第6話 ニラレバ炒めとにんにくの芽の和風麻婆豆腐
俺は呆れたように目の前の人物を見下ろした。
昨日確かに、若い女性1人で男の家に来るなと言った筈なんだがな。
目の前の女性はニコニコしながら、何やら手にフキンか何かを被せた籠を手にしていた。
「ちょっと作り過ぎてしまって。
良かったらいかがですか?
このあたりで取れる山菜とキノコと、うちで育てた野菜を使ってるんです。
オーク肉を分けていただいたので、それも使って。」
──このあたりの山菜?オーク肉?
俺はその言葉に過敏に反応した。
地のものを食べたいと思っていたところにこれである。
野菜も果たして俺たちの世界と、同じものであるとも限らない。
オークってのは、確か立って歩く豚の魔物だったか。以前ファンタジー好きの友人が、オーク肉がうまいというのはテンプレなんだとか言っていた気がする。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
俺はその魅力に逆らえなかった。
「……ありがとうございます。
ありがたく頂戴します。
少し待っていていただけますか?」
彼女の持って来た籠を受け取ると、俺はいったんドアをしめて、皿の上の料理を自分の皿に移して、彼女の持って来た皿を洗うと、そこにスペアリブのビール煮と、切り干し大根の煮物をのせた。
再びドアを開け、籠を彼女に渡す。
「うちもちょうど作り過ぎてしまったものがあったので、良かったらどうぞ。」
彼女は驚いたように籠を見つめたあと、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。
家族でいただきますね。
じゃあ、失礼します。」
「──はい。それじゃあ。」
まあ、悪い子じゃないんだろうが、親にちゃんと、ここに来ることを言ってから来ているのかだけが、俺は気になった。
ちょうど朝食がまだだったので、さっそくありがたくいただくことにする。
食材はどれも見たことのないものばかりだった。
俺はワクワクが止まらなかった。
神様から貰ったスキルで確認すると、
〈チーク茸〉
ナサルス地方で取れるキノコ。
主にマランダの木の根元にはえる。
〈ムルソー〉
ゼンマイに似た形の山菜。
味はコゴミに似ている。
〈ルルクス〉
収穫期間は主に春から夏。
ほおずきに似た形の実がなる。
主に味付けに使われる。
〈オーク肉〉
最上級の豚肉に似た味。
と表示された。
レシピを確認すると、〈ララカ煮〉ナサルス地方の伝統料理。オーク肉とチーク茸とムルソーを炒めて、湯剥きして潰したルルクスで味付けされたもの。と表示された。
料理はまだ温かかった。
ルルクスは塩気のある、小さめのトマトホールのようなものだった。つまり豚肉とキノコと山菜のトマト煮のようなもののわけだ。
オーク肉はとても柔らかくて口の中でとけてしまい、味の染みたチーク茸はエリンギのように歯ごたえがあり、ムルソーの爽やかな苦味がアクセントになっていた。
もとから塩味のついている野菜というのは珍しいな。
このあたりの土地が塩を含んでいて、それを吸っているのか、それともトウモロコシが甘いように、どこに植えても塩気のある味になるのか、どちらなんだろうな。
もっと色々なこの世界の食材を食べてみたいな。どこが人の土地か分からないし、この世界の通貨を手に入れて、どこかで買わないといけないな。はてどうしたものだろうか。
俺は異世界の食材を、うっかりお礼に渡してしまったのだが、これが後に大騒ぎの原因になってしまった。
俺が発電機を置いている部屋の窓の外に、網戸を設置する為の枠と、室内に侵入者防止の格子を取り付けている時だった。再び我が家の玄関のドアがノックされた。
「──はい?」
玄関の扉を開けると、彼女が申し訳なさそうに立っていて、その横にあのいかつい父親が立っていた。
「娘にあの料理を渡したのは、あんたというのは本当かね。」
最悪だ。娘に絡むなとでも言いに来たか。
俺は小さくため息をついてから、
「──はい。そうですが。
料理をおすそ分けいただいたので、こちらも何かお返しをと思いまして。」
と、極力冷静に、彼女に対して何の下心もないのだという、毅然とした態度で言った。
「いったいあの料理はなんだね?
実に美味かった。
複雑で濃厚な肉料理があったかと思うと、見たこともない、あれは野菜か?サッパリとしているのに食べごたえのある煮物。
どうやって作ったのか、どうか教えて貰えないだろうか?」
「──はい?」
彼女の父親は目をきらきらさせながら、興奮したようにまくしたててくる。
彼女の持って来てくれた料理の味付けはとてもシンプルなものだった。
いくつも調味料を使った料理が、ひょっとしてこの世界では珍しいのだろうか?
「お教えするのはちょっと……。
それに、お教えしたところで、再現は難しいかと思います……。」
こちらの世界に、俺たちと同じ調味料がなければ、そもそもどうしようもないわけだしな。
「そうか……。
ひょっとして、君は料理人かね?
それならレシピを教えるのは当然嫌だろう。
どこかで働いているのかね?
