第21話 フライドオニオンとブラックペッパーのクッキー(酒のツマミ)

 俺は朝からトレント狩りに、馬車に乗って近くの町まで来ていた。

 トレントが木を操って森を塞いでいる為、森の中で狩りも出来ず、隣の町にも行かれないらしい。


 町についてさっそく、冒険者ギルドに挨拶の為に顔を出す。

 トレントの場所を聞くと、森に向かう道順を教えてくれた。

 1人なんですか?と受付嬢に驚かれたが、毎度のことなので気にしないことした。


 森はうっそうと生い茂り、木の枝と枝が近い距離で絡み合って、まったく日が差し込まずにジメジメしていた。

 これは木にもよくないし、他の動植物にもよろしくないな。

 トレントはこの方が暮らしやすいのだろうか?


 森の奥へと進んでいくと、まったく鳥にも獣にも、他の弱い魔物にすらも、遭遇しないことに驚いた。

 生態系がボロボロだな……。

 どうもトレントが出没するというのは、人間だけの問題ではすまないようだ。


 このあたりの筈なんだが……。

 トレントはかなり幹も枝も太い樹木の姿かたちをしており、おまけに顔がある。

 一見してそうと分かると言われたのだが、どうにも普通の木々しか見当たらない。


 そう思いながら進んでいくと、突如として日の光がさす場所に抜けた。

「こりゃあ……。」

 トレントはその中央に鎮座していた。

 目を閉じて眠っているかのようだったが、確かに目と鼻と口と思わしき切れ込みが幹に刻まれている。


 屋久島に旅行に行った際に、推定樹齢7200年と言われる世界遺産の縄文杉を見たが、とてもじゃないが、それをはるかに凌駕する太さの幹。

 ざっと3倍以上はある。

 当然枝も太く、トレントを避けるかのように、周囲に木々が間をあけて生えていた。


 これが樹木の王と言われる、木の悪霊の魔物、トレントか……。

 目と思われる切れ込みの間の少し上に、イボのように少し出っ張った箇所がある。

 あの奥にコアがあるのだ。

 俺は離れたところから、静かに腹ばいになり、ブローン姿勢で慎重に狙いを定めた。


 相手が寝てくれているというのは非常にありがたい。動物も魔物もいない環境は異常だったが、それらのせいでトレントに気づかれるという心配もなかった。

 だが一応、盾を出して横に置いておく。

 オリハルコン弾一発。正確に眉間を貫く。


 トレントが、クワッという表情で、カッと目を見開く。死なない!?

 よく見ると、眉間のイボのところでオリハルコン弾が止まっている。

 この太さの幹だ。相当皮が分厚く硬いのだろう。一撃では仕留められなかった俺は、立て続けにオリハルコン弾を眉間に向けて発射する。


 腹ばいの姿勢は狙いを安定させやすい。何度も同じ場所にオリハルコン弾を打ち込んでやる。

 だがトレントは、オオオオオオ!という雄叫びにも似た声を上げて体を震わせながら、地面から根っこを引っこ抜いて、スックと立ち上がった。


 足があるのか……!

 ズシーン、ズシーンと音をさせながら、こちらへと向かってくる。

 まずい。動きこそ鈍いものの、あの巨体に当たられたら、こんな盾では防げないだろう。

 オリハルコン弾はすべて木の皮で防がれ、奥のコアに届いていないようだった。


 俺は落ち着いてゆっくりと、木の皮に刺さったオリハルコン弾を狙った。

 正確無比にオリハルコン弾に、オリハルコン弾が当たり、木の皮の奥に銃弾をめり込ませる。

 トレントは、オオオオオオ!という雄叫びを上げながら光をまとい、その光が飛散すると同時に、あたりにドロップ品を撒き散らした。


「ふう……。」

 俺はひとごこちついて、ドロップ品をかきあつめ、アイテムバッグに入れた。

 ……多くないか?

 とても50ではきかない数だ。

 散らばったものを拾い集めるだけでも、かなり時間がかかった。


 その時、ズシーン、ズシーン、と再び音がして、明るかった森に影がさした。

 見上げると、別のトレントがゆっくりとこちらに近付いて来るではないか。

 先程よりも一回り小さいが、明らかにトレントだ。

 番いだったのか!


