第9話 墓石
「だから俺たちが動く。」
瑚羽はしっかりとした口調で言った。
まっすぐに強い瞳で前を見つめる。自分たちの未来のために自分たちで動いていく強い意志が見えた。
「俺たち?」
「動く…ですか。」
紗沙に玉水が続いた。
玉水は青年の言葉の意味に気付いた。動くということが何を意味するのか分かった。彼が多くのことを抱えていることに気付いた。
「何のために。」
紗沙は静かに尋ねた。
「自由のためだよ。」
瑚羽は静かに微笑んだ。
迷うことなくそう答えた。自分たちの手で自由を手にするために動く。
「自由…か。」
紗沙は静かに頷いた。
その言葉の意味を考える。彼の求めることも願いもわかったが、何かが引っかかっていた。
「俺たちがやるしかない。」
瑚羽は言った。
すべてを終わらせるのは自分たちだ。誰も助けてはくれないから自分たちがやる。助けは要らない。そう聞こえた。
「そうだな。それはいいことだ。だけど、その前に今、この場で何よりも優先してやるべきことがあるだろう?」
紗沙はまっすぐに瑚羽を見つめて言った。
その表情は子供ではなく一人の人間だった。とても強く揺るがないモノを持つ。
今、この場で優先してやるべきことがあるが、彼はやらない。そんな気がした。
「ええ。」
玉水はにっこり微笑んだ。
この子の成長が見えて嬉しかった。瑚羽は首を傾げていた。何のことか分からないようだった。
「大事なことだろ。」
紗沙ははっきりと言い切った。
自分のすべきことをするために動いた。
「何をするつもりだ?」
瑚羽は強い口調で止めた。
幼い少女が動き出して何をするつもりなのか気付いた。
「このままにしておく気か?」
紗沙は静かに問いかける。厳しい瞳を瑚羽に向ける。
「下ろす必要はない。」
瑚羽は当然のように言った。
「なんで…。下ろしてやれない?いつまでも彼らをこのままにしておく必要はないだろう。そんなのおかしいだろう。ここで…朽ちるのを待つのか?」
紗沙は悲しそうな表情で言った。
なぜ下ろしてやれないのか分からない。でもこのままでいいわけがないことは分かる。
この場で朽ちるのを待つ。それは残酷すぎる。彼は間違っている。
何が絶対的に正しいのか分からないし、自分だけが正しいとは思わないが、これは間違っている。
「朽ちる…。」
瑚羽は少し考えるように呟いた。
今までそんな風に考えたことがなかった。だから分からなかった。
「そうだろう。この状況が何を意味するかなんて誰でもわかる。こんなのは、ただの見せしめだろ。」
紗沙は強い口調で言った。
4人の姿を示す。これは見せしめでしかない。
ほんの少しでいいから彼らのことを想ってほしい。どうすべきなのか自分は答えを出した。
ここからは一歩も引くつもりはない。誰を敵に回すことになっても引かない。立ち向かっていく。
彼らのために自分がすべきことをすると心に決めた。
「そうですね。」
玉水は穏やかに微笑んだ。
ゆっくりと立ち上がり幼い少女を見つめる。小さな身体で大きなことを背負う。どれほど重いか想像できないが乗り越えてほしいと願う。
「見せしめ…。」
瑚羽は静かに呟いた。
「この方たちの想いはこの子が、私たちがここから受け継ぎます。ですから、このままにしておく必要はありません。」
玉水は静かに微笑んだ。
彼らの想いを受け継ぐ自分たちがいる限り、彼らの想いは消えない。だから十分だ。
「そういうことだ。」
紗沙はしっかり頷いた。
彼らは十分に苦しんだ。これからは安らかに眠ってほしい。
紗沙はまっすぐに4人の下に向う。これ以上の言葉は必要ない。
4人の真下に立った。目をそらすことなくその姿を見つめる。忘れることのないように彼らの最期の姿を脳裏に焼き付ける。
そして、手を合わせ彼らのために祈る。自分が代わりに想いを受け継いでいくから安心して眠ってほしい。
この地は誰にも手は出せない。必ず護られるから安心していい。
「何を…。」
瑚羽は静かに呟いた。
「見ていれば分かりますよ。」
玉水はにっこり微笑んだ。
2人は並んで立っていた。瑚羽は何も言わずに見守った。
紗沙は4人の下でしゃがんだ。右手は広げて地面に、左手は胸に当てる。ゆっくりと呼吸をして瞳を閉じて4人のために祈る。この地で永遠に安らかに眠れるように。
彼らの願いを果たすことを誓う。この地の美しい者たちに祈りを捧げる。
古の時代より、この地に生き長きにわたり護る者ら。
その生涯をこの地を護るために捧げる者ら。
尊く偉大なる力を持つ美しき精霊ら。
我が名・紗沙の名の下に切に願う。
そなたらの偉大なるその御力、今、我に貸し与え賜へ。
切なく強くこの地に生きた人間の子らに安らぎを与え賜へ。
我、この人間の子らの想いを受け継ぐ者也。
紗沙は静かに祈りをささげた。まるで歌っているかのようだった。
「あの子は…。」
瑚羽は静かに呟いた。
あの子の存在に思い当たることがあった。
「今はまだ、その名を口にする時ではありませんよ。大丈夫です。いつか必ず、その時はやって来ますよ。」
玉水はにっこり微笑んだ。