それとも、店を出す予定はないのかね?
ぜひ、もう一度、君の料理を食べたいんだ。」
俺は別に料理人というわけじゃあないが、人に食べて貰うのは大好きだ。
付き合っていた相手や友人相手によく作っていたし、職場の料理好きのメンバーと、弁当交換会なんてのもやっていた。
そこまで言われると、ちょっと作りたくなってくる。
それにもし、この世界の通貨や食材と交換してくれるのであれば、俺にとってもウィンウィンだ。
「……同じものばかり作るのは、飽きてしまうので、別のものでよろしければ、構いませんよ。代わりにお代か、何か食材をいただけませんか?お気持ちで結構ですので。」
「本当かね!?ぜひお願いする!」
俺は昼飯を彼女の父親──ラズロさん──と彼女──ティファさん──の為に作ることになった。
さて、ようするにだ、ラズロさんは味付けが濃いものが食べたいわけなんだよな。
それも俺と味付けの好みが似ている。
となると、やはりあれだろうな。
俺は豚のレバー200グラム、ニラ、もやし、酒、片栗粉、オイスターソース、木綿豆腐、にんにくの芽、ラー油、木のまな板、キッチンペーパーを追加で出して、クーラーボックスからにんにくを出した。
ボウルにレバーを入れて、それが漬かる程度の牛乳を注いで漬けておく。20分もやればじゅうぶんだ。
その間に、木綿豆腐2丁を木のまな板で挟んで水抜きする。べつにざるにあけるのでもいいが、我が家は大体こうだ。
木綿豆腐を食べやすい大きさに適当に切って、にんにくの芽を適当な長さに切る。俺は小指の第1関節くらいまで、を目安にしている。
にんにくを油で炒めて香りがしたくらいの頃に、にんにくの芽をくわえて軽く火を通す。にんにくの芽の代わりにネギでもいい。
味噌とみりんを大さじ3、醤油を大さじ1、砂糖を少々入れてぐるりとかき混ぜたら、水溶き片栗粉でとろみをつける。
木綿豆腐を投入し、とろ火で温めて木綿豆腐に熱が加わったら、お好みでラー油をかけて、どんぶりに盛って和風麻婆豆腐の完成だ。
牛乳に漬けておいたレバーを水で洗い、キッチンペーパーで水気を拭き取って、酒と醤油とチューブの生姜を少々加えてボウルに戻し、下味の為に5分ほど置く。
これでレバーの臭みが消える。
にんにくをひとかけみじん切りにし、ニラを食べやすい大きさに切っておく。
下味がついたら、レバーに片栗粉をまぶしてやる。この手順がないと食感も変わるし、レバーに味が絡みにくい。
フライパンにサラダ油を引いて熱し、にんにくを入れて香りが立ったら、レバーを並べ入れて両面をこんがりと焼いてやる。
1度レバーを取り出して、切っておいたニラともやしをひとつかみ加えて、強火で手早く火を通す。
レバーを入れたままでもいいが、混ぜにくいのと、レバーは火を通し過ぎると、逆に独特の臭みが出てしまうので、俺はいつもこうしている。
レバーに火を入れる時は短時間。これがコツだ。
もやしとニラがしんなりしてきたら、レバーを戻して、酒と醤油とオイスターソースをそれぞれ大さじ1と、砂糖少々を、小鉢かなんかで混ぜ合わせておき、回すようにかける。汁気がなくなるまで炒めればレバニラ炒めの完成だ。
半分は俺の分にすることにして、俺はラズロさんの分を取り分けておいた。
そこにちょうど家のドアをノックする音がする。ドアを開けると、期待に満ちた表情をしたラズロさんが、空の籠を持って立っていた。
「タイミングがいいですね、今ちょうど出来たとこですよ。」
俺は籠を受け取って、中に、こぼれないよう、それぞれどんぶりに盛った、ニラレバ炒めと和風麻婆豆腐を入れた。
「ありがとうございます。
この地の食材に興味がおありのようでしたので、明日の朝、娘に届けさせます。
野菜と山菜は特に、朝つまないと味が落ちますからな。」
「確かに。
とても楽しみです、こちらこそありがとうございます。
期待にそう味だといいんですが。」
俺はラズロさんに籠を手渡した。
「いただきます。」
俺はラズロさんが帰ったあとで、おひつからご飯を出して茶碗によそい、昼飯にすることにした。
ニラレバ、一時期ハマって毎日のように作ったっけなあ。
単品で酒のツマミにしてもいいし、アツアツご飯と一緒にかきこんでもいい。
本当に優秀だ。
ニラレバをメインにしたから、肉なしの和風麻婆豆腐を作ったが、やはりにんにくの芽は歯ごたえがあって、食べごたえがあるのがいいな。
昼飯を食べ追わり、網戸と格子を作る続きをしていると、また我が家のドアがノックされた。
ラズロさんがどんぶりをかえしに来たのだろうか?
俺がなんの気無しにドアを開けると、そこにはたくさんの見知らぬ人たちが、目を輝かせて立っていたのだった。
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