第24話 ヌルチガ(鮭)の親子茶漬けと、ヌルチガ(鮭)の卵焼き

「やっちまったなあ……。」

「まったくだ。」

 俺とロンメルは、のそのそとベッドから起き上がり、朝食の支度を始めた。

 ベッドで寝てはいたが、いつ寝たのかお互い記憶にない。


「今日も仕事は休みなのか?」

「ああ。まあただ、明日の準備もあるからな、夕方までには帰るよ。」

「そうか。──朝飯はパンがいいか?」

「うーん……そうだなあ……。

 ジョージの故郷の料理を、もう少し食べてみたい気もするな。」


「そうか。

 昨日のヌルチガもまだ余ってることだし、酒のんだ次の日だからなあ……。

 朝は軽く、茶漬けにでもするか。」

「茶漬け?」

「お茶という飲み物があるんだが、それとライスを一緒に食べるのさ。うまいぜ。」


「ほーお?

 面白い食べ物だな!

 まあ、ワインも料理に使うし、そんなような考え方ってことか。」

「まあそういうことだな。」

「じゃあ俺は卵焼きでも作るか。」


「ああ、いいな、茶漬けにも合う。」

「そうなのか。」

「卵焼きは俺たちの故郷でも、朝の定番のオカズなんだ。」

「なるほどな、万能だよな、卵焼きは。

 そしたら、酢と油と卵と塩とコショウをくれないか。」


「卵焼きにお酢?」

「ピピルを作るんだ。」

「ピピル?」

「それらを混ぜ合わせたソースみたいなもんだな。」

「ひょっとして……これか?」


 俺は冷蔵庫からマヨネーズを出して、ちょっと小皿に出して渡した。

 ロンメルがマヨネーズを指にとって舐めると、

「これだ!

 お前のところでも作り置きしてたのか。」

「作り置きというか、まあ……。」

 作れるけど、今回は市販品なんだよな。


「あとは、パフィスリーの粉があればいいんだが……。」

「パフィスリー?」

「海藻から作られたものだ、味付けのもとになる。そのままで使うこともあるが、粉のほうが早いから、粉で使うことも多いな。」


「海藻……。これなんかどうだ?」

 俺は昆布だしの素を渡した。ロンメルが手にとって舐める。

「少し違うが、だいぶ近いな。うん、これでいいか。」


「そのまま溶けるから、取り出さなくていいぞ。」

「そうなのか?パフィスリーは、布の袋に入れて使って、あとで取り出すんだが。

 便利なものがあるんだな。」

 ロンメルは関心しながら、卵焼きを作り始めた。


「俺もヌルチガを使おうかな。」

 ロンメルが切り身にしたヌルチガを、焼いて丁寧にほぐしてゆく。

「いいな、うまそうだ。」

「よく母親が作ってくれたのさ。

 こいつをパンに挟んでもうまいぜ。」


 ロンメルは卵を溶いて、そこにマヨネーズを小さじ1、昆布だしの素を小さじの1/3程度加えてよく混ぜたものを、卵焼き器に半分流し入れると、手早くほぐしたヌルチガを左半分に入れて、それを芯にするようにくるくると巻いて端に寄せ、残りの卵液を流し込んでさらに巻いた。


 俺はイクラ、焼き海苔、三つ葉、昆布茶、わさび、顆粒だし、醤油、みりん、塩、アツアツのご飯を出して準備した。

 ヌルチガ(鮭)を両面、焼き色がつくまで油を使わずに焼いてやり、ほぐして骨を取り除く。


 熱湯をわかし、水600ミリリットルに対し、顆粒だし、昆布茶、みりん、醤油を、1対1対2対3で入れ、塩を少々加えてまぜ溶かす。味付けはちょっと薄めにするので小さじ程度で十分だ。


