2→9「月下大戦・2」

 スクロ彼女に姓はない。


 物心つく前に実の親に人買いに売られ、その後にあるお屋敷で使用人として買われる。


 屋敷でのスクロの扱いは最悪だった、主からは暴力を振るわれ、他の使用人の怒りのはけ口として使われた。


 何度かお屋敷を転々としたが、どこでも彼女はそう言った役目を負うために拾われることが大半だった。


 満足に食事すら用意されず、人目を忍び調理されていない食材を口にし、生き延びていた。


 そんな彼女の人格が壊れ始めたのは、愛情を求める始めた辺りから。


 屋敷の主とその家族、メイドと使用人の秘密の関係。


 羨ましくて仕方なかった、スクロは生きてきた中で他人を愛し、また愛されたことが一度もない。


 愛情に飢えていた、欲しくて、欲しくて、仕方がなかった。


 感情の渦は消えることはなかった、幸せそうに寄り添う他人を見るたび、欲求は大きくなっていくぼかり。


 そして彼女の人格は壊れた。


 スクロは愛情を手に入れるため、最初に取った行動は屋敷からの解放、ここにいても愛情は手に入らない。


 屋敷中の人間を殺し尽くした、彼女の人格は壊れていた、そのせい他人を殺めることへの抵抗が全くなかった。


 屋敷中の人間を殺し尽くした後、彼女は様々な場所を放浪し、自分に愛情を与えてくれる人物を探し続けた、その途中で障害となる相手は躊躇なく殺してまわる。


 だが彼女はたった十一歳の少女、恐慌は呆気なく終わった。


 立ち寄った国で身元が割れてしまい、騎士達に連行される、数十の人間を手にかけていた彼女は極刑は免れられない。


 断頭台に立たされたスクロは死への恐怖より、自分の望む愛情を手に入られなかった、ことに対する無力感の方が大きかった。


 ここで彼女に人生は大きく変わった、死刑執行の瞬間、ギロチンが粉々に砕かれる。


 ギロチンを砕いたのは鉛の弾丸、断頭台に現れたのは一人の女性。


 純白のドレスに同色の帽子、その手にはマスケット銃が握られていた、近年突如現れた女海賊、海賊淑女の二つ名を持つリーケッド・ブーツ。


 リーケッドの腕で抱き上げられたとき、スクロは一瞬で理解した。


 自分が探していた人はリーケッド彼女だと。


ーーーーー


「二人は本当に仲がいいいよね」


 スクロと対峙するほがらこん


「いいな、焼けちゃうな、二人ってさ、一緒にご飯食べたり、おしゃべりしたり、お風呂入ったり、寝たり、エッチなこともするんだよね」


「そうすっね、特に最後の奴は」


 紺の鋭い突っ込みの拳が、朗の頬にヒットする。


「コリスね、この半年間ずっと我慢してたの、さみしくても、一人でご飯食べて、おしゃべりして、お風呂入って、寝て、エッチしたの」


「ほう、どんな一人遊びを?」


 紺の鋭い突っ込みの拳が、朗の頬にヒットする、本日二度目の。


「ずっと、ずっと、ずっっっっと、一人で我慢してたの、探しても、探してもリーケッドがいなかった、でも見つけた」


 明らかに場の雰囲気が変わった、スクロは血走った瞳を見開く。


「だからね、教えてリーケッドがどこにいるか、ね? そうじゃないと」


 スクロの聖剣の魔力が通うと同時に、地面を抉る、聖剣の重量が膨張しそれに地面が耐えきれず割れた。


「〈膨張する愛オーバーラブ〉であなた達を引き潰しちゃうよ」


 大振りの一撃が朗を襲う、聖剣同士が触れた瞬間、朗の聖剣〈向日葵ひまわり〉の重量が膨張。


 重圧がかかり朗のミシミシと歪な音を立てる、皮膚は裂け真っ赤な血を吐き、瞳が大きく開かれ、必死に重圧に対抗していた。


「お前の相手は朗だけじゃない、朗遊んでないで反撃する、傷はもう治した」


 重圧で裂けた皮膚は傷一つなく完全に治癒が完了、紺の聖剣〈姫空木ひめうつぎ〉は魔法は対象の傷を癒すことができる、だがこの魔法は夜限定と言う制約がある。


「紺ちゃんノってんねぇ、そんじゃ、せーので」


 二振りの聖剣が重圧とオーバーラブを跳ね除けた、朗と紺、彼女達の持つ聖剣は魔法を行使するのに大きな制約を伴う。


 そんなデメリットを補うのが、彼女達の圧倒的連携力。


 血よりも濃ゆい絆で結ばれた二人だから成立する連携。


「お前に見せてやるよ、本当の絆の力って奴をよ」


「教えてあげる、本当の絆……愛って奴を」


「紺ちゃん今何て言ったの? もっかい、もっかい言って!」


 紺の鋭い突っ込みの拳が、朗の頬にヒットする、本日三度目の。


「見せてつけてくれるね~、バラバラにしてあげる、身体も絆もね!」


 オーバーラブが向日葵に触れると同時に重圧が増加、ぶつかり合う朗とスクロ。


「紺ちゃん、今がチャーンス!」


 紺の鋭い蹴りがスクロを捉えると同時に向日葵にかかっていた重圧が消える。


「馬鹿朗、『せーの』のタイミングで行く……いい?」


「せーの!」


「お前が音頭とるな!」


 二振りの刀身が夜闇の中で舞う、お互いの動きに干渉しないギリギリの軌道を維持しながらも、相手にとって回避困難な連携を見せつける。


「「こいつで止め!」」


 上から振り下ろされる向日葵、下から振り上げられる姫空木ひめうつぎがスクロを切り裂く。



「やられちゃっ……わないんだなこれが」



 オーバーラブの刀身が伸びる、刀身の間からチェーンが現れ大きくリーチを伸ばす。


「言ってなかったけ、膨張する愛オーバーラブは蛇腹剣なんだ、そして」


 切っ先が朗の胸に深々と突き刺さり鮮血を撒き散らかす、紺はオーバーラブの軌道をずらし、朗から引き抜く。


 同時に姫空木で治癒を始めるが、……傷が塞がらない。


「もう手遅れだよ、だって傷口を重圧で固定したから」


 膨張する愛オーバーラブに刻まれた魔法は『あらゆる物の体積を増やす』と言ったもの。


 傷口の周辺の皮膚に重圧をかけることで治癒を無効化することも可能。


「嘘だ……傷が、傷が塞がらない、血も沢山出てる、このままじゃ、朗が、朗が死んじゃう!」


 姫空木の治癒も虚しく、朗の胸の傷は塞がらず、血の海が広がっていく。



「泣いてる暇はなくてよ、最後の最後まで戦いなさい!」



 満月をバックに何者かが夜空から舞い降りる、純白のドレスに同色の帽子、握られたマスケット銃が格好から浮いていた。


 人々は彼女を『海賊淑女』と呼ぶ。


 放たれた鉛玉をスクロはオーバーラブを使い軌道をずらす、奇襲は失敗したと思われたが。


「治癒ができる、待ってて朗、今助けるから」


 狙いはダメージを与えることではなく、聖剣の魔法の妨害。


「待ってたよ、きっとコリスに会いにきてくれると思ってた、愛しい、愛しい、リーケッド」


 


 


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