第22話 オーク肉(豚肉)の冷しゃぶと温しゃぶ

 俺は朝から冒険者ギルドに来ていた。

 トレントのドロップ品の査定結果を確認する為だ。

 当然のように奥に呼ばれて、ギルド長の部屋に通される。

 大金を手渡すところを見せたくないのだろう。今回も副所長が対応してくれた。


 一番高い知力の実がなんと119個もあったらしい。1個で最低小白金貨1枚だというから、最低でも大白金貨1枚と中白金貨1枚と小白金貨9枚ということになる。

 これならオリハルコンの盾も作れるんじゃないか?


 というか、小白金貨1枚で一千万なのだ。つまり……、知力の実のだけでも、11億と9千万。そりゃあすぐには用意出来ないよなあ……。

 値段が崩れるから、一度に市場に出回らせない予定らしい。


 そうしないと俺に渡す金が減るということでもあるらしい。

 まあ、盾のことを考えなければ値段はいくらでもいいんだが、とりあえずなるほど、とうなずいておいた。


「あまり大きいお金じゃないほうが、使いやすくていいですよね?」

「まあ……そうですね。」

 出して驚かれても困るしな。

「ではこちらを。」

 そう言って、机の上にお金を並べだす。


 中白金貨が20枚と小白金貨が8枚と大金貨が3枚。しめて20億8千3百万。

 とんでもないな。

 普通の生活をしていたら、絶対にお目にかかることのない金額だ。


 まあ、オリハルコンの盾がいくらになるのか分からないが、それを使っている冒険者もたくさんいることを考えると、この世界においては、個人が扱う金額としては、そこまで高いものでもないのかも知れないが。


