第23話 天ぷらと、ヌルチガ(鮭)とジカル(キャベツ)とチーク茸の塩昆布の重ね蒸しと、白子のソテー

 今日は朝からロンメルの案内で、市場に買い出しに来ていた。

 以前約束をしていた、一緒に料理をする日が今日なのだ。

 俺は料理を人に食べて貰うのも好きだが、人と一緒に料理をするのも好きだ。


 ロンメルは宮廷料理人。もちろんそんな高級食材を使う予定はないが、腕前はかなりのものだ。とても楽しみだった。

「これはヌルチガといって、海で獲れる魚なんだけど生まれは淡水で、産卵時は戻ってくるんだ。身も卵もうまいけど、白子がまた最高なのさ。」


 ふむ?

〈ヌルチガ〉

 鮭に似た生体と味を持つ魚。産卵数が少なく分類は淡水魚だが、その殆どを海で過ごす。

 なるほど、味の想像が出来るな。確かに白子の煮つけは俺も好きだ。


「こいつは買っていこう。食べるだろ?」

「もちろん。」

「野菜も見に行こうか。」

「ああ。」

「これはジカルといって、サラダなんかによく使うけど、煮てもうまいんだ。」


〈ジカル〉

 キャラ地方発祥の多年草。野菜として広く利用され、一年生植物として扱われる。

 風邪予防、視覚の正常化などの役割を果たす。

 キャベツと、キャベツの先祖のケールを、足して2で割ったような植物だな。


「よし、こいつも買って、と。」

「何を作る予定なんだ?」

「蒸し煮にするつもりでいるよ。

 オスを買ったし、白子も使う予定だな。

 チーク茸も買っておこう。

 バターや塩コショウは家にあるだろ?」


「もちろん。」

「ジョージは何を作る予定なんだ?」

「そうだなあ……。俺の国の料理、興味あるだろ?」

「食べさせてくれるのかい?」

「ああ、けど、ライス大丈夫かな?」


「ライス?」

「この間知り合いの店を手伝った時に出したんだが、お客がそれを、バイルダーだといって恐れてな……。

 まあ、食べたら喜んでくれたんだが……。

 バイルダーって、なんだか分かるか?」


「ああ、そりゃ、虫の卵料理さ。」

「虫?」

「一部の地域で好まれる高級食材で、珍味ではあるんだが、まあ、真っ白い虫の卵を皿一面に敷き詰めてあるから、見た目が気持ち悪いって人もいるだろうな。」

 なるほど、それに見えてびっくりしたのか。


「ライスは穀物だから、結局は食べてくれて喜ばれたんだが、そんなものに見た目が似てるんなら、食べるの嫌かも知れないな。」

「いや、俺はバイルダーも食べたことあるし、別に大丈夫だぜ。」


「そうか、なら天ぷらにでもするか。」

「天ぷら?」

「野菜なんかを、衣をつけて油で揚げた料理だ。」

「ふむ、楽しみだ。」

 ロンメルは楽しそうに笑った。


 俺たちは家に戻り、早速調理を開始する。

「ヌルチガとジカルの蒸し煮、ちょっとアレンジしてみないか?」

「ほう、どんな風にだ?」

「俺の国の素材と調味料を足すんだ、ちょっとおもしろい味になる。」


「いいな、やってみよう、2人の合作料理だな。

 白ワインと塩と黒コショウ、小麦粉と、ラタンオイルはあるか?あと、小さめの香草が欲しいな。」

「ラタンオイル?」


 俺は首をかしげる。

「果実から取った油なんだが。」

「油なら色々種類があるが……。

 この中に近いものはあるか?