 俺は慌てて残りのドロップ品をアイテムバッグにしまい、トレントと距離をとって、再び腹ばいになって、ブローン姿勢でトレントを待ち構える。

 眉間を一発。やはり倒れない。同じように、木の皮に刺さったオリハルコン弾の上に、オリハルコン弾を当ててやる。


 先に当たったオリハルコン弾が押し込まれて、同じように光を飛散させてドロップ品を撒き散らした。

「危なかったな……。」

 それにしても、先程のトレントほどではないが、やはりドロップ品が多い。

 聞いていた数よりもかなり多いのだ。


「ラッキーだったのかな……?」

 俺は独り言を言った。

 ドロップ品を拾う俺の目線の端に、何やら動くものがかすめた。

 あの大きさなら動物か小さな魔物だろう。一応いないわけではなかったようだ。


 トレントの脅威から身を隠していたのかも知れない。

 俺はドロップ品をしまい終えると、動いたものを目線で追った。

「え?」

 それはとても小さなトレントの子どもだった。木の陰に、まるで腕のように枝を添えて、こわごわとこちらを覗いている。


 なるほど、番いであれば子どもがいても不思議ではないが、木であっても、魔物であれば、こんな風に子どもを作るのか。

 先程のおっかない見た目の両親と違って、目がくりっとしていて、妙に愛くるしい。

 トレント退治に来ているわけだから、これも倒さないと駄目だよなあ……。


 俺は盾をアイテムボックスに入れて、トレントの子どもへと近付いた。

 それに気付いてササササッとトレントの子どもが逃げる。

 だが、親同様動きが鈍く、すぐに俺の足に追いつかれてしまう。


 他の木を背にして、泣きながらこちらを見ている。

 困ったな……。

 こんなの殺せないぞ。

 俺はそっとトレントの子どもを抱き上げてみた。

 嫌がる子猫のように、小さな力で枝が押し返してくるが、まるで抵抗になっていない。その愛らしさに思わず吹き出してしまう。


 連れて帰るか。

 もともと1体だと聞いていたし、子どもがいることは知られていない。

 魔物だからいずれは凶暴化する可能性があるが、その時考えればいい。

 俺はトレントの子どもをアイテムバッグに入れると、乗合馬車を待って元の町へと戻った。


 俺はトレント討伐の証拠の枝を2体分と、ドロップ品を冒険者ギルドのカウンターに並べようとしたが、とても乗り切らなかった。

 すぐに慌てて裏に通される。

 ギルド長は不在だったが。副ギルド長がギルド長の部屋に通してくれた。


 俺は番いでいたことを告げ、すべてのドロップ品を机の上に並べた。

 ドロップ品は全部で247もあった。

 過去最大記録だと言われた。

 まあ、8〜30が基本で、1体で最大54と聞いていたから、相当多いのは俺でも分かる。


 となると、あれはかなりレベルが高かったということだろう。聞いていたレベルでは絶対にない。

 副ギルド長から、トレントはレベルが高くないと繁殖することはなく、番いになることはないのだと説明された。


 森に他の動物や魔物が一切いなかったことを話すと、それらを食べて一気に大きくなったのだろうと言われた。

 肉食なのか、木なのに。

 やられていたら、俺も食われていたのかも知れない。くわばらくわばら。


 ステータスを上げる実の他に、魔石が2つと、討伐証明の為の枝が2つ。

 それらをすべて買い取って貰うことにしたのだが、一番多い実が知力の実だったらしく、すぐにお金を用意出来ない為、後日改めて来て欲しいと言われた。


 冒険者1人につき現代の価値で言うと、一千万単位をすぐに支払える冒険者ギルドが、お金を用意する時間が欲しいというのは、いったいいくらになるというのか。

 このクエストは受けて正解だったな、と俺は思った。


 予定がだいぶ早く終わったので、俺は村に立ち寄って、アーリーちゃんの家を尋ねることにした。

 お菓子作りの約束を果たす為だ。

 家に迎えに行くと、御祖父母とともに、祖母のスカートを掴んで、後ろから恥ずかしそうに顔を出してくる、アーリーちゃんが出迎えてくれた。


 だいぶ仲良くなれたとは言っても、まだまだ恥ずかしがり屋さんなのは変わらないようだ。

 お菓子作りの話は以前からしてあったし、そのことは事前に御祖父母も了承済みなので、今日時間が出来たので一緒にしたい旨を告げると、喜んで送り出してくれた。


 アーリーちゃんが自分の足で歩きたがったので、手をつないでゆっくりと俺の家へと向かう。

 まだヨチヨチ歩きほどではないが、頭が体に比べて大きくてバランスの悪い年齢なので、気をつけないとすぐコケる。


 なにもないところでつまずいて、地面にしゃがみそうになったところを、力を入れて持ち上げて立たせてやる。

 痛かったな?と心配したが、大丈夫そうで、そのまま少しでも早く歩こうと、またトコトコ早足で歩き出す。

 ゆっくりと時間をかけて、俺たちは家にたどり着いた。