 副ギルド長が袋にお金を入れて渡してくれる。俺は例を言って、すぐさまヴァッシュさんの工房に立ち寄ることにした。

「おおジョージ、今日はどうしたね。」

 ヴァッシュさんはニコニコと、機嫌よく出迎えてくれた。


「実はお願いがありまして……。」

「また何か魔導具を作成したいのか?」

「いえ、今度は盾なんです。」

「ほほう?」

 ヴァッシュさんは目を光らせる。


「お前さんが要求するってことは、何か特殊なモンってこったな?」

「はい……。実は、俺の体を覆える大きさの、覗き窓と、立てる為の足をつけた盾を、オリハルコンで作っていただきたく……。」

「オリハルコンでか!」

 ヴァッシュさんが目を輝かせる。


「久々にデカい仕事になるな。」

「前金である程度支払いたいのですが、予算を教えてもらえますか?」

「……そいつを聞くってことは、金のあてがあるってこったな。」

「はい……実は……。」


 俺は他の人に聞かれないよう、そっとヴァッシュさんに耳打ちをする。

「トレントを倒したのですが、思いの外ドロップ品が多くて。」

「なるほどな。」

 ヴァッシュさんがうなずく。


「オリハルコン銃も、今日、先に引き取らせていただきたいと思ってます。」

「オリハルコン銃で分かると思うが、原材料の時点で、オリハルコンの盾は値段が目をみはるほど違う。

 そこに何らかの耐性を付与させるのであればなおのことだが、ちなみに何を付与させるつもりなんだ?」


「魔法耐性を付与させようかと。」

「ふむ、いい判断だ。

 使い勝手もいいし、よほど属性攻撃の火力が異常に強い相手でもなけりゃあ、属性耐性特化の防具なんてもんは、ワシャ必要ないと思っとるよ。」


「そんな相手がいるんですか?」

「まあ、ドラゴンだな。

 例えば火属性のドラゴンの攻撃は、属性耐性特化の防具でないと、防がれんと言われとる。範囲攻撃があるから、どうしても攻撃をかわしきれんからな。」


 なるほど……。ドラゴンは巨体のイメージがある。そこから火のブレスなどをはかれたら、かわしたりするのは困難だと思えた。

 確かにそれに耐えうる防具がないとキツイかも知れない。

 まあ、ドラゴンを倒す機会なんてないと思うから問題ないが。


「まあ、大白金貨1枚を想定しておけば、問題ないさ。」

 とヴァッシュさんは言った。

 やはり相当値がはるようだ。

「オリハルコン銃を引き取るってことは、オリハルコン弾も属性付与したモンが欲しいってこったな?」


「はい、ぜひお願いします。」

「お前さんならすぐに引き取りに来るだろうと思ってな。既に準備してあるよ。」

 そう言って、ヴァッシュさんは工房の奥からオリハルコン銃と、属性付与済みのオリハルコン弾を出して来た。

 オリハルコン銃があるので、今までのものよりオリハルコンの使用量が多い。


「ありがとうございます。」

 俺はカウンターでオリハルコン銃の残金と弾の代金、そして盾の内金として中白金貨10枚を支払った。会計を担当してくれたのは最初に会った職人だったが、俺がオリハルコンの盾を依頼することに、もう違和感はないようだった。


