第二章 新しい時代

① 仲間たち

第10話 隠れ家へ

「どこに行くんだ?」

紗沙は瑚羽の背中に問いかけた。


 どこへ向かっているのか方角も道筋も分からない。紗沙にとっては初めての王国で知らない土地だから当然でもあった。


 あの後、3人はすぐに動いて墓石を後にした。

『これ以上、この場所にいる必要はない。彼らが最後の住人だ。』瑚羽はそう言った。それがどういうことか深く聞くことはなかった。


 2人も納得して動いた。

この場所で彼らのためにできることはやった。これ以上の長居は必要ないと感じた。そして彼らのために最善を尽くしたと信じたい。


 まずは馬たちの元へ戻った。先ほどのこともあり心配もあったが、二頭はちゃんと待っていた。

 

 そして3人は暗い林の中を進んだ。海と違う方向なのは分かるが、どこへ向かっているのかは分からない。

先ほどより深い密林だ。もっと深く暗く、ほとんど光が届かない。昼間とは思えない闇の中にいるようだった。

不気味なほど静かだった。何が起こってもおかしくない感じだ。

真っ暗な中、法術で足元を照らしながら一列に並んで歩いていく。

先頭を瑚羽が歩き、紗沙、玉水と続いていく。道とは思えない細い道を歩いていく。


「隠れ家だよ。」

瑚羽は静かな声で言った。


「隠れ家…。」

紗沙は静かに言った。


「俺も奴隷として生まれた。」

瑚羽は静かな淡々とした口調で言った。

自分のことを静かに話す。何を想うのかその表情は見えない。


「え…。」

紗沙は小さな声で呟いた。


 目の前を歩く青年の背中を見つめる。その背中にかける言葉が見つからない。

自分が何を言っても意味がないと思えた。


「物心ついた頃からずっと自分の生まれた意味を探してきた。自分の生きる目的を探して生きてきた。」

瑚羽は静かな声で言った。


 物心ついた頃からずっと知りたかったことがある。

あの場所で起こったことは何があったのか覚えている。自分の歩んだ人生を決して忘れない。自分はなぜ生まれたのか。何のために生まれたのか。自分の人生の価値。意味を知りたい。

だから未来のために立ち上がった。


「見つかりましたか?」

玉水は静かに問いかける。


「自由に生きたい。」

瑚羽は静かに微笑んだ。


 どんな未来があるのか分からないが、自由に生きたいと願う。この王国のすべての人々に自由があることを願う。

目的が見つかったかどうかは分からないが、ただ、そう願う。


「自由に…。」

紗沙は静かに呟いた。


 自分は恵まれていたことに初めて気付いた。自分はずっと自由に思うままに生きてきた。何でもやりたいことを玉水はやらせてくれた。

いつも見守っていてくれた。

それが当たり前のことだったが、当たり前のことではないと初めて知った。


「だから、自分たちの自由のためには自分たちが戦うしかない。他の方法がないと思ったからここまで来た。」

瑚羽は話し始めた。


 それしか道はないと信じていたから行動を起こした。何をどうすればいいのか分からなかったが、何か行動を起こそうとした。


「それで…。」

紗沙は首を傾げた。


「戦い方を知らないから、俺立ちにできることは1つ。逃げることだけだった。必死に逃げたよ。」

瑚羽は淡々とした口調で言った。


 それが答えだ。戦い方を知らなかった。誰も教えてくれる人はなかったから自分たちにできることは逃げることだけだった。

逃げた先に何があるのか考えてはいなかった。

それでも逃げることを選んだ。間違っていなかったと信じている。


「逃げる。」

紗沙は静かに呟いた。


 まっすぐに瑚羽の背中を見つめる。何を想うのかその表情は見えない。

自分にはその選択肢はない。戦い方を知っている。切り抜ける方法も知っている。

いくつもの手段を取り戦うことができる。


 生きていくために必要なすべてを玉水が教えてくれた。自分は1人でも生き残る術を知っている。戦う術を知っている。

そのことがどれほど恵まれているのか初めて知った。


 だが彼らは違うのだと気づいた。教えてくれる人がいなかったから戦えなかった。

どんな想いだったのか考える。


「それで、ここへ?」

玉水が静かに問いかける。


 「そうだよ。どうやってここまで来たのか分からない。気づいた時にはこの林の中にいた。ただ、必死だった。」

瑚羽は淡々とした口調で言った。

 

