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