第19話 ネギ塩ルルクス(トマト)、ムルソー(こごみ)のお浸し、チーク茸(エリンギ)とオーク肉(豚肉)のオイスターソース煮込み
今日は朝からワイバーン狩りだ。
空をとび、群れをなしているというから、今までのようにはいかないだろう。
前回だって檻を壊すほどの力があり、魔法を放たれて苦戦したのだ。
木ですら簡単に倒すとなると、何か防壁になるものが必要だ。
俺は周囲を散策し、森の中にそうしたものがないかを探した。だが洞窟などもなければ、巨大な石のようなものもない。
森というよりも林という感じだった。
まいったな……。
警察や軍隊が使うライオットシールドは知っているが、ポリカーボネート製で、凄く重たい上に銃相手に殆ど効果を持たない。
ライオットは暴動という意味で、鈍器や投石程度から防ぐ為のものなのだ。木を切り倒す魔法に意味があるとは思えない。
銃弾を防げるタイプもあるが、それに見合った重さで、素早く動く相手に攻撃を同時にするには向いていない。
拳銃に対抗出来るバリスティックシールドなんてのもあるが、大口径弾や、一箇所に集中的に銃撃されれば普通に穴が開く。
ワイバーンの魔法の威力を目の当たりにしている俺としては、心もとなく感じてしまう。
この世界の盾ならどうだろうか?普通に狩られているようだし、魔法に耐える盾なんてのもありそうだよな。
俺はそれをイメージして、全身を覆えそうな盾を出してみた。すると見たことのない金属で出来た盾が出てくる。
少なくとも鉄でもオリハルコンでもないようだ。魔法防御を付与出来るとなると、魔法と相性がいいと聞いていたミスリルだろうか?
持ち上げてみたが驚く程に軽い。なのに叩いてみると硬さを感じさせる音がする。
こいつはいいな!
剣士が使うようなものではないだろう。
盾職がいるというからそれ用だろうか。
のぞき穴がないのは残念だが仕方がない。
俺は掴みかかられないよう、木と木の間に盾を構えて、慎重に待った。
ワイバーンは村の牧場に向かう際に、必ずこのルートを通ると言われている。
そこを狙い撃ちする為だ。
程なくしてワイバーンが鶴翼の陣形で飛んで来る。鳥が群れをなして飛ぶ時のあれだ。
この状態で1度に貫けるのはせいぜい2体まで。あとはこちらめがけて襲ってくるだろう。俺はワイバーンが重なる瞬間を狙ってオリハルコン弾を放った。
飛ぶスピードを早めた1体が偶然巻き込まれて、3体のワイバーンが脳天を貫かれて地面に真っ逆さまに落ちてゆく。
それを見た他のワイバーンたちが一斉にこちらを向いた。俺は生唾を飲み込む。
滑空してくるワイバーンに狙いを定めて次々撃ち落とすが、早い!早すぎる!
4体撃ち落としたところでワイバーンが木の間から狙う俺を足で掴もうとして来る。
木に阻まれたが少し盾を引っ掻いた。
盾はびくともせず、表面にうっすらとした傷もなかった。通常攻撃は防げそうだ。だが問題は魔法攻撃だ。
俺に掴みかかったワイバーンを撃ち落とすと、残ったワイバーンが次々と風魔法を放ち、あっという間に木が切り倒され、俺はそれに巻き込まれないよう後ろに下がった。
丸見えになった俺に風魔法が飛んで来る。俺は身を縮めて盾の後ろに隠れた。
何かを弾くような音がしたが、盾は壊れてはいなかった。──いける!
風魔法は空気を切り裂くような音がするので、放った瞬間が分かる。俺は音のしない時に盾から顔を出してワイバーンを狙った。
ギャッギャッと鳴きながら俺に攻撃を仕掛けるも、次々にワイバーンはオリハルコン弾の餌食となった。
しめて25体。これだけの数に一気に襲われたらひとたまりもなかったろうな。
俺は仕留めたワイバーンと盾をアイテムバッグに入れて冒険者ギルドへと向かった。
討伐報告をすると、予定よりも10体以上多く発生していたらしく、非常に驚かれた。何より1人で倒したのだ。俺は再びギルド長の部屋に呼び出されてしまった。
「用件はお分かりかと思いますが……。
あなたの冒険者ランクを引き上げたく。」
Aランク以上ともなると、Sランククエストに参加出来ることになるが、果たしてあの盾がSランク以上に通じるものか分からない。しかも年に1度は必ずSランククエストに参加しなくてはならないらしい。
さすがにパーティーを組むしかないだろうか?