 どうやって来たのか分からない。ただ必死に逃げてきた。そして気づいた時にはこの林の中にいた。


「すごいところだな。」

紗沙は静かに言った。

 

 自分のいる場所がすごい所だと実感する。

いつの間にか林の木が霧に変わっていた。暗さが増して不思議な感覚に襲われていた。

まるで夢の中を歩いているかのような感覚だ。何かに引き込まれそうな中にいる。

この霧が自然のモノではないことは分かった。


「結界ですね。」

玉水が落ち着いて声で言った。


 幼い少女と同じような感覚に襲われているが、2人はやり過ごす術を持っている。

2人はすぐに結界に気付いた。

普通の人間ではここまで辿り着くことはできないだろう強力な結界だ。

力のない者では結界にも気付かないだろう。入る者が結界を選ぶ。そういう特別な結界だ。


 この結界を張った者に玉水は予測がついていた。この力を懐かしく知っている気配を感じていたのだ。


「もう抜けるよ。」

瑚羽は静かに微笑んだ。

そう言った次の瞬間だった。目の前が拓けた。太陽の陽が射して眩しかった。


「あ…。」

「おや。」

2人は同時に呟いた。


 突然、太陽の下に出て眩しかったが、すぐに目が慣れ始めた。

そこは周りがとても暗い林に囲まれた広い空間があった。まるで林に護られているようだった。不思議な空間だった。


 1000メートル四方ほどの空間だ。

とても立派な作りの3階建ての屋敷が奥に建つ。

屋敷ではあるが厳密にいえば、宿泊施設のようだ。

その屋敷の隣には立派な馬小屋が建つ。馬小屋だけではなく、豚舎と鶏舎があった。

広い畑もあり、多くの種類の野菜は薬草が栽培されている。自給自足で生活できる場所だ。


 なぜ、こんな場所にこんな空間があるのか不思議だった。異空間に来たかのような錯覚を覚える。

何か目的があるのだろうか。誰からも隠れるような場所に作られた空間に。


「お帰りなさい。瑚羽殿。」

男性の声がした。


 3人の前に初老の男性が現れた。銀色の髪に明るい青色の瞳。程よく日に焼けた肌の色。身なりの良い品のある男性だ。

腰の後ろで手を組み、背筋を伸ばしてまっすぐに立つ。穏やかな表情の中に鋭い眼光がある。


「ただいま。」

瑚羽は静かに微笑んだ。


「お待ちしておりました。」

男性は紗沙と玉水を優しい瞳で見つめた。

すべてを見越していたかのような瞳をしていた。2人の訪問を驚いていなかった。


「初めまして。玉水です。」

玉水が名乗った。


 この男性を見て、すべてがつながった気がした。彼がこの場所にいる理由が分かり安心した。


「わたしは紗沙。」

紗沙も玉水に続いた。


「我は名をトキと申します。紗沙殿。あなたにお逢いすることができて光栄です。」

男性はにっこり微笑んで名を明かした。


 幼い少女の前に膝をついてしゃがんで同じ目線に立つ。この時を永い間、待っていた。


「ああ。うん…。ありがとう。わたしも逢えて嬉しいよ。お前…。そうか。守護獣なのか。」

紗沙は少し考えながら言った。


 まっすぐにトキを見つめた。彼の持つ空気は独特だった。その空気を少し見て、彼が何者なのか気付いた。

彼が守護獣である事。誰に仕えているのか分かった。


「ええ。おっしゃる通りですが、今の我の役目は、この場所を護ることです。」

トキはにっこり微笑んだ。


 本来の役目ではないが、今は、この場所を護るように言われている。何をおいても護ることが自分に課せられた使命だ。


「そうか。」

紗沙は分かったと納得する。


 これ以上は聞くことはしない。今はその時ではないと気付いた。

幼い少女だが、色々なことを理解できる賢さを持っていた。


「分かるんだね。」

瑚羽は静かに微笑んだ。


 初めてトキが人間ではないと知った時は腰を抜かすほど驚いたが、2人の様子を見て、気づいたことに感心した。


「ん…。ああ。空気が違うから。」

紗沙は明るく笑った。


 彼の持つ空気は特別だった。人間が持つものではなかった。そして彼の主人が誰なのかも気付いたので、彼がこの場にいることの意味がよく分かった。


「それでは参りましょう。」

トキは言ってから立ち上がった。





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