第7話 タコ飯と中華風おこわの炊き込みご飯
「ええと……何か?」
その数10数人。見知らぬ中年の男女が、俺の家の玄関の前に立っていた。
ニコニコしている様子を見ると、悪意はないんだろうが、知らない人間が大勢でニコニコしているという様は、逆に気味が悪い。
知り合いに某有名ミュージシャンにそっくりな奴がいるのだが、そいつと一緒にいると常に知らない人間に話しかけられるし、道行く人たちが一斉にこちらを見てくるのが分かる。
声が全く違うから、話しかけられて、違いますよと言うと、すぐに離れて行くのだが、向こうは知っていて、こちらは知らない人間から、一方的に好意を向けられる気持ちの悪さってものがあるんだよな、とそいつが言っていたそれを、今まさに俺が感じていた。
「ラズロさんから聞いたんだが、あんた、とても美味い料理を作るんだってな。」
「私たちも少しラズロさんから分けて貰ったのだけど、本当にびっくりするくらい美味しかったわ。」
「おまけに初めて食べる味だった。
ぜひ俺たちにも作って貰えないだろうか?
もちろんお代は払わせて貰う!」
みな刺激に飢えているのだろうか?
娯楽の少そうな田舎の村だもんな。
食べるくらいしか楽しみがないのかも知れない。
急に押しかけられた、見知らぬ他人が困惑するという発想に至らない程、俺の料理が刺激的だったのだろうか。
「急に大勢で押しかけて来て、そのようなことを言われましても……。
ラズロさんにも、商売でお渡しした訳ではないので……。」
俺はそれとなく断ろうとした。
ラズロさんとティファさんは、まだ面識がある方だから、話しかけられても恐怖はないが、いきなり知らない人間に、こうも大勢で集まって来られるのは、さすがに親近感を持つのは難しい、というか、引く。
俺の料理に興味を持ってくれるのはありがたいが、せめていきなり大勢で押しかける前に、村に招待してくれるだとかして、外堀を埋めるという発想はなかったのだろうか。
その上でなら、俺も話を受け入れやすかったが、図々しい恐ろしい人たち、という印象がどうしても拭えなかった。
田舎ではこれが当たり前なのかも知れないが、俺は都会の距離感に慣れているから、ちょっとこういうのは苦手だった。
俺がおそれおののいている様子を見て、集まった人々が、互いに眉を下げながら顔を見合わせる。
「驚かせてしまった……かな?」
「そうね、急だったし……。」
「興奮のあまり、勢いのまま押しかけて来てしまったからな……。」
「すまない、……そんなつもりじゃなかったんだ、本当に申し訳ない。」
1人が頭を下げた途端、その場にいた人たちが次々に俺に頭を下げた。
その殊勝な態度に、逆に俺が戸惑ってしまう。
「頭を上げて下さい。
知らない方たちに、急に大勢で家に来られましたから、こちらも困惑しましたが、そこまでしていたただかなくとも……。」
「この方のおっしゃる通りだ、我々は彼にまだ挨拶もしていなかった。」
「知り合いでもない、商売でやられているわけでもない方に、大分図々しかったわね、私たち。」
「急に大勢で押しかけて、本当に申し訳なかった。
……今更だと思うが、ぜひ村に遊びに来てくれないか?みんなを紹介したい。
まずは親しくなるところから、改めて関係をはじめさせては貰えないだろうか。」
全員が申し訳なさそうに眉を下げながら、じっと俺を見て来る。日本人の俺は、こういう態度の人間に、ノーとは言えないたちだった。
「……分かりました、では1度、村にお邪魔させていただきます。」
その場にいた全員の表情が、パアッと明るくなる。
「──さっそくだが、予定がなければ、今晩すぐにでもどうだろうか?
