第20話 牛肉のしぐれ煮(常備菜)と、それを使った肉うどん(讃岐うどん)
今日は土に苦土石灰が馴染んだ頃なので、朝から土作りを再開した。
土作りで重要なのは、保水性、排水性、通気性が良いという、ちょっと矛盾にすら聞こえる状態を作ることだ。
微生物の排泄物や粘液により、細かな土の粒子がくっついて、小さな団子状になっているものが、集まっているのが最高とされる。
この団子状の土の中で水分が保たれ、団子と団子の間に適度な隙間があって、排水性と通気性をよくするのだ。
この状態でないと土が原因で根腐れなどをおこしてしまい、植物が育たなくなる。
触るとフカフカしていて、気持ちのいい寝床にしてやることが大切なのだ。
最初の準備として、既に苦土石灰をまいてある。だがここの土は粘土質のものが混ざっていた為、このままだと根腐れをおこす土になってしまう。
そこで、土を30cmほど掘り起こしたあとで、底が見えなくなるくらいの、たくさんの腐葉土と鶏糞に加えて、川砂を重ねてゆき、混ぜ合わせながら更に土を耕してゆく。
これでもまだ水はけが悪ければ、土を盛って畝を作ってやればよい。
野菜ごとに好むPH値や土の配合は異なるが、俺は農家ではないのでそこまでのことはしない。
これでまた一週間くらいしたら、野菜をうえられる状態になる筈だ。
俺はとりあえず、キュウリ、トマト、トウモロコシ、ナス、白菜、キャベツ、ブロッコリーを植えるつもりでいる。
父が毎年この時期になると植えていた野菜で、俺も毎年必ずこれだけは植える。
夏休みの朝食は、いつも朝採りの野菜だった。みずみずしく甘いキュウリに味噌とマヨネーズをつけて、トマトは塩で。それを腹いっぱい食べてしまうくらい美味かった。おやつはトウモロコシだ。
キャベツは最初は春先にだけ植えていたが、夏、冬と専用の品種が出るようになってからは、夏も冬も植えるようになった。
それぞれに味が違って、春先は生で食べたほうが美味く、冬は加熱したほうが美味い。夏はその中間という感じだ。
今から収穫を楽しみにしながら、俺は土作りを終えた。これをいつか自分の家族としたいと思いながら、結局今日まで独身を通してしまった。自分の子どもにも同じように、土作りから家庭菜園を教えて一緒に収穫するという夢は、もう10年も前に諦めた。
まだ日が高かったので、俺は近くの武器防具屋に来ていた。Sランクに対抗出来る防具がどんなものかを確認する為だ。
「どうも。何をお探しで?」
武器防具屋の主人は元は冒険者だそうで、大変いかつく、頼りになりそうだった。
「今度Aランクに上がることになりまして……。年に1度はSランクのクエストに強制参加と言われて、Sランクに対抗出来る防具がないかと……。」
「武器はお探しじゃないんで?」
「武器は心当たりがあるんですが、それも一応教えていただけるとありがたいです。皆さんどんなものをお使いなんでしょう?この店には置いてますかか?」
そう言うと、主人は残念そうに首を振った。
「Sランクは基本、どこの店でも店頭取り扱いがないんですよ。
素材を手に入れて注文制作になるんで、店頭には置いてないんでさ。」
「そうなんですか。」
まあ、オリハルコン銃も目玉が飛び出るような金額だし、店頭に常に在庫として置くのは無理なのかも知れないな。
前世だって、警備員もいない、保険会社や警備会社と契約もしてないような店に、高いものは置かないものな。
「ちなみに素材はどんなものを?」
「ミスリルは魔物によりますね。
万能なのはアダマンタイトとオリハルコンですがね、値段はその分高いですよ。」
やっぱりそうか。
「硬度がミスリルよりも高くて無属性のアダマンタイト、属性付与可能かつアダマンタイトよりも硬度の高いオリハルコン、って感じでさ。」
「属性付与はみなさんどんなふうに?」
「1つの武器に属性は1つしか付与出来ねえんで、近接職組は魔物の弱点属性ごとに属性付与の武器を使い分けてんですよ。
弓使いなんかは弓矢ごとに属性を付与させたりしてまさあ。」
つまり俺の場合、弾丸ごとに属性付与弾を作れるということか。
「盾はどうなんですか?
1度属性を付与させると、それはもう別の属性を付与出来なくなるんですか?」
「そいつも武器と同じで、属性ごとの耐性をつけるか、全属性にするなら、属性限定よりは下がりますが、魔法耐性を付けるかですかね。オリハルコンにするなら、最初は魔法耐性をつける人が多いですよ。なんせ高いですから。」
「ミスリルなら属性耐性をつける、と。」
「ただ物理防御がアダマンタイトやオリハルコンよりも弱いんで、魔物によっては魔法は防げても、通常攻撃は防げない、なんてこともありまさあ。まあAランクまでならミスリルでじゅうぶんですがね。」
……それじゃ意味がないな。
「例えばどんな魔物だと防げないですか?
