第18話 ケルピー(フグ)のしゃぶしゃぶとシメの雑炊
俺は朝から湖に来ていた。サラマンダーとケルピーの討伐をする為だ。
ケルピーは湖の中に、サラマンダーはその近隣の川周辺に生息しているらしい。
どちらも数が増えすぎて、攻撃してくるので困っているのだそうだ。
特に湖で魚が取れず、それで生計をたてている周辺の人たちが困っているので、役場から正式に依頼が来たのだそうだ。
素材や食材目当ての場合もあるが、今回は公共機関が依頼してきたケースだった。
この場合は素材を要求されていないので、持ち帰っても売ってもいいのだそうだ。
料理対決の際は、事前にレシピ研究の為に大分食べてしまっていたら、対決時の時点では、みんなに味見して貰うほど量がなかったし、今回もおすそ分けするか。
そう思いながら俺はサイレンサーを取り付けたライフルでサラマンダーに狙いを定める。
サラマンダーは火を吹く以外は動きが鈍いので、遠距離で火力のある武器を持つ俺からすると、倒しやすい相手だ。確かに十数匹いるから、まとまって襲ってこられたら危ないだろうが。
出来るだけ直線に並ぶのを待って狙いを定めて撃つ。オリハルコン弾は貫通する程威力があるので、こういうことも可能だ。
倒れた仲間を見て慌てて逃げる──だが足が遅い──残りのサラマンダーを難なく仕留めてアイテムバッグにしまう。
問題はケルピーだ。基本湖の中にもぐっていて、呼吸をする時だけ水面に上がってくるのだという。
数を討伐しようと思うと時間がかかるし、回収する為に湖に入った途端、引きずり込まれる恐れがあると言われた。
ケルピー自体はサラマンダーよりも弱いが、討伐の証拠を持ち帰るのが難しいのでBランクなのだそうだ。
だが俺はとてもツイていた。ケルピーたちは日光浴の時間らしく、湖から上がってのんびりその身を地面で休めていたのだ。
これならば回収に問題はない。しかも湖を囲むようにほぼ一直線に並んで座っている。
俺は出来るだけ1度に倒せる角度を探して慎重に動いた。音に敏感と言われているので、湖に逃げられたら元も子もない。
ライフルで撃ち抜くとパタパタとケルピーが倒れていく。一匹逃して湖の中に逃げようとしたところを撃ち抜くと、湖に沈みそうになるそれを、慌てて駆け寄って回収し、残りも回収してアイテムバッグに入れた。
冒険者ギルドに討伐報告をして解体をお願いすると、その数に驚かれた。せいぜい1体、よくて数体だと思われていたらしい。
特にケルピーは逃げ足が早くて難しいので、何度も討伐依頼を出していたのだそうだ。
しかも朝出てすぐに戻って来たものだから余計だ。1人なら1日あってもこの数は不可能なのだと説明をされた。
まあ、ツイていただけだからな今回は。
バラバラに並ばれていたら、俺もケルピーは逃げられて2体が限界だったと思う。
サラマンダー14体──魔物は体と数えるらしい──に、ケルピー17体。
確かに1度に貫通させたと言っても信じて貰えない頭数だな。俺自身、オリハルコン弾の威力に驚愕したくらいだし。
おすそ分けに1体分ずつそれぞれ肉を持ち帰ることにして、あとは買い取りして貰うことにした。
幾つかから魔石と呼ばれる石が取れたので、それはまた別の買い取りになると言われて、精算された際に俺は驚いてしまった。
まず肉だけでサラマンダー1体につき大金貨1枚と中金貨4枚。ケルピー1体につき大金貨1枚と中金貨8枚。しめて大金貨47枚。
……高くないか?宮廷で好まれる高級食材だと聞いてはいたが。
そして取れた魔石が大きさによりまちまちだが、合計で大金貨7枚と中金貨3枚。
Bランクでこれなのだ。Aランク以上ともなると、果たしていくらになってしまうのか。冒険者を目指す人間が多いわけだ。年収を軽く稼げてしまうわけだからな。
ケルピーは今回オスがいたので素材の買い取りもあった。ケルピーのオスの角は薬として珍重されるのだそうだ。前回のはメスだったわけか。オス1体につきメスたくさんで群れを作るので、オスは群れの中に基本1体だけらしい。
それが小白金貨一枚と大金貨3枚。大金貨10枚で小白金貨1枚だと言われた。
……1300万くらいか?