「昼飯は食ったか?」

「いえ、まだです。」

「ちょっと早いが、銃を手に入れたお祝いをかねてナナリーの店で食わんかね。」

「いいですね。」

 俺たちはそろってナナリーさんの店へと向かった。


「おや……?おかしいな。まだ準備中になっているぞ?」

 普段ならもう営業しとる時間なんだが、と言って、ヴァッシュさんは首をかしげる。

 ドアを押すと鍵があいていた。

「おーい、ナナリー?」


 ヴァッシュさんが店に入っていく。

「おい、どうしたナナリー!?」

 慌てたようなヴァッシュさんの声が店内から響いて、俺も慌てて店内に入った。

 ナナリーさんはカウンターに突っ伏してぐったりしていた。


「体温が少し高いようですね……。高熱というほどではないですが。」

 俺は額に手をあてて熱を測った。おまけにこの暑いのに汗をかいていない。

「熱中症かも知れませんね。」

「熱中症?なんだそれは。」


 この世界の人は熱中症を知らないのか。

「暑かったり、気温がそこまででなくとも湿度が高かったりすると、室内でもなることのある病気です。

 汗をかき過ぎたり、逆にかけなくなることがあるんですよ。」


 俺がそう言うと、ヴァッシュさんは心配そうにナナリーさんの背中をさすった。

「どこかで横にならせることは出来ますか?俺はその間に、症状を軽く出来る飲み物を作ります。

 それを飲んで駄目そうなら、お医者様に見せましょう。」


「2階が住居になっとる。

 そこに運ぼう。」

 ヴァッシュさんはそう言って、店の奥の扉を開けた。奥が2階に上がる階段になっている。

 ヴァッシュさんがナナリーさんを抱えて2階に上がっていった。


「ちょうどいい、湯冷ましがある。」

 俺はナナリーさんが火にかけていて、止めたらしき鍋を見た。常温の水でもいいが、この方が溶けやすい。

 俺は水1リットルに対し、砂糖30グラム、塩3グラム、市販のレモン果汁を出して、レモン汁を大さじ1入れて混ぜ合わせた。


 砂糖は水や塩を吸収しやすくするためのもので、1リットルに対し、20〜40グラムほど入れる。

 レモンやグレープフルーツを入れると飲みやすくなり、カリウムの補給にもなるので入れているが、なくてもいい。


 氷を張ったボウルに、別のボウルを置いて鍋の中身を移し、少し冷やして簡易経口補水液の完成だ。

 給仕用の水差しに経口補水液を移し、グラスと共にお盆にのせて、俺は2階へと上がった。


 ナナリーさんはベッドでぐったりしていた。

「これを飲ませてあげて下さい。」

 ヴァッシュさんがナナリーさんの体をおこす。

「ナナリー、飲めるか?」

 俺が口元にグラスに注いだ経口補水液をあてがうと、少しずつだが飲み始めた。


 そしてだんだん勢いよく、ゴッゴッゴッと飲み始める。おかわりを要求されて渡す。

「美味しい……なにこれ。」

「ナナリー!」

「それが美味しく感じるということは、体調が悪いということですよ。」


 俺が部屋にいることにようやく気がついたらしい。ナナリーさんがハッとして真っ赤になる。

 そういえば緊急事態かつ、お身内がそばにいたとはいえ、女性の部屋に気軽に入ってしまったのだ。申し訳なかったな。


「店……店をあけなきゃ。」

「ナナリー、無理しちゃいかん。」

「そうですよ、ゆっくり休みましょう。」

「でも……、オークの肉が……傷んでしまうから……。」

 そう言ってナナリーさんは眉を下げる。


 そういえば、冷蔵庫らしきものが店になかったな。食材を駄目にしてしまうのが気になるのは俺も分かる。

「今日は俺が代わりに店に立ちましょうか?」

「お前さんがか?料理出来るのか?」

 ヴァッシュさんが目をみはる。


「はい、と言っても料理人ではないので、大したものは作れませんが、要するにオークの肉を売り切ってしまえばいいんですよね?そのくらいなら何とかなります。」

 ナナリーさんがヴァッシュさんと顔を見合わせる。


「分かりました……。あつかましいですが、お願いしてもいいでしょうか?」

 ナナリーさんが力なく言ってくる。

「はい、ゆっくり休んで下さいね。

 ヴァッシュさん、このあたりの精肉店を教えていただけませんか?肉が塊だったので、切るところを任せたいのですが。」


「分かった、案内しよう。」

 俺は塊肉を携えて、ヴァッシュさんの案内する精肉店にやって来た。

 有料で薄く切って貰うと、それを持って再びナナリーさんの店へと戻った。


「随分と薄くして貰ったんだな?」

「はい、これで冷しゃぶを作ります。」

「レイシャブ?」

 俺1人で大勢の客を一度にさばくのは大変だ。ある程度作り置きした方がいい。

 そう考えて、あえて作り置きの方がうまい豚肉の冷しゃぶを作ることにした。


「ヴァッシュさんはナナリーさんを見ていてあげて下さい。

 軽度のものしか、さっきの飲み物では改善しませんので、体調がよくならないようであれば、お医者様を。」

「分かった。」


 ヴァッシュさんが2階に消えてゆき、俺は大きな鍋に湯を沸かした。

 レタスも一緒に温しゃぶにして食べる方が俺は好きだが、単価を考えると、レタスは生のままのほうがいいだろう。それもうまいしな。


 俺は、ポン酢、料理酒、砂糖、3倍濃縮の市販のめんつゆ、ごま油、業務用の大根おろし、カイワレ大根、レタスを出した。

 さすがに大人数さばくことを考えると、大根おろしを作ってる暇はないだろう。


 煮立った鍋に砂糖をひとつまみと、料理酒を入れてかきまぜる。肉を固くさせない為のものなので、いつも量は適当だ。

 はかって入れるのであれば、水1リットルに対して、双方大さじ1程度。


 まぜたら火を止めて少しさましてから、極薄の豚肉を一枚ずつ入れて箸でかき混ぜながら火を通し、色が変わったら引き上げてさましてやる。

 急ぐ時は水につけるが、俺はあんまりやらない。


 氷水は絶対に使わない。砂糖を入れるのも、沸騰した湯につけないのも、氷水に入れないのも、豚肉を固くしない為。氷水に入れると肉が固くなるのと同時に油が固まってマズくなってしまうのだ。


 湯が冷める前に弱火と中火の中間くらいで再び熱して、残りを全部火に通す。

 普段はそのまま食べるが、人に出すものなので、浮いてきた油やアクを取りのぞきながらそれを繰り返す。


 ポン酢と3倍濃縮の市販のめんつゆを3対1で混ぜ合わせ、ごま油を少々、大根おろしを乗せて、カイワレ大根を散らして、ツケダレの完成だ。かわりに豆苗でもいい。

 出汁を加えて薄めれば、そうめんやうどんに乗せるぶっかけにも使える。


 レタスは手でちぎって洗ったものを、水を切って置いておく。水切れが悪ければキッチンペーパーで軽く拭き取る。

 料理を出す時に、皿にしいたレタスの上に肉をのせれば豚冷しゃぶの完成だ。

 これで店に出す分は準備が出来た。


 あまったレタスの芯を自分用に茹でる。お客が来る前に腹ごしらえをしとかないとな。既に茹でてあるオーク肉と一緒に、アツアツのご飯を出して、ツケダレにつけて一気にかき込む。


 やっぱりレタスの温しゃぶは芯の部分が一番ウマイ……!