夜道は危ないから、夜は私の家に泊まって欲しい。
私はアズール村の村長をしている、ラグナスと言う者だ。」
──村長自ら来てたのか……。
そりゃあ、これだけ大勢で、初対面の人間の家に押しかけようという気にもなるというものだ。
村の一番の偉いさんが、先陣きって押しかけてるんだからな。
「分かりました。
お言葉に甘えさせていただきます。」
俺はラグナスさんたちを玄関で見送った。
ちょっと、……というかまあ、大分驚きはしたが、すぐに自分たちの非を認められる人間は嫌いじゃない。
俺は、もう許してますよ、という意思表示と、仲良くしましょうという意味を込めて、突然押しかけて来た村人たちが食べたがっていた、俺の世界の料理を、夜、村に行くまでに作ることにした。
大勢の分を一気に作るとなると、さすがに作れるものは限られてくる。
俺は2升炊きが出来る、業務用の炊飯器を出して、炊き込みご飯を2種類作ることにした。
1升で大体30個以上のおにぎりを作ることが出来る。持ち運びの出来るおにぎりは、ちょっとした差し入れがしやすくてよい。
村に果たして何人いるのかが分からないから、これじゃ足らないかも知れないが。
無洗米1升、タコ1キロ、大根1本、もち米1升、豚肉の薄切りを600グラム、干し椎茸を10枚、人参1本、長ネギ1本を出し、酒、醤油、みりん、しょうがチューブ、オイスターソースをクーラーボックスから出す。
ごま油、砂糖、顆粒だし、鶏ガラスープの素を収納から出して準備した。
まずはもち米をしっかりといで水に浸したあとで、ザルにあけてしっかり水切りをする必要があるので、先に他のものを作る。
干し椎茸は水500グラムに漬けて戻す。
まずタコの足の皮をむいてやる。
皮をむいた太めの大根で丁寧に15分程叩く。
その間に水にひたしておいたもち米をザルにあけて、水切りを開始して脇によけておいた。
タコはひと口サイズのぶつ切りにし、鍋に酒、醤油、みりんを、各大さじ10と、水をひたひたより少し上になるくらいまで入れ、しょうがチューブを適量入れて煮る。普通のしょうがなら薄くスライスしたものを何枚か入れればよい。
沸騰したら2〜3分で火を止め、冷ましてやることで、浸透圧でタコに味を染み込ませる。タコがかたくなってしまうので、火を加えすぎないよう、煮汁からタコが顔を出さないよう、気を付けるのがポイントだ。
冷めたらタコだけをザルにあけて取り出して、炊飯器に入れた米に煮汁を入れてやる。炊きたい米の分量に、水分が足りていなければ、ここで水を加える。
スライスしょうがを加えていた場合は、しょうがはいらないので捨てる。
炊きあがったら、よけておいたタコを加えて混ぜ合わせて、タコ飯の完成だ。
タコがかたくなるのが気にならない人や、手順が面倒な場合は、材料をすべて炊飯器にぶち込んで、普通に炊いても作ることが出来る。非常に簡単だ。
続いて熱したフライパンにごま油をひき、豚肉の薄切り、細切りにした人参、細切りにした干し椎茸を入れて中火で炒める。
この時干し椎茸の戻し汁は、あとで使うので捨てずにとっておく。
肉の色が変わってきたら、1度火を止め、みりんと醤油を大さじ6、オイスターソースを大さじ4〜5、砂糖を大さじ2、しょうがチューブを大さじ1加えて弱火で煮る。
洗った炊飯器にもち米を入れ、椎茸の戻し汁と、炒めた豚肉、人参、干し椎茸を煮汁ごと入れ、刻んだ長ネギ、鶏ガラスープの素を大さじ3、炊きあがり指定の水より、少し多い水を加えて、軽く混ぜたら普通に炊く。炊きあがったら中華風おこわの完成だ。
俺はそれぞれをおにぎりの形に握って、皿に盛り付けてフキンをかけた。
ラップで握るので、そのままラップで巻いた方が楽なのだが、まだそれは見せない方がいいと思った。
暗くなる前にラグナス村長が、俺の家まで迎えに来てくれた。
村長の家はとても大きくて、1階が村の集会場のようになっていた。そこにほとんどの村人が集まっているらしい。
ラズロさんとティファさんの姿も見える。
「──新しくご近所に引っ越してらした方を紹介しよう、みんな仲良くしてやってくれ。
ええと……。」
「ジョージです。ジョージ・エイト。」
「ジョージだ、みんなよろしくな。」
ひっくり返すと外国人の名前みたいだが本名だ。両親が意図して付けたらしい。
ちなみに漢字で書くと栄戸譲次だ。画数占いだと家庭運のみが凶という、非常に俺を表した名前だと思う。
「……お近付きのしるしに、ちょっとしたものを作って来ました。
みなさんのお口にあえばいいのですが。」
俺の言葉に、ラグナス村長以下、俺の家に押しかけて来た人たちの目が輝く。
ラズロさんも、ティファさんまでも。
「私たちも色々と準備をしたのよ。
今日は楽しんでくれると嬉しいわ。」
テーブルの上には、見たこともない料理がたくさん並んでいた。
みんなが作ってくれたのだろう。やはり俺も持って来て良かった。
「乾杯をしたら、さっそくジョージの料理をいただこうじゃないか。
みんな、グラスを持ってくれ。」
俺にティファさんがグラスを渡してくれ、酒らしきものを注いでくれる。
「──新しい友人に!乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
ラグナス村長の音頭でみんながグラスを掲げる。グラスを合わせるやり方はしないらしい。
ひと口、口をつけたが、甘酸っぱい、果実か何から作られた、爽やかな酒だった。神様から貰ったスキルで見てみると、
〈タナ酒〉
タナピオの実をつけて発酵させたもの。
アルコール度数5%。
と表示された。ふむ、悪くない。
みんな、タコ飯と、中華風おこわのおにぎりを、モリモリとほおばって嬉しそうにしている。
村の人たちが作ってくれた料理も、どれもあっさりとした味付けながら、とても美味しかった。
新しいレシピを確認すると、それが記憶に蓄積されることが分かった。
メモを取らなくていいのがありがたい。今度自宅でも再現してみよう。
ラグナス村長が村の人たちを紹介してくれるが、一度で覚えきれるか分からなかった。
人の名前もスキルで蓄積されたら便利だったな、と思った。
ちゃんと面と向かって話してみると、みんな悪い人じゃなかった。
たまには、こんな日も悪くないな。
俺は職場の料理好きの奴らと、自宅で持ち寄り飲み会をしていた頃を、懐かしく思い出していた。
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