 果実から取ったなら、これなんかそうなんだが。」

 俺はオリーブオイルを差し出す。


 ロンメルは匂いをかいで、手に出したオリーブオイルをペロッとなめた。

「ああ、うん、これだ。」

 と言った。

「小さめの香草は何に使うんだ?」

「味のアクセントと、あと見た目だな。」

「ああ、じゃあ、パセリでいいな。」


 俺はさつまいも、アスパラ、れんこん、じゃがいも、まいたけ、パセリ、塩昆布を出して、醤油、料理酒、めんつゆ、塩、黒コショウ、薄力粉、片栗粉、サラダ油、氷水、白ワイン、オリーブオイル、キッチンペーパーを準備した。


 ロンメルは手早くヌルチガを、白子を取り出して、三枚おろしにしてゆく。

「白子も揚げたいから少し貰えるか?」

「構わんぜ。ほら。」

「ありがとう。」

 ロンメルが切った白子を受け取り、食べやすい大きさに切って薄力粉をまんべんなくまぶしてやる。


 ああ、いいなあ、こういう時間。

 転生前はよく、こんな風に人と自宅で料理をしていた。

 料理対決は予想外だし困ったが、結果としてロンメルと知り合えて良かったと思う。

 次は俺の家にも来てくれよ、と言われて喜んでうなずく。


 ロンメルは鍋に塩を入れて湯を沸かし、白子を30秒ほど湯通ししたあと、冷水にさらして粗熱をとった。

 トレイにあけて白ワインを大さじ1程度、塩と黒胡椒を振って、

「これで10分くらいおくんだ。」

 と言った。


「ヌルチガを切ったら、料理酒を振りかけてくれ。」

「どのくらいだ?」

「一切れに対して小さじ1でいい。

 これが計量スプーンだ。」

 俺はロンメルに計量スプーンを渡す。


 その間に俺は油を熱して、野菜を洗ってしっかり水気を切り、薄力粉を打ち粉としてまぶした。

 横でロンメルがジカルを手でちぎっている。フライパンに、ジカル、ヌルチガ、チーク茸、刻んだパセリの順に重ねた。


「ここに塩と黒コショウとバターを使うんだが、ジョージの国の調味料を使うんだったよな?」

「ああ。バター20グラムに対して、塩昆布10グラム、料理酒大さじ1、醤油小さじ1を上に散らしてくれ。塩と黒コショウの加減は任せる。完成したら少し置いておいたほうがうまいぞ。」

「分かった。」


 ロンメルが水を50ミリリットルくわえ、蓋をして蒸し煮を始めている。

 白子を食べやすい大きさに切って、

「ふきんはあるか?」

「キッチンペーパーでいいか?」

 俺の渡したキッチンペーパーで水気を拭き取る。


「いいなこれ、どこで売ってるんだ?」

「売ってはないが……。必要ならいくつか渡そうか?」

「売ってないのか?売り物にすればいいのに。今後も自由に買えたほうが助かる。」

「うーん……。じゃあ、あとで商人ギルドに登録しておくか。」


「そうしてくれ。

 そういや、この間、新しく食器洗浄機が職場に来たんだが、あれ、開発したのお前だってな?名前を聞いて驚いたぜ。」

「早速入れたのか、高かったろうに。」

「俺が入れたわけじゃないから値段はわからんが、あれ便利だな。前に立ってなくていいし。」


「だろう、うちにもあるぜ。」

「ああ、これか!

 業務用を家に置いているのか?」

「たまに近くの村に大量におすそ分けをするもんでな。

 デカい鍋を洗いたかったんだ。」


「なるほどな。

 家庭用の小さいのを、今度開発してくれないか?うちにも欲しいんだ。」

「ああ……。工房と相談してみるよ。」

 話しながら、ロンメルはオリーブオイルをしいたフライパンの上で、中火で小麦粉をまぶした白子をソテーしている。2分火を入れて、ひっくり返して1分で火を止めたあと、キッチンペーパーに乗せて油を切っていた。


 俺は200ミリリットルに測った水に、300ミリリットルになるまで氷を加え、薄力粉200グラムに対し、片栗粉を大さじ2、塩をひとつまみ入れて、氷水に加えてざっくりと混ぜて衣を作った。氷水でないと絶対にサクッと揚がることはない。