そもそもオリハルコン弾だって通じるか分からないのだ。Sランクの魔物は等しく特殊攻撃をしてきて、巨大な体躯のものが多いのだとギルド長は言った。
そんなもの倒したことがないので、倒せるイメージが出来ない。
ワイバーンはまだこのくらいのサイズなら動物でも見たことがある、という大きさだったから、数さえいなければ問題はないと思う。
だが、世の中にはSランクを1人で倒す冒険者もそこそこいるらしい。
武器を聞いてみると、大半が近接職だったが、弓使いも何人かいるのだそうだ。
弓でいけるなら、武器次第では可能性があるかも知れない。
これは1年以内にオリハルコン銃を手に入れなくてはいけなくなってきたな。
今回ワイバーンはすべて買い取りして貰うことにした。村の人たちからいただいた食材もあることだし、必要ならまた狩ればいい。
1体につき大金貨2枚と中金貨4枚、しめて小白金貨6枚。
魔石が大量に取れたらしく、それが合計で小白金貨1枚と大金貨6枚と中金貨5枚。
……なんか見えて来たな。
オリハルコン銃を手に入れる為の金額を、既に半分以上稼いでしまったことになる。
俺は再びヴァッシュさんの工房を尋ねることにした。
「おお、ジョージ、見てくれ、こいつでどうかね。」
ヴァッシュさんが見せてくれた食器洗浄機は、自動でお湯が出て時間で止まる、俺がイメージした通りのものになっていた。
「はい、完璧です。ありがとうございます。」
「ならさっそくこいつを登録に行こう。
ネジの登録が終わっている筈だから、受け付けして貰える筈だ。
それが終わったらこいつを引き渡すよ。」
俺たちは連れだって商人ギルドと職人ギルドへと向かった。
「──ではこちらが控えになります。
3日後にまた、お越しください。」
ネジの時よりも日数がかかるらしい。
魔石を入れ替えられることと、全自動の2つの機能が備わったからだろうか?
「こいつを売り出したら、ジョージにもギルドを通じて金が入るからな。
楽しみにしておくといい。」
「まあ、高いものですし、急には売れないでしょうから、期待しないで待ってます。」
そう言う俺に、
「分からんぞ?
新しもの好きの貴族や、貴族相手の高級料理店なんかが必要としたら、一気に売れるかも知れん。」
貴族は分からないが、料理店は必要とするだろうな。その分人件費が浮くわけだし、長い目で見たらそっちの方がおトクだ。
1度自動の便利さを知ってしまったら、人間なかなか戻れないものだ。
帰り道、ヴァッシュさんに誘われて、再びナナリーさんの店に入った。
前回は昼飯時を過ぎていたのですいていたが、店の中はほぼ満員だった。
少し待ってテーブルが片付けられ、俺たちは席に通された。
「今日のオススメは何かね?」
「ナインテイルのタンの煮込みスープよ、おじいちゃん。」
ナナリーさんが笑顔で答える。
「おお、ワシの大好物じゃ。
ジョージは食ったことがあるかね?」
「いえ、ないですね。」
「ならぜひ食べて貰おう。
ナナリーのタンの煮込みスープは母さんよりも美味いからな。」
「おじいちゃんたら。」
照れて嬉しそうになるナナリーさん。
俺もそれを頼むことにした。
目の前に、熱々の陶器に入ったナインテイルのタンの煮込みスープが運ばれてくる。
タンが分厚くて食べごたえがある。
スープは、塩とブイヨンに、生姜かな?生姜はあるんだな、この世界。ほんの少し酒が入っている。
うん、実に俺好みだ。
パンと一緒にペロリと平らげる。
「ナナリーさん、すみません、おかわり貰えますか?」
「はーい。」
カウンターの奥から声が聞こえた。
「気に入ったか。」
「ええ。実に好きな味です。」
すると奥のカウンターに座っていた、冒険者らしき集団の中の1人の女性が、あやしく微笑みながら俺に近付いて来た。
「健啖家なのね。」
「はあ、まあ……。」
美人だが化粧が濃くて、香水か何かの匂いが臭く、この店には不似合いで、なおかつ胸元の防具が大胆にあいていて、大きな胸を見せつけてくる。普通は下に何か着るものじゃないのか?あんなんで守れるのか?
