1→5「獣の領域」

 〈紫紺の花弁ヴァイオレットペード


 チェーンベールの切っ先に灯った魔力を光線のように放ち、バンナの腕を弾くとエレミリアを取り返す。


「ビームも撃てんのか、器用だね~」


 人質を奪い返されたにも関わらずバンナは余裕の笑みを崩さない。


 木々が生い茂る森の中、スワンは真価を発揮した猛獣剣デンジャラスビーストに圧倒されていた。


「さっきまでの勢いはどうした、防戦一方だぞ」


 デンジャラスビーストは使い手の身体能力を向上させる聖剣だが……


「急に身体能力が向上いや飛躍した、避けるのがギリギリ」


 バンナの身体能力は先程とは比べ物にならないほど飛躍している、聖剣に刻まれた魔法の力だけでは片付けられないほどに。


「あんたらはここで死ぬ、仕方ないし冥土の土産に教えてやるよ、デンジャラスビーストの真価ってやつを」


 デンジャラスビーストの切っ先がエレミリアに迫る、スワンが気がついた時にすでに遅かった。


 剣では防げない、どうあがいてもエレミリアが貫抜かれるほうが早い。


「あんたまだ他人のために犠牲になるのかい?」


 デンジャラスビーストの刃から赤黒い雫が伝い、地面に落ちる。


 貫抜かれたのは聖剣の聖女ではなく、無骨な鎧をまとった騎士。


「スワン! 今すぐ傷を」


 エレミリアが取り出したのは一振りの短剣、それをスワンの鎧に突き刺す。

 横たわる鎧から魔力が溢れ傷を治していく。


「聖剣を隠して持っていたか、傷を治した所で俺には勝てない、だってよ俺の身体能力は今、通常の十倍なんだからな」


 『聖剣・猛獣剣デンジャラスビースト


 術者の身体能力を向上させる魔法が刻まれた剣。


 身体能力の上昇の倍率は通常でニ〜三倍、魔力量次第では五倍近くまで。


 だが一定の条件を満たすと、その倍率は大きく変化する。

 それは戦闘を行う場所が『森』であるかどうかだ。


「森は獣のテリトリー、それは聖剣も同じなのさ、森の中でならデンジャラスビーストの身体能力の上昇値は十倍まで引き上げることができるのさ」


 バンナからとめどなく溢れる魔力、その脅威的な身体能力はスワンも理解できていた。


「そのおかげで聖女様をかっ拐え、お前に気づかれず戻ってこれたわけさ」


 このままではやられてしまう、打開策は何かないだろうか思考を巡らせる。


「しかしお前も酔狂だな、あれだけ人に裏切られのにまだ他人を守るのか」


 ふらふらとスワン達に近ずくバンナ、その姿は狩りを楽しむ獣と重なる。


「やめておいたほうがいいぞ、お前はまた他人に裏切られる、明白だ、助けたところで聖剣に呪われたお前を誰も受け入れんさ」


「それは……」


「それとも何だ聖女さまは妖精だから裏切らないってか! そう思ってるならやめとけよ、妖精から見てもお前は相当な化け物、きっとその女も心の底ではお前を嫌っているさ」


 エレミリアは間違いなく善人だ、それはスワンにもわかっていた。


 だがたとえ善人であっても、自分の存在を脅かす物に対し、恐れや嫌悪をいだく。


 それはスワンがフィーネス王国にいたときに経験済み。


 街を歩いたときもそうだった、自分にむけられるのは奇異と恐れの視線ばかり。


「自分の命を脅かしかねない存在なんて誰も受け入れないのさ、それが化け物同士でもな」


 森に響く悪趣味な笑い声、スワンにはそれを何一つ否定できないでいた。



「愚かですね、貴方は自分の物差しでしか他人を図れないのですか?」



 二人の会話への介入者はエレミリアだった、その瞳にグラグラと怒りに燃え、放たれる覇気にスワンは息を呑む。


此方こなたはスワンのこと、ちっとも怖いと思ってません、貴方はこの子の素顔を見たことがあるの、泣き黒子が可愛いただ少年なんです、この子を怪物に変えたのは此方と馬鹿王女、この子は好きで怪物になったわけじゃない!」


 烈火の如く怒りをぶつけるエレミリア、それを見たスワンは「どうして僕のためにそこまで言ってくれるんだ」と思う。


「此方から見れば貴方のほうがよっぽど怪物です、この汚らしい王女の飼い犬め!」


「話は終わりか? だったら怪物同士仲良くあの世に送ってやる!」


 この時のバンナは気がついてなかった、目の前の少年が、かつてフィーネス王国最強と呼ばれるまでになった騎士に立ち戻ったことに。


「(ここまで言ってくれたんだ、逃げるわけにはいかないな)」


 超高速で振り下ろされるデンジャラスビーストの軌道がそれる。


「お前は聖女さまのことを怪物呼ばわりしたな……騎士道精神に基づき貴様をくだす!」


 ただ信じた物を守るため戦う。

 騎士はもう一度、誰かを信じ剣を取った。


 

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