マンドラゴラ、ミノタウロス、クラーケンだと、何が必要になるでしょう。」
俺はもう1度食べたいと思っていた魔物の名前を上げた。
「Sランクでも、マンドラゴラなんかは魔法攻撃しかしてこねえんで、ミスリルで事足りますがね。
Aランクでもミノタウロスだけは、物理中心かつ強化魔法を使うんで、アダマンタイト以上がないとちょっと危ないんでさ。」
「クラーケンはどうですか?」
「あれこそ魔法と物理の両方ですぜ。オリハルコンじゃなきゃ、まあ無理でしょうな。
パーティーに耐性付与や防具の防御力を上げられる魔法使いでもいれば、別に関係ねえですがね。」
近接職だけのパーティー、または俺1人なら耐性付与の防具が必須ということか。
「武器も同じでしょうか?」
「マンドラゴラは魔法さえ防げれば、時間はかかっても普通の武器でも倒せますがね。その魔法が問題なんで。」
「というと?」
「1体でいることがないのと、混乱と発狂と暗黒の魔法を使いますんで、目が見えない状態で、いきなりパーティーメンバーに襲われたりします。解除出来る魔法使い必須でさあね。」
なんと。それは俺にはどうしようもないな……。ミノタウロスは問題なさそうだが……。
こればっかりは、どこかのパーティに入れて貰うしかないかも知れない。
「クラーケンはどんな魔法を?」
「水の広域魔法ですがね、それより属性耐性が高くて物理攻撃が効きにくくて、倒しにくいんで。雷属性付与のオリハルコン武器がないとキツイでしょうな。」
同じSランクでも、色々と違うんだな。相手について詳しく知らずに立ち向かうのは相当危険というわけだ。
「ところで、盾にのぞき穴のあるものはありませんか?それと、立てておけるような支えが底についてるとなおいいんですが。」
前回のワイバーン退治の際は、大きな盾を肩で支えながらライフルを使っていたから、非常に狩りづらかったのだ。覗き穴がないから音しか頼りになるものもない。出来れば立てておけて、覗き穴からライフルを出して待ち伏せが出来れば最高なんだが。
「そんなものを求める人は聞いたことがありやせんが、まあ、注文すればどんなものでも作れるとは思いますよ。
店頭に置いてある防具には、まず存在しませんがね。」
やはりそうなのか。あるのであれば出せばいいだけだが、ないとなると、これもオリハルコンに魔法耐性を付与したものを、ヴァッシュさんの工房で作って貰うしかないだろうな。オリハルコン銃よりも当然オリハルコンの使用量が多くなるから、果たして幾らになるやら……。
「わかりました。少し検討したいと思います、ありがとうございました。」
俺は武器防具屋の主人に別れを告げて、冒険者ギルドに立ち寄った。メンバー募集がどの程度出ているものか確認したかったのだ。
だが、クエストの数に対し、Sランクのメンバー募集はかなり少ないものだった。冒険者ギルドの職員に尋ねると、Sランクともなると、一緒にパーティを組んだ仲間と挑戦することが殆どで、新規に募集することがほぼないのだと言う。
まいったな……。
「Aランクですが、ミノタウロスであれば、現時点で1人募集しているところがありますよ。」
なんだって?