 丼にご飯を盛ったら、ヌルチガ(鮭)を乗せ、刻んだ焼海苔と、刻んだ三つ葉を散らし、イクラをのせて、わさびを添える。

 アツアツの出汁を上からかけて、ヌルチガ(鮭)の親子茶漬けの完成だ。


「出来たぞ。」

「早いな、こっちも出来る。」

 俺たちはテーブルに料理を移した。

「「いただきます。」」

 2人して両手を合わせて、さっそく朝食をいただくことにした。


「うん!ライスが、昨日とはまた違ったうまさだな!」

「卵焼きもいい感じだ。茶漬けに合うな。」

「おかわりいいか?」

「少し待ってくれ、ヌルチガを焼けばすぐ出来る。」

 俺はテーブルから立ち上がり、再びコンロへと向かう。


「まいったな、あっという間に食べちまったよ。」

「サラサラいけるだろ、酒のんだ夜や、次の日の弱った胃に最適な料理さ。」

「量を食ってりゃ、同じ気もするがな。」

「違いない。」

 ヌルチガを焼きながら振り返り、俺たちはそう言って、顔を見合わせて笑った。


「昨日は気付かなかったが、庭に畑作ってるのか?」

 ロンメルが、お茶漬けのおかわりを待つ間に、窓から外を眺めながら言う。

「ああ、まだ耕してる最中で、何も植えてないけどな。」


「いいな、俺もやりたいと思ってるが、なにせ王宮の近くに住んでると、土地付きは難しくてな。」

「確かに、高そうだ。」

「そういや、ジョージはなんでこの国に来たんだ?」


「うーん……まあ、なんとなくだな。

 あと、食べてみたことのない食材が食べたかったからかな。」

 神の手違いでしたとは言えない。

 そもそも転生したなんて、言ったところで信じてくれるか分からないが。


「ああ、確かにそれなら正解だな。

 この国は、湖も海もある。山の幸も豊富だし、食べられる魔物も多い。

 気になるのは、魔物が最近活性化し過ぎてることくらいだ。」

 ロンメルがため息をついた。


「そうなのか?」

「本来いる筈の群れより数が多かったり、強くなり過ぎたりしてるみたいだ。

 村にも冒険者をやってるやつがいるが、本来受けたクエストのランクじゃ、倒せない魔物が出ることが増えたらしくてな。」


 そういえば、ギルドは事前調査をしているのにも関わらず、予定よりも群れの数が多かったり、本来いる筈のない魔物がいることが多かったな。

 俺はよく知らないから、そんなものなのかと思っていたが。


「過去にもこんなことがあってな、その時は勇者と聖女が現れて、事なきをえたらしいんだが、今のところ、そんな存在が現れる兆しがない。どうなるのか、みんな不安がっているよ。」


 ……ひょっとして、俺の体は、勇者に与える筈のものだったんじゃないのか?

 俺が転生したことで、勇者が現れるのが遅れているのだろうか。

 だが、俺には魔物を倒す為の特別な力など与えられていないし、どうしようもない。


「今日はこの後どうする?」

 俺の出したおかわりのお茶漬けをすすりながら、ロンメルが聞いてくる。俺もおかわりを食べていた。

 ロンメルとであれば、何をしても楽しそうだが。俺は考えをめぐらせた。


「工房に行ってみないか?