「……どう?今夜、アタシと。」
は?
こんな真っ昼間っから、初対面の男相手に夜の誘いだと?酒場じゃないんだぞ、どうなってんだ、この世界の常識は。
「いえ、結構です……。」
俺は嫌なものを見た、という表情で、目線も合わせずそれを断った。
「なっ……!」
断られるなんて予想外だったのだろう。女性の顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まる。
「はーい、おまちどお。」
その時ナナリーさんが、おかわりのスープを持ってくる。
「パンは?」
「お願いします。実にうまいですね。
ご自分で考えられたんですか?」
「え?ええ。
お母さんが作ってくれたものに、自分なりに改良を加えて……。」
「酒と生姜がきいてますね。」
「はい、その組み合わせにたどり着くのには、結構苦労しました。」
ナナリーさんとは朗らかに話している俺に、女性が、ダンッ!と机を叩き、ナナリーさんがビクッとする。
「──ちょっと、アタシより、こんな女の方がいいって言うの?」
腕組みしながら俺とナナリーさんを睨む。
俺はちょっと女性を睨みながら、
「ええ、そうですね。
臭い匂いを漂わせて、派手な露出で場所もわきまえず男を口説く女性より、美味い飯が作れて、笑顔の明るい女性の方が、俺は好みですよ。」
「え?ええっ?えっと……。」
急に話題に巻き込まれてナナリーさんがオロオロしている。
実際これは本音だ。俺は一緒に暮らすなら、食の好みがあって愛嬌のある女性と決めている。価値観が合わないとキツイのだ。
「こんな太って年食った女のどこがいいのよ!この店にいる男は、全員アタシの方がいいって言うに決まってるわ!」
ナナリーさんが落ち込んだ表情を見せる。
「……いい加減にせんか。うちの孫娘と友人に絡むのはやめてもらおう。」
ヴァッシュさんが女性を睨む。
「そうだぞ、帰れ!ナナリーさんになんてこと言うんだ!」
「一晩寝るだけならお前を選ぶかも知れねえけど、嫁に貰うならナナリーさんだ!」
「えっ、ええっ!?」
店の常連客たちもワイワイと騒ぎ出し、ナナリーさんはますますオロオロしだす。
女性は悔しそうに俺たちを睨むと、
「出てくわよ!」
と叫んでドアに向かった。
「あ、あの、お代……。」
「後ろの男たちが払うわ!」
「おい、待てよ、ミーシャ!」
カウンターにいた男たちが、慌ててミーシャと呼ばれた女性を追いかけつつ、
「すまんな、これ、全員分だ。」
と、金を払って出ていった。
「あ、あの、私、奥に戻りますね!」
ナナリーさんは照れたような表情で、カウンターの奥へと消えて行った。
「兄ちゃん、若いのに見る目あんな。」
「けど、ナナリーさんは駄目だぜ?滅多な奴には渡せねえからな。」
職人らしき男たちが口々にそう言ってくる。
「意外と人気あるんじゃな、あいつ……。」
ヴァッシュさんが驚いたようにそう言った。
「実際素敵な人ですよ。」
俺は微笑みながらヴァッシュさんに言う。
「……本気か?」
「はい。」
「ジョージがもう少し年齢が上か、ナナリーがもう少し若ければ、くっつけたいとこだが、さすがに釣り合いが取れんわい。」
ヴァッシュさんは残念そうに言った。
俺の元の年齢なら、釣り合いが取れるどころか、若過ぎるくらいなんだがなあ。
いつもニコニコしていて料理がうまく、家族と仲のいい女性というのは、俺のような年齢の男ほど安らげるのだ。家の中でがなり立てられること程嫌なことはない。
この店の常連客たちも、それを求めてここに来ているのだろう。
ナナリーさんが人気というのも無理からぬことだと思った。
それでもあの年まで独身なのは、奥手そうなところが原因なんだろうな。