 うちの母がこれを知らず、子どもの頃は天ぷらの衣といえば、ベタッとした分厚いもので、俺は天ぷらが嫌いな料理の1つだった。

 某天丼チェーンで初めてハマり、店長にバイトにスカウトされる程、一時期通い詰めたくらいには、今は天ぷらが好きである。


 混ぜすぎると粘り気が出るので、ダマが残ってるくらいがちょうどいい。

 打ち粉をふるっておいた食材を、さっと衣にくぐらせる。打ち粉をしておくことで、衣が必要以上につかなくなり、薄く綺麗な状態で仕上がる。


 俺は180度に熱した油に、1つずつ衣をつけた野菜を入れていく。とんかつを作る時など、普段は少ししか油を使わないが、天ぷらだけはタップリと使うことにしている。温度が下がるので1つずつ入れて、温度が戻るのを待って次を入れる。


 タネを1つずつ入れて、衣が固まるまでは触らず、じっくりと揚げていく。火が通りにくいものは薄く切ってあるが、それでも火が通らなければひっくり返して両面揚げ色がつくまで揚げてゆく。勢いよく泡が出ていれば順調に揚がっているサインだ。


 白子も揚げて、キッチンペーパーで油を吸い取ってやる。

「出来たぞ。」

「こっちも完成だ。」

 俺たちはテーブルに料理を並べて、茶碗に米をよそい、ワクワクと椅子に座った。


 今日は天ぷらと、ヌルチガ(鮭)とジカル(キャベツ)とチーク茸の塩昆布の重ね蒸しと、白子のソテーだ。

「──いただきます。」

 俺が手を合わせる仕草を、ロンメルが不思議そうに見る。


「お前のところの神への祈りはそうなのか?」

「俺の世界は八百万の神と言ってな、食材すべてと、人もまた神だ。食材と、作ってくれた人に、感謝の祈りを捧げる言葉だ。」

「なるほどな、いただきます。」

 ロンメルが、俺と同じように手を合わせてくれる。


「──それはなんだ?」

「箸だ。俺の地元では、これで料理を食べるんだ。お前の分は、ナイフとフォークとスプーンを置いてあるぞ。」

「俺も使ってみてもいいか?」

「構わんよ。」


 俺は箸を出してロンメルに渡してやる。

「う、う〜ん、これは難しいな。

 すぐには無理そうだ。やっぱりナイフとフォークを使おう、すまん。」

「謝ることはない。俺たちも子どもの頃はすぐに使えずに、スプーンを使うんだ。

 練習が必要なのさ。」

 なるほどな、とロンメルがうなずく。


「白子だけは塩で、あとはこれにつけて食べてみてくれ。」

 俺はめんつゆをお湯で薄めたものを、天つゆとしてロンメルに手渡す。

「うん!うまいな!このライスとやらに凄く合うよ!」

「ジカルもほんのり苦味があるのが、またうまいな!」


「そいつは良かった。」

「天ぷらは残しておいて、酒のツマミにしようと思うんだが……。

 お前、……いけるクチか?」

「もちろんだ。」

 ロンメルがニヤリとする。


「天ぷらは何にでも合う万能のツマミさ。

 白ワインもいいが……。

 日本酒なんてどうだ?」

「ニホンシュ?」

「俺の地元の酒だ。」

「いいな!飲もう!」


 天つゆで食べているから、さっぱりした淡麗がいいな。俺は純米大吟醸越路吹雪を出した。

 塩で食べるなら辛口でもいいんだが。

 俺はロンメルのグラスに酒をついでやる。

 ロンメルはワクワクと目を輝かせていた。


「──うまいな!さっぱりとした後味だ。」

「気に入って貰えて何よりだよ。」

「村同士の命運をかけた料理対決だなんて言われた時は、俺もどうしたものか困ったが、おかげでこうしてジョージと知り合えた。運命とは分からないものだな。」


「ああ。俺もそれが、あの対決の一番の収穫だと思ってる。」

 俺たちは互いにニヤリとし、グビリと酒をあおった。

 昼から飲み始めた酒が止まらず、追加で天ぷらを揚げては飲んで、気がつけば、俺たちは1つのベッドで、互いに狭い思いをしながら、朝を迎えたのだった。

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