 俺がたまに発作的に食べたくなる料理の1つがレタスと豚肉の温しゃぶだ。こいつを食べる時は、ついついご飯を400グラムも食べてしまう。


 普段ならレタスを先に茹でるのだが、後茹でも豚の旨味を吸ってまたうまいな。

 ガツガツとかっ食らう。温しゃぶはレタスの割合が多いほうが俺は好きだ。

 レタスが肉より高いことがあるので、たまにしか出来ないが。


 ふう……。大満足だ。

 ふと顔をあげると、店の外から大勢の人が覗いているのが見える。

 しまった、早く店を開けなくては。

 手早く片付けて扉を開けた。


「お待たせしました、いらっしゃいませ。」

 ドヤドヤと大勢のお客が一気になだれ込む。

「あれ?ナナリーさんは?」

「すみません、今日は俺が代わりなんです。それと、今日は料理が一種類のみでして。」


「そうなんだ、じゃあ、それを頼むよ。」「パンとライスどちらにしますか?」

「ライス?」

「穀物の一種ですね、腹にたまりますし美味しいですよ。」


「じゃあ、俺はそれにしてみようかな。」

「俺はパンで頼む。」

「かしこまりました。」

 次々と注文が入り、俺は盛り付けした皿をテーブルに運んでいく。


 米をテーブルに置くと、それを見たお客がウッという表情になる。

「バイルダー……?」

 バイルダー?

 目の前にない食材やレシピは、パッと情報が出てこない。探し方はあるのだが、時間がかかるので普段やらないのだ。


「どうかなさいましたか?」

「いや……、これ、穀物って言ったよな?

 小麦粉とか、……そういうのと同じなんだよな?」

「はい、そうですね?」

「そうか……。」

 なぜそんなに恐れている風なのだろうか?


 意を決して、という表情で、オークの豚しゃぶとともに米を口に運ぶ。

 モソモソと噛んでいたが、

「……うまい!」

 それを見た、同じくライスを注文していた客が、安心したように口に運んだ途端、一斉にガツガツと食べだす。


「ライス、うまそうだな、俺もそれにしてみようかな。」

「こっちもライスに変更してくれ!」

 飛ぶように米が売れる。

 やっぱり豚しゃぶは、パンよりもアツアツの米だよなあ。

 米のうまさを知って貰えて俺も嬉しい。


 外から見える、他の客の食べる勢いの凄さに興味を惹かれたのだろう、あとからあとから店に客が入ってきて、ひっきりなしだ。

 洗い物をしている暇がなく、皿が足りなくなってくる。


「どうかね?店の様子は。」

 そこにヴァッシュさんが降りてきた。

「──目が回りそうです。」

「大変そうだな、皿洗いを手伝おう。」

「助かります!」

 俺たちは2人で必死に店を回した。


「ええ?昼はもうおしまいかい?」

「すみません、今日は材料がなくて……。」

 別に出せばいいのだが、給仕をしながらでは、とても作っている時間が足らない。

 準備中の札にひっくり返して、最後のお客を見送ると、どっと疲れがわいてきた。


「助かりました、ヴァッシュさん。」

「なんの、こちらこそだ。

 孫娘の為に本当にありがとう。

 ナナリーの状態も良さそうだ。

 今日は大事をとらせるが、明日には元気になっとると思うよ。」


「ナナリーさんはこれを毎日お1人でやられてるんですよね、……本当に頭が下がりますよ。」

 そう言って笑う。そこにナナリーさんが2階から降りてきた。

「あの……大丈夫ですか?」


「ナナリーさんこそ、まだ寝てらしたほうがいいですよ。

 無理なさらないで下さい。

 お金の計算は間違ってないと思いますし、損も出てないと思いますが、あとで確認してみてください。」


「本当に、何からなにまで……。」

 ナナリーさんが嬉しそうに微笑む。

「お客様も喜んでくれましたし、問題なかったと思います。」

 そんな俺達を見て、ヴァッシュさんは、ほんにおしいのう……。と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る