「その方たちはいずれSランクに挑戦するでしょうから、今から実力を確認しておいて、一緒にSランクに挑まれてはいかがですか?」
冒険者ギルドの受付嬢がそうすすめてくれる。
確かにそうだな。初対面の相手とSランクでいきなり戦うんじゃ、立ち回りが分からなくて混乱する気がする。
それなら事前に何度か狩りをしておいたほうがいいだろう。
「ちなみにその方たちは、どうすれば会えますか?」
「今隣の店で食事を取りながら、応募があるのを待っている筈ですから、行けばすぐに会えると思いますよ。」
ツイてるな。これは会ってみるしかないだろう。
「男性2人、女性1人で、近距離が2人の魔法使いが1人です。
女性はかなりお綺麗な方でしたから、見ればすぐに分かると思いますよ。」
俺はさっそく隣の店に入ってみた。中を見渡すと、冒険者や町の人たちで溢れかえっていたが、大半が男ばかりだ。女性を入れた3人組は、その中で1組だけだったので、遠くからでもすぐに分かった。
だが、俺は近づくに連れ、すぐに回れ右することに決めた。お綺麗な女性というのが、ナナリーさんの店で会った下品な女だったからだ。防具を身に着けていたから冒険者だとは思ったが、まさかコイツだったとは。
俺は冒険者ギルドに取ってかえすと、受付嬢に、あの3人組は嫌なので、他が紹介出来るようになったら教えて欲しいと頼んだ。受付嬢は困惑しながらも、分かりましたと頷いてくれた。
代わりに他のクエストを受けることにした。盾のことを考えると、かなり稼がなくてはならない。稼げそうなクエストを聞くと、トレントというAランクの木の魔物がオススメだと言われた。
他の木を操って動かす力を持ち、再生能力が高く魔法を使い、近接職と魔法使いの場合、弱点属性攻撃でないと倒すのに時間がかかるが、コアと呼ばれる眉間の中心にある核を壊せばすぐ死ぬらしく、弓使いに人気の魔物らしい。確かに俺向きだと言える。
元は精霊が悪霊化したものらしく、死ぬと本体を持ち帰ることは不可能だが、様々なものをドロップという形で落とすのだという。魔石はもちろんのこと、木の枝──これを退治の証拠として持ち帰るらしい──や、ステータスを上げる実を撒き散らして消えるのだとか。
このステータスを上げる実というのが、冒険者や王宮勤めの兵士たちからかなり人気で、高く買い取って貰える。
一度にドロップする数は8〜30個。レベルに応じて最大で54個まで例があるらしい。
特に知力を上げる実は大変レアで、一個で小白金貨もするらしい。それでも基礎ステータスを上げる方法の少ないこの世界では、魔法使いの火力に影響する為、出回ればすぐになくなってしまうのだそうだ。
冒険者はみんな金持ちそうだからな……。ステータスを上げて更に楽に稼ごうということなのだろう。俺はトレントのクエストを受けることにした。いい実がドロップすれば、一気に盾まで手に入るかも知れない。
トレントのわいている場所までは、馬車でかなりかかるという。
夜は雇える馬車がないので、今から行った場合、現地で泊まりになってしまう可能性がある。俺はトレント退治は明日にすることにして、残りの時間は料理をすることにした。
今日は食事をかねて常備菜でも作るかなあ。休みの日に作っておくと、弁当をつめる時や、ちょっと飲みたい時に便利なんだよな。俺は牛肉の切り落とし、生姜、小ねぎ、冷凍讃岐うどん、イリコを出して、醤油、みりん、酒、塩、砂糖、かつお節、昆布、薄口醤油、七味唐辛子、キッチンペーパーを準備した。
鍋に300ミリリットルの水をはり、イリコ5匹、昆布を3センチほどの大きさのものを入れ、30分ほどつけておいてから火にかける。沸騰する直前に昆布を取り出して、かつお節を加えたら、弱火で更に5分煮て、蓋をしたまま1分蒸らしたら、キッチンペーパーを入れたザルで濾してよけておく。
しょうがは肉の1/10の重さ分、皮をむいて千切りにする。鍋に牛肉300グラムに対して、醤油大さじ4、みりんと酒をそれぞれ大さじ3、砂糖を大さじ2と混ぜ合わせ、中火で火にかける。濃いめの味付けなので、苦手な人は各調味料を少し減らして欲しい。
沸騰する手前で牛肉を加え、箸でほぐしながら、少し火を弱めて汁気を飛ばしながら煮詰めていく。牛肉は脂身が多い部分でなければ何でもいい。安いから癖で切り落としにしただけだ。殆ど水分がなくなったら、牛肉のしぐれ煮の完成だ。
鍋に作っておいただし汁を戻し、薄口醤油大さじ1、みりんと砂糖を各大さじ1/2、塩を少々加えて沸騰させたら、冷凍讃岐うどんを投入して、ほぐしながら1分茹でる。お湯で別に茹でてもいいが、俺は一緒にやってしまう。
器にうどんを盛って、上に牛肉のしぐれ煮を乗せ、刻んだ小ネギを散らして七味唐辛子を少し振ったら肉うどんの完成だ。
余った牛肉のしぐれ煮は、冷蔵と冷凍に分けて保存しておく。冷蔵で一週間、冷凍で一ヶ月もつ。油が固まってしまうので使う時は必ず加熱して使う。
肉うどんにするにはちょっと濃い目の味付けではあるが、常備菜を使って作る時はこの味付けだ。普通に肉うどんにするなら、醤油と酒とみりんは肉300グラムに対して大さじ2、砂糖は小さじ1にする。
うどんをずるるっとすする。ここの讃岐うどんは冷凍でも歯ごたえがあってうまいんだよなあ。やっぱりうどんは歯ごたえがないと、腹にたまらないし味もぼんやりしていると感じてしまう。
わざわざ割り下を作らなくとも、市販のめんつゆやうどんつゆでも構わないし、俺も時間がない時はそうしている。時間があるのでついつい手間のかかるやり方をしてしまうのだ。料理は自己満足。だが、それがいい。最後の汁一滴まで飲み干して、俺は幸せなため息をついた。
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