すべてわかっているかのような瞳だ。この青年が何者なのか気付いた。
だが、今ではない。その時は遅かれ速かれやってくる。
「今はまだ…ね。」
瑚羽は静かに微笑んだ。その一言で十分だった。
目の前で不思議なことが起こっていた。幼い少女の右手が白く月色に輝き、ゆっくりと大地に伝わり4人の下に届く。月色の輝きはすべてを包み込んでいく。彼らの魂を護っているようだ。
一瞬、強く光を放った。光は天へと向かう。まるで彼らが天へと昇っていくかのように4本の光の柱が立った。そして消えた。
「え…。」
瑚羽は驚いたように呟いた。
目の前に広がる光景に目を疑う。それまであった景色はなくなっていた。
そこには別世界があった。あまりのことに言葉がなかった。
目の前が拓けて太陽の陽が届く。4人のいた場所に墓石が建つ。木のあった場所だ。
紗沙はしゃがんで墓石に手を合わせた。名も知らない彼らのために祈る。
この地で安らかに眠ってほしい。
墓石の周りには枯れることのない花が咲き乱れる。この場所は多くの美しい花に護られる。
木もテントもなくなっていた。
紗沙は、この木はこの場所にあってはいけないと思った。木の前に立って気付いた。
4人のようにこの木で生命を絶つ者は初めてではないと気づいた。この木は長い年月、この場所でこの地を見てきた。
この地に暮らす人々を見てきた。人々の声を聴いてきた。悲しい悲鳴や叫びのすべてを聴いてきた。
その声が絶えることのない声を聴いてきた。
紗沙はこの場所に立ち、木の声を聴いた。悲痛な声が痛いほど伝わってきた。木にも生命が宿る。
生命は生まれ変わっていく。新しい生命へと未来へと繋がっていく。そして木は花へと生まれ変わりこの地に根を下ろす。
彼らの眠りを見護っていけるよう。これからは奪うのではなく護れるように願う。
玉水と瑚羽も紗沙に続いて、並んでしゃがみ静かに手を合わせて祈った。
各々、心の内に想うことはある。
紗沙は墓前に誓った。想いを受け継ぎ戦っていく。どんなことをしても果たす。
すべては終わったから大丈夫だと伝えるために、いつの日か、必ずこの場所に戻ると誓った。
墓石には文字が刻まれていた。
この地に強く儚く生きた人間の子ら
この地に永遠に安らかに眠り賜へ
この地、我が守護下にあり
いつ何時も、我が名の下に護られる場所也
何人も破る者はない
我、想いを継ぐ者也
そう刻まれていた。
この場所は紗沙の力の下に護られる。誰も破ることはない強い力で護られる。
だから安心して安らかに眠ってほしい。
「それでも…。生きてほしかったな。」
紗沙は静かに呟いた。
彼らのことは何も知らない。何を想い、何を求め生きたのか知ることはできない。
それでも生きて出逢いたかった。これからの時代を生きてほしかった。
「何でそこまで想う?」
瑚羽は静かに問いかける。
なぜ、ここまで他人のために動けるのか考える。
「こんな形での出逢いほど悲しいことはないだろう。ちゃんと…。生きて出逢いたかった。」
紗沙は静かに墓石に語り掛ける。
彼らに聞こえるはずはないが、声は届くと信じたい。この時代を共に生きたかった。生きて出逢えれば、何か変わったかもしれない。どう思わずにいられない。
「生きて…。」
瑚羽は静かに呟いた。
幼い少女の言葉が心に届く気がした。
「すべての人が生きるために生命を与えられてこの世に生まれるんだ。誰もが皆、平等なんだ。」
紗沙はしっかりとした口調で言った。
すべての人が生きるために生まれてきた。そう信じる。
「そうだね。」
瑚羽は静かに微笑んだ。
羨ましいくらいまっすぐな子だと思った。キラキラ輝いて見えた。自分にないモノを持っている。
「どんなことがあっても何があっても、生きてさえいれば、すべての人々に明るい未来があります。」
玉水はにっこり微笑んだ。
「明るい未来…。」
瑚羽は静かに微笑んだ。
この王国に明るい未来があるのか考える。自分にはまだ見えない。
「あるよ。」
紗沙はにっこり微笑んだ。
「誰の前にも必ず未来があります。この王国の暗い闇は明け、太陽が昇り、大地に明るい陽が射します。」
玉水は優しく微笑む。
どんな暗い闇があっても、太陽は必ず昇り、大地を照らし、すべての人の心に光が届く。
「ありがとう。」
瑚羽は静かに微笑んだ。
まっすぐに墓石を見つめる。感謝の言葉しかない。美しい墓石に美しい花々。彼らはこの地で、安らかに眠ることができる。
自分にはできないことをやってくれた。これは、誰にでもできることではない。特別な者だけができることだと理解していた。
「うん。」
紗沙は明るく笑った。
「俺たちに力を貸してくれないか?」
瑚羽は静かに問いかける。
まっすぐに2人を見つめる。自分の中で何かが変わった。吹っ切れた気がする。
この2人の強い心が自分たちに必要な力だと確信した。2人との出逢いは運命だと思えた。
そして未来を信じられた。
「うん。」
「ええ。」
2人は同時に頷いた。断る理由がない。
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