これを素材にする薬はどんなものかと訪ねたら、受付嬢が赤面しながら、「……勃起不全です。」と耳打ちしてくれた。
……なるほど。人によっては喉から手が出る程欲しいだろうな。
角はかなり大きいものだし、素材の1つなので、実際の薬はそこまでの値段ではないらしい。
俺はワイバーンのクエストも単独で受けたいと告げたが、最早誰も難色を示す人間はいなかった。
ワイバーンは本来山に生息しているが、なぜか群れをなして人里の家畜を襲っているそうだ。山に登らなくてすむのは助かるな。
まだ日も高かったので、俺はヴァッシュさんの工房に立ち寄った。大金が手に入ったので、オリハルコン銃の代金を確認しておく為だ。まだ手に入る程の金額ではないだろうが、見えてきた気がしたのだ。
「おお、ジョージ、試作機が出来たんだ。確認してくれるかね。」
ヴァッシュさんは笑顔で出迎えてくれた。
俺は業務用のデカい鍋を使っているから、業務用サイズのものを注文していた。
ロンメルさんのところで見たのよりも高さが低かった。
「家で使うと聞いたからな、天井を考慮させたんだ。」
「助かります。」
蓋を試しにドライバーで外してみる。簡単に取り外しが可能だし、ボタンひとつで洗浄と停止が可能だ。
「これ、時間がきたら自動で止まるようにも出来ますか?」
停止をボタンでやるとなると、ずっとはりついてないといけないので、変えられるものなら変えたかったのだ。
本来業務用も家庭用も自動で停止するものだしな。
「時計を組み込んで、時間に合わせて温水を噴出する魔石から出る魔力を停止させれば可能だが、時計の分の別の魔石が必要になるぞ?」
その分高くなる、とヴァッシュさんは言った。
「時間効率の方を優先出来た方がありがたいです。食器洗浄機にはりついてる時間がなくなれば、喜ぶ人も多いと思いますよ。」
ヴァッシュさんは、うーん、と唸ったが、面白いかも知れんな、と言った。
「確かに今までになかったアイデアだ。
受け入れる人間が増えれば、色んなものを自動で停止するだけで、新しく商品が売れるかも知れんな。これも登録しよう。
はじめはなんでも高いもんだしな。」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。
それと、ちょっと大金が手に入ったので、オリハルコン銃の金額を聞いておきたいのですが。
もちろんまだ先のことかとは思いますが。」
「あれか?中白金貨1枚に小白金貨4枚だ。」
素材だけでも大金貨100枚以上という俺の予想は当たっていたわけだ。
「とりあえず、手付で小白金貨1枚を置いていってもいいですか?」
「小白金貨?何で稼いだんだ?」
「ちょっとケルピーのオスを倒しまして……。」
「そいつはツイていたな!