俺はヴァッシュさんの工房に戻ると、食器洗浄機の代金を支払い、オリハルコン銃の代金の手付金を追加で支払った。
「こんなにどうしたんだ?」
「今度、Aランクに上がることになりまして。」
それだけで、冒険者たちを相手にしているヴァッシュさんには伝わったようだ。
「ほんとにおしいのう。お前さんの年齢が釣り合ってさえいれば……。」
孫娘を嫁に出したいくらいには、気に入ってくれたようだ。俺は笑顔になった。
家に戻り、台所の脇に置く台を出して、さっそくアイテムバッグから取り出した食器洗浄機を設置する。
これで大人数におすそ分けした後も、普段の洗い物も楽になる。魔石は出せばいいだけだし、手に入れられて良かった。
俺は村人たちに分けて貰った食材で調理することにした。
長ネギを出して、醤油、お酢、ごま油、にんにくチューブ、塩、黒胡椒、片栗粉、鶏ガラスープの素、オイスターソース、マヨネーズ、オーク肉(豚肉)、ルルクス(塩気のある小さめのトマト)、ムルソー(こごみ)、チーク茸(エリンギ)、ご飯を用意した。
長ネギをみじん切り、ルルクスをくし切りにして、ボウルの中で鶏ガラスープの素とにんにくチューブと黒胡椒を少々、お酢とごま油を各小さじ1とまぜる。本来塩を加えるが、ルルクスが元々塩気があるので、このままでネギ塩ルルクス(トマト)の完成だ。
ムルソーの根本を切り落とし、渦巻き部分を引っ張って、優しく撫でるように洗う。小さな棘に見える葉は食べられるので取らない。鍋にたっぷりのお湯を沸かして塩を入れ、ムルソーを1分茹でる。
ザルにあけて水気を切り、いったん冷凍庫で少し冷ましてから、食べやすい大きさに切って、醤油をかけたマヨネーズをそえたらムルソー(こごみ)のお浸しの完成だ。
朝採りのこごみのお浸しのほろ苦さは、子どもでも夢中になる味だ。少なくとも俺はそうだった。
チーク茸を縦に割いて、オーク肉は一口サイズに切る。フライパンにごま油を引いて中火で熱し、チーク茸とオーク肉を並べて焼き色がつくまで焼いたら、鶏ガラスープの素小さじ1、醤油小さじ2、オイスターソース大さじ1、水を加えて煮込む。
火が通ったら水溶き片栗粉を加えてとろみをつけてチーク茸(エリンギ)とオーク肉(豚肉)のオイスターソース煮込みの完成だ。
俺は大金が手に入ったので、酒屋で酒を買ってきていた。バラモッシュという酒でウイスキーにあたる。
炭酸と氷を出してハイボールにする。
まずはこごみのお浸しを一口。
これこれこれ!天ぷらもいいけど、やっぱりこごみはお浸しだよなあ。ほんのりとした苦味と旨味がたまらない。朝採りを朝茹でて食べた時と言ったらもう!それだけで、腹いっぱいに出来る自信がある。
ネギ塩トマトも酒に合う味で、俺はグビッとハイボールをあおる。ごま油と塩の組み合わせ最強過ぎだ。直接素材に塩が染み込んでいるから、こっちの方が酒にもあうし、料理にもあうな。
エリンギと豚肉のオイスターソース煮の段階でご飯をかきこむ。
オイスターソースは後から日本に入ってきたのに、なんだってこんなに米に合うんだろうな。1膳食べたら残りはツマミにする。
バラモッシュはほのかにレモンのような香りが鼻からぬける美味い酒だった。ボウモアに似てるかな?こちらのほうがよりフルーティーな感じがするな。バラモッシュの方が好きかも知れない。
ロンメルさんが出してた食材はミノタウロス以外はSランクだと聞いたし、やるならそれにしたいな。また食べたいし。
頑張って金を貯めて、Sランクに対抗出来る盾を調べないと。
そう思いながら大満足で酒を飲み終えた。
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