 昨日、家庭用の食器洗浄機が欲しいと言っていただろう?どんな風にしたいのか、希望を直接伝えて貰ったほうが早いと思う。」

「ああ、確かに。もし加えられるなら、加えたい改良点があったんだ。」


「なるほど、じゃあこれを食べたら早速行こうか。工房の近くにいい湖があるんだ。用事が済んだら釣りでもしないか?」

「いいな、そうしよう。」

 俺たちは今日の予定を決めると、一気に残りのお茶漬けをかきこんだ。


「ヴァッシュさん、こんにちわ。

 今日は友人を連れてきました。」

「おお、ジョージ、この間は本当に助かったよ。ナナリーもすっかりよくなった。」

「それは良かったです。」

 ヴァッシュさんが笑顔で出迎えてくれる。


「友人のロンメルです。宮廷料理人をやってるんですよ。」

「おお、そりゃ凄いな。」

「ロンメルです、よろしくお願いします。」

 ロンメルはヴァッシュさんと挨拶して握手をかわした。


「家庭用の食器洗浄機が欲しいらしいんですが、改良を加えたいらしくて。」

「ほお?どんなだ?」

「乾燥機能を加えたいんです。

 夜洗って、乾いてくれれば、その分拭く手間が省けるなと。」


 なるほど。確かに、元の世界でもそういう機能のついているタイプがあるな。

 俺の業務用は、巨大な鍋を乾かすなんて時間がかかって無理だから意味ないが、家庭用ならその機能があったほうが便利だろう。


「ふむ、風魔法と火魔法の魔石を使えばいけると思うが、時間で止まる機能と、どう回路を組み込むかだな。

 ワシはそこは専門じゃないから、うちの若いのを呼ぼう。」


 ヴァッシュさんはそう言うと、工房の奥から、若い女性を連れて来た。

 お団子にまとめられた濃い茶色の髪、つり上がった目に、縁取りの濃い睫毛の、気の強そうな美人だった。

 ミスティさんと言うらしい。俺たちは挨拶をかわした。


「ミスティ、こちらのお客さんが、お前さんの作った食器洗浄機を、家庭用に改良したいらしい、話を聞いてやってくれんか。」

「彼女が作られたんですか、業務用はうちの職場でも使っています。とても使い勝手がいいですよ。」


 そう言われて、無表情に見えたミスティさんが、ちょっと恥ずかしそうに頬を染める。

「……ありがとうございます。」

「若いが、魔道具作成においては、右に出るやつがいないと、ワシャ思っとるよ。」


 俺たちはそれを聞いて関心したが、ミスティさんは、師匠、褒めすぎです、と恥ずかしそうだった。

「乾燥機能を組み込んで欲しいのですが、可能でしょうか?」


「……自動で止まる機能とは別に、時計用の魔石が必要になる可能性がありますね。

 なんとか1つに出来ないか努力してみますが、難しかった場合、大分お高くなってしまうんじゃないかと……。」


「どのくらいになりますか?」

「そうですね……。魔石の大きさは小さくなりますけど、使う回路が同じなので……。

 ざっとこのくらいでしょうか。」

 ミスティさんは、そろばんとなにかを足したような計算機を出して、金額を見せた。


「結構しますね。

 うーん、でも、長い目で見た場合、その分寝る時間が増えるしなあ……。

 よし!思い切って、お願いします!」

 大事だよな、睡眠時間。

 仕事してると特に。


「分かりました。すぐには出来ませんので、しばらくしたらまたいらして下さい。」

「分かりました、よろしくお願いします。」

「……手付は俺の方から払いますんで。」

 俺はヴァッシュさんの腕をつつくと、こっそり耳打ちをした。


 ミスティさんが言っているのは、あくまでも現物のみの値段だけだ。試行錯誤するには金がかかる。あるものを作るのとは異なるので、プラスαで開発費用がかかるのだ。

 そこは俺が負担することにした。

「いいのか?」

「はい、俺は魔物を狩れば済む話ですし。」

「分かった。

 お前さんの言う通りにしよう。」


 もともと盾を作るのに大金を預けてあるので、そこから引いてもらうことにした。

 その足で商人ギルドに行って、キッチンペーパーの登録申請をした。

 登録が終わったら、取り扱ってくれる商団も紹介してくれるらしい。


 それから俺たちは、帰り道の途中にある湖に立ち寄り、持ってきた釣り竿で、のんびりと釣りを楽しんだ。

 俺の出した釣り竿に、ロンメルは酷く驚いていた。この世界には、リール付きの釣り竿がないらしい。


 昼飯は、釣れた魚をその場で焼いて、塩で食べた。この世界に来て初めて、友人と過ごす時間はとても楽しかった。

 お互いの家に向かう道に差し掛かかり、俺たちはそこで別れ、またすぐに会おうと約束をした。


 家に戻り、そういえば、と、ふと、トレントの子どもをアイテムバッグに入れっぱなしだったことを思い出す。

 俺は大きめの植木鉢に、畑から取ってきた土を入れて、アイテムバッグからトレントの子どもを出した。


 トレントの子どもは酷く怯えていた。

 俺は植木鉢に入れてやろうとしたが、植木鉢のふちに根っこをつけて、これ以上中に入らないように抵抗して、なかなか土の中に根っこを入れようとしない。


「大丈夫だ、栄養タップリで、過ごしやすい土だぞ?」

 俺は一度引き上げると、気を抜いた隙に植木鉢の土の上にトレントの子どもを置いた。

「ふふふ、隙あり。」


 はじめはびっくりして泣きそうになっていたが、すぐに触れた土が自分にとってよい環境であることに気付いたらしい。

 ソロソロと根をおろし、土の中に根っこを完全に入れた。


「よしよし、気に入ったな。」

 しかし、こいつらは肉食だから、水と土だけというわけにはいかないんだよな。

 何をやろうか。

 俺はアーリーちゃんとクッキーを作ったあまりを、アイテムバッグに入れていたことを思い出して取り出した。


「ほら、食べるか?」

 俺の出したクッキーを、恐る恐る手にとって、鼻を近付けて匂いを嗅いでいたが、パクッと口に入れた瞬間、目が輝き出す。

 もっと食べたそうに、チラチラとこちらを見ているが、言い出せずにいる様子が、小さい子どもか小動物のようで、とても可愛らしい。


「ははは。」

 追加でクッキーを出してやると、嬉しそうに食べた。

「お前のお父さんとお母さんを、殺しちまってごめんな。お前が親と同じに凶暴になっちまったら、いつまで世話してやれるか分からんが、それまで一緒にいような。」


 俺の言っていることが分かっているのかいないのか、トレントの子どもは目をしばたかせていた。

「名前をつけたいけど、そもそもオスなのかな、メスなのかな。」


 俺は首をひねった。

 そもそも両親からして、オスメスの違いが見た目で分からなかったからな……。

「どっちでも良さそうな名前にするか。

 お前は今日からカイアだ。

 ギリシャ語で、純粋って意味だ。

 お前にピッタリだろ?」


 俺はもう一つクッキーを差し出しながら言った。

 意味が通じたからなのか、たまたまクッキーが嬉しかったからなのか、カイアはくりっとした目を輝かせて、可愛らしく笑った。

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