あれの薬には、俺も昔世話になったが、本当にきくぞ!」
大分お盛んなんだなヴァッシュさん……。
まあ、この年齢でこれだけ精力的な人だ。そっちの方にもまだまだ興味があるのだろう。枯れてると言われる俺なんかより、よっぽど男として正しい姿かも知れない。
俺は帰り道、ラグナス村長の家に立ち寄った。料理対決の時と同じ素材が手に入ったので、皆さんに少しおすそ分けを……と告げると、料理対決の食材だって?と、見たこともない表情で飛び上がった。
そうか、今回は高級食材だと予め知られているのだ。まずかったかな。
おすそ分けするには高過ぎる食材だし、俺も知ってたらちょっと遠慮する金額だ。
だが食欲には勝てなかったようだ。うまいものを求めて目を輝かせるラグナス村長。
「ほ……本当にいいのかね?」
あなたたちがそういう人だから、俺も作りたくなるんですよ。
うまいものと喜びを分かち合う。俺の目的はそれだけだ。素直に喜んで食べてくれるから、つい嬉しくなってしまうんです。
とは言わなかったが。
「食べてみたかったが言えなくてね。
本当に嬉しいよ。みんなも大喜びする筈だ。」
変に恩にきたり、負担に感じることなく、ただ食べてみて欲しい料理を交換する。
俺の求める人間関係はそうしたものだ。
「息子が出稼ぎから帰って来たら、ぜひ息子の料理も食べてみて欲しい。
宮廷料理人にはかなわないと思うが、あいつの料理は俺の自慢なんだ。」
ラグナス村長は嬉しそうにそう言う。
はい、ぜひ、と俺も笑顔になった。
家に戻って準備をしていると、村人たちが訪ねて来た。俺は作っておいた料理を渡すと、みんな一様に笑顔になる。
「マンジさん、この間いただいた料理おいしかったです。」
「本当かい?こんなおばあちゃんの料理を喜んでくれて嬉しいねえ。」
マンジさんは少女のように顔をほころばせる。
「俺のプナキュアはどうだった?」
漁師のセザンさんだ。
「あれ酒のツマミに最高ですね!
今度は一緒に飲みましょう。」
「だろう?自慢の漁師飯さ。」
へへへ、とセザンさんが笑う。
その後ろで、祖母に隠れながらモジモジしている女の子がいる。
「アーリーちゃんのくれた焼き菓子、とてもおいしかったよ。
今度一緒にお菓子作りしないかい?」
アーリーちゃんがパアッと顔をほころばせる。両親が出稼ぎに出ていて、祖父母に育てられているらしく、いつも寂しそうだ。
小さい女の子と何して遊んだらいいか分からないが、お菓子作りなら、俺も教えてやれるしな。
アーリーちゃんと菓子作りの約束をして、俺は村のみんなと別れた。
俺は残った食材を、別の食べ方で食べてみることにしていた。卵、昆布、白菜、水菜、エノキ、しめじ、長ネギ、小ネギ、焼き豆腐を出して、ポン酢と、紅葉おろしと、ご飯、土鍋を用意した。
ケルピーの魚部分はふぐの身と同じなので、しゃぶしゃぶにするのだ。
昆布の表面を、軽く濡らしてきつく絞った布巾でふいてやる。表面の白い粉は旨味成分なので、強く擦ったり洗ったりしてはいけない。土鍋に昆布を入れて30分水につけておく。
野菜とキノコを適当な大きさに切っておく。何だって合うから何でもいい。俺が白菜やキノコを好きというだけだ。豆腐のかわりに葛切りでもいい。
小ネギは小さく輪切りにしておく。
土鍋を中火にかけて沸騰直前で昆布を取りだす。これは後で料理に使うので保存しておく。
まずはケルピーを薄くそぎ切りにした切り身をしゃぶしゃぶにして、ポン酢と紅葉おろしでいただく。
ここで冷やしておいたビールを出して飲みながら食べる。あ〜〜。美味いな〜〜。
ケルピーの旨味が出た鍋に、野菜とキノコと豆腐を投入して、野菜が煮えたら火が通った物から食べる。厚めに切ったケルピーの切り身も入れて、一緒に巻いて頬張る。
あっふ!ウマ!
最後にかるく水洗いしてザルにあけておいたご飯を投入する。普段はしないが、フグの場合ご飯の粘り気で汁が濁ると旨味がボヤける気がするからだ。弱火にして溶き卵を回すようにかけ入れたら、蓋をして2分蒸らし、小ネギを散らして、シメのケルピーの雑炊の完成だ。
そのまま食べてもうまいし、少し味付けが薄いので、ポン酢をかけて食ってもいい。
普段の雑炊なら塩を入れて味をととのえるが、フグに塩を足すと何だか主張が強過ぎて風味が楽しめない気がしてしまうのだ。
最後のビールで残りを流し込んで、すっかり大満足した俺は、珍しく明日のワイバーンのことなど考えずに寝たのだった。
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