 今日はクッキーを作る予定だ。焼き菓子を祖母と作っているのだから、基本的な作り方は見たことがあるだろうが、俺はアーリーちゃんの為に型抜きを出してあった。

 お星さまやらハートやら犬の形やら。

 子どもならきっとワクワクする筈だ。

 高い椅子に乗せてやって、タンクから水を出して手を洗わせてやる。


 今日はもう一つ、酒好きのアーリーちゃんの祖父、ガーリンさんの為に、酒のツマミになるクッキーを作る予定でいた。

 アーリーちゃんに型抜きさせる分の生地は既に作ってあるが、これは一緒に作る予定なので、まずは材料を準備する。


 スライスチーズ、フライドオニオンを出し、薄力粉、砂糖、バター、ブラックペッパー、粉ふるい、ボウル、ゴムベラ、ラップ、鍋を準備する。これだけだ。

 まず薄力粉を粉ふるいでふるっておく。ザルでもいいし、100均で買えるものでじゅうぶんだ。俺も普段はそれを使っている。


 ダマをなくしたり、均一に混ぜ合わせたり、空気を含ませる為の目的で、これをするとしないとでは結果が大きく異なるのだ。

 料理と違ってお菓子づくりは化学なので、手順が異なると、同じ状態にはならない。大切な手順のひとつだ。


 バター50gを弱火で加熱して溶かす。耐熱容器に入れて電子レンジでやってもいい。

 様子を見ながら溶かすので、俺はこのほうが楽だというだけだ。

 バターが熱いうちにスライスチーズ2枚をくわえて、手早く混ぜて溶かしてやる。


 溶けたら砂糖を小さじに半分程度加える。甘くしないので味を引き立てる隠し味程度だ。

 よく混ぜ合わせたら、ふるって置いた薄力粉をくわえて、ゴムベラで軽く混ぜ合わせてやる。ここからはアーリーちゃんと一緒にやる。


 ひとかたまりになるまで混ぜたら、それを2等分し、片方にフライドオニオン、片方にブラックペッパーを混ぜ込む。

 フライドオニオンは作ってもいいのだが、今回は市販のものを出した。油を切るのに時間がかかるからだ。


 フライドオニオンのほうは丸い棒状に、ブラックペッパーのほうは長方形にのばす。

 ラップで包んで1時間ほど冷蔵庫で休ませる。

 その間に型抜き用の生地を出して机に広げてやる。

 案の定、アーリーちゃんは俺の広げたクッキーの元になる粉の板に、楽しげに型抜きを押してクッキーを作った。


 ほぼ押せるところがなくなったが、まだやりたそうだったので、生地を練り直して再び平たく広げてやる。

 また楽しそうに型抜きを始めた。

 170度に予熱してあったオーブンに、天板に並べたクッキーを入れて、15分ほど焼く。

 さましたらクッキーの完成だ。


 クッキーを食べながらお茶にする。ミルクをタップリと使ったミルクティーだ。

 アーリーちゃんはどれから食べようと、ウンウンうなりながら、最終的にお星さまの形を手に取った。

 2人でクッキーを食べながらおしゃべりをする。うん、いい出来だな。


 その間に天板を洗い、再びオーブンを余熱する。冷蔵庫に寝かせてあった生地を取り出して、丸い棒状にしたものをサラミのように太めに切り、長方形に伸ばしたものを棒状にカットして、オーブンで焼く。

 それを籠に敷き詰めてふきんをかぶせ、ウイスキーを携えて、アーリーちゃんを自宅に送り届けた。


 玄関で出迎えてくれたガーリンさんが、俺の見せたシングルモルトを見てニヤリとする。俺もニヤリとする。後ろで奥さんのマイヤーさんが、仕方ないわねえ、という表情で笑っている。

 マイヤーさんの作った夕飯をいただきつつ、楽しくおしゃべりをする。


 アーリーちゃんは既に眠たくなったらしく、うとうとし始めたので、マイヤーさんが部屋に寝かせにいった。

「そろそろやるか。」

「いいですね。」

 マイヤーさんがお皿に並べなおした、クッキーとグラスを持ってきてくれる。


 今日はマッカランを準備した。珍しい酒を飲んでみたいとガーリンさんが言った為、俺の世界の酒を用意したのだ。

「うん!こいつはいいな。」

「しょっぱいのも合いますけど、甘いのもいいでしょう?」


 アーリーちゃんと作った型抜きクッキーのあまりも持ってきていたのだ。

 酒というのは甘い物に意外と合う。菓子を作る時に、ウイスキー、ブランデー、はては日本酒なんてのも使うことがある。

 当然飲むのにだって合うのだ。


「今度から甘いものを見るたび、酒が欲しくなっちまうな。」

 そう言いながら、ガーリンさんがウイスキーをあおる。

「だめですよ、いい年なんですから、程々にしてくださいね。」

 マイヤーさんが、ガーリンさんからグラスを取り上げる。


「これで、この分で今日は最後にするから!」

 ガーリンさんの必死の頼みに、仕方ないですねえ、とグラスを戻してくれる。

 なんだかんだ、仲がいいのだ。

 俺は仲のいい夫婦をツマミに、笑いながら酒